反 論 書(9)

反
論
書(9)
平成 28 年4月4日
審査申出人は、国地方係争処理委員会の審査の手続きに関する規則第
7条に基づき反論書を提出する。
国地方係争処理委員会
御中
審査申出人代理人弁護士
竹
下
勇
夫
同
久
保
以
明
同
秀
浦
由紀子
同
亀
山
聡
同
松
永
同
加
藤
同
仲
西
和
宏
裕
孝
浩
目次
第1
相手方の主張の概略 ...................................................................... 2
1
はじめに ....................................................................................... 2
2
相手方主張の概略 .......................................................................... 2
第2
申出人の主張 ................................................................................ 3
1
利益衡量の対象について ............................................................... 3
(1)
処分の公定力等(行政法の一般法理)から導かれる比較衡量の対
象について ....................................................................................... 3
(2)
処分の根拠法が保護する利益について ..................................... 5
(3)
公水法の解釈について ............................................................. 7
(4)
小括 ....................................................................................... 10
2
相手方主張の取消しにより生じる不利益の性質 ........................... 10
3
相手方主張の取消しにより生じる不利益の程度 ........................... 11
(1)
①普天間飛行場の周辺住民等の生命・身体に対する危険除去がで
きなくなること、②普天間飛行場返還後の跡地利用による宜野湾市
の経済的利益が得られなくなること、③沖縄の負担軽減が進められ
なくなること .............................................................................. 11
(2)
⑤日米間の信頼関係に亀裂が生じること、⑥国際社会からの我が
国に対する信頼が低下すること ................................................... 12
(3)
④本件埋立 事業のために積 み上げ てきた膨大な 経費等が無駄に
なり,個別の契約関係者に与える不利益が大きいこと .................... 15
4
比較衡量 ..................................................................................... 17
1
第1
相手方の主張の概略
1
はじめに
既に反論書(2)で述べたとおり、本件において、職権取消制限法
理が適用されることは、ありえないが、本書面においては、万が一、
適用されるとした場合について、主張を補充する。
2
相手方主張の概略
相手方は、本件取消処分によって生じる不利益として、概略以下の
6点を挙げる。
①
普天間飛行場の周辺住民等の生命・身体に対する危険除去ができ
なくなること
②
普天間飛行場返還後の跡地利用による宜野湾市の経済的利益が
得られなくなること
③
沖縄の負担軽減が進められなくなること
④
本件埋立事業のために積み上げてきた膨大な経費等が無駄にな
り、個別の契約関係者に与える不利益が大きいこと
⑤
日米間の信頼関係に亀裂が生じること
⑥
国際社会からの我が国に対する信頼が低下すること
一方で、以下の事情から、取消しをしないことによって本件承認処
