日本統計学会誌, 第45巻, 第1号, 59頁-68頁

日本統計学会誌
第 45 巻, 第 1 号, 2015 年 9 月
59 頁 ∼ 68 頁
特 集
道路利用における直接効果と間接効果の計測
各務 和彦∗
The Measurement of the Direct and Indirect Effects in Road Use
Kazuhiko Kakamu∗
線形回帰モデルにおける説明変数の被説明変数に対する限界的な効果は対応する回帰パラメー
タそのものであるため直感的で扱いやすい.しかしながら,空間計量経済モデルにおいては,他
地域の影響が入ってくるため線形回帰モデルのように限界的な効果を容易に扱うことができない.
本稿では LeSage and Pace (2009) によって提案された説明変数の被説明変数に対する限界的な
効果を自地域における直接効果と他地域からの間接効果に分解する方法を解説し,日本の道路利
用についての応用例を示す.
In the linear regression model, as the marginal effect with respect to the independent variable
is the estimated parameter itself, it is intuitive and tractable. However, in the spatial econometric model, as the marginal effect with respect to the independent variable depends on the other
regions’ variables, it is difficult to facilitate it. In this paper, we explain the method proposed
by LeSage and Pace (2009) to decompose the marginal effect into direct effect, which arises
from the own region, and indirect effect, which arises from the other regions, and introduce the
application to the road data in Japan.
キーワード: 直接効果,間接効果,空間計量経済学,マルコフ連鎖モンテカルロ法
はじめに
1.
K 次元の説明変数 xi = (xi1 , xi2 , . . . , xiK ) の yi に対する線形回帰モデル (linear regression
model: LRM) (i = 1, 2, . . . , n)
yi = α + xi β + εi ,
εi ∼ N (0, σ 2 ),
において,第 k 変数の y に対する限界的な効果は
(1.1)
∂yi
= βk (ただし,βk は β の第 k 要
∂xik
∂yi
= 0 (ただし,i 6= j) であることから直感的で扱いが容
∂xjk
易である.例えば,消費関数の推定における所得の消費に対する限界的な効果は経済学に
素) で一定であるだけでなく
おいては限界消費性向と呼ばれ,所得が一単位増加したときに,どれだけ消費が増えるの
∗
神戸大学大学院経営学研究科:〒 657-8501 神戸市灘区六甲台町 2-1 (E-mail: [email protected]).
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日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015
かを意味する.従って,LRM は経済理論の実証分析において広く使われているモデルの一
つとなっている.
一方で,LRM を推定するにあたってはいくつかの仮定がおかれており,仮定を緩め実
際のデータに適したものにするために,不均一分散性を考慮したモデルや時系列モデルへ
の拡張など,LRM の様々な拡張が行われてきた.その拡張の方向の一つとして空間計量
経済モデルがある.空間計量経済モデルとは地域 (地点) 間の相関を考慮した計量経済モデ
ルであり,空間計量経済学の起源は Paelinck and Klaassen (1979) にあると言われている
(Anselin (2010) を参照).
空間計量経済学を概観するにあたっては,Anselin (1988, 2010) や Anselin and Florax
(1995),Anselin et al. (2004),Arbia (2006),Arbia and Baltagi (2009),Getis et al. (2004),
LeSage and Pace (2004, 2009) をはじめとして,すでにいくつものサーベイ論文や包括的
な書籍が存在する.近年では矢島 (2007) や堤・瀬谷 (2012a, b) など日本語による文献も蓄
積されてきていることから,空間計量経済学に関する概観はこれらに譲ることとして,本
∂yi
∂yi
や
に
稿では空間計量経済モデルにおける第 k 変数の y に対する限界的な効果
∂xik
∂xjk
焦点を当てることにする.
