日本統計学会誌 第 45 巻, 第 1 号, 2015 年 9 月 41 頁 ∼ 57 頁 特 集 都道府県の生産における限界効果とその波及効果の推定 大塚 芳宏∗ Estimation of Marginal Effects and Their Spillover Effects in Productivity of Prefectures Yoshihiro Ohtsuka∗ 本稿では,2001 年から 2009 年までの都道府県別パネルデータと空間動学的パネルデータモデ ルを用いて,生産関数の空間的波及効果を推定し,資本と労働の生産への限界効果を計測した. まず,変量効果の空間動学的パネルデータモデルとベイズ統計学による推定方法を紹介し,長期 と短期における直接効果と間接効果の分解方法について説明していく.そして,このモデルをマ ルコフ連鎖モンテカルロ法を用いて,ベイズ推定した結果,都道府県の生産は,空間的相関と時 間的自己相関に依存していることが示された.そして,労働における間接効果は,短期にのみ計 測され,直接効果は長期の方が高い値となっていることが示された. This study estimates the spillover effect of productivity function, and measures marginal effects of the production on the capital and labor force, using the spatial dynamic panel data model with prefecture panel data from 2001 to 2009. We introduce the spatial dynamic panel data model with random effects and the Bayesian methodology, and explain to decompose the marginal effects into the direct effect and indirect effect in the short term and the long term. From the empirical results by using Markov chain Monte Carlo (MCMC) method, it is found that the prefectural productivity depends on spatially and serial correlations. Futhermore, the indirect effect of the labor force is effective in the short term. On the contrary, the direct effect of the labor force in the long term is larger than that in the short term. キーワード: 時空間計量経済学,空間動学的パネルデータモデル,マルコフ連鎖モンテカルロ法 はじめに 1. 我が国では,2014 年 7 月より政府は地方創生を掲げ,地方経済の活性化を重点課題とし て取り上げている.この地域支援政策実施の原則には,各地域の実情をふまえた「地域性」 , 対象地域に直接の支援効果を与える「直接性」があり,その他として「将来性」や「結果重 視」などが含まれている.まず,地域の実情を明らかにする為には,対象地域のみを分析 するだけでは不十分である.Anselin (1988) で指摘されているように地域経済は,隣接地 ∗ 長崎県立大学経済学部:〒 858-0926 長崎県佐世保市川下町 123 (E-mail: [email protected]). 42 日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015 域と労働力の移動や流通を介して,経済的に密接な関係があることから,自地域だけでな く隣接する他地域の動向も考慮し,分析しなければならない.また,政策による支援効果 の測定に関しては,仮に地域の生産性が,資本量の増減に依存しているとすれば,生産に 対する資本の限界効果 (marginal effect) の計測が有用な指標となる.しかし,先に述べた 地域間の相互関連性を考慮すれば,この限界効果も自地域の資本増加が,自地域の生産に 寄与する直接効果と隣接地域の資本量の増減が自地域へ波及する間接効果があることから, それぞれを計測する必要がある.こうした限界効果に関連する先行研究は,浅子他 (1994), 土居 (1998) などがあり,これらの先行研究では,社会資本の生産への効果について分析が なされている.一方で,Hashiguchi (2010) や Kakamu et al. (2012) は,コブ・ダグラス型 生産関数を空間計量経済モデルに拡張し,都道府県別パネルデータを用いて,地域間の空 間的相互依存関係すなわち空間的波及効果の推定を行っている.しかしながら,いずれの 先行研究も 2000 年以前までのデータを用いており,2000 年以降のデータを用いた実証分 析は,行われていない.また,空間計量モデルを用いた先行研究では,資本や労働の限界 効果までは分析していない.以上のことから,本稿では,先行研究で用いられたコブ・ダ グラス型生産関数と同様に,生産への投入要素は資本と労働と仮定し,2000 年以降のパネ ルデータと空間計量経済モデルを用いて,生産における限界効果や地域間の空間的波及効 果を推定する. 本稿で用いる空間計量経済モデルは,近年,地域学研究の実証分析で広く利用されてい る.空間計量分析は,Paelinck and Klaassen (1979) から始まり,Anselin (1988) 以降,地 価,労働,所得など多岐に渡る分野で応用されている.その後は,Cressie (1993) より横断 面データを用いた静学的な空間分布の分析から,時系列解析と組み合わせた時空間動態の 分析へと進展している1) .