<博士学位論文要旨> 産業連関表を用いた再生可能エネルギー 技術導入に伴う環境・社会経済分析 国立大学法人 横浜国立大学大学院 環境情報学府博士課程後期(2015 年修了) 稗貫峻一 Environmental and Socio-Economic Impacts Analysis of the Introduction of Renewable Energy Technologies Using Input-Output Tables Shunichi HIENUKI Graduate School of Environment and Information Sciences, Yokohama National University 要旨 本研究の目的は、産業連関表の応用により再生可能エネルギー技術(再エネ技術)の導入が環境、社会経済に与える影響 を分析し、 さらにその分析結果から技術評価における産業連関分析の有用性を示すことである。全 5 章で構成される論文の中で、 第 1 章では背景と目的について述べ、 第 2 章では、 再エネ技術に関連する部門を新設した拡張産業連関表(拡張 IO)を作成し、 地熱、風力、太陽光発電の 1GWh あたりの生産額、雇用量、GHG 排出量を分析した。第 3 章では、主要 8 発電技術の詳 細な電源構成シナリオと拡張 IO を組み合わせ、2030 年までの生産額、雇用量、GHG 排出量の推移を分析した。第 4 章では、 再エネ技術導入による地域内外の社会経済影響を区別して推計する汎用性の高い効果的な方法を示した。第 5 章では、各 章の結果をまとめることで結論付けた。その結果、地熱、風力、太陽光発電の 1GWh あたりの生産額はそれぞれ 32、20、94 百万円、雇用量は 0.89、0.59、2.5 人・年、GHG 排出量は 31.1、31.0、105.0t-CO2eq.と推計された。また、再エネ技術の製造、 建設段階による生産額、雇用量はそれらの多くが一時的なものであるが、電力需要の減少による発電・維持管理段階の生産額、 雇用量の減少量を相殺し、同時に GHG 排出量を削減させることから、再エネ技術は持続発展可能な社会に貢献できる技術とし て期待することができ、特に、メンテナンス事業者、土木事業者への社会経済効果は導入地域で生じることが明らかになった。 1.序論 (Lehr et al.,2008;Ciorba et al.,2009; Caldes et al.,2009;Tourkolias and Mirasgedis,2011;Arce 再生可能エネルギー(再エネ)は、持続発展可能 et al.,2012;等)。しかし、これらの研究は、環境、 な社会へ貢献するためのエネルギー源として注目され 社会、経済を単一の側面から分析していることが多く、 ている。また、2011 年東日本大震災以降、地熱、風 複数の側面からの分析や、国主導と地域主導のエネル 力、太陽光などの再エネ技術は、将来のエネルギーシ ギー政策双方の視点からの分析は少ない。その一方で、 ステムを構築するための重要な技術に位置づけられて 国内の産業連関表は、世界の中でも最も高い水準で作 いる(経済産業省,2014) 。再エネは原子力や火力な 成され、また経済的な指標のみならず産業連関表に対 どの既存発電技術と比べて小規模分散型の発電技術 応した環境、エネルギー面を分析する統計情報が整 になる傾向があるため、トップダウン型の視点に加えて、 備されているにも関わらず、粗いコストデータを用いた、 ボトムアップ型の視点からの分析が必要である。その 製造・建設段階のみに着目した分析に留まり(環境省, ため、これら再エネ技術導入に伴うライフサイクル全体 2009;文部科学省,2013)、再エネ技術のライフサイ クル全体を考慮した詳細な分析は行われていない。 (製造、建設、発電・維持管理、廃棄段階)の影響を、 そこで本研究の目的は、産業連関表の応用により再 環境、社会、経済側面から多面的な指標に基づき複 エネ技術の導入が環境、社会経済に与える影響を分析 数の視点から分析する必要がある。 し、さらにその分析結果から技術評価における産業連 技 術 導 入や 政 策 を 対 象とした LCA (Life Cycle 関分析の有用性を示すことである。 Analysis) の手法として産業連関分析がある。この分 析に用いられる産業連関表は、一国もしくは一地域で 図 1 は全 5 章で構成されている本論文の全体像を示 一年間に行われた財・サービスの産業間の取引を金額 している。第 2 章では、2005 年産業連関表(総務省, ベースで行列形式にまとめた表である。