テラヘルツ光の発生とその応用 テラヘルツ周波数帯域の電磁波は、電波と光に挟まれた周波数領域に位置します(図1)。 電波と光はそれぞれの領域で独立に発生及び検出技術が進展してきましたが、その中間領域 であるテラヘルツ帯域においては双方の領域の技術を直接利用できないため、当該周波数領 域は電磁波の「未踏領域」とされてきました。しかし、近年、テラヘルツ光の発生技術、及 びその応用に関する研究は飛躍的に進展し、固体物性の解明、分光学的研究といった基礎科 学だけでなく、テラヘルツイメージングを中心とした品質検査、セキュリティー等の応用科 学の領域までテラヘルツ光の利用範囲は拡がっています。我々は、固体及び液体物性の分析 手段としてのテラヘルツ分光法の開発を推進し、さらに物質制御を目指したテラヘルツ光の 高強度化を行っています。 図1:テラヘルツ周波数帯近傍の波長、周波数、光子エネルギーの関係、及び対 応する分子運動。 1. 高強度テラヘルツ光発生のための新規デバイス開発 [1,2] 高強度テラヘルツ光発生において、波面傾斜させた高強度近赤外短パルス光を Mg-sLiNbO3 (LN) 結晶に照射する事で光整流過程を効率よく誘起する手法が広く用いられ ています。近年、我々は、装置の小型化とテラヘルツ光発生の高効率化を図るため、接合型 回折格子(Contact grating)デバイスを実現させ(図2) 、J 級のテラヘルツ光発生を実証し ました。本デバイスは波面傾斜用の回折格子とテラヘルツ光発生用 LN 結晶を一体化するこ とで 1/10 程度に発生装置を小型化すると共に、デバイスの大口径化を可能とし大強度励起光 源を用いた高強度テラヘルツ光発生への道を開拓しました。 図2:従来のテラヘルツ発生法(左図)と我々が開発したデバイス(右図) 。テ ラヘルツ装置の大きさをメートル→センチへと小型化に成功。 2. テラヘルツ光利用のための新規光学デバイス開発 [3] 近年のテラヘルツ光発生技術の急速な進展により、これまで物質を「観測」するための分 光手段として用いられてきたテラヘルツ光は、物質を「制御」する方法としてもその可能性 を拡げつつあります。複雑な物質制御を実現するためには、精密に波形整形したテラヘルツ 光が必要となりますが、可視~中赤外領域で進展した波形整形技術をテラヘルツ領域に流用 することができず、その基盤技術開発が待たれています。そこで、我々は、その第一歩とし てテラヘルツ周波数帯で動作する光シャッター付きエタロン素子の開発を行い、テラヘルツ 光パルス列の簡易的な生成を可能としました(図3) 。 図3:テラヘルツパルス列発生装置(右図)とそれを用いて発生させたテラヘ ルツパルス列とフーリエ変換スペクトル(左図) 。光シャッターによりテラヘ ルツ光をエタロンキャビティに閉じ込める事で高い効率でのパルス列生成を 可能としている。 3. テラヘルツ光の特性を用いた物性観測 実時間テラヘルツトモグラフィーによる半導体光誘起キャリアダイナミクスの観測 [4] シリコン表面への近赤外光励起により生成される光誘起キャリアは、テラヘルツ領域 の光に強く影響を与えるためテラヘルツ光透過の阻害要因となる一方、テラヘルツ光の 光スイッチ等の疑似光学素子としての利用が提案されています[3]。キャリアによる精密 なテラヘルツ光の光学制御を行うためには、キャリアのシリコン内空間分布と実時間ダ イナミクスを精査する必要があります。そこで、我々は、光学励起・THz 検出時間分解 測定法を用いて、シリコン内部のキャリア空間分布とダイナミクスを直接測定する手法 を新たに開発しました。 水溶液内水素結合ダイナミクスの解明[5,6] 液体の水、及び水溶液の分子間振動、分子回転はマイクロ波からテラヘルツ領域の光 に対して強く応答するため、低周波数領域での誘電緩和スペクトルの測定及び解析によ って液相のダイナミクスを精査する事が可能となります。イオンの溶解が水の構造(水 素結合ネットワーク)に与える影響を解明することは古くから関心が持たれてきた研究 テーマであり、我々は、テラヘルツ分光法を用いて種々の水溶液の誘電率の周波数依存 性(誘電分散)の違いを調べることで、イオンの溶解が水全体の構造に与える影響を明 らかにすることを試みました。 テラヘルツ光が水素結合や自由電子への敏感なプローブであることを考慮すると、光 励起・テラヘルツ検出時間分解分光は水溶液の光反応における有効な検出手段となり得 ます。溶液の場合、水溶液試料を保持するためのサンプルセルが必要となりますが、セ ルを用いた場合窓板がテラヘルツ光に与える影響や、励起光による窓板の破損が問題で した。そこで、我々は、膜厚可変な液膜ジェットノズルを開発し、表面が光学的に平滑 なシート状の水溶液を大気中に噴霧する事により窓板の問題を解決しました(図4) 。 図4: 膜厚可変交差型液膜ジェットノズル。ジェットの交差角により生成す る液膜の膜厚を変化させる事が可能である。 問い合わせ先: 坪内 雅明 E-mail: [email protected] 参考文献 [1] “Contact grating device with Fabry–Perot resonator for effective THz light generation”, Masaaki Tsubouchi, Keisuke Nagashima, Fumiko Yoshida, Yoshihiro Ochi, and Momoko Maruyama, Optics Letters, 39, 5439-5442 (2014). [2] “High-efficiency contact grating fabricated on the basis of a Fabry – Perot type resonator for terahertz wave generation”, Fumiko Yoshida, Keisuke Nagashima, Masaaki Tsubouchi, Yoshihiro Ochi, Momoko Maruyama, and Akira Sugiyama, Japanese Journal of Applied Physics 55, 012201 (2016). [3] “Development of high-efficiency etalons with an optical shutter for terahertz laser pulses”, Masaaki Tsubouchi and Takayuki Kumada, Optics Express, 20, 28500-28506 (2012). [4] “Terahertz tomography of a photo-induced carrier based on pump-probe spectroscopy using counter-propagation geometry”, Masaaki Tsubouchi, Masaya Nagai, and Yasuhiro Ohshima, Optics Letters, 37, 3528-3530 (2012). [5] “Ion effects on the structure of water studied by terahertz time-domain spectroscopy” , Masato Kondoh, Yasuhiro Ohshima, and Masaaki Tsubouchi, Chemical Physics Letters, 591, 317-322 (2014). [6] “Liquid-sheet jets for terahertz spectroscopy”, Masato Kondoh and Masaaki Tsubouchi, Optics Express, 22, 14135-14147 (2014).
© Copyright 2025 ExpyDoc