分に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益がない
か、極めて小さいとする。
①
辺野古周辺住民の騒音被害については配慮がなされていること
②
本件埋立対象区域の環境保全に配慮がなされていること
③
沖縄の負担の軽減に資すること
以上から、相手方は、「本件承認処分を取り消すことによって生じる不利
益の大きさに鑑み,本件承認処分において審査申出人が瑕疵であると指摘する
2
事項について,仮に全てを瑕疵として考慮したとしても,本件承認処分を「放
置することが公共の福祉の要請に照らして著しく不当である」と認める余地は
ない。」 と主張する。
以下、かかる主張に理由がないことについて述べる。
第2
1
申出人の主張
利益衡量の対象について
相手方は、縷々主張するが、利益衡量の対象となるのは、原則とし
て処分の名宛人の利益に限られ、せいぜい処分の根拠法規が保護する
利益に留まるのであって、一般公益は含まれない。
以下、詳述する。
(1)
処分の公定力等(行政法の一般法理)から導かれる比較衡量の対
象について
相手方は、処分の公定力、不可争力、事情判決の制度や、無効と
されるのが重大明白な違法がある場合に限られている等から、
「我が
国の行政事件訴訟法は,違法な行政処分であっても,その取消しを大幅に制
限することによって,行政処分に対する国民の信頼を保護し,行政処分の安
定性・信頼性を確保しようとしている。」としている(答弁書4第2・1:
下線は申出人代理人)。
まず指摘しておくべきことは、これらは、下線を引いた部分から
明らかなとおり、
「争訟取消」を制約する法制度であることと、侵益
的行政処分(ことに複効的行政処分)の「職権取消」には職権取消
制限法理の適用がないことの二点である。
この二点が含意するのは、処分庁がまずもって優先すべきは、法
律による行政の原理である、ということであり、一般公益を考慮し
て取消権が制約されることはありえない、ということである。
3
若干敷衍する。
処分に公定力、不可争力が認められることは、職権取消を制約す
ることにはならないし 12 、事情判決の制度は行政事件訴訟法の制度
である。重大明白な違法に限り無効とされることは、あくまで公定
力の外縁を示すだけで、職権取消することが可能なのは、重大明白
な違法に限られない。
つまり、処分庁は、これらの制度の存在とは無関係に、処分が「違
法または不当」であれば、職権取消することは可能であり、かつ、
法律による行政の原理から取消が求められている 3。
そして、侵益的行政処分の「職権取消」の場合、授益的行政処分
の職権取消制限法理のようなものは学説上も判例上も存在しない。
以上を要するに、授益的行政処分の職権取消を制約するのは、公
定力云々のような処分一般の性質や行政事件訴訟法上の規律とは関
係なく、まさしくそれが「授益的行政処分だから」という理由に他
ならないということである。
ところで、侵益的行政処分と授益的行政処分を分けるのは、「処
分の名宛人」に利益を与える処分か否かである(「行政行為は、相手方
に対する法効果の観点から、授益処分と侵害処分に分かつことができる。営
1
「行政 行 為 は 仮 に 違 法 で あ っ て も 、 取 消 権 限 の あ る 者 に よ っ て 取 り 消 さ れ る ま で は 、
何人(私人、裁判所、行政庁)もその効果を否定することはできない、という法現象を
指して、通例、行政行為 には公定力があると表現される」
(塩野宏『行政法Ⅰ[第六版]
行政法総論』P160:下線は申出人代理人)
2 最判 S43.11.7 民集 22.12.2421「すでに法定の 不服申立期間の徒過により争訟手続に
よつてその効力を争い得なくなつたものであつても、処分をした行政庁~は、これを取
り消すことができる」
3 「行政 行 為 の 取 消 し は 、 法 律 に よ る 行 政 の 原 理 の 回 復 で あ る の で 、 行 政 庁 と し て は 、
当然取消しをすべしということになる。」
( 塩野宏『行政法Ⅰ[第六版]行政法総論』P188)
「取消しは、撤回と違って、違法な行政行為をその違法性を理由として効力を失わしめ
る行為なのであるから、法律による行政の原理の建前からすれば、行政行為が違法であ
る以上は、本来、総て取 り消せるし、また取り消 さなければならない筈である。」(藤田
宙靖『行政法総論』P241)
4
業の免許、補助金交付決定等が授益処分であり、違法建築物除却命令、税金
の更 正処 分な どが 侵害 処分 であ る。」 塩野宏『行政法Ⅰ[第六版]行政