矢島 (2011) で指摘されているように,時空間計量分析は,我が 国では東日本大震災の経済的被害の分析に応用しえるものとして,実証分析の蓄積が必要 とされている分野でもある. そして,本稿で使用するパネルデータを取り扱う計量モデルとして,Anselin (1988), Elhorst (2003, 2010), Kappor et al. (2007), Baltagi et al. (2007), Lee and Yu (2010) な どで空間パネルデータモデルやそれらの推定方法の開発が行われている.さらに,Anselin et al. (2008) では,個々の経済主体が時間的ラグに依存しているならば,空間的ラグを想定 するのが自然であるとして,空間動学的パネルデータ (Spatial dynamic panel data: SDPD) モデルを提案した.この SDPD モデルは,Ertur and Koch (2007),Parent and LeSage (2011, 2012), Yu and Lee (2012),Mills and Parent (2014) などで地域経済成長や R&D 1) その他の空間計量経済学の文献としては,Arbia (2006),Arbia and Baltagi (2009),LeSage and Pace (2009), Gelfand et al. (2010), Anselin (2010) などが挙げられる. 生産における限界効果と波及効果の推定 43 の空間的波及効果の推定などに応用されている.また,SDPD モデルは,空間と時間の動 学的構造を取り入れていることから,説明変数の限界効果は,長期と短期の 2 種類に分け て計測できるという利点を有する.こうした期間別の限界効果計測の有用性として,例え ば,地方公共事業の実施は,その地域の雇用や機械設備などの需要を喚起させ,生産を増 加させるフローのような一時的な効果をもつ.また,蓄積された設備などの資本が,継続 的に当該地域の生産活動の向上をもたらすストック効果も併せ持っている.このことから, 各説明変数の限界効果は,需要喚起としての短期および生産の時間的構造を考慮した長期 に分けて,計測する必要がある.長期における限界効果は,先述の地方創生の施策原則の 「将来性」に対して評価の指標となるが,このモデルを日本のデータに適用した実証例はな いと思われる.そこで,本稿では,この SDPD モデルを紹介するとともに,日本の都道府 県別パネルデータへ応用する. 実証分析においては,Hashiguchi (2010) と同様に,都道府県別生産,資本ストック,就 業者数を用いて,2001 年から 2009 年の年次データから SDPD モデルを推定する2) .実証 分析の結果,都道府県別生産データは,空間的波及効果と過去の自己相関に依存している ことが示された.また,生産に対する資本の弾力性よりも労働の弾力性の方が高いという 結果が得られた.そして,労働に対する直接・間接効果を計測した結果,間接効果は短期で は直接効果と同水準であったのに対して,長期的にはゼロへと減少するという結果が得ら れた.また,長期の直接効果は,短期に比べて約 6 倍高いという結果となった.これによ り,労働の変化は,短期よりも長期において生産の変化に強く影響を及ぼすことが示され, 労働の限界効果は,計測期間によって異なった特徴をもっていることが明らかとなった. 本稿の構成は,以下の通りである.第 2 節では,本稿で用いる SDPD モデルを紹介す る.第 3 節では,モデルのパラメータを推定するマルコフ連鎖モンテカルロ (Markov chain Monte Carlo: MCMC) 法について紹介し,このモデルにおける限界効果の計測方法につい て説明する.第 4 節では,SDPD モデルを日本の都道府県別データに応用し,実証分析の 結果を示す.最後に,本稿の結論と今後の課題について述べる. モデル 2. 2.1 空間動学的パネルデータモデル 本節では,Parent and LeSage (2012) や Debarsy et al. (2012) で用いられている SDPD モデルについて紹介する.ここで,被説明変数 yt (t = 1, . . . , T ) が,N × 1 のベクトルと 2) Kakamu et al. (2012) は工業統計の粗付加価値額,従業者数,有形固定資産年末現在高を用いて実証分析を 行っている. 44 日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015 する.これより,モデルは以下のように定式化される. yt = ρWyt + φyt−1 + θWyt−1 + ιn α + xt β + η t , ηt = µ + t , t ∼ N (0, σ 2 IN ), (2.1) (2.2) (2.1) 式において,W は N × N の空間的相互依存関係を定義する加重行列であり,α は 定数項,ιN は要素が全て 1 である N × 1 のベクトル,φ と θ は,それぞれ時間と空間に おける 1 次の自己回帰係数を表している. また,xtl = (x1tl , . . . , xN tl )0 (l = 1, . . . , k) より xt = (xt1 , . . . , xtk ) は,N × k の説明変数であり,IN は N × N の単位行列を表している. (2.2) 式は,µ と誤差項 t によって構成され,µ = (µ1 , . . . , µN )0 のベクトルとなるが,定 数項として取り扱うならば固定効果とし,µi ∼ N (0, τ 2 ) に従うのであれば,変量効果とな る.本稿では,変量効果のケースを紹介する. ここで,SDPD モデルとその他の空間計量モデルとの関係性を紹介する.まず,φ = 0 と θ = 0 の場合には,空間的自己回帰 (Spatial autoregressive: SAR) モデルとなる.ρ = 0 の場合には,時空間 (Space-time) モデルと呼ばれ,Giacomini and Granger (2004) でマク ロ経済変数の予測分析に用いられている.