後述するように空間計量経済モデルにおける第 k 変数の y に対する限界的な効果は LRM
∂yi
∂yi
6= βk だけでなく,
と異なり
6= 0 であるので,解釈が難しいだけでなく,扱い
∂xik
∂xjk
も容易でない.この問題に対して,LeSage and Pace (2009) は限界的な効果を自地域から
の直接効果と他地域からの間接効果に分解する要約尺度を提案し,解釈を容易なものにし
た.そして,この方法は LeSage and Dominguez (2012) をはじめとして実証分析で使われ
ており,空間計量経済モデルを用いた実証分析における標準的な分析手法となってきてい
る.しかしながら,この方法を日本のデータに適用した実証例はないと思われる.そこで,
本稿ではこの方法を解説するとともに日本の道路データに応用することを目的とする.
実証分析においては湯之上・福重 (2004) と同様に道路の利用を道路によるサービスの生
産性と捉え,道路資本の道路生産性に対する直接効果と間接効果の計測を行う.1) 実証分析
の結果,LRM では直接効果しか推定できず,間接効果の計測ができていないことが分かっ
た.結果として,総効果を過小評価していた.具体的には,道路の生産性に対する道路延
長の間接効果は無視できないものであり,周辺都道府県の道路延長の増加はその都道府県
の道路の生産性を押し上げるということが過小評価されていた.
本稿の構成は以下の通りである.第 2 節では本稿で利用する空間計量経済モデルを紹介
する.第 3 節では空間計量経済モデルのパラメータをマルコフ連鎖モンテカルロ (Markov
1)
湯之上・福重 (2004) では道路利用における政治的要因に関心があるため,政治的要因を含んだモデルを展開
し,確率的フロンティアモデルで分析をしているが,本稿では道路利用における直接効果と間接効果に関心
があるため,より単純なモデルで分析を行う.
61
道路利用における直接効果と間接効果の計測
chain Monte Carlo: MCMC) 法によって推定する方法を述べるとともに推定されたパラ
メータから直接効果と間接効果を計測する方法を解説する.第 4 節では第 3 節で紹介した
方法を日本の道路の利用に応用し,その実証結果を示す.第 5 節では,結論と今後の課題
について述べる.
空間計量経済モデル
2.
空間計量経済学における標準的なモデルの一つは空間自己回帰モデル (spatial autore-
gressive model: SAR モデル) と呼ばれ,
yi = ρ
n
∑
wij yj + α + xi β + i ,
i ∼ N (0, σ 2 ),
(2.1)
j=1
のように表される.ただし,ρ は空間的相互作用のパラメータであり,スピルオーバーの
程度を表す.そして,wij は地域 i と地域 j の関係を表す変数であり,通常,地域 i と地域
j の間の距離の関数や地図上の隣接関係 (contiguity) によって定義される.wij を要素とす
る行列 W は空間ウェイト行列と呼ばれ,空間計量経済モデルにおいて重要な役割を果た
す.ここでは,Stakhovych and Bijmolt (2009) が隣接関係に基づく空間ウェイト行列が距
離の関数に基づく空間ウェイト行列よりもパフォーマンスがよいことをモンテカルロ実験
によって検証しており,本稿の実証分析においても隣接関係に基づく空間ウェイト行列を
用いることから,隣接関係に基づく空間ウェイト行列の定義について説明していく.2)
図 1 には北海道・東北地方の地図が示されている.隣接関係に基づく空間ウェイト行列
W の要素 wij を説明するために,地図上で地域が接しているか否かを 1 と 0 で数値化した
行列 C を以下のように与える.
2)
北海道
青森県
秋田県
岩手県
宮城県
山形県
福島県
北海道
0
1
0
0
0
0
0
青森県
1
0
1
1
0
0
0
秋田県
0
1
0
1
1
1
0
岩手県
0
1
1
0
1
0
0
宮城県
0
0
1
1
0
1
1
山形県
0
0
1
0
1
0
1
福島県
0
0
0
0
1
1
0
距離の関数に基づく空間ウェイト行列における関数型の選択に関しても様々な検討が行われている.例えば,
Dubin (2003) はモンテカルロ実験によって,関数型の検討を行っている.さらに,Kakamu (2005) は関数型
を決定するパラメータも含めた SAR モデルのパラメータの MCMC 法による推定方法を提案している.