法総論』P128:下線は申出人代理人)。
侵益的行政処分も何らかの意味で公益に仕えることは、「行政がす
べからく公益に合致していなければならない」
(塩野宏『行政法Ⅰ[第六
版]行政法総論』P44)ことから極めて当然であるが、侵益的行政
処分の取消が、侵益的行政処分により実現しようとした「公益」を
「侵害する」から制約されるという法理は存在しない。
したがって、行政法における一般法理からは、「公益」を理 由と
する職権取消の制約は導かれない。
かえって、このような場面においては、あくまで法律による行政
の原理の回復による職権取消の要請が優先する。
以上の議論を裏返すと、行政法における一般法理に基いて考える
限り、職権取消制限法理において取消を制約する利益は、原則とし
ては、あくまで当該処分が「授益的行政処分」であることを根拠づ
ける「名宛人の利益」に限られるということである。
(2)
処分の根拠法が保護する利益について
上記のとおり、一般論としては名宛人に限られる。
では、授益的行政処分の名宛人以外の者の利益を考慮することが
許される場合が全く存在しないと言えるのかは、結局のところ、抽
象的には、以下の最判 S28.9.4 民集 7.9.868 の判示が参考にして、
処分の根拠法規の趣旨により定まるものと考えるほかはない。
「元来許可が行政庁の自由裁量に属するものであつても、それはもともと法
律の目的とする政策を具体的の場合に行政庁をして実現せしめるために授
権されたものであるから、処分をした行政庁が自らその処分を取消すことが
5
できるかどうか、即ち処分の拘束力をどの程度に認めうるかは一律には定め
ることができないものであつて、各処分について授権をした当該法律がそれ
によつて達成せしめんとする公益上の必要、つまり当該処分の性質によつて
定まる」
判例上、取消制限法理が問題となった事案は、農地関係や年金等
の社会保障領域が主であり 4、これらの裁判例においては、基本的に
は、取り消される授益的行政処分の名宛人の利益との比較衡量がさ
れている。
例えば、相手方が引用する最判 S28.9.4 民集 7.9.868、最判 S31.3.2
民集 10.3.147、最判 S33.9.9 民集 12.13.1949、最判 S43.11.7 民集
22.12.2421、東京高判 H16.9.7 訟月 51.9.2288 のうち、最判 S33.9.9
民集 12.13.1949 を除くと、いずれも、取消しにより失われる利益
としては、名宛人の利益のみを考慮している 5。
例外たる最判 S33.9.9 民集 12.13.1949 は、訴外A所有の農地を耕
4
乙部哲郎『行政行為の取消と撤回』参照。
最判 S28.9.4 民集 7.9.868 は、農地調整法9条3項による農地賃貸借解約許可の取消
処分の取消を賃貸人たる原告が求めた事案で、特に解約許可を前提とした他の賃借人等
は現れていない。
最判 S31.3.2 民集 10.3.147 は、自作農特別措置法による農地売渡処分の取消処分の取
消を、売渡処分の名宛人たる原告が求めた事案であるが、その違法とするところは、売
渡処分前の所有者から原告が農地を賃借し、訴外Aに転貸していたところ、転借人たる
訴外Aが売渡手続を知らなかったため、買受の申込をなさなかったため、訴外Aに売り
渡されるべき処分であったというものである。ここで、訴外Aは、転借人であったもの
が売渡処分後には賃借人になったに過ぎず、取消しにより失われる利益として、訴外A
の賃借人たる地位が比較衡量されているとは考えられない。
最判 S43.11.7 民集 22.12.2421 は、農業委員会が訴外Aの所有する小作地と認定して
自作農創設特別措置法に基づき買取計画、売渡計画を立てて実際に買取処分をし、原告
らに売渡処分をしたところ、実は、当該農地は、訴外Bの所有に属する「自作地」であ
ることが判明したとして、買取計画、売渡計画を取り消したところ、原告らが取消処分
の取消を求めたという事案である。原告らは、登記を経由しているが、引渡しを受けて
おらず、特に譲渡を受けた者等は現れていない。
東京高判 H16.9.7 訟月 51.9.2288 は、厚生年金保険法に基づく障害年金の支給裁定を
受け、その支給を受けていた原告が、同裁定の取消しと同時に遡って受給額を減額する
再裁定処分を行ったことについて違法があるとして取消を求めた事案である。特に、第
三者は存しない。
5
6
作しており、買取処分後に売渡処分を受けるべき立場にあった原告
が、被告が自作農創設特別措置法に基づき訴外Aから農地以外に宅
