高齢者の難聴に対しての補聴器の勧め方について

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高齢者の難聴に対しての補聴器の勧め方について
高齢者の難聴の特徴と、それに対する補聴器の勧め方について概説してください。
(T生)
高齢者の難聴の特徴
補聴器の適応時期
高齢者の方が外来を受診した時など
我々が日常話す声の大きさは、概ね60dB 程度
に、
「先生はいろいろお話して下さる
です。ささやき声は30dB 程度で、怒鳴り声では
のだけれど、良く聴き取れなくてわか
90dB 程度です。日常会話で不自由と感じる聴力
らない」と言われるような経験がおありかと思い
レベルはその人の生活環境にもよりますが、中音
ます。人間の聴覚器において、特に加齢による影
域の平均聴力が概ね50dB 程度位からであり、自
響が大きいところが蝸牛です。蝸牛は外部からの
覚的・他覚的に聴き取りの支障が生じてきます。
音(物理的な振動)を電気的に変換し、聴神経に
この頃が一般的に補聴器をお勧めする時期ではあ
伝える重要な役割を果たしています。蝸牛の内部
りますが、活発に対外的な活動をしている人では
には、振動により動く基底板と、そこに付属する
これよりも軽い難聴の頃から、あまり家から出ず
感覚細胞としての有毛細胞が存在しています。加
家族とのみ話すような方では、もう少し悪くなっ
齢により有毛細胞の数が減少することで、両耳の
た場合など、その人の困り具合に合わせて適応を
特に高音域側から徐々に難聴が進行していくのが
判断しています。
加齢性(老人性)難聴の特徴です。
人間の可聴域は20Hz ~ 20kHz 程度と言われて
補聴器の種類
いますが、20 ~ 30代頃から徐々に内耳の機能低
補聴器の型としては、
大きく分けると耳あな型、
下は始まり、通常の会話に影響のない高周波域の
耳掛け型、ポケット型に分類されます。それ以外
聴力は低下していきます。会話に不自由が無くて
に、骨導補聴器や眼鏡型なども存在しますが対象
も、「体温計の音が聴き取れない」等の症状は、
となる方は限られています。耳あな型は小さく目
加齢性難聴の初期の症状と言えます。これが進行
立ち難いメリットを有しますが、電池が小さく持
していき会話に重要な中音域まで難聴が及んでく
ちが悪いことや、特に高齢者では小さくて操作し
ると上記のような訴えが生じてきます。また、内
づらい、なくしやすいなどのデメリットがありま
耳性の難聴の特徴として単に小さい音が聞こえな
す。耳掛け型は現在最も普及している形であり、
くなるだけでなく、周波数分解能の低下、聴覚過
重度難聴用の高出力な機種から軽度難聴用の小型
敏といった現象が生じ、これにより「はっきり聴
でデザイン性を重視した機種まで様々なライン
こえない」「音が割れて聴こえる」
「大きい音が不
ナップが存在します。ポケット型は近年あまり見
快」などの症状が現れます。
かけませんが、安価であること、イヤフォンの部
加齢性難聴の進行程度には個人差があります
分と本体が離れた位置にあることからハウリング
が、聴力改善のための治療や進行を抑制するため
し難いこと、操作しやすいこと、話す相手に本体
の治療は残念ながら今のところ有効なものはあり
を向けることで聴き取りやすくなることなど高齢
ません。そのため、社会生活に不自由が生じるほ
者の方にとってのメリットがあります。
どの難聴になった場合には、QOL 改善の手段と
しては補聴器の使用をお勧めする事となります。
新潟県医師会報 H28.3 № 792
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補聴器の効果
論上聴取能力を最大限引き出すためのポイントと
一般の方の中には、高額な補聴器ほど性能が良
なり、またそれが補聴器にとっての限界ともいえ
く、聴こえが良くなると誤解している方が多くみ
ます。
られます。しかしながら、
補聴器とはあくまで
「外
部の音をその人の聴こえに合わせて適切に増幅
どこで相談、購入するか
し、その人の内耳機能を最大限活用する機械」で
新聞の広告欄、近くの眼鏡店、耳鼻咽喉科など
あり、高額であればあるほど聴き取りが良くなる
補聴器の入手経路は複数ありますが、耳鼻咽喉科
というものではありません。基本的な増幅の機能
への受診を是非勧めてください。加齢性難聴以外
は10万円台程度の普及価格帯機種からしっかりと
の耳疾患を除外することがまず必要であり、その
したものが搭載されています。もちろん高額な機
上での聴力精査、それに合わせた補聴器の選択が
種ではより細かい調整が出来ること、不快な雑音
最も失敗が少なく有効な方法と考えます。補聴器
を抑制するノイズキャンセラーの機能、Bluetooth
®
は購入した後も、聴こえ方や不満点などに合わせ
対応機種から直接聴き取ることが出来るなどの優
て度々調整することが必要です。そのために耳鼻
れた機能は備わっていますが、これらは必要に応
咽喉科での診断後に、経験を積んで国家資格であ
じて必要な方が使用すれば良いものと考えます。
る「認定補聴器技能士」を取得したスタッフを有
補聴器の効果を予測する際に有用なのは語音弁
する「認定補聴器専門店」を勧めています。
別検査(語音明瞭度検査)です。これは単音節を
眼鏡店などでも有資格者がいる所はあります
様々な音圧で提示し、その正答率を明瞭度曲線と
が、そうでないところも多く、両耳で50万の機種
して見るものです(図1)
。
を購入したけれど満足できず、耳鼻科を受診する
横軸が提示音圧、縦軸を明瞭度(正解率)とし
といったケースが後を絶ちません。
た曲線で、主に鼓膜や中耳疾患が原因の伝音難聴
また、通信販売での補聴器は、周波数ごとの増
では、提示する音圧を大きくすれば正常に近い正
幅率がプリセットであり、音量以外の調整が効か
答率になります。これに対し加齢性難聴を含む感
ず、個人に合わせた調整は出来ないものです。偶
音難聴では、提示音圧を大きくしても最終的な正
然うまく合う人もいるでしょうが、多くの方には
解率は100%に到達しません。これが感音難聴の
お勧めできないものです。
典型であり、音を大きくしても内耳の能力に限界
があるため聴取能は一定以上には改善しません。
高齢者との会話で配慮すべきこと
補聴器の調整を行う際には、この明瞭度曲線の最
ここまでで述べたように、高齢者における難聴
も良い音圧レベルに会話音を合わせることが、理
では小さい音が聴こえないだけでなく、
「聴こえ
の質そのもの」が低下しています。補聴器を用い
ることでその人の聴き取る能力を最大限に引き出
語音明瞭度曲線
したとしても、健聴者と比較するとやはりコミュ
伝音難聴
語
音 明
瞭 度 ニケーションの支障は存在します。高齢者の「聴
こえ方」につき御理解頂き、単に大きい声で話す
健聴者
だけでは無く、相手に聴き取れるように「ゆっく
り話す」
「はっきり話す」また、
「文節ごとに少し
感音難聴
% 間をおいて話す」
などが、
良好なコミュニケーショ
語音聴力レベル
G%+/
図1 語音明瞭度曲線
ンを構築するための配慮となります。
(
新潟大学大学院医歯学総合研究科
耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野 窪田 和
)
新潟県医師会報 H28.3 № 792