62
日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015
図1
北海道・東北地方.
例えば,宮城県を取り上げてみる.宮城県は図 1 を見ると,秋田県,岩手県,山形県,
福島県と接していることが分かる.他方,北海道,青森とは接していない.また,行列の
対角要素は 0 と定義している.従って,宮城県の行を見てみると,接している県では 1 を
取り,接していない県では 0 を取っている.そして,すべての県 (行) について同じ操作
が行われていることが分かる.3) この行列 C を直接空間ウェイト行列 W とすることもで
きるが,後述するような定常条件に関する性質から,実証分析においては行標準化された
cij
によって定義される W を用いることが多い.
wij = ∑n
l=1 cil
SAR モデルは空間計量経済モデルにおいて標準的なモデルであるが,本稿では空間計
量経済モデルにおける第 k 変数の y に対する限界的な効果を直接効果と間接効果に分解
することが目的であることから,このことを扱うための一般的なモデルである,空間ダー
ビンモデル (spatial Durbin model: SDM) を導入する.4) ここで,y = (y1 , y2 , . . . , yn )0 ,
X = (x01 , x02 , . . . , x0n )0 というベクトルと行列を導入すると,SDM は
y = ρWy + αιn + Xβ + WXγ + ,
= ρWy + Zθ + ,
∼ N (0, σ 2 In ),
(2.2)
のように表現することができる.ただし,ιn は n × 1 の単位ベクトル,γ は k × 1 のパラ
メータベクトル,Z = [ιn X WX],θ = (α β 0 γ 0 )0 ,In は n 次元の単位行列である.γ は
3)
北海道は青森県と陸続きではないが,ここでは北海道と青森県が接しているものとして扱われている.Kakamu
et al. (2008) ではたとえ陸続きでないとしても橋やトンネルによって繋がっている都道府県は隣接関係にあ
ると仮定した空間ウェイト行列を提案しているので,それに従った空間ウェイト行列にもとづいて説明して
いる.
4)
SDM のベイズ推定における特性については Kakamu (2009) で検討されている.
道路利用における直接効果と間接効果の計測
63
WX の回帰パラメータであり,他地域の説明変数が被説明変数に与える影響を意味する.
SDM においては,γ は外部性の程度を表すパラメータと解釈される.
(2.2) に対する尤度は,
}
{
e0 e
,
L(y | X, W, θ, σ , ρ) = √
n |In − ρW| exp −
2σ 2
2πσ 2
2
1
(2.3)
となる.ただし,e = y − ρWy − Zθ である.
推定方法
3.
3.1
MCMC 法によるパラメータ推定
本稿では MCMC 法によるベイズ推定を行うので,パラメータに対して事前分布を特定
する必要がある.5) ここでは,
π(θ, σ 2 , ρ) = π(θ)π(σ 2 )π(ρ)
(3.1)
のように,独立な事前分布を仮定する.そして,それぞれのパラメータに対しては,以下
のような分布を仮定する.
θ ∼ N (θ 0 , Σ0 ),
σ 2 ∼ IG(ν0 /2, λ0 /2),
ρ ∼ U(1/λmin , 1/λmax ),
(3.2)
ただし,IG(a, b) は逆ガンマ分布,U(a, b) は一様分布である.λmin ,λmax はそれぞれ W
の固有値の最小値と最大値であり,λmin < 0,λmax > 0 となる.定常な空間データにおい
ては ρ ∈ (1/λmin , 1/λmax ) であり,行標準化された空間ウェイト行列においては λmax = 1
であることが知られているので (Sun et al. (1999) を参照),本稿の推定でも λmax = 1 とし
ている.
(2.2) に対する事後分布は (3.1) と (2.3) の積として,
π(θ, σ 2 , ρ | y, X, W) ∝ π(θ)π(σ 2 )π(ρ)L(y | X, W, θ, σ 2 , ρ),
(3.3)
のように表される.