地を含めた土地の買取処分を行い、その後買取処分を全部(農地部
分を含めて)取り消したことが違法であるとして取消処分の取消し
を求めた事案である。
ここで、取消しにより失われる利益として考慮されているのは、
当該買取処分を前提として、その後に予定されている売渡処分によ
り生じせしめられたであろう利益である。
この事案は単純な授益的行政処分の取消制限の事案とは若干趣
きを異にするが、結局のところ、自作農創設特別措置法が買取計画、
売渡計画を立てて、買取処分をし、その後、売渡処分を行うという
仕組みを採っていることから、買取処分の名宛人ではない第三者た
るその後売渡処分が想定されている小作人の利益を、買取処分の根
拠法規たる自作農創設特別措置法が法律上保護していることが、か
かる者の利益を考慮すべき決定的な理由である(であるからこそ、
原告適格も認められている)。
つまり、ここで、衡量の対象となっているのは、処分の根拠法規
が法律上保護している利益そのものであり、自作農創設特別措置法
の構造(買取計画、売渡計画、買取処分、売渡処分という一連の処
分により私的法律関係を形成する)により、かかる保護が導かれて
いる。
この限りで、授益的行政処分の名宛人以外の者の利益が衡量対象
となっているに過ぎない。
(3)
公水法の解釈について
以上を踏まえて、公水法に、何らか、処分の名宛人以外の利益(取
7
消しにより失われる利益に限る 6)を保護する手掛かりがあるかを検
討する。
既に、反論書(2)で述べたことと重複するが、公水法は、埋立
てを促進する法律では全くない。
すなわち、免許・承認は、要件を全て充足しなければ、免許・承
認をなしえず(公水法4条1項)、全て充足したとしても、都道府県
知事は、「合理的な理由があるときは免許拒否ができる」(建設省埋
立行政研究会編著『公有水面埋立実務ハンドブック』P41)。
設計の概要の変更等の許可の場合(公水法 13 条の2)、埋立地の
用途変更の許可の場合(公水法 29 条1項)も、免許・承認と同様
の条件を全て充足しなければ許可できない。
しかも、前者の場合は、「正 当ノ事 由アリト認ムルトキ」でなけ
ればならず(公水法 13 条の2第1項)、後者の場合は、「告示シタ
ル用途ニ供セザルコトニ付已ムコトヲ得ザル事由アルこと」といっ
た要件をも充足しなければならない(公水法 29 条1項2号)。
一方で、都道府県知事は、「埋立ノ免許ニ公益上又ハ利害 関係人
ノ保護ニ関シ必要ト認ムル条件ヲ 附スル コト」(公水法施行令第6
条)、また、「埋立地ニ関スル権利ヲ取得シタル者ニ対シ災害防止ニ
関シ埋立ノ免許条件ノ範囲内ニ於テ義務ヲ命スルコト」(公水法 30
条)、埋立免許を一定の場合に取り消す等の行為さえできる(公水法
32 条:しかも、同条1項1ないし6号の場合は補償も不要である)。
これに加えて、無願埋立てや埋立ての用途の潜脱等 につい ては、
罰則が設けられて、厳格に規制されている(公水法 39 条以下)。
また、一定の場合に国土交通大臣の認可が求められるが(公水法
6
例えば、公水法5条所定の者の利益を公水法は法律上保護している、ということが一
般的に言われるが、これらは、
「取消しによって回復される利益」であり、ここでは検討
の対象外である。
8
47 条1項、同法施行令 32 条)、これは、あくまで「埋立の免許をす
る場合にのみ認められ」、埋立免許を行わない場合には認可は不要で
ある。
以上の規定から明らかなとおり、公水法は、都道府県知事に広範
な裁量を委ねているが、免許・承認、設計概要の変更許可、用途変
更許可等、埋立てを推進する方向での行政行為は、全ての要件を充
足しなければしてはならないという規制をかけ(しかも、設計概要
の変更許可、用途変更許可については要件を加重している)、特に広
域にわたるものについては認可を求めて制約している。
一方で、免許の条件、災害防止の義務付け、取消等の監督処分に
ついては、広く認めており、埋立てを制限する方向では裁量を広く
認めている。
結局のところ、公水法は、埋立てによって失われる利益の保護の
ために裁量権限を行使することを強く求めているものであり、埋立
てによって得られるであろう利益を保護する方向での裁量権行使を
伺わせる規定はない。
法律の構造を全体的に見ても、公水法は埋立権を設定する法律に
過ぎず、自作農創設特別措置法のように、埋立権が設定されたこと
を信頼して、あるいは埋立権の後続処分により利益を受ける者が想
定されるような法律ではないし、私法関係を形成し、形成された私
