中学部だよりNo10

中 学 部 だ よ り
前回、生活の中で使える視力のことを『トータル視力』といい、静止視力はあくまでもその一部分
にすぎないのだ、ということをお伝えしました。
では、トータル視力とはどのようにすれば育てられるのでしょうか・・・? そのことについて、
今回簡単に紹介していきます。
1
肢体不自由の子どものトータル視力を伸ばすには
昔、教室で勉強している車いすの生徒の A くんにこんな質問をした
ことがあります。
(その時の A くんは手こぎの車いすでした。
)
..
「学校の玄関がある方向を指差してみて!」・・と。
A くんは、しばらく考えた後、全く見当違いの方向を指差しました。
普通に教科学習をしている生徒で、当然こんな簡単なことは分かっ
ているものと思い込んでいた私はとてもびっくりしました。
A くんは自分で少し車いすをこぐことはできますが、とてもゆっくりで、目の前の地面を見ながら少し
ずつ進むような生徒でした。少し遠くへ行くときには、誰かに車いすを押してもらう必要がありました。
そんな A くんも小学部の中学年の時、念願の電動車いすに変更し、練習を繰り返す中で、リハセンター
くらいまでなら自分で行くことができるようになりました。
そんな彼に、以前と同じ「玄関はどっち?」という質問をしてみた私の顔をじっと見つめた A くんは、
「そんなことも分からないの?」というような顔をして、「玄関はあっち、高等部はあっち、体育館はあっ
ち、センターは・・・」と、校内や学校周辺の位置関係を丁寧に正確に説明してくれました。
その時に私は、「自分の意思で、ある程度のスピードで移動できないと、頭の中に空間地図は描けない
んだな。
」ということを学びました。
このことは、車を運転している人はすぐに道などの周囲の
状況を覚えるのに、助手席に座って同じような視覚体験をし
ている人は、全然地理感が育たないことが多い、というよう
なことからでも分かります。
つまり、見ているだけでは使える視力「トータル視力」は
身につかない。実際に見ながら自分の意思で動くということ
が、トータル視力を身につけるうえで大切になる、というこ
となのです。
2
自分の意思で移動することの大切さ
視覚認識の問題を改善するには、自分の意思で能動的にコント
ロールしながら移動できることがとても大切になります。
ですから、私は車いすを少しは自分でこげるような子どもでも、
できるだけ早い時期から電動車いすにすることを勧めています。
保護者やPTの方の中には、自分で車いすをこがなくなると、
運動能力が落ちるかもしれない・・・ といった理由で難色を示す方
もいますが、上肢や体幹の運動機能は、別の工夫で維持向上する
こともできます。それに電動車いすにすると、周囲を見渡す必要
があるので、手動のときよりも背筋を伸ばした良い姿勢で車いす
を操作している子どももよくいるのです。
また、スクーターボードや、各種ウォーカー、あしがるくん等
で、自分の意思で移動できる体験を積むことも、視覚認識の力を
つけるうえで効果的だと考えられます。
新校舎の真新しい廊下で、電動車いすの練習をしていたり、歩
行器やウォーカーで移動しているのをよく見かけますが、運動面
や意欲を育てるだけでなく、「見る力」を育てるためにもとても大切な活動だと言えるでしょう。
3
目と体の協調性を育てる
自分で移動するだけでなく、自分の身体で物に関わって操作したり、動いている物に働きかけたりする
ことも、見る力をつけるうえで、とても大切になります。よく『目と手の協調性』と言われる力ですね。