土砂崩壊による労働災害防止対策

建設工事の
土砂崩壊による労働災害防止対策
安全衛生
講 座
−その2 斜面崩壊による労働災害の防止対策に関するガイドライン−
東京都市大学工学部都市工学科 准教授 伊藤 和也
(元(独)
労働安全衛生総合研究所 主任研究員)
1
労働災害となる土砂崩壊は、概して崩壊が小規模
はじめに
で、崩壊の前兆現象が明確に現れずに一瞬のうちに
前号( 3 月号)では、掘削法面の勾配と高さの基
土塊が滑動することが多くあります。そのため、労
準である労働安全衛生規則第 356 条・357 条の制定
働者が退避する時間的余裕が無いため被災する場合
された歴史的背景について概説しました。本号(4
が多いことが分かっています 1)。
月号)では、2015(平成 27)年 6 月 29 日に斜面掘
削工事における土砂崩壊災害防止対策として発出さ
れた「斜面崩壊による労働災害の防止対策に関する
ガイドライン」について概説し、今後の労働安全衛
生対策の方向性について私見を示していきます。
3
切土掘削工事での斜面崩壊による
労働災害防止対策の変遷
このような切土掘削工事に関する労働災害防止対
策については、1970 年代から現在に至るまで幾度
となく検討する機会が設けられていましたが、具体
2
切土掘削工事での斜面崩壊とは?
土砂崩壊・落盤による労働災害で「溝掘削工事」
的な防止対策を打ち出せずにいました。このような
状況下において、
(独)労働安全衛生研究所(現、
(独)
労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所。以
に次いで死亡者が多い「切土掘削工事」による斜面
下、
「安衛研」という。
)では、2003(平成 15)年
崩壊は、道路拡張工事や急傾斜地対策工事にて重力
から斜面崩壊による労働災害の防止対策に特化した
式擁壁などの対策工の施工中に、法面勾配を従前よ
研究を開始し、過去の労働災害事例の調査、切土掘
りも一時的に急勾配とするような掘削作業によって
削による斜面崩壊メカニズムの解明、災害防止対策
発生します。これは、斜面下部の土砂崩壊に抵抗す
樹立のための調査・研究活動を進めました 1)。この
る“押さえ”を取り去り不安定化させてしまうため
ような学術的な検討結果を背景として、2009(平成
です。「切土掘削工事」による労働災害では、斜面
21)年 3 月に学識経験者・行政担当者・施工業者等
の掘削作業中以外にも、その後の斜面近傍での「擁
の専門家を委員とした「斜面崩壊による労働災害の
壁型枠の組立・解体」や「床均し」などの作業中に
防止対策に関する調査研究会(以下、
「調査研究会」
多く発生しています。図- 1 にこれらの災害事例
という。
)
」を設立しました。この調査研究会では、
を示します。
有効な斜面崩壊による労働災害防止対策の強化を図
るため、
斜面崩壊による労働災害の防止措置の現状、
斜面崩壊防止工法の普及状況および問題点等を調査
して、実態の分析と同種災害防止対策に関する所要
の検討を行いました。委員会やワーキンググループ
➊
➋
での議論を経て、
2010(平成 22)年 3 月に報告書(以
➌
(a)床掘り・床均し中
下、
「安衛研報告書」という。
)をとりまとめました 2 。
)
調査研究会では簡単にまとめると下記のような検討
結果を示しています。
(1)発注者・設計者・施工者の 3 者の斜面崩壊の
危険性の共有化
➊
➋
➌
(b)擁壁型枠の解体中
図−1 切土掘削擁壁工事中の労働災害事例
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「建設の安全」2016.4
(2)危険性が確認された場合の「安全性の検討」
について
(3)ハード対策の観点・概念の提示