また,(2.1) 式においては,yt が同時点と 1 期前 の空間的波及効果をもつと仮定しているが,(2.1) 式の ρWyt と θWyt−1 を取り除き,(2.2) 式を以下のように変更することで, η t = λWη t + µ + t , モデルは,空間誤差モデル (Spatial error model: SEM) となる.そして,(2.1) 式で,説明 変数 xt にも空間的波及効果を考慮した Wxt を追加すると,空間ダービンモデル (Spatial Durbin model: SDM) となる.さらに,Gibbons and Overman (2012) では,SDM の Wxt 部分にも 1 期前のラグ項を加えた Spatial lag of X (SLX) モデルも提案されている.こう したモデルの関連性については,Elhorst (2001, 2003, 2014) で詳細にまとめられている. Mills and Parent (2014) では SDPD モデルの構造を SAR モデルから SDM に拡張して, 推定を行っているが,Lee and Yu (2015) で識別性の問題が指摘されていることから,本 稿では,Wxt を加えない SDPD モデルを用いる. 次に,空間計量モデルの特徴である加重行列 W について紹介する.加重行列は,i 番目 の被説明変数 yit に対して周辺地域との空間関係を定義づけるものであり,加重行列の定 義は,隣接するか否かでダミー変数を設定する隣接ダミーや 2 地点間の距離の逆数をとる 方法などがある.Stakhovych and Bijmolt (2009) では,真の加重行列と推定で用いる加重 行列が相違であるケースで数値実験を行い,隣接ダミーが最も推定のバイアスが小さいこ とを示している.これより,本稿では,隣接ダミーを用いて,加重行列を以下のように定 生産における限界効果と波及効果の推定 45 義する. dij W = {wij } = ∑n j=1 dij , dij は,i 地域と j 地域が隣接していれば 1,そうでなければ 0 とするダミー変数である. ここで,$i (i = 1, . . . , N ) を W の固有値とし,$min を最小値と定義する.W が行和が 1 となるように基準化していることから,LeSage and Pace (2009) や Sun et al. (1999) で, −1 ρ ∈ ($min , 1) となることが示されている. 通常の自己回帰モデルと (2.1) 式の θ との関係性について考察する.ここでは,式の展 開を簡単にする為に,(2.1) 式において,変量効果,定数項,説明変数を除いた以下の時系 列モデルを考える. yt = ρWyt + η t , η t = φη t−1 + t , これは,Elhorst (2001) の SAR-AR モデルであり,空間的波及効果の項と 1 次の自己回帰 に従う誤差によって構成されている.この 2 式を展開すると yt − ρWyt = φ(yt−1 − ρWyt−1 ) + t yt = ρWyt + φyt−1 − φρWyt−1 + t (2.1) 式と係数比較すると,θ = −ρφ となっている.Debarsy et al. (2012) では,θ 6= −ρφ のケースで数値実験を行い,θ = −ρφ の制約を課すのではなく,θ という1つのパラメー タで推定することを提案している. 次に,定常性の関係性について紹介する.時系列解析で用いられる AR モデルでは,次 数が 1 の場合には,定常性の条件は |φ| < 1 となっている.しかし,今回のような同時点と 1 期前の空間的波及効果が追加されている場合には,定常性の条件はより複雑になる.こ こで,(2.1) と (2.2) 式を以下のように変形させる. Byt = ∞ ∑ ( −1 )s ( −1 )s AB Ayt−(s+1) + AB xt−s β s=0 ( + IN − (AB−1 ) )−1 (αιN + µ) + ∞ ∑ ( −1 )s AB t−s , (2.3) s=0 ただし,B = IN − ρW,A = φIN + θW である.ここで,Parent and LeSage (2012) で は,|AB−1 | < 1 ならば,(2.3) の右辺の第 1 項目は s → ∞ のとき,ゼロになることから, SDPD モデルにおける定常性条件は,|AB−1 | < 1 としている.そして,固有値分解を用い て,定常性は以下の条件を満たす場合に成立することを示している. φ + θ$i 1 − ρ$i < 1, i = 1, . . . , N. (2.4) 46 日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015 ここで,θ = −ρφ という制約を与えた場合は,(2.4) の条件は |φ| < 1 と同義になる.Debarsy et al. (2012) や Parent and LeSage (2012) は,(2.4) の条件式を以下のように与え,時空間 定常条件として示している. φ + (ρ + θ)$max < 1 φ + (ρ + θ)$ < 1 min S(υ) = φ − (ρ + θ)$max > −1 φ − (ρ + θ)$ > −1 min (ρ + θ ≥ 0) (ρ + θ < 0) (ρ − θ ≥ 0) (ρ − θ < 0) −1 ただし,υ = (ρ, φ, θ)0 とする.W を行で基準化したことで,ρ は,$min < ρ < 1 となるが, その他のパラメータ範囲については,S(υ) に依存する形となり,分析を行う際には,この 定常性を満たすように行わなければならない. そして,Parent and LeSage (2012) では初期標本を内生化し,推定するモデルを取り扱っ ているが,初期標本を所与としてもパラメータ推定への影響は軽微であることも示してい る.また,Mills and Parent (2014) では,初期標本 y0 は所与としていることから,本稿 でも同様にして,分析を進める.