法関係の上に取引が積み重なることを想定した法律でもない。
結局、公水法の解釈として、埋立承認の取消しによって失われる
利益として、名宛人の利益以外を考慮することは求められていると
はとても考えられない。
9
(4)
小括
以上、行政法の一般的な理論からしても、処分の根拠法たる公水
法の解釈からしても埋立承認の取消しによって失われる利益として、
名宛人の利益以外を考慮することは求められていない。
2
相手方主張の取消しにより生じる不利益の性質
以上を踏まえて、相手方主張の取消しにより生じる不利益(取消し
により失われる利益)を見てみれば、①普天間飛行場の周辺住民等の
生命・身体に対する危険除去ができなくなること、②普天間飛行場返
還後の跡地利用による宜野湾市の経済的利益が得られなくなること、
③沖縄の負担軽減が進められなくなること、⑤日米間の信頼関係に亀
裂が生じること、⑥国際社会からの我が国に対する信頼が低下するこ
とについては、公水法が保護する利益ではなく、比較衡量の対象とな
りえない。
これらは、まさしく「一般公益」である。
侵益的行政処分の職権取消において、侵益的行政処分により実現し
ようとしていた「公益」が失われるにもかかわらず、
「 違法または不当」
であれば、職権取消が可能であるのと同様、授益的行政処分の職権取
消を制約する根拠となりうる利益ではない。
唯一、④本件埋立事業のために積み上げてきた膨大な経費等が無駄
になり,個別の契約関係者に与える不利益が大きいことのうち、個別
の契約関係者に与える不利益を除き(ただし、違約金等の請求が事業
者になされた場合に、その限度で、名宛人の利益として衡量の対象と
はなりえよう)、比較衡量の対象となるに過ぎない。
10
3
相手方主張の取消しにより生じる不利益の程度
以上からすれば、上記④の利益(の一部)についてのみ検討すれば
よいが、一応以下では、相手方主張の各不利益について、その有無、
程度について述べる(ただし、1号要件に関する主張において述べて
いるところと重複する部分もあるので、以下では端的に述べる)。
(1)
①普天間飛行場の周辺住民等の生命・身体に対する危険除去がで
きなくなること、②普天間飛行場返還後の跡地利用による宜野湾市
の経済的利益が得られなくなること、③沖縄の負担軽減が進められ
なくなること
普天間飛行場の危険性除去と埋立てによる新基地建設は次元のこ
となる問題であり、論理的飛躍がある。
普天間飛行場の危険性除去と跡地利用の実現は、新基地建設とは
関連のない国の責務である。
平成 7 年9月に発生した少女暴行事件後、同年 10 月 21 日の「米
軍人による暴行事件を糾弾し、地位協定の見直しを要求する沖縄県
民総決起大会」には8万 5000 人が参加するなど、米軍基地の整理・
縮小を求めるうねりが高まっていった。
このころ、ウイリアム・ペリー国防長官は議会で「日本のあらゆ
る提案を検討する用意がある」と発言し、ジョセフ・ナイ国防次官
補は「日本政府が望むなら部隊を本土に移転することも検討する」
と柔軟な姿勢を示していた。
また、1996 年(平成8年)2月1日付の沖縄タイムスのインタビ
ューに対し、スチュワート・ワグナー海兵隊大佐は、
「在日米軍基地
をどこに配置するかは元来日本政府が決めることだ」と語っている。
橋元モンデール会談を担当したモンデール氏は、この時期につい
て、
「米兵が沖縄から退陣しなければならないか、あるいは少なくと
11
もその存在を極端に削減しなければならないか、~事件はそのよう
な事態に発展した。」、
「 日本側リーダーたちとのプライベートな話合
いでも、彼らは決して話合いが挫折することを望んでいなかった。
彼らは、我々を沖縄の外へ追い出したくなかった」と語っている(平
成 26 年9月 13 日沖縄タイムス。平成 26 年9月 14 日沖縄タイムス。)。
また、2008 年(平成 18 年)9月の国務省付属機関によるライス
元国務次官補代理(東アジア・太平洋担当)に対するインタビュー
において、ライス氏は、
「日本側は(沖縄の)どの基地も本土に移す
ことを望んでいなかった。
(本土は)基地を増やすことに反対だった
からだ」と述べている(平成 27 年7月 29 日沖縄タイムス、平成
27 年7月 30 日琉球新報)。
普天間飛行場の危険性除去を訴えるのであれば、直ちに閉鎖し、
県外移設を実現しようと思えばできたにもかかわらず、日本政府こ
そが、沖縄に海兵隊基地を固定化することに固執をしていたのであ
る。
沖縄に海兵隊基地が所在するのは、単に政治的な理由に過ぎず、
