フィンテック振興に必要なレギュラトリー・サンドボックス

リサーチ TODAY
2016 年 4 月 18 日
フィンテック振興に必要なレギュラトリー・サンドボックス
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
2015年のグローバルな金融業界で最も注目を集めたトピックの一つは「FinTech(フィンテック)」だった。
FinTechとはFinance(金融)とTechnology(技術)からなる造語であり、最先端のIT技術を活用した新たな金
融サービスを意味する言葉である。そのなかで近年、英国において、FinTech産業・市場を発展させるため、
政府主導のもと官民が連携してイノベーションを後押しする取り組みが加速している。なかでも革新的な金
融商品・サービスの提供に向け、事業者に対し現行法を即時適用することなく、安全な実験環境を提供す
るRegulatory sandboxが、先進的な取り組みとして注目を集めており、みずほ総合研究所でも、この取り組
みに関するリポートを発表している1。
Regulatory sandboxとは、規制上の実験を行うことができる「子供の砂場」のような場を意味する。英国の
規制当局であるFCA(金融行為規制機構)は、この取り組みを通じ、より多くの事業者が革新的な事業アイ
ディアを実験し、市場化することを支援していく方針であり、2016年春に専門部署を新設する計画を公表し
ている。
下記の図表は、Regulatory sandboxの導入の利点を示すものだ。図表にあるように、Regulatory sandbox
により、①金融商品が市場に出るまでの時間と潜在的コストが削減され、②資金調達にかかわるアクセスが
改善され、③より多くの革新的な商品の市場化の実現が期待される。
■図表:Regulatory sandbox導入の利点
① 市場に出るまでの時間と潜在的コストの削減
○ 規制の不確実性がもたらす遅延は、先駆者により⼤きな影響を与え、イノベーターを落胆させる
○ 他の業種の事例では、規制の不確実性がもたらす遅延は、市場化までの時間を約1/3、商品の
コストを⽣涯収益の約8%も増加させることが⽰唆されている
② 資⾦調達に係るアクセスの改善
○ 企業の成⻑にとって重要なステージにおける規制の不確実性は、FinTech事業者の資⾦調達を
困難にし、企業価値を下げる要因となる
○ 他の業種の事例では、規制の不確実性のために、約15%も企業価値を下げることが⽰されており、
また、資⾦調達を全くできなかった会社の数を⾒積もることは困難である
③ より多くの⾰新的な商品の市場化
○ 規制の不確実性により、初期段階でイノベーションが諦められ、実験もされないことがある
○ Regulatory sandboxでは、実験段階において規制リスクの管理を可能とするので、結果として多くの
ソリューションが試みられ、市場化することができる
(資料)FCA 公表資料よりみずほ総合研究所作成
次ページの図表は、Regulatory sandboxの適用までのプロセスである。FCAと事業者が協力して実験活
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2016 年 4 月 18 日
動を行い、実験結果などを踏まえ、最終的に本格的な事業化を判断することになる。
■図表:Regulatory sandboxの適用までのプロセス
(資料)FCA 公表資料よりみずほ総合研究所作成
英国以外でも、新たな金融の担い手であるFinTechの振興に国を挙げて取り組む事例が増えている。日
本においても、官民が連携し政策的にFinTechの振興を推進することが重要だ。FinTechを巡っては、日本
でも平成27年度「金融行政方針」のなかで、拡大に向けた政府による支援を強化する方針が打ち出されて
いる。昨年12月には金融庁が「FinTechサポートデスク」を設置し、FinTechスタートアップの設立に際し、現
行法をベースにアドバイスを行う取り組みをスタートした。また、日本銀行は今年4月に「FinTechセンター」
を設立し、FinTechの動きが金融サービスの向上や持続的成長に資するものとなるよう、FinTechに対する
取組みを強化する姿勢を示している。
FinTechのような新たな金融技術によるビジネスモデルの確立には、本稿で紹介したRegulatory sandbox
のような実験環境を提供する場の存在が極めて重要である。日本はこれまで、新たに欧米で導入された金
融制度や技術を取り入れる「キャッチアップ型」のモデルを常に繰り返してきた。特に、金融においてはそう
した傾向が顕著だった。ただし、FinTechのような分野では新たに市場を作り始めることが必要になり、その
制度インフラの構築も含めて、創業者利得を包括的に確保することがビジネスモデルの基本となる。一方、
日本が従来の姿勢を続ければ、日本は常に欧米のモデルの後追いの対応しかできなくなってしまい、低
収益の構造から脱することができなくなる。
既存の金融機関自体がIT企業化するなか、金融サービスの価格破壊、金融のゲームチェンジに備える
には、本稿で見たRegulatory sandboxも含め、従来の発想を転換した新たな取り組みが急務であろう。また、
日本が世界的にもFinTechで競争力を確保するためには、Regulatory sandboxのような取り組みも含めて、
社会的に失敗を許容するコンセンサス作りも必要であろう。
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原島研司 「英国の Regulatory sandbox」 (みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2016 年 3 月 31 日)
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