(3.3) から,θ の全条件付事後分布は
θ | y, X, W, σ 2 , ρ ∼ N (θ̂, Σ̂),
(3.4)
{
}
(
)−1
,θ̂ = Σ̂ σ −2 Z0 (y − ρWy) + Σ−1
によって表される.ただし,Σ̂ = σ −2 Z0 Z + Σ−1
0 θ0
0
である.従って,ギブズ・サンプラーによって乱数を生成すればよい.6)
5)
6)
MCMC 法に関しては大森 (2001) を参照.
詳しくは,Gelfand and Smith (1990) を参照.
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日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015
(3.3) から,σ 2 の全条件付事後分布は
σ 2 | y, X, W, θ, ρ ∼ IG(ν̂/2, λ̂/2),
(3.5)
ただし,ν̂ = n + ν0 ,λ̂ = e0 e + λ0 である.従って,θ と同様に,ギブズ・サンプラーに
よって乱数を生成すればよい.
(3.3) から,ρ の全条件付確率密度関数は
}
{
e0 e
π(ρ | y, X, W, θ, σ ) ∝ |In − ρW| exp − 2 ,
2σ
2
(3.6)
となる.この密度関数は (3.4) や (3.5) と異なり,標準的な分布とならない.そこで,酔歩
連鎖によるメトロポリス・ヘイスティングス (MH) アルゴリズムによって乱数の生成を行
う.7)
3.2
直接効果と間接効果の計測
推定されたパラメータから直接効果と間接効果を計測するために,Sk (W) = (In −
∂yi
= Sk (W)ij となる.た
ρW)−1 (βk In + γk W) という行列を導入する.このとき,
∂xjk
だし,Sk (W)ij は行列 Sk (W) の第 ij 要素である.そこで,LeSage and Pace (2009) は第
k 変数の y に対する限界的な効果を総効果 (total effect) と定義し,これを自地域からの影
響を表す直接効果 (direct effect) と他地域からの影響を表す間接効果 (indirect effect) に分
解する要約尺度を以下のように提案した.
M̄ (k)total = n−1 ι0n Sk (W)ιn ,
(3.7)
M̄ (k)direct = n−1 tr(Sk (W)),
(3.8)
M̄ (k)indirect = M̄ (k)total − M̄ (k)direct ,
(3.9)
ただし,tr(M) は行列 M のトレース,M̄ (k)total は総効果,M̄ (k)direct は直接効果,M̄ (k)indirect
は間接効果をそれぞれ表す.
前述の通り,変数 k の y に対する限界的な効果は地域間で一定でないため,(3.7) は行列
Sk (W) の行和の平均,(3.8) は対角要素の平均を取ることで要約尺度としている.そして,
Gelfand et al. (1990) で示されているように,MCMC 法は (3.7) から (3.9) のようなパラ
メータの非線形な関数として表される総効果や直接効果,間接効果に対しての統計的推測
を可能にする.つまり,事後平均や事後信用区間を求めることで,直接効果や間接効果が
存在するか否かを検討することを可能にする.従って,実証分析では,ベイズ推定をする
ことで,直接効果と間接効果の統計的推測を行う.
7)
MH アルゴリムに関して詳しくは Chib and Greenberg (1995) を,空間自己回帰モデルの場合に関しては
Holloway et al. (2002) を参照.
65
道路利用における直接効果と間接効果の計測
4.
実証分析
本稿では湯之上・福重 (2004) をもとにして,道路の利用を道路によるサービスの生産性と
して捉え,道路の生産性における直接効果と間接効果の計測を行う.単純な Cobb-Douglas
型の生産関数に他地域からの影響を考慮して,
TRAFFICi = eα LENGβi LENG CONGβi CONG
n
∏
×
ρwij
TRAFFICj
γ
LENGj LENG
wij
γ
CONGj CONG
wij i
e ,
(4.1)
j=1
と特定化する.ただし,TRAFFICi は地域 i の道路サービスの生産性,LENGi は道路資
本,CONGi は道路資本の稼働率を表すものとする.
