グリーンレポートNo.562(2016年4月号) 視 点 農業と気象 気象ビッグデータの活用で 農業を元気に! ∼鮮度の高い詳細な気象情報を農業経営に活用∼ 越智正昭 株式会社ハレックス 代表取締役社長 理を行えばよいだけである。すなわち、自然環境に関わ 経営とは“リスク管理”である る情報を活用して、 “リスク管理”の考え方を農業経営 「今こそ、農業においても経営的な視点の導入が強く求 に組み込めばいいのである。そこではリスクを正しく められている」と、さまざまな立場の多くの人が指摘し 『認識』し、そのリスクの程度を『評価』し、リスクに真正 ている。この“経営的な視点”とは、すなわち“リスク 面から『対応』するということが重要となる(図−2) 。 管理”の視点ということだと考える。気象情報会社の経 気象情報を活用し、リスク管理の考え方を農業に組み込む 営に13年間携わった経験からいっても、まさに経営とは 認識 “リスク管理”ということができる。 評価 対応 リスクを認識する リスクを評価する リスクに対応する 図−2 気象情報を活用した農業経営の安定化 リスクとは「目的に対して影響をもたらす何かが発生 する可能性」のことをいう。通常の企業経営では、図− 活かし切れていない「気象」の情報 1にあるような自然災害リスク、カントリーリスク、情 報リスク、財務リスク、製品リスク、経営リスク、社内リ 農業を取り巻く主な自然環境には、 「土壌」 「気象」 「地 スク、法務リスクなど、さまざまなリスクと日々向き合 形・地理」 「生物環境(病害虫・雑草など) 」など、さま っている。これらのリスクに対応するなかで、業績(売 ざまあるが、気象情報会社が扱っているのは、そのうち 上、利益)を上げ、社員が安心して働ける環境を整えて の「気象」に関する情報である。この「気象」は、その他の いくことが経営そのものであるといっても過言ではない。 自然環境に比べ、日々、それも時々刻々変化するという特 農業経営でもこれは同じである。ただ、農業経営の場 徴を持っている。しかも、前述した「農業は天候に左右さ 合は、自然環境に関するリスクの割合が、一般の企業経 れる」という言葉にあるように、農業では極めて重要な情 営と比べ圧倒的に高いという特徴がある。よく「農業は 報である。気象情報は、第一次的な活用では、強風害・水 天候に左右されるから特別な産業」と思われているが、 害・干害・雪害など、気象災害回避の支援に役立つし、二 経営という観点からすると、何も特別な産業というわけ 次的に加工することで霜害の予防、病虫害の予防、農作 ではない。自然環境に関するリスクがほかの産業に比べ 物生育管理のデータ化、農作業計画の支援、省力化、品 て圧倒的に高いということを踏まえて、適切なリスク管 質の予測、市況情報など、競争力向上の支援にも役立て 主たる経営リスクの種類 農業の場合、自然環境に関する リスクの割合が、ほかの企業経 営と比べ圧倒的に高い しかし、これまではこのような 「気象」に関する情報が、必ずしも 【農業経営の場合】 ・自然災害リスク(地震・火事・津波・洪水など) ・カントリーリスク(投資対象国の政治・法律・環境の変化) ・情報リスク(情報漏えい、不正アクセスなど) ・財務リスク(為替レートと金利の変化、資金繰り悪化など) ・製品リスク(品質の低下、材料・燃料の調達先確保など) ・経営リスク(敵対的買収、事業継承など) ・社内リスク(雇用差別、セクハラ・パワハラなど) ・法務リスク(訴訟・関連法令の改廃など) ることが可能な情報なのである。 農業の分野で十分に活用されている とは言い難かった。ともすれば、気 ・自然災害リスク 象は「気象(気候)がこうだったか ・カントリーリスク ・情報リスク ・財務リスク ・製品リスク ・経営リスク ・社内リスク ・法務リスク ら仕方ない」というように、うまく いかなかったときの言い訳に使われ てしまうところがあった。これは農 業だけにとどまらず、あらゆる産業 リスクの管理は経営の基本に立ち返ること で「気象」が同様に扱われてきたよ うなところがあった。 