国外では、欧 2011)を基本として再エネ技術に関わる部門を新設拡 米諸国を中心にこの産業連関表を用いて、再エネ技術 張することで、より実態を反映した分析をすることが可 導入による環境・社会経済影響を分析が行われている 能な拡張産業連関表(拡張 IO)を作成し、ライフサイ 41 技術マネジメント研究第 15 号 第1章 序論 背景と目的 再エネ部門の拡張 産業連関表を用いた分析 第2章 ・ 再エネの関連部門を新設したIOの作成 ・ 生産額、雇用量、GHG排出量の比較分析 拡張IOの利用 再生可能エネルギー技術の導入 環 境 社 会 時間軸の考慮 経 済 第3章 ・ 2030年までの電源構成シナリオ分析 ・ 将来の潜在的な影響を推計 地域内外への影響を定量化 第4章 ・ 地域IOを用いた2地域間IOの作成 地域産業構造の反映 ・ 地域内/地域外の影響を推計 第5章 結 論 図 1 論文の全体像 クルにわたる生産額、雇用量、GHG 排出量を推計し 徴をより的確に反映した波及効果を推計することが可 比較分析をすることで、各発電技術の特性を明らかに 能となった。また、作成した拡張 IO を用いて、生産額、 した。第 3 章では、再エネ技術の導入がエネルギーシ 雇用量、GHG 排出量を指標としたライフサイクル原単 ステム全体に与える影響に着目し、将来の電源構成シ 位を推計し技術間の比較分析をした。 ナリオに基づいた生産額、雇用量、GHG 排出量の推 その結果、地熱、風 力、太 陽光発電の 1GWh あ 移を示すことで、将来の技術選択が及ぼす潜在的な たりの生産額はそれぞれ 32、20、94 百万円、雇用 影響を分析した。第 4 章では、全国産業連関表(全 量は 0.89、0.59、2.5 人・年、GHG 排出量は 31、31、 国 IO)と地域産業連関表(県 IO)を組み合わせるこ 105t-CO2eq. と推計された(図 2) 。これらの生産額と とで、再エネ技術導入による生産額と雇用量を地域内 雇用量の特徴として、地熱発電は運用(発電・維持管理) 外別に分析する方法について考察した。そして最後に 段階、すなわち継続的な影響が多い一方で、太陽光 第 5 章において、第 2 章、第 3 章、第 4 章の結果を 発電は製造、建設段階の一時的な生産額、雇用量が 総括し、再エネ技術の導入が環境、社会経済に与え 多く、風力発電はそれらの中間的な性質を持つことが る影響の特性についてまとめ、また得られた結果から 明らかになった。また、部門別の特徴として、3 技術 エネルギー技術を対象とした分析に産業連関表を応用 に共通して卸売、小売、金融、貨物輸送部門などのサー することの有用性を示した。 ビス業で間接的な生産額、雇用量が生じ、機械設備 や部品を製造に投入される火力発電の GHG 排出量が 2.拡張産業連関表の作成とライフサイクル環境・ 確認された。さらに、製造段階の影響は、その他の 社会経済分析 建設、発電・維持管理段階と比べて輸入による影響が 比較的大きいにも関わらず、地熱発電のライフサイクル 既存産業連関表の発電技術に関連する部門は単一 全体の生産額と雇用量の国内比率は 92%、89% であ で構成されているため、エネルギー技術を区別した分 り、この値は既存発電技術と比較しても高い。その一 析は困難である。そこで、第 2 章では、再エネをはじ 方で、風力発電の生産額と雇用量のライフサイクル全 めとした各発電技術のコスト、雇用量、化石燃料消費 体の国内比率は、それぞれ 61%、63% であり、地熱、 量などを統計、ヒアリング、現地調査から収集すること 太陽光発電と比べて低い。 これはタワー、 ナセル、 ブレー で、地熱、風力、太陽光発電に関連する 13 部門を新 ド等の主要部品は完成品として輸入するため、国内で 設した拡張 IO を作成した。これにより、再エネの特 の波及効果が小さいことによる影響である。 42 産業連関表を用いた再生可能エネルギー技術導入に伴う環境・社会経済分析 図2地熱、風力、太陽光発電 1GWh あたりの生産額、雇用量、GHG 排出量 3.時間軸を考慮した将来のシナリオ分析 の減少と、火力発電から再エネ発電へ移行する影響に より 18 年間で常に減少していく可能性が示された(図 3)。 再エネ技術の導入によって新規の需要が創出される 一方で、それに伴う既存発電技術への需要が減少する 4.地 域の産業構造を反映するための地域産業 可能性があるため、それらの相殺効果を含めて相対的 連関表の効果的な利用 に分析する必要がある。