(4.1) を対数変換して,線形化すると,
log TRAFFICi = α + ρ
n
∑
wij log TRAFFICj + βLENG log LENGi + βCONG log CONGi
j=1
+ γLENG
n
∑
j=1
wij log LENGj + γCONG
n
∑
wij log CONGj + i ,
(4.2)
j=1
となる.ここで,i に正規分布を仮定して,yi = log TRAFFICi ,xi = (log LENGi ,
log CONGj ),β = (βLENG , βCONG )0 ,γ = (γLENG , γCONG )0 とすれば,(2.2) になること
が分かる.そこで,(4.2) を推定することで,道路の生産性における直接効果と間接効果を
計測する.
次に,このモデルを推定するために用いるデータの説明を行う.国土交通省の『平成 22
年度道路交通センサス』から TRAFFICi として 24 時間走行台キロを,LENGi として延長
を,CONGi として混雑度を 100 倍したものを利用した.ただし,混雑度を 100 倍したも
のを道路利用の稼働率の近似として利用した.そして,空間ウェイト行列については,第
2 節でも説明した,Kakamu et al. (2008) で提案された隣接関係に基づくウェイト行列を
用いた.
最後に,MCMC 法を用いるための設定を行う.事前分布のハイパー・パラメータを
θ 0 = 0, Σ0 = 100 × I2K+1 , ν0 = 2.0, λ0 = 0.01,
と設定し,1,010,000 回の反復を行い MCMC による事後分布からの確率標本を得た.そし
て,稼働検査期間として最初の 10,000 回を切り捨て,残りの 1,000,000 回のサンプルを事
後分布からサンプリングされたものと見なして推定に用いた.ただし,1,000,000 回のサ
ンプルの標本自己相関が高かったため,さらに 100 個飛ばしにしたものを推定に用いた.
つまり,最終的には 10,000 回の標本で推定を行った.本稿の計算結果は Ox Version 7.00
(OS X 64/U) (Doornik (2009) を参照) を用いて得られたものである.
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日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015
表1
推定結果.
SDM
事後平均
LRM
95%信用区間
事後平均
95%信用区間
−7.725
−10.055
−5.374
−8.395
−10.722
−6.080
βLENG
1.118
0.956
1.282
1.091
0.933
1.244
βCONG
2.174
1.769
2.580
2.332
1.967
2.693
γLENG
−0.245
−0.501
0.030
γCONG
−0.249
−0.743
0.268
ρ
0.274
−0.041
0.554
σ2
0.045
0.029
0.068
0.047
0.031
0.071
α
表2
直接効果と間接効果.
LENG
事後平均
直接効果
1.334
CONG
95%信用区間
1.037
1.709
事後平均
95%信用区間
2.214
1.801
2.623
間接効果
3.310
2.047
5.373
0.504
−0.172
1.538
総効果
4.644
3.120
7.039
2.718
1.871
3.940
表 1 には SDM の推定結果を示している.また,比較のために,(1.1) の線形回帰モデル
(LRM) の結果も示している.8) まず,SDM の推定結果に注目してみることにする.他地
域の説明変数の影響を表す γLENG と γCONG を見てみると,どちらも 95%信用区間がゼロを
含んでおり,他地域からの影響は一見無いように見える.ただし,注意すべき点は γLENG
の 95%信用区間はわずかに 0 をまたぐ程度であるという点である.そして,空間相互作用
を表す ρ に目を向けると,このパラメータも 95%信用区間がゼロを含んでおり,空間的相
互作用は無いように見えるが,γLENG と同様に 95%信用区間はわずかにゼロをまたぐ程度
である.そこで,LRM の結果に目を移すと,全てのパラメータが SDM モデルと同じよう
な値で推定されており,LRM を推定するだけで十分なように思われる.