ここで,表記の簡便化の為に,ϑ = (ρ, φ, θ, α, β, σ 2 , τ 2 ), y = (y01 , . . . , y0T )0 , X = (x01 , . . . , x0T )0 とする. このモデルの対数尤度関数は ln L (y | ϑ, y0 , X, W) = − 1 NT ln(2π) − ln |Ω| 2 2 N ∑ 1 +T ln(1 − ρ$i ) − e0 Ω−1 e, 2 i=1 (2.5) ただし, e = Py − Xβ − ιN T α, Ω = τ 2 (JT ⊗ IN ) + σ 2 [IT ⊗ IN ], となり,JT = ιT ι0T ,P は N T × N T の行列で要素は以下のように定義される. P= −A 0 3. B .. . 0 .. . −A . B ベイズ推定法 本稿では,前節で紹介した SDPD モデルを MCMC 法を用いたベイズ推定法によって, 実証分析を行う.本節では,MCMC 法とパラメータの推定方法について紹介する. さら に,シミュレーションデータを用いて,推定方法の検証を行う. 47 生産における限界効果と波及効果の推定 3.1 同時事後分布と MCMC 法 ベイズ分析を行う為には, 各パラメータに対して事前分布を与えなければならない. それ ゆえ, 本稿では以下の同時事前分布を定義する3) . π(ϑ) = π(α)π(β)π(σ 2 )π(τ 2 )π(ρ)π(φ)π(θ) これらの事前分布は,具体的に以下の確率分布を仮定する. α ∼ N (α0 , Mα ), β ∼ N (β0 , Mβ ), σ 2 ∼ IG(ν0 /2, S0 /2), τ 2 ∼ IG(ν1 /2, S1 /2), −1 ρ ∼ U($min , 1), θ ∼ N (θ0 , s2θ )I[S(υ)], φ ∼ N (φ0 , s2φ )I[S(υ)] ただし, IG(·), U(·) はそれぞれ逆ガンマ分布,一様分布を表している. 本稿では,初期標 本を所与としており,φ と θ を通常の線形回帰モデルの回帰係数を推定するアルゴリズム と同様にサンプリングできることから,事前分布は,時空間定常性を切断範囲とした正規 分布を設定した. 最後に,この事前分布と (2.5) 式より,以下の同時事後分布が導出される. π(ϑ | y, y0 , X, W) ∝ π(ϑ)L (y | ϑ, υ, y0 , X, W). (3.1) ここで,未知パラメータ ϑ に対して,(3.1) から事後分布を計算する場合には,パラメータ 分の多重積分を解かなければならない.このような場合には,MCMC 法によって,全条 件付事後分布からパラメータのサンプリングを行う.MCMC 法は,1 回前にサンプリング されたパラメータに依存させて次のパラメータをサンプリングする方法である.この推定 方法の代表的なものとしては,ギブス・サンプリングやメトロポリス・ヘイスティングス (Metropolis-Hastings: MH) アルゴリズムがある.ベイズ推定方法や MCMC 法について は,小西他 (2008),中妻 (2007),和合 (2005) 等を参照されたい.本稿で用いる SDPD モ デルは以下の全条件付事後分布から繰り返しサンプリングを行う. ステップ. 1 ϑ の初期値の設定 ステップ. 2 π(α | ϑ−α , y, y0 , X, W) 3) Parent and LeSage (2012) では,ρ ∈ (−1, 1) を仮定している.そして,この ρ のパラメータ範囲と時空間 定常条件より,以下の条件付事前分布を用いて,同時事前分布 π(ρ, φ, θ) を仮定している. π(ρ, φ, θ) = π(ρ)π(θ | ρ)π(φ | ρ, θ). 各パラメータの事前分布は, ρ ∼ U (−1, 1), θ | ρ ∼ U (−1 + |ρ|, 1 + |ρ|), φ | ρ, θ ∼ U (−1 + |ρ − θ|, 1 + |ρ + θ|) −1 ($min , 1) と定義している.第 2 節で述べたように,ρ ∈ であることから,上記の ρ, φ,θ の事前分布はアド ホックな設定となる.そこで,本稿では時空間定常条件 S(υ) を切断領域とした切断正規分布を事前分布と している. 48 日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015 ステップ. 3 π(β | ϑ−β , y, y0 , X, W) ステップ. 4 π(σ 2 | ϑ−σ2 , y, y0 , X, W) ステップ. 5 π(µ | ϑ, y, y0 , X, W) ステップ. 6 π(τ 2 | ϑ−τ 2 , y, y0 , X, W) ステップ. 7 π(ρ | ϑ−ρ , y, y0 , X, W) ステップ. 8 π(θ | ϑ−θ , y, y0 , X, W) ステップ. 9 π(φ | ϑ−θ , y, y0 , X, W) ここで, ϑ−α とは ϑ に含まれる α 以外の全てのパラメータを示す. 3.2 全条件付事後分布によるパラメータ推定とシミュレーション分析 本小節では,時空間に関連するパラメータ ρ,φ,θ の推定方法のみを紹介する.それ以 外については,Parent and LeSage (2012) を参照されたい. まず,ρ の全条件付事後分布は, ) 1 0 −1 ρ | ϑ−ρ , y, y0 , X, W ∝ |In − ρW| exp − e Ω e I[S(ρ)] 2 ( T となる.ただし,I[·],S(ρ) はそれぞれ指示関数と先に紹介した ρ のパラメータ範囲を示 す.指示関数は括弧内の条件を満たさない場合はゼロとする.これにより,ρ の全条件付事 後分布の切断範囲を設定している.また,この全条件付事後分布から直接,乱数を発生す ることはできない.したがって,MH アルゴリズムによってサンプリングを行う.Parent and LeSage (2012) では酔歩連鎖 MH アルゴリズムを採用しており,候補となる事後標本 の発生は以下のように行う. ρnew = ρold + ξN (0, 1), ただし,ρold は 1 回前のサンプリングで採択された値であり,ξ は調整係数と呼ばれる.こ の調整係数は,初期稼働期間において,以下で説明する採択確率が 0.5 となるように調整 している4) . 