第6章 国際知財制度研究会まとめ Ⅰ.はじめに Ⅱ.自由貿易協定

第6章 国際知財制度研究会まとめ
Ⅰ.はじめに
今年度の国際知財制度研究会では、自由貿易協定及び経済連携協定等締結後の協定の知
財章に関する状況、国際協定を含む知的財産権関連条約と国際法による紛争解決、国際的
視野を踏まえた技術標準に関する特許権の権利行使の在り方、各国における知的財産制度
の整備に関する情報、TRIPS 協定発効後 20 年における変遷、及び WTO・WIPO の動向等
について、研究会委員やその他有識者の発表を踏まえつつ、検討を行った。
Ⅱ.自由貿易協定/経済連携協定等締結後の協定の知財章に関する状況
我が国と中南米諸国(チリ、ペルー)との経済連携協定(EPA)における知財章には、
TRIPS 協定の保護を充実させる規定(いわゆる TRIPS プラス)が置かれている。日チリ
EPA は 2007 年、日ペルーEPA は 2012 年にそれぞれ発効し、ある程度年月が経過している
が、これら二国は今般交渉が終結した TPP の参加国でもあるため、今後投資の増加が見込
まれる。一方、我が国が過去に締結した EPA の中には、知財章の規定が相手国で適切に履
行されていない、
ときには、
対応する規定は設けられていても実際の運用が伴っていない、
といった懸念が示されている。そこで、チリ、ペルーとの EPA に関して、EPA の規定に従
って国内法が整備され適切に運用がなされているかを調査した。調査によれば、チリ、ペ
ルーについては、おおむね我が国との EPA の知財章と整合的に、国内法制も整備されてい
ると理解された。ただし、チリについては、UPOV 1991 の締約国となっておらず、また、
ペルーについては、ISP の責任の制限についての法的枠組みの設定及び侵害者特定のため
の情報を ISP から迅速に入手する手続の規定がなされておらず、我が国との EPA の知財章
における義務規定に整合していない部分があるとの指摘がなされた。
また、今後の我が国の EPA 交渉戦略の参考とすべく、積極的に通商交渉を推し進めてい
る米国、EU と韓国における FTA の取組状況について、韓国が、各協定の知財章をどのよ
うな方法で履行しているのかを調査した。調査によれば、韓国は、米国、EU との FTA の
知財章と整合的になるように、国内法制を整備していると理解された。また、パテントリ
ンケージ制度の導入において、FTA の知財章と整合させつつも韓国国内企業のための一定
の配慮を国内法の規定(例えば、優先販売品目許可の規定)に設ける動きがあった。
Ⅲ.国際協定を含む知的財産権関連条約と国際法上の紛争解決
知的財産権を ISDS を通じて保護する可能性について、これまでも議論されてきたとこ
ろ、ISDS に関しては、TPP を巡る議論の中で大きく取り上げられ、確定した TPP 条文に
おいても一定程度の知的財産権保護の規定が設けられている。TPP 条文上、日本企業が投
資家として国外で投資活動を行う際に、どこまで投資財産(知的財産権を含む)を保護し
得るのか、という点が重要であることに鑑み、TPP 投資章の分析を通じて、ISDS による知
財紛争解決の筋道につき検討を行った。
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また、ある国が TRIPS 協定をはじめとする知的財産権関連条約(自由貿易協定(FTA)
の知的財産章も含む)に違反する可能性のある行動をとっている場合、その解決手段とし
て、WTO の紛争解決機関(DSB)への提訴や、FTA 等において設けられた紛争解決手続
(ISDS 含む)の利用の他、当該国の国内裁判所に対し私人がみずから訴訟を提起するとい
う方法も検討に値する。
そこで、
国内裁判所における知財関連条約の適用可能性について、
検討を行った。
Ⅳ.国際的視野を踏まえた技術標準に関する特許権の権利行使の在り方
標準規格技術の特許権者による行使は、その態様や内容によっては、市場競争に悪影響
を及ぼすものとして、反競争的行為に関する規律に服することとなり得る。知的財産権の