また、発電技術の選択により 短期間の急激な電源構成の変化は起こりにくいことか ら、選択した発電技術が稼働するまでの導入期間や耐 小規模分散型の再エネ技術を対象とした社会経済 用年数を考慮する必要である。そこで第 3 章ではこれ 影響の分析を行うためには、地域の産業構造を反映し らの点を考慮した 2012 年から 2030 年までの電源構成 た推計もまた重要である。そこで、第 4 章では、全国 シナリオを作成し、生産額、雇用量、GHG 排出量の IO と県 IO から差分 IO モデルと 2 地域間 IO モデル 18 年間の推移を分析した。 の 2 つを作成し、県内、県外、国外の 3 地域に区分 電源構成シナリオは、3 種類あり原子力と再エネの して生産額、雇用量を推計する方法について比較考察 発電比率を優先的に決定し、残りの供給を火力・水力 した。差分 IO モデルは、全国 IO と県 IO のそれぞれ 発電とした。原子力、火力・水力、再エネの比率は、 の推計結果から、差分をとり県内、県外、国外を推計 シナリオ 1 で 0%、78%、22%、 シナリオ 2 で 15%、 する方法である。また 2 地域間 IO モデルは、全国 IO 68%、17%、シナリオ 3 で 25%、63%、12% とした。 と県 IO から 2 地域間 IO モデルを作成し、3 地域の また、省エネルギー技術の導入や人口の減少による約 生産額、雇用量を推計する方法であり、県内と県外の 10% の電力需要減少を想定した。 2 地域間の財・サービスの取引を反映することができる 分析の結果、生産額の推移は 2012 年を基 準とす (図 4)。 ると、シナリオ 1、シナリオ 2、シナリオ 3 でそれぞ 2 つの IO モデルによる小水力発電を対象としたケー れ 2020 年 に +2 %、-4 %、-4 %、2030 年 に +18%、 ススタディでは、製造・建設段階の土木建設業と発電・ +7%、+3% と推計され、また雇用量の推移は 2020 維持管理段階のメンテナンスにより生じるサービス業へ 年 に +4 %、-1 %、-1 %、2030 年 に +23%、+14%、 の県内生産額、県内雇用量が大きいことが示された。 +9% と推計された。このことから、全てのシナリオに ただし、水車や導水管などの製造業の影響は、地域 おける 2030 年の生産額、雇用量は、電力需要の減 間の取引金額が他の土木建設業やサービス業よりも多 少影響よりも、再エネ導入による増加影響の方が大き いため、はね返り需要(地域内の需要が地域外の需要 いことが明らかになった(図 3) 。同様に、2030 年の を経由して再び地域内の需要を引き起こすこと)によ GHG 排出量は -28%、-37%、-42% であり、電力需要 る影響が大きく、差分 IO モデルよりも 2 地域間 IO モ 43 技術マネジメント研究第 15 号 図3 各電源構成シナリオにおける生産額、雇用量、GHG 排出量の推移 差分 IO モデル 2 地域間 IO モデル 図4作成した 2 つのモデルの概要 デルの方が、県内の生産額、雇用量が大きくなること 響が異なることが明らかになった。特に、地熱発電は が明らかになった。これらの結果、地域間の取引が大 火力等の主要エネルギー技術全体と比較しても、国内 きい製造業の生産額、雇用量の推計には、はね返り への生産額、雇用量へ与える影響が大きく、また発電・ 需要を考慮して推計することができる 2 地域間 IO モ 維持管理段階に伴う継続的な影響が比較的大きい。 デルの作成が必要であることが示された。その一方で、 他方で、風力発電は、全ての指標で主要部品の輸入 地域間の取引が小さい建設業やサービス業の推計に の影響を強く受け、太陽光発電は、1GWh あたりの生 は、より簡易的な差分 IO モデルの方が効果的である 産額、雇用量いずれも大きく、国内外への影響が大き ことが示された。 い。第二に、再エネ技術の製造、建設段階による生 産額、雇用量は一時的なものであるが、電力需要の減 5.結論 少による発電・維持管理段階の生産額、雇用量の減 少を相殺する可能性を示した。また、同時に GHG 排 各章の結果から次に示す再エネ技術の特性を示し 出量を削減させることから、再エネ技術は持続発展可 た。第一に、同じ再エネ技術でありながらも、地熱、 能な社会に貢献できる技術として期待することができ 風力、太陽光発電は、環境、経済、社会へ与える影 る。第三に、風力、太陽光、小水力などの製造段階、 44
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