図−1 経営とは“リスク管理”である 4 グリーンレポートNo.562(2016年4月号) れていたが、これを農業経営にも活用しようと動き始め 鮮度の高い詳細な気象データを活用せよ ている。 弊社ハレックスは、そのことを課題として強く認識し、 NTTグループの気象情報会社として、グループの得意 とするICT(情報通信・情報処理技術)を前面に押し出 戦術的、戦略的に気象情報を活用し “脅威”を“恵み”に して、主として産業用に特化したサービスを展開して同 自然(特に気象)は圧倒的な破壊力を持つ“脅威”の 業他社との差別化を図ってきた。その最大の武器が 側面と、代えがたい豊かな“恵み”の側面があると私は 『HalexDream!』である。 考えている(図−3) 。 “脅威”は『リスク』 、そして 私たち気象情報会社のもとには、ふだん皆さんがテレ “恵み”は『プロフィット』である。そして、この自然 ビやインターネットのWebサイトで目にされている各地 の“脅威”を回避しながら“恵み”に変えていく産業が、 の天気予報や天気図とは別に、それらのもととなるさま 農業をはじめとする第一次産業といえる。そして、私た ざまな情報が気象庁から提供されている。例えば、スー ち日本人はこのような自然と“調和”することで、現在 パーコンピュータによる数値予報データやリアルタイム の繁栄を得てきたということもできる。すなわち、 『防 のアメダス観測データ、降雨レーダーの観測データなど 災』と『農業』は表裏一体のものである。これまで『防 が、それである。その情報の量は、ITの分野で今話題と 災』で培ってきた技術を、 『農業』で活かすこと、これは なっている“ビッグデータ”と呼ぶにふさわしい規模で、 とても自然な流れであると考えている。 し か も 更 新 頻 度 が 高 い と い う 特 徴 を 持 つ。 冒頭で経営とは“リスク管理”である…という経営の 『HalexDream!』は、それら気象ビッグデータを自社開 本質的なことについて述べたが、視点を変えて、経営を 発のオンラインリアルタイム・ビッグデータ処理と分散 時間軸で眺めてみると、 『戦略(strategy) 』と『戦術 型クラウドコンピューティング処理という最先端技術で (tactics) 』に分けられる(図−4) 。 『戦略』 『戦術』の 解析し、日本各地の天気を1㎢ごと、30分ごと(1日48 どちらも“戦”の字から始まることから明らかなように、 回更新)に72時間先まで即座に予測できるようにした画 戦っている人のための用語であり、戦いに勝つためのも 期的なサービスである。 のである。 『戦略』とは、戦場(現場)に行かずに(戦 しかも、この情報鮮度が高い詳細な気象情報は、さま 場とは離れたところで)練るもの、すなわち将軍、会社 ざまな業務システムに組み込んで容易に利用することが でいえば社長が全体のことを考えて“長期的な視野”で 可能になっており、天気のみならず、降雨の状況(予報 組み立てるものである。一方、 『戦術』とは戦地(現場) を含む)や土砂災害リスクなどの自動監視機能を持ち、 での行動様式をいい、戦場で血と汗を流す兵士の動かし 鉄道会社の運行管理システムや地方自治体の防災システ 方を規定する“短期的な個別作戦”のことである。これ ム な ど で 活 用 い た だ い て い る。 こ の よ う に は会社でいえば工場長(農場長)が考えることである。 『HalexDream!』は、これまで防災用として主に用いら さらに別の見方をすれば、経営のニーズというのは詰 まるところ「しっかり守りたい」 圧倒的な 代えがたい と「無駄を省きたい」 、それと「も 破壊力を持つ 豊かな っと儲けたい」の3つに収斂さ “脅威” “恵み” れると思 っ ている。このうち 「しっかり守りたい」 と「無駄を省 日本人は自然と“調和”することにより繁栄を得てきた リスク いかに回避/軽減するか (防災・危機管理・事業継続) プロフィット いかに増やすか (農業・漁業などの第一次産業、 再生可能エネルギー、天候デリバティブ) きたい」に主に関係するのが『戦 術』で、 「もっと儲けたい」に主に 関係するのが『戦略』である。 