軍事的必然性は全くないのである(詳細は申出書でも述べており、
ここでは繰り返さない)。
そのようにして沖縄に米軍基地を固定化してきた国が、普天間飛
行場の危険性除去の唯一の解決策であると称して、新たな基地の提
供、新たな危険の負担を求めることは、極めて不当である。
(2)
⑤日米間の信頼関係に亀裂が生じること、⑥国際社会からの我が
国に対する信頼が低下すること
なんら実証的な根拠がない不利益である。
長年にわたって普天間飛行場の移設の政治的合意が繰り返され、
12
内容も変遷してきたが、そのことによってこれら不利益が生じたと
いう事実はなく、本件埋立承認取消によって改めてかかる不利益が
生じることの主張立証はない。
そもそも、国内法に従わない限り、新基地提供ができないことは
当然のことなのであるから、国内法上の使用権限を取得できなかっ
たことにより、信頼関係に亀裂が生じるとの主張はありえない。
また、本件埋立ての経緯を見れば、国が地元の理解を得ずに基地
を押し付けようとしてきたことは明らかである。
平成8年4月、橋元モンデール会談後、キャンプシュワブ沖が有
力とされ、平成9年 11 月には、久間防衛庁長官(当時)が海上ヘリ
ポート案を提示した。
名護市においては、平成9年 12 月に名護市において住民投票が実
施され、反対が多数となったが、当時の比嘉市長は、海上ヘリポー
ト案を受け入れた上で辞任した。
その後、後任の岸本市長は、平成 11 年 12 月に、稲嶺沖縄県知事
(当時)が示した軍民共用、15 年使用期限等の条件に加えて、地位
協定の改善等の7つの条件を付して、受け入れを表明した。
ところが、退任直前に海上案は沿岸案に変更され、岸本市長は沿
岸案に対しては反対を表明しており、岸本市長退任後の選挙におい
て沿岸案反対を掲げて当選した島袋市長は、当選後の平成 18 年4月、
沿岸案の受け入れを公約に反して表明し、その後、岸本市長の7つ
の条件等を踏まえていた平成 11 年 12 月 28 日閣議決定を国は平成
18 年5月 30 日閣議決定により廃止した。
平成 22 年の市長選においては、島袋市長は、辺野古移設反対を明
確に掲げた稲嶺候補に敗れた。
同年 4 月には、県外移設、国外移設を求める県民大会が開かれ、
13
同年 11 月には、仲井眞前沖縄県知事が県外移設を公約に掲げて当選
した。
平成 25 年 12 月 27 日、仲井眞前沖縄県知事は公約に反して本件埋
立承認をした。
本件埋立承認は、県民の強い非難の声を浴び、承認の2週間後に
は県議会が埋立承認が不適法であることを指摘する意見書を可決し
ている。
平成 26 年5月の名護市長選においても、稲嶺市長が再選している。
同年9月には、翁長現沖縄県知事が辺野古移設反対を訴えて県知
事選への出馬を表明しており、同年 11 月に行われた県知事選挙にお
いて、翁長現沖縄県知事は仲井眞前沖縄県知事に 10 万票もの大差を
つけて当選した。
また、同年 12 月の衆議院選挙において、全選挙区において辺野古
移設反対派が勝利している。
以上の経緯からわかるとおり、国は、地元住民の同意を一度も得
ずに新基地建設を進めてきたのであって、米国との間で信頼関係が
破壊されたとしても、国が地元住民の意向を無視して、実現可能性
が低い案を米国と合意してきただけのことである。
なお、国際社会の信頼を訴えるのであれば、国連人権規約委員会
は平成 20 年 10 月 30 日第 94 回会期において、琉球・沖縄民族を国
内法で先住民と明確に認め、土地についての権利を認めること等を
勧告している。
平成 26 年9月 26 日には、国連人種差別撤廃委員会は、琉球・沖
縄について、琉球人を先住民族として認めることを検討し、それら
の者の権利を保護するための具体的な措置を講じることを勧告して
いる。
14
こういった勧告にこそ真摯に応えるべきである。
(3)
④ 本 件 埋 立 事 業 の た め に 積 み 上 げ て き た 膨 大な 経 費 等 が 無 駄 に
なり,個別の契約関係者に与える不利益が大きいこと
相手方のこの点に関する具体的な主張は、
「平成26年度末までに当
初契約金額約905億円の契約を締結し、そのうちの約473億円を既に支
払っている。~平成26年度に当該受注者等との間で,当初契約金額で約5
67億円の契約を締結した~沖縄防衛局長と名護漁業協同組合代表理事組
合長との間で,本件埋立て及び施設等の設置による漁業権等の消滅,漁業の
操業制限等に係る損失補償契約を締結しており,同局長から同組合長に対し
相当額の補償金が支払われている。~本件取消処分が認められれば,本件埋
