財務会計Ⅰ 第 4 回 税効果会計(1) 2016 年 4 月 18 日(月) 米山 正樹 Ⅰ 税効果会計の基礎 税効果会計(Tax effect accounting)とは 税効果会計とは、所得に対して課される税金の支出を配分し直して(=期間 配分の手続を施して)税引前の利益と税費用との適切な対応を図るための手続 をいう。 Quiz 税効果会計基準の導入までは、税金支出がそのまま税費用とみなされていた。 なぜ税金支出だけは発生主義の適用を受けてこなかったのかを考えてみよ。 課税所得の計算と企業会計上の利益計算 徴税に要するコストを削減する必要から、課税所得は企業会計上の利益を基 礎として算定される(確定決算主義) 。とはいえ、税と会計とで会社の活動成果 を計算する目的は必ずしも一致していない。そのため益金・損金と収益・費用 との間には、構成要素の違いや、期間帰属の違いが少なからずみられる。 このうち期間帰属に関する相違(後者の相違)としては、税務に限って認め られている加速償却や、税務では計上に慎重なスタンスがとられる債権の評価 損などを例示しうる。詳しくは後述するが、これらは「一時差異」 (その内訳要 素としての「期間差異」)と呼ばれている。 他方で構成要素に関する相違としては、受取配当金(税務上の益金不算入項 目)や交際費(税務上の損金不算入項目)を例示しうる。これらは「永久差異」 と呼ばれている。 Quiz 一時差異や永久差異はどのような理由によって生じるのかを説明しなさい。 設例を用いた解説 企業 x の 2 期間にわたる税引前の純利益が 1,000 であることを与件とする。 1 このうち第 1 期の利益には在庫品の評価損 100 が含まれているが、税務におい ては恣意的な評価損の計上を通じた課税逃れを防ぐため、こうした評価損の損 金算入は認められていないとする。問題の在庫品は第 2 期に至って売却された 結果、上記の評価損 100 は、税務上、在庫品に係る第 2 期の売却損失に含まれ ることとなった。 いま実効税率を 40%として、税金支出に関する調整を行わない(=税効果会 計を適用しない)状況で第 1 期と第 2 期の税引後純利益がどう計算されるのか を考えよ。 税引前当期純利益 在庫品の評価損 課税所得 税金支出 税引後当期純利益 税金支出/税引前当期純利益 第1期 1,000 100 1,100 440 560 第2期 1,000 -100 900 360 640 0.44 0.36 通算 2,000 2,000 800 1,200 設例の考察 問題の所在 税金支出をそのまま税金に係る費用とみる場合、もっぱら在庫品に係る損失 を認識するタイミングについての企業会計と税務当局との見解の相違に起因し て、第 1 期と第 2 期における税負担は異なる結果となる。(44%⇔36%) 企業会計の視点に立てば、いずれの期に負担させるべき税金費用も 400(税 引前の当期純利益に実効税率を乗じた金額)となるはずである。そう考えれば、 この設例において税金「支出」は必ずしも(各期に負担させるべき犠牲として の)税金「費用」を反映していないこととなる。 解決策 この問題を解消するためには、税金支出(第 1 期は 440)を「その年度の費 用に含めるべき金額(第 1 期 400)」と「その他の要素(第 1 期は 40)」とに区 分しなければならない。このうち第 1 期の税金費用に含められなかった税金支 2 出 40 は、 「第 2 期に負担させるべき税金費用」としての性質を有しているもの とみなしうる(何の調整も行わなければ、第 2 期の純利益 1,000 に対し 360 の 税金支出=税金費用しか求められないことに着目せよ)。言い換えれば、この 40 は「第 2 期の税金負担を軽減する効果」を有していることとなる。 期間費用から除かれた項目が有する性質:繰延税金資産 こうした考えからすれば、第 1 期の費用に含められなかった 40 は、企業の 資産として計上されることとなる。冒頭に記した「税効果会計の適用」とは、 まさしく税金支出 440 を年度の費用 400 と「費用の繰延べ分」40 に区分する ことをいう。また上記の手続によって生じる資産を繰延税金資産と呼ぶ。 Quiz 繰延税金資産を税金の前払い分としての「前払費用」とみなしうるかどうか、 検討せよ。 企業会計上の利益が先行するケースに求められる手続:繰延税金負債 逆に収益・費用と益金・損金に係る期間帰属のズレが「企業会計上の利益が 先行し、課税所得が後から追いつく」形をとる場合は、税金支出が「その年度 に負担させるべき税金費用とくらべて過少」となる。そこでは税金費用を追加 計上するとともに、 「後に課税所得が生じたときに追加で支払うべき将来の税金 支出に係る債務」としての性質を持つ繰延税金負債の計上が求められる。 差異の解消期間に求められる会計処理:繰延税金資産・負債の「その後」 繰延税金資産は、第 2 期に至り、税務においても損失の計上が必要とされた 時点で(=税務と会計とで益金・損金と収益・費用に係る期間帰属の相違が解 消された時点で)税金費用に振替えられて消滅する。 したがって設例の場合、第 2 期においては、税金支出 360 を超える 400 の税 金費用が計上されることとなる。 他方で繰延税金負債についても、繰延税金資産と同様、税務と会計とで活動 成果の期間帰属に関する考え方の差異が解消された時点で消滅する。その際、 税金支出の一部は繰延税金負債の返済に充当されたものとみなされるため、差 異が解消する年度においては税金支出>税金費用となる。 