そこで,表 1 の計算で用いた事後分布からの標本を使って (3.8) の直接効果と (3.7) の総
効果,(3.9) の間接効果を計算した結果が表 2 に示されている.この結果を見てみると,ま
ず,注目すべき点は CONG の間接効果は 95%信用区間がゼロを含む一方,LENG の間接
効果は 95%信用区間がゼロを含まず,間接効果が存在することを示唆する結果となってい
る.そして,直接効果を見てみると,これらの値は LRM の推定されたパラメータの値と
似たものとなっており,LRM は直接効果の推定はうまく行えているものの,間接効果を無
8)
LRM の推定でも正規・逆ガンマ事前分布を仮定し,SDM と同様のハイパー・パラメータ設定した.そして,
20,000 回の反復を行い MCMC による事後分布からの確率標本を得て,稼働検査期間として最初の 10,000 回
を切り捨て,残りの 10,000 回のサンプルを事後分布からサンプリングされたものと見なして推定に用いた.
道路利用における直接効果と間接効果の計測
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視した結果になっていると解釈することができる.従って,総効果は LRM で推定された
パラメータの値よりも大きいものになっている.この結果から,たとえ,SDM のパラメー
タの 95%信用区間がゼロを含んでいたとしても,直接効果や間接効果を計測すると,それ
らの 95%信用区間がゼロを含まないことがありうるので,モデルのパラメータの 95%信用
区間がゼロを含んでいるからといってモデルからそのパラメータが必要でないということ
を意味するわけではないと言うことが分かる.
最後に,推定された結果からこの結果の含意を検討することにする.LENG では間接効
果が存在するだけでなく,直接効果のおよそ 2.5 倍の間接効果があると見ることができる.
LeSage and Pace (2009) では一般的な空間ウェイト行列を想定して,級数展開表現に基づ
く解釈を与えているが,本稿では隣接関係に基づく空間ウェイト行列を用いているため,よ
り単純な解釈を与えることにする.Kakamu et al. (2008) で提案された隣接関係に基づく
空間ウェイト行列の各都道府県の平均的な隣接都道府県数は 4 である.間接効果の要約尺
度は各都道府県からの間接効果の和の平均であることから,間接効果を 1 県あたりの間接
効果 (1/4) に換算すると,直接効果の 0.62 倍の影響が隣接する他の各都道府県にあるとい
うことである.1 県あたりに換算しても,非常に大きな間接効果であり,道路の生産性に
おける他地域の影響は無視できないものであるということがわかる.つまり,間接効果を
無視して道路の供給を考えれば,道路の過小供給につながると言えるかもしれない.他方,
CONG の結果を見ると,道路の稼働率が高いからと言って,隣接都道府県の稼働率が上が
るというわけではないという結果となっており,現実的な結果となっていると考えられる.
5.
結論
本稿では LeSage and Pace (2009) によって提案された空間計量経済モデルにおける説明
変数の被説明変数に対する限界的な効果の要約尺度を紹介するとともに,この方法を日本
の道路利用に関して応用して,道路の利用を道路によるサービスの生産性として捉え,道
路の生産性について分析を行った.実証分析の結果,道路資本の道路の生産性に対する間
接効果は無視できないほど大きいものであり,間接効果を無視して道路資本の供給を行え
ば,過小供給につながる可能性があることが示唆された.
最後に,今後の課題について言及しておきたい.本稿では,直接効果と間接効果の分析
に焦点を当てるために,単純な SDM を用いて道路の生産性の分析を行った.そして,モ
デルの単純化のために,説明変数も道路の延長と稼働率の代理変数として混雑度に限定し
た.しかしながら,道路の生産性を厳密に分析するには湯之上・福重 (2004) と同様に確率
的フロンティアモデルを用いたり,コントロールすべき変数を追加したりするなどモデル
の精緻化が必要であると考えられる.ただし,直接効果と間接効果を捉えるという観点か
らすれば,一定の意味があると考えられるので,これらについては今後の課題としたい.
68
日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015
謝辞
本稿を改訂するにあたり,匿名の査読者からのコメントは有益であった.記して感謝した
い.なお,本稿は科学研究費補助金 (#26380266,#25245035) の助成を受けている.
参 考 文 献
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