『戦術』として重要なことが 日々の管理(日常管理)で、農 業では「作物の安定的な生産 自然に対する畏敬の念が重要! 【守り】 」がこれにあたる(図− 5) 。ここで大事な情報が「状態 定式化 (コンピュータで予測的中) できる部分は直近の、極わずかに限られる の把握に関する情報」 、気象に関 ほとんどは人間 (気象の専門家) の叡智 (インテリジェンス) との戦い していえば1時間や6時間とい った極短期間の予報や、実測デ 図−3 自然の持つ二面性 5 グリーンレポートNo.562(2016年4月号) 栽培品種の選定 ほかの地域との差別化 病害虫被害回避 することが大きな課題となっ 生育診断 気象災害回避 ている。経営の観点からいう 生育予測 作付時期、出荷時期の調整など と、 「匠」の技、これはベテラン 肥培管理など 農業従事者の方々が長年の経 戦略 戦術 定量的に管理する農業へ 農業経営 (営農) 戦略の立案 験から自ら会得してきた“リ 日常管理 (定量管理) スク管理” の手法であり、この “リスク管理”は、いってみれ ば『経験』+『観察』 +『勘』の 『3K』で進められてきたよう なところがあった(図−6) 。 状態の把握 傾向の把握 中長期予報 短期予報 (1ヵ月、3ヵ月、暖・寒候期) この「匠」の技を弊社が提供 極短期予報 するオンラインリアルタイ (週間、72時間、24時間) (6時間、1時間) 過去の気象観測データ ム・ビッグデータ処理をはじ 記録データ めとした最新のICTを活用し (気温経過図、積算温度図、日照時間など) 地域特性 て、 “仕組み”として次の世 図−4 農業における気象情報の活用イメージ 【従来】作物の安定的な生産 (守り) 生産性の向上 地球温暖化、気候変動 環境にやさしい 農業の実現 TPP参加 (グローバル競争下へ) 消費者への食の安全 に関する情報の提供 世界の人口増加 経験と勘の見える化 農業従事者の 高齢化・減少 代に伝承するこ 気象情報提供に求められる方向性 とが、 今、 農業の 危機管理が重要 分野に求められ ・事前に迫り来る危険や被害を想定するリスク管理 ・被害が発生した後の対策を想定するクライシス管理 ち、 『経験』+『観 察』 + 『勘』の『3 防災と同レベルの安全・安心の追求 K』 に代わる 『新 次工程 (加工・流通) との連動 ロスの削減 しい3K』 、 すな 勘と経験の可視化 →次世代への伝承 わち『計画』 + 『計 安定供給 耕地の環境コントロール 定量的に管理する農業 【今後】競争力 (付加価値) を持つ 農業への転換 (攻め) ている。すなわ ・風のコントロール ・水のコントロール ・ほかの地域との差別化 ・熱のコントロール ・栽培品種の選定 ・光のコントロール ・作付時期、出荷時期の調整など ・防雹/防鳥/防害虫といった 物理的コントロール 生産管理/品質管理 測』 + 『改善』 を築 き上げることが 急務である。特 に、従来のベテ ラン農業従事者 が持つ「観察」 眼 図−5 農業経営向け気象情報提供に関する 今後のトレンド を、数値データ 気象を活用した経済性・競争力の追求 による「計測」に ータの記録がこれにあたる(図−4) 。一方で『戦略』 置き換えること、これが大きな鍵を握ると考えている。 として重要なことが「競争力(付加価値)を持つ農業へ また、ベテラン農業従事者の方々からは「このところ の転換【攻め】 」で、ここで大事な情報が「傾向の把握 地球規模で起きている気候変動により、従来からの経験 に関する情報」 、気象に関していえば1ヵ月や3ヵ月とい や観察眼が通用しなくなっている」という声も数多く耳 った中長期の予報や、地域の気候特性を分析するのに必 にしている。それを補うためにも、数値データによる 「計測」は重要となると考えている。 要となる過去データがこれにあたる(図−4) 。 これらの情報を活用して、定量的に管理する農業、ま た、耕地の環境をコントロールする農業に転換すること 従来の3K 新しい3K が、今後の農業に求められることではないか…と私は確 経験 計画 + + 観察 計測 + + 勘 改善 信に近く思っている(図−5) 。 