立事業が頓挫することになり,これまで積み重ねられてきた多数の事実関係
及び法律関係が崩れ,同事業に費やされた上記経費や諸資材,諸機材等が無
駄になるほか,契約解除に伴う相当金額の損害賠償金が必須となる上~平成
27年度に計上した約1736億円の予算のうち契約済額の一部(金額未確
定)も無駄になるおそれがある。」 ということである。
しかしながら、まず指摘しておくべきことは、上記のとおり、本
件埋立承認に至る経緯において、名護市民、沖縄県民の同意は得ら
れておらず、仲井眞前沖縄県知事も、県外移設を公約に掲げていた
のである。
埋立承認申請に先立つ環境影響評価手続きにおいて、仲井眞前沖
縄県知事自身、評価書に対しては 、法ア セス、条例アセスと もに、
「評価書で示された環境保全措置等では、事業実施区域周辺域の生
活環境及び自然環境の保全を図ることは、不可能と考える」との知
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事意見を出していた。
補正評価書に対しても、公益財団法人日本自然保護協会や、日本
弁護士連合会も自然環境の保全が図れないとの意見を表明しており、
承認申請後、名護市長は承認の要件を欠く旨の意見書を提出してい
る。
承認直前には、沖縄県の基地負担軽減策や沖縄振興予算について、
政府と前沖縄県知事との交渉が重ねられた。
かかる交渉において、政府は、次年度予算での沖縄振興費 3408
億円の確保や本島への鉄道導入、OIST の規模の拡充、北部振興事
業の継続等の沖縄振興策を確約する等した。
平成 25 年 12 月 25 日、承認のわずか2日前に、首相官邸におい
て、前沖縄県知事は、
「そして、最後にコメントいたします。安倍総
理にご回答いただきました、やっていただいたことも、きちんと胸
の中に受け止めて、これらを基礎に、これから先の普天間飛行場の
代替施設建設も、建設に係る埋め立ての承認・不承認、我々も2日
以内に最終的に決めたいと思っています。」と発言し、平成 25 年 12
月 27 日、本件承認処分の判断に至った。
このような、極めて政治的判断の色合いが強い決着で本件埋立承
認が行われ、本件埋立承認がなされた後、わずか2週間の間には県
議会が、埋立承認に値しないとの意見書を可決している。
翌平成 26 年9月には埋立承認の瑕疵を検討し、瑕疵があれば取
消も検討するとして翁長現沖縄県知事が出馬を表明し、実際に当選
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している。
以上の経緯からして、本件埋立承認が取り消される可能性がある
ことについて、国は本件埋立承認の時点で重々承知した上で、既成
事実を積み上げてきたに過ぎない。
このような既成事実は、言ってみれば、職権取消が制約されると
主張するためにあえて支出されてきたものであって、何ら保護に値
しないと言うべきである(なお、取り消され得ることの知情が職権
取消を適法とする事情として考慮することを明確にしている裁判例
として、仙台地判 S30.9.26 行集 6.10.2223 等)。
また、もしもこのまま本件埋立事業が進んだとすれば、基地の完
成にあたって、さらに膨大な金額をかけなければならない。
申出人は、法的な瑕疵の有無を検討し、速やかに本件承認取消に
至ったものであるから、違法な行政行為に基づく税金の無駄遣いを
早期に食い止めたという観点からすれば、本件職権取消は、むしろ
国民の利益に資するものである。
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比較衡量
以上、処分の相手方である沖縄防衛局が被る不利益が金銭的なもの
であり、また、あえて既成事実を積み上げてきた保護に値しないもの
であるのに対し、本件埋立承認を放置することによって被る不利益は、
新たな基地の固定化による辺野古周辺住民の生命や身体に対する危険
や世界的にその価値が高く評価されている、辺野古地域の豊かな自然
環境の甚大な破壊という不可逆的な不利益である(詳細は申出書、1
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号要件、2号要件についての反論書による)。
前者と後者を比較した場合、後者が勝ることは明らかであることか
ら、本件承認処分の取消権の行使は適法である。
以
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上