次に,発生させたパラメータを用いて,採択確率を計算する. [ ] π(ρnew | ϑ−ρ , y0 , X, W) Pr(ρold , ρnew ) = min , 1 . π(ρold | ϑ−ρ , y0 , X, W) そして,算出した確率の下,パラメータの採択を行う.採択の際に,定常性を満たさない 場合は,採択確率をゼロとして棄却している.この酔歩連鎖 MH アルゴリズムは非常に単 純な方法であり,簡便であることから広く利用されている. 4) 詳細については,Holloway et al. (2002) を参照のこと. 49 生産における限界効果と波及効果の推定 次に,φ のサンプリングは,z = (y00 , . . . , y0T −1 )0 とすると, 以下の全条件付事後分布より パラメータのサンプリングを行う. φ | ϑ−φ , y, y0 , X, W ∼ N (φ̂, ŝ2φ )I[S(υ)], −2 −1 2 0 ただし,ŝ2φ = [z0 Ωz + s−2 φ ] ,φ̂ = ŝφ [z Ωỹ + sφ φ0 ],ỹ = B ⊗ y − θ(W ⊗ IT )z − Xβ − ιN T α である.ここでは,Chib (1993) に従い,まず制約の無い正規分布 N (φ̂, ŝ2φ ) よりサンプリ ングを行い,サンプリングされた値が時空間定常性 S(υ) を満たさない場合には,棄却し, 時空間定常性を満たすように再度サンプリングを行う. θ についても φ と同様に θ | ϑ−θ , y, y0 , X, W ∼ N (θ̂, ŝ2θ )I[S(υ)], −1 ただし,ŝ2θ = [z̃0 Ωz̃+s−2 θ̂ = ŝ2θ [z̃0 Ωȳ+s−2 z̃ = (W⊗IT )z,ȳ = B⊗y−φz−Xβ−ιN T α θ ] , θ θ0 ], となる.これより,時空間定常条件を満たすようにサンプリングを行えばよい. 最後に,これまで紹介した推定方法を試すため,シミュレーションデータを用いて,(2.1) と (2.2) 式で構成される SDPD モデルを推定する.通常,変量効果をもつ SDPD モデルは, yt−1 と誤差項において相関をもつことから,推定値にバイアスが生じる可能性がある.そ こで,Baltagi (2013) や Elhorst (2014) では,操作変数法や一般化積率法によって推定が 行われている.一方,Parent and LeSage (2012) は,操作変数を利用せず,パラメータの 全条件付事後分布から推定可能であることをシミュレーションデータを用いて,示してい る.本稿では,先行研究とは異なるサンプリング方法であることから,同様にシミューレー ションデータを用いて検証する.ここで,データのサイズを N = 50,T = 10,k = 2 と する.xit は正規分布 N (0, I2 ) から独立に発生させる.加重行列の要素 dij は成功確率 0.1 のベルヌーイ分布より発生させ,W を構築する.パラメータの値は, ρ = 0.6, φ = 0.8, θ = −0.5, α = 1.0, σ 2 = 0.5, τ 2 = 0.05, βi = 0.5, (i = 1, 2), とし,y を発生させる. 推定にあたっては,以下の事前分布を用いる. β ∼ N (02 , 10 × I2 ), ρ ∼ U(λ−1 min , 1), σ 2 ∼ IG(2.0, 0.025), θ ∼ N (0, 100)I[S(υ)], α ∼ N (0, 10), τ 2 ∼ IG(2.0, 0.025), φ ∼ N (0, 100)I[S(υ)]. MCMC 法による推定は,100,000 回のサンプリングを行い,稼働検査期間として最初の 50,000 回を切り捨て,残りの 50, 000 回を事後標本として用いた5) .表 1 は,シミュレーショ 5) 計算結果は, 全て行列演算ソフト Ox version 6.2 によって計算されたものであり, ソフトの詳細については Doornik (2009) を参照のこと. 50 日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015 表1 パラメータ シミュレーションデータの推定結果 (T = 10,N = 50). 真の値 事後平均 標準偏差 95% 信用区間 (Lower) (Upper) CD ρ 0.6 0.625 0.059 0.509 0.736 0.12 φ 0.8 0.817 0.013 0.790 0.842 0.09 θ −0.5 −0.538 0.051 −0.637 −0.439 0.15 β1 0.5 0.531 0.024 0.485 0.578 0.17 β2 0.5 0.487 0.022 0.443 0.531 0.03 α 1.0 0.969 0.178 0.628 1.324 0.09 σ2 0.5 0.489 0.033 0.429 0.558 0.11 τ2 0.05 0.023 0.013 0.007 0.055 0.43 注) CD は Geweke (1992) の収束判定テストの p 値を示す. ンデータを用いたパラメータの事後分布の事後平均, 事後標準偏差, 95%信用区間6) の結果 をまとめている.各パラメータに関して,Geweke (1992) の CD (Convergence Diagnostic) 統計量より MCMC の収束が確認される.また,全てのパラメータは,真の値が 95% 信用 区間に入ることから,Parent and LeSage (2012) と同様に,本稿で用いるアルゴリズムで も推定可能であることが示された.次節の実証分析においても,これらのサンプリング方 法を用いて,パラメータの推定を行う. 3.3 直接効果と間接効果の計測 本小節では,SDPD モデルの直接効果と間接効果の計測方法について紹介する.直接効 ∂yi (l = 1, . . . , k) で表現されるように,l 番目の説明変数 xil の yi に対する限界的 果とは,∂x il ∂yi (ただし,i 6= j) と表現され,他地域 j の l 番 効果を意味する.一方で,間接効果とは,∂x jl 目の説明変数 xjl の yi に対する限界的効果を意味する.