3 税引前当期純利益 在庫品の評価損 課税所得 税金支出 税効果会計の適用 (繰延税金資産の計上とその消滅) 税金費用 税引後当期純利益 第1期 1,000 100 1,100 440 第2期 1,000 -100 900 360 -40 40 400 600 400 600 通算 2,000 2,000 800 1,200 (参考)繰延税金負債を用いた調整が必要となるケースの設例 企業 x の 2 期間にわたる税引前の純利益が 1,000 であることを与件とする。 このうち第 1 期の利益においては無償で資本設備を入手したことに伴う受贈益 800 が含まれている。この受贈益を課税の対象としてしまうと入手した資本設 備の売却処分が強いられる恐れもあることから、税務上は半額(400)を翌期の課 税所得に含めることとされている。実効税率を 40%としたとき、第 1 期と第 2 期の税引後純利益がどう計算されるのかを、(a)税効果会計を適用しないケース と(b)適用するケースのそれぞれについて考えよ。 税引前当期純利益 一部受贈益の繰延べ 課税所得 税金支出 税効果会計の適用 (繰延税金負債の計上とその消滅) 税金費用 税引後当期純利益 4 第1期 1,000 -400 600 240 第2期 1,000 400 1,400 560 160 -160 400 600 400 600 通算 2,000 2,000 800 1,200 税引前当期純利益 一部受贈益の繰延べ 課税所得 税金支出 税効果会計の適用 (繰延税金負債の計上とその消滅) 税金費用 税引後当期純利益 第1期 1,000 -400 600 240 第2期 1,000 400 1,400 560 160 -160 400 600 400 600 通算 2,000 2,000 800 1,200 Ⅱ 一時差異と期間差異 投資の成果に係る税と会計との事実認識の違いは、通常、収益と益金、費用 と損金との違いとして顕在化する。つまり税と会計との違いは、ともにフロー の概念である損益と所得との違いとして顕在化する。ただし税と会計との違い は、フローにしか現れないわけではない。例えば会計では、「その他有価証券」 に継続的な時価評価を求めている(ただし時価評価差額を純利益に反映させず、 「純資産」に直接算入したり、 「その他の包括利益」に含めたりしている。他方 で「その他有価証券」の時価評価差額を益金に含めない税務上の貸借対照表で は、「その他有価証券」は取得原価で据え置かれていることとなる。 このとおり税と会計とは、「その他有価証券」に係る「投資成果の期間帰属」 については同じ立場をとっているのに対し、その「貸借対照表上の評価額」に ついては異なる処理を求めている。 このとき、課税の基礎となるフローの投資成果についての相違がない以上、 「その他有価証券」の評価額について税効果の調整は不要である、という立場 をとりうる。その一方で、 「その他有価証券」の時価評価差額は潜在的な投資成 果である以上、現時点では純利益に影響が及ぶ相違が生じていなくても、既に それが生じているものとみて、 「その他有価証券」の時価評価差額をも税効果の 調整対象とする考え方も採りうる。 現行の会計基準はこのうち後者の立場を採っており、 「その他有価証券」に生 じた評価差額のうち、実効税率にみあう部分には「繰延税金負債」としての処 理が求められている。 上記のうち、 (フローの)投資成果の帰属年度に係る事実認識の違いによっ て必要となる税効果の調整額を「期間差異」と、フローによらず、もっぱらス 5 トック評価額の違いだけに起因する調整額を「期間差異以外の一時差異」と呼 ぶ。両者を合わせたものが「一時差異」である。 Quiz 期間差異以外の一時差異をも税効果の調整対象とする理由を説明しなさい。 Ⅲ 税率変更の影響 問題の所在:数値例による確認 在庫品の評価損に関する先の設例を改めて用いる。ここでは税効果会計の適 用を与件とする。これまで第 1 期と第 2 期とで税率はともに 40%としてきたが、 ここでは税法の改正により第 2 期の税率は 35%となる見通しとする。このとき 税効果の調整をどう行うべきか、検討せよ。 税引前当期純利益 在庫品の評価損 課税所得 税金支出 税効果会計の適用 (繰延税金資産の計上とその消滅) 税金費用 税引後当期純利益 第1期 1,000 100 1,100 440 第2期 1,000 -100 900 315 -35 35 405 595 350 650 通算 2,000 2,000 755 1,245 ↑ ↑ 「しわ寄せ」 「純化」 税引前当期純利益 在庫品の評価損 課税所得 税金支出 税効果会計の適用 (繰延税金資産の計上とその消滅) 税金費用 税引後当期純利益 第1期 1,000 100 1,100 440 第2期 1,000 -100 900 315 -40 40 400 600 355 645 ↑ ↑ 「純化」 「しわ寄せ」 6 通算 2,000 2,000 755 1,245 数値例の考察 上記の通り、税率が変更される状況では、第 1 期・第 2 期のいずれについて も税金費用の適切な対応を図るのは原理的に困難となっている。現行の会計基 準はこのうち、将来の(=変更後の)税率を用いて調整する方法(→数値例に おける第 1 の方法)を要求している。これを資産負債法と呼ぶのに対し、第 2 の方法は繰延法と呼ばれる。資産負債法の採用根拠は、 「将来における税負担の 軽減効果は、将来に適用される税率によって測られる」ことに求められること が多い。 7
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