「匠」の技を数値データに置き換える 現在、日本の農業では、農業従事者の高齢化が進み、 ベテラン農業従事者が持つ「匠」の技を次の世代へ伝承 図−6 新しい『3K』へ 6 【目標】 農業経営の安定化 & 地域経済の活性化 グリーンレポートNo.562(2016年4月号) 『坂の上のクラウドコンソーシアム』の取り組み この『計画』+『計測』+『改善』という『新しい3 K』を情報鮮度が高い詳細な気象情報を活用して、農業 経営の“リスク管理”で実現しようという『坂の上のク ラウドコンソーシアム』の取り組みが、愛媛県で進めら れている。愛媛県内のIT企業数社と愛媛県農業生産法人 協会、弊社ハレックスなどで組織する『坂の上のクラウ ドコンソーシアム』では、現在、スマートフォン向けの 「農業用気象予報システム」を開発中である(図−7) 。 このシステムでは、弊社の提供する気象情報を活用して、 写真−1 『坂の上のクラウドコンソーシアム』を使えば、 最新の気象情報が現場で確認できる 農作物に致命的なダメージをあたえる降雪や急激な温度 変化などが予測されたとき、リスクの上昇を知らせるア ラートを農業従事者のスマートフォンなどに自動的に伝 の分野に主として注力してきたが、競争力(付加価値) える(写真−1) 。アラートを出す条件は、作物や地域、 を持つ『攻め』の農業への転換に向けた取り組みも行っ 地形などによってさまざまに変化することから、現在、 ている。例えば、気温や湿度などのデータは圃場ごとに 愛媛県内を中心に多くの農業従事者にモニターになって 記録できることから、このデータを生産管理などにも使 いただいて実証実験を行っている。 えないか検討している。さらには、地域の営農指導員な モニターの農業従事者は、愛媛県産品の代表であるか ど農業の専門家と力を合わせ、1ヵ月予報や3ヵ月予報 んきつ類をはじめとした果樹栽培農家だけでなく、米麦、 といった中長期の予報と組み合わせて気象農業コンサル 野菜(露地だけでなく施設栽培も含む) 、さらには養豚や ティングを行ったり、過去の気象データの解析をもとに 養鶏などさまざまで、こうした方々の生の声を取り入れ 最近の地域の気象特性を掴んだりといった取り組みも進 て、あらゆる生産現場で使いやすい仕組みにするべく改 めている。 良しているところである。モニターの方々からは「安心 「アピネス/アグリインフォ」への情報提供 して眠れる」 「かん水判断に役立つ」と、私たちが期待し ていた以上の評価をいただいている。それらの声を受け 5月から全農が運営している「アピネス/アグリイン て、現在はこの仕組みを広く日本中に普及すべく、ビジ フォ」上で弊社の提供する気象情報を利用いただけるよ ネス化に向けての検討をしているところである。 うになった。まずは1㎢ごとの鮮度の高い詳細な気象情 これまでは作物の安定的な生産を目標とした『守り』 報の提供からスタートするが、今後は全農と協働で、こ れをベースに農業 の基盤となる情報 【分析機能】 【アラート機能】 霜害、高温・低温障害が予知さ れれば、メールなどでお知らせ 実測 データ ・データ蓄積 圃場ごとに日照時間や温 度、降雨量などを積算 ・収穫時期予測 収穫量・品質・収穫日な どを予測 ・病害虫など発生予測 実測 データ 【グラフ機能】 【生産役立ちツール】 ・附箋機能 【マップ機能】 努 め、 さらには 『坂の上のクラウ ドコンソーシア ム』で実現してい るアラート機能を はじめ、生産管理 ・旧暦、月齢の活用 気温、湿度、降雨などグラフ化 インフラの拡充に (農家の口コミ情報を共有) ピンポイントで気象変化を予測、 地図上で変化を確認 や病害虫予防の仕 組みなど、その情 報を活用したさま ざまなアプリケー ションを充実させ ていきたいと計画 している。ご期待 図−7 『坂の上のクラウドコンソーシアム』での取り組みのひとつ「農業用気象予報システム」 7 ください。
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