通常の線形回帰モデルでは,間接 効果はゼロとなるが,空間計量経済モデルは加重行列により隣接地域との関係性を仮定し ∂yi ていることから,∂x 6= 0 となる.さらに,SDPD モデルは動学的モデルであることから, jl この限界効果は短期と長期 (定常状態) の 2 種類を計測することが可能である.まず,短期 における限界効果について紹介する.ここで,(2.1) 式を以下の誘導型によって表現する. yt = (IN − ρW)−1 (φIN − θW)yt−1 + (IN − ρW)−1 ιn α + (IN − ρW)−1 xt β + (IN − ρW)−1 η t . 6) 古典的な頻度論では,パラメータが定数で標本が確率変数であるのに対して,ベイズ統計学ではパラメータ が確率変数で標本が定数である.そこで,頻度論が用いる信頼区間 (confidence interval) と異なるため, 信用 区間 (credible interval) と呼称している.詳しくは,鈴木 (1978) を参照のこと. 生産における限界効果と波及効果の推定 51 これにより,ある特定時点 t での第 l 番目の説明変数 xl = (x1l , . . . , xN l ) の限界効果は, [ ] ∂E(y) ∂E(y) ,..., = [IN − ρW]−1 βl IN , ∂x1l ∂xN l t となり,これを Slshort (W) と定義する.次に,定常状態を仮定し,短期と同様に長期の限 界効果 Sllong (W) を導出していく.再度,(2.1) 式を用いて,以下のように変形させる. y = (IN − ρW − φI + θW)−1 xβ + (IN − ρW − φI + θW)−1 ιn α + (IN − ρW − φI + θW)−1 η, となることから,長期における限界効果は, Sllong (W) = [(1 − φ)IN − (ρ + θ)W]−1 βl IN . そして,直接効果は,各限界効果を示す行列の対角要素について考察すればよい.しかし, 間接効果は,加重行列の設定に依存し,要素ごとの解釈が難しいことから,LeSage and Pace (2009) では,直接効果と間接効果の計測に対して,要約指標を用いることを提案している. Mills and Parent (2014) や Elhorst (2014) では,この指標を用いていることから,標準的 な評価指標となりつつある.具体的に,l 番目の説明変数における直接効果 (M (l)direct ) と 間接効果 (M (l)indirect ) は以下のように定義される. M (l)direct = N −1 tr(Sl (W)), M (l)total = N −1 ι0N Sl (W)ιN , M (l)indirect = M (l)total − M (l)direct , ただし,tr(A) は行列 A のトレースを表す.直接効果は行列 Sllong (W ) もしくは Slshort (W ) の対角行列の平均値とし,間接効果は非対角要素の平均値としている7) . また,間接効果 は,総効果から直接効果を引くことで容易に計算される.実証分析においては,各説明変 数の長期と短期における直接効果と間接効果をそれぞれ計測する.そして,SDPD モデル の推定に MCMC 法を用いることから,これらの効果はパラメータと同様にサンプリング することができる.これにより,各効果の事後平均や信用区間を求めることが可能である ことから,実証分析ではこれらの統計的推測の結果についても言及する. 実証分析 4. 4.1 生産関数 前節で紹介した SDPD モデルを都道府県の生産における空間的波及効果の推定に応用す る.生産性の推定には,コブ・ダグラス型生産関数が広く利用されている.近年,コブ・ 7) Elhorst (2014) では,空間誤差モデル,空間ダービンモデルを動学化した場合の直接効果と間接効果につい ても紹介されている. 52 日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015 ダグラス型生産関数を空間計量モデルに拡張した先行研究は,Kakamu (2008) を始めとし て Ertur and Koch (2007), Hashiguchi (2010), Kakamu et al. (2012), Parent and LeSage (2012),Mills and Parent (2014) がある.本稿では,Hashiguchi (2010) や Kakamu et al. (2012) と同様に都道府県の生産量を被説明変数とし,資本ストックと労働量を説明変数と して,(2.1) と (2.2) 式からなる SDPD モデルの推定を行う.ここで,Yit ,Kit , Lit をそれ ぞれ i 地域の t 期における生産量,資本ストック,労働量とし,関数型にコブ・ダグラス 型生産関数を仮定し,以下のよう定式化する. β1 β2 Yit = Ait Kit Lit , (4.1) Ait は全要素生産性 (Total Factor Productivity: TFP) と呼ばれる.本稿では,地域 i の TFP, Ait が,周辺地域からの生産の空間的波及効果と仮定し,以下のように定義する. Ait = A0 × N ∏ ρwij (Yjt ) eηit (4.2) j=1 (4.1) 式に (4.2) を代入し,対数変形を行うと ln Yit = ln A0 + ρ N ∑ wij ln Yjt + β1 ln Kit + β2 ln Lit + ηit , (4.3) j=1 となる.ηit に対しては,ηit = µi + it を仮定する.µi は,実証分析で用いるデータの時系 列数が非常に小さいことから,平均ゼロ,分散 τ 2 の正規分布に従う変量効果と仮定する. it も同様に平均ゼロ,分散 σ 2 の正規分布に従う誤差と仮定する.