濫用を防止又は規制する措置をとることは TRIPS 協定上認められているものではあるが、
近年、特に新興国において、国内産業を保護するために、標準規格技術に関する特許権の
権利行使を制限しようとする動きも見られる。
また、最近は米国以外で、特許の実施を行わない特許管理会社や、政府系のファンドが、
Patent Assertion Entity(PAE)として、欧州やアジアなど各国で活動をしているという懸念
も示されている。
そこで、韓国公正取引委員会の「知的財産権の不当な行使に対する審査指針」
、標準規
格必須特許に関する訴訟事例、及び政府系特許ファンドを含む各国政府の特許権行使への
対応について検討した。
競争法による特許権の権利行使の制限に関する議論では、特許の問題と独禁法の問題と
が交錯していて、競争法の法制度と、ライセンスを含む特許の問題とが、整合的に議論で
きていないとの指摘や、標準規格必須特許と非必須特許との違いはあるものの、競争法の
観点から見ると両者は市場構造から同一の側面を有するとの指摘もあった。
Ⅴ.各国における知的財産制度の整備に関する情報
中国の WTO 加盟からまもなく 15 年が経過する。中国は自国の知財関連法が TRIPS 協
定に整合するよう、法整備を行ってきた。さらに、2014 年には知財専門裁判所が設立され、
司法面からも知財保護強化への意識が窺える。また、欧州では、域内における裁判所も含
めた特許制度の統一や、営業秘密に関する域内統一的な指令案の策定が行われており、今
後の欧州内でのさらなる統一的なルールの策定動向が注目されている。
このような状況で、
中国第4次専利法改正、
日中知的財産権ワーキンググループの動向、
欧州における統一的な営業秘密保護制度の整備状況、及び我が国の営業秘密保護強化に向
けた制度整備について検討した。
委員からは、欧州における統一的な営業秘密保護制度についての指令案において、
「雇用
の通常の過程で取得したスキル等」が営業秘密の保護から除外されている点についての懸
念が示された。
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Ⅵ.TRIPS 協定発効後 20 年における変遷
TRIPS 協定が 1995 年 1 月 1 日に発効してから、20 年が経過した。この間、世界的に、
知的財産を取り巻く事情や重要性は変化してきた。例えば、WTO の次のラウンドへ向け
ての交渉においては、先進国と途上国の対立構造が解消されず、交渉が停滞している。ま
た、途上国から、WTO や WIPO のみならず、国連、WHO 等他の国際フォーラムにも知的
財産の保護への懸念に関する議論が持ち込まれ、知財保護の弱体化を目指すという動きも
顕在化している。
このような状況を受け、TRIPS 協定発効後 20 年間の動き、医薬品業界における世界の重
要課題、及び知的財産権と人権について議論を行った。また、TRIPS 理事会に関する動向
及び TRIPS 協定に関連する紛争案件、偽造品の取引の防止に関する協定(ACTA)の状況、
そして、WIPO における遺伝資源・伝統的知識等に関する議論、意匠法条約の検討状況、
放送機関の保護及び権利の制限と例外に関する条約の検討状況について、報告と検討を行
った。
委員からは、これまでの 20 年の動きを踏まえ、これからの WTO/TRIPS 理事会や WIPO
といった、知的財産を専門に扱う国際的な会議体のあり方を考えていくべきとの意見や、
知的財産の保護に関して異なる価値観を持つ国々にも理解、納得されうる理論の創出とそ
の周知が重要との意見も出された。
Ⅶ.むすび
知的財産を巡る国際的状況は変化しているものの、先進国である日本においては、知的
財産の国際的な保護の意義は大きくなっており、これまでに締結された TRIPS 協定、二国
間経済連携協定などの確実な実施ばかりではなく、TPP の確実な履行、TPP 参加国の拡大、
紛争解決手続を通じた国際条約の実現などに向けての更なる取り組みが重要となっている。
今後も、検討を続けることが期待される。
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