そして,先に紹介した Anselin et al. (2008) で提起されていたように,日本の地域データは,自地域と他地域の過 去の影響を受けるのかという可能性を検証することに加えて,長期の限界効果を測定する 為に,時間と空間に対して 1 次のラグ項を (4.3) 式に追加する. ln Yit = ln A0 + ρ N ∑ wij ln Yjt + φ ln Yj,t−1 + θ j=1 + β1 ln Kit + β2 ln Lit + ηit , N ∑ wij ln Yj,t−1 j=1 (4.4) (4.4) 式は,経済理論からの導出ではなく,長期の限界効果の測定の為に,SAR 過程に従 うコブ・ダグラス型生産関数に拡張したものである8) . 4.2 データと加重行列 生産量,労働量は,各都道府県の県民経済計算書より県内総生産 (2005 年度基準の連鎖 方式の実質値) と県内就業者数を用いる.そして,資本ストックに関するデータは,公的資 8) LeSage and Pace (2012) においても,本稿と同様に実証分析の為に,時空間のラグ項を追加している.一方 で,地域間の所得収束仮説の検証の分析では,Yu and Lee (2012) がソローモデルから SDPD モデルへの導 出を行っている. 53 生産における限界効果と波及効果の推定 本ストックが公開されていないことから,都道府県別の民間資本ストック (2005 年基準実 質値) を用いる9) .この都道府県別民間資本ストックは,1970 年から 2009 年まで公開され ている.しかし,県内総生産の 2005 年基準実質値は,2001 年以降からしか作成されてい ないことから,実証分析では,2001 年から 2009 年までの年次データを用いる.これより, 2001 年を初期標本とすることから,N = 47,T = 8,k = 2 のパネルデータを用いる. そして,加重行列 W は,推定する際には,外生的に与える必要がある.日本は沖縄を除 いては 4 つの島によって構成されていることから,島同士の繋がりについては,Kakamu et al. (2008) と同様に橋梁,トンネルなど陸路での移動が可能である場合には,経済的に 隣接していると見なす. 最後に,事前分布はシミュレーションと同じ値を用いる.そして,パラメータ推定では, 110,000 回のサンプリングを行い,稼働検査期間として,最初の 100,000 回を切り捨て,残 りの 10,000 回を事後分布からサンプリングされたものとみなして推定に用いた. 4.3 推定結果 表 2 は,モデルの事後分布の事後平均,事後標準偏差,95% 信用区間がまとめられてい る.まず,時空間に関連するパラメータについて考察する.同時点の空間的波及効果を表 す ρ は,事後平均が 0.542 であり,かつ 95% 信用区間にゼロを含まない.このことから, 自地域の生産上昇 (減少) は隣接地域へのプラス (マイナス) に作用することが観測されてい ることを示唆している.大塚 (2011) では,1998 年から 2010 年の地域別鉱工業生産指数の 対数変化率に対して,マルコフ・スイッチング時空間自己回帰モデルで推定した結果,ρ が 表2 パラメータ 事後平均 SDPD モデルの推定結果. 標準偏差 95% 信用区間 (Lower) 9) CD (Upper) ρ 0.542 0.008 0.529 0.557 0.65 φ 0.857 0.007 0.844 0.874 0.34 θ −0.541 0.008 −0.556 −0.528 0.99 β1 0.001 0.004 −0.006 0.008 0.01 β2 0.154 0.007 0.140 0.167 0.05 α 0.088 0.073 −0.084 0.242 0.00 σ 2 × 103 0.601 0.104 0.479 0.877 0.15 τ 2 × 103 1.400 0.306 0.927 2.120 注) CD は Geweke (1992) の収束判定テストの p 値を示す. 0.55 都道府県別の民間と社会資本ストックを独自に推計している研究は,浅子他 (1994),三井他 (1995),土居 (1998),石川 (2000),遠藤 (2002) が挙げられる.近年では宮良・福重 (2005) であるが,取り扱っている期 間は 1997 年までとなっており,2000 年以降については取り扱われていない. 54 日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015 ほぼ近い値となっており,都道府県別データにおいても同様の傾向がみられる.次に,時 間的な自己回帰を表すパラメータ φ は,事後平均が 0.857 で,95%信用区間にゼロが含ま れていない.ρ の推定結果と比較すると,φ の事後平均の方が大きいことから,地域経済 の生産性は空間的波及効果よりも自地域の過去の影響を強く受けていることを示している. そして,空間的波及効果のラグを示す θ は,事後平均が −0.541 であり,95%信用区間にゼ ロを含まない.これより,周辺地域からの空間的波及効果は,1 期前の影響も受けている ことが示された.また,95% 信用区間は [−0.556, −0.528] であり,仮に θ = −ρ × φ を仮 定した場合には,事後平均と 95% 信用区間は,それぞれ −0.464,[−0.446, −0.487] となる ことから,本稿で用いたデータにおいては,θ 6= −ρ × φ である可能性が高い. 生産に対する資本と労働の弾力性を示すパラメータ β1 と β2 は,事後平均がそれぞれ 0.001 と 0.154 であり,β2 の方が高い弾力値で,95% 信用区間にゼロを含まない結果となった. 資本の弾力性がゼロを含む結果となった背景としては,例えば,星野 (2014) では,2000 年 代は景気拡大期で企業業績は好調であったにも関わらず,利益は内部留保の増大に向けら れ,設備投資は低迷していたと指摘がなされている.このような経済環境が,本稿の推定 結果にも反映していた可能性がある. 最後に,長期と短期における直接効果と間接効果について考察する.これらの結果は表 3 と 4 にまとめられている.ここでは,95% 信用区間にゼロを含まなかった労働の弾性値 に関する効果について紹介する.まず,表 3 より短期における直接効果と間接効果の事後 平均は,それぞれ 0.171 と 0.162 であり,ともに 95% 信用区間にゼロを含まなかった.間 表3 短期の直接効果と間接効果. 資本 事後平均 労働 95% 信用区間 (Lower) (Upper) 事後平均 95% 信用区間 (Lower) (Upper) 直接効果 0.001 −0.007 0.009 0.171 0.155 0.185 間接効果 0.001 −0.007 0.008 0.162 0.144 0.177 総効果 0.003 −0.014 0.017 0.333 0.298 0.362 表4 長期の直接効果と間接効果. 資本 事後平均 労働 95% 信用区間 (Lower) (Upper) 事後平均 95% 信用区間 (Lower) (Upper) 直接効果 0.009 −0.045 0.055 1.085 1.054 1.119 間接効果 0.000 −0.002 0.001 0.007 −0.029 0.046 総効果 0.008 −0.047 0.056 1.092 1.043 1.144 生産における限界効果と波及効果の推定 55 接効果は,直接効果より低いが,総効果に対して約 48.6% の比率となっていることから, 無視はできない水準である.次に,本稿で用いた加重行列の隣接地域の平均は 4 であるこ とから,計測された間接効果を 1 県単位の平均値に変換すると,0.04 となる.これより, 自地域内の就業者数の変化は,直接効果の約 0.23 倍の影響を与えることになる.一方で, 長期における直接効果と間接効果の事後平均は,それぞれ 1.085 と 0.007 である.そして, 直接効果は 95% 信用区間にゼロを含んでいないが,間接効果はゼロを含む結果となり,長 期的には間接効果の影響はほぼ見込まれないという結果が得られた.自地域の労働量の変 化は,空間的相互依存関係を仮定しても,隣接地域の生産動向への影響は,限定的である ことがいえる.また,両期間の直接効果を比較すると,長期直接効果は短期よりも 6.3 倍 高いという結果となった.労働量の変化は,継続的に自地域の生産動向に対して影響を及 ぼし,その影響度は短期よりも遥かに大きいことを示している.これより,仮に雇用拡大 政策を各地域に実施した場合,当初の需要喚起による生産性増加よりも,長期的には労働 の蓄積によって,さらに生産性の向上の可能性が見込まれる.また,先述した地方創生政 策の原則である「直接性」の評価は,測る期間によって大きく異なることから,政策実施 効果の検証を過小評価する可能性が示唆される.本稿のように短期と長期に分けて,限界 効果を分析した国内の実証事例は無いことから,重要な結果と考えられる. 5. 結論 本稿では,SDPD モデルを紹介し,このモデルにおける長期と短期の限界効果を直接効 果と間接効果に分解し,計測する方法についても解説した.次に,このモデルを都道府県 別データに応用し,生産における空間的波及効果の推定と生産への資本ストックと雇用者 数の直接効果と間接効果などの限界効果の計測した.2001 年から 2009 年までの年次デー タを用いて,SDPD モデルを推定した結果,都道府県別の生産関数は,時間と空間の両方 に対して,正の自己相関をもつことが観測された.そして,資本よりも労働の生産に対す る弾性値は高いという結果が得られた.さらに,直接効果と間接効果などの限界効果を長 期と短期に区分して計測した結果,労働においては,短期で観測された間接効果は,長期 になるとゼロに減少し,直接効果については,短期よりも長期の方が高くなるという結果 が得られ,限界効果は,長期と短期で異なる傾向をもつことが示された. 最後に,今後の課題について言及する.本稿で用いた SDPD モデルでは,全てのパラ メータを一定としている.しかし,Hashiguchi (2010) や Kakamu et al. (2012) は,空間的 波及効果や定数項を可変パラメータとして,実証分析を行い,空間的波及効果は一定では ないことを示している.また,Ohtsuka and Kakamu (2014) では,景気の転換期,特に景 気後退期への転換期で空間的波及効果は上昇する傾向にあると示している.以上のことか ら,パラメータの可変化すなわち非定常の時空間計量モデルについても検討する必要があ 56 日本統計学会誌 第45巻 第1号 2015 る.そして,冒頭にもふれたが,我が国では 2008 年の金融危機と 2011 年の東日本大震災 など,経済的に大きなショックが立て続けに発生している.こうした経済危機後の地域経 済の特徴はどのように変化したのかを考察することは,非常に重要であることから,今後 の課題としていきたい. 謝辞 本稿を改訂するにあたり,匿名の査読者から貴重なコメントを数多く頂いた.ここに記し て,感謝の意を述べたい. 参 考 文 献 Anselin, L. (1988). Spatial Econometrics: Methods and Models, Springer, Netherlands. Anselin, L. (2010). Thirty years of spatial econometrics, Pap. Reg. Sci., 89, 3–25. Anselin, L., Le Gallo, J. and Jayet, J. (2008). Spatial panel econometrics, in The Econometrics of Panel Data: Fundamentals and Recent Developments in Theory and Practice, edited by L. Mátyás and P. Sevestre, pp. 625–660, Springer, Berlin Heidelberg. Arbia, G. (2006). Spatial Econometrics: Statistical Foundations and Applications to Regional Convergence, Springer-Verlag, Berlin Heidelberg. 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