卸はなぜなくならないか - 水越康介 私的市場戦略研究室

卸はなぜなくならないか
―卸売企業の物流高度化と能動的性格が
もたらす流通構造の変化―
指導教員名:水越康介准教授
学修番号:
07159037
氏名:
鈴木 運
枚数:
23 枚
目次
第1章
はじめに
――――――――――――――――――――――――――――――p.3
1-1 問題の提示
1-2 各節の内容の概要
第2章
卸とは何か
―――――――――――――――――――――――――――――p.3
2-1 卸売業の定義
2-2 卸売業の基本的機能
2-3 卸売業の社会的役割
2-4 流通が多段階化する要因
第3章
卸不要論とは
――――――――――――――――――――――――――――p.7
第4章
流通再編の歴史と卸売業の現状
――――――――――――――――――――p.9
4-1 第一次流通再編の動き
4-2 第二次流通再編の動き
4-3 小売業のチェーン化が卸売業にもたらす影響
4-4 卸売業の現状
第5章
具体的な物流戦略(飲食料品卸売業) ―――――――――――――――――p.17
5-1 国分
5-2 菱食
第6章
卸不要論の再考察
第7章
おわりに
―――――――――――――――――――――――――p.19
―――――――――――――――――――――――――――――p.21
参考文献
参考サイト
2
第1章
はじめに
1-1 問題の提示
本稿は卸売業が存在し続ける理由を明らかにすることを目的とする。
現在、商業の流れの視点から見れば、一部の例外を除き、メーカーが出荷した商品は卸
売業を介して小売業に販売され、私たち消費者の手に渡っていると考えられる。たしかに、
イオンや西友といった一部の小売業がメーカーとの直接取引を試行しているが、それは依
然として少数であり、いわゆる問屋と呼ばれる卸売業にかかる期待は大きく、卸売業がな
ければ日本における商業は成り立たないと言っても過言ではないだろう。
しかし、それと反対する考え方も存在する。その代表が 1962 年の『流通革命』のなか
で林周二が唱えた「問屋不要論」であり、いまだにその影響力は大きいと言える。しかし
ながら、実際を見れば今日現在、卸売業は存在し続けており、近い将来無くなるとは考え
づらい。
本稿ではなぜ不要論が過去に強く唱えられていたなかで、卸売と呼ばれる業態は存在し
続けているのか、また卸売が存在する意義は何なのかを明らかにしたうえで、革新的卸売
業の可能性を再考察していく。
1-2 各節の内容の概要
まず、第 2 章では卸売業の定義を確認したうえで、卸売業の担う基本的機能と社会的役
割、流通の多段階化する要因を整理する。第 3 章では本稿のテーマでもある「卸不要論」
について、林周二の『流通革命』での主張からその意味を探る。第 4 章では現在までに至
る流通再編の動きを二期に分け、それぞれを考察する。また、それに関連させ、小売業の
チェーン化の動きから小売業界全体の現状を、さらには卸売業の現状を確認することによ
って、林が予想した小売業、卸売業との相違点を見出す。第 5 章では、飲食料品卸売業者
を取り上げ、卸売業の具体的な物流戦略を探る。第 6 章では、これまでまとめてきた先行
研究を踏まえての卸不要論に対する再考察と、卸売業の性格と考えられる能動性によって
もたらされる流通構造の変化を探る。
第2章
卸とは何か
2-1 卸売業の定義
高嶋[2002]によれば「卸売業者とは、消費者以外のもの(具体的には小売業者、卸売
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業者、生産者など)に商品を販売する商業者である」(高嶋、2002、p.55)とある。つまり
は、個人消費や家庭消費を目的とした最終購買者を対象に販売するのが小売業者なのに
対し、卸売業者は商品を用いて生産・加工したり、再販売などをすることを目的とした
購買者を商対象としている。
また、卸売業は専門分化しているために多様な種類が存在している。まず商品別に食
品や衣料品などの卸売業があり、広い範囲の商品カテゴリーをもつ総合卸売業と狭い分
野に特化した専門卸売業という区分が存在する。また流通段階における位置づけから、
多くの生産者から商品を集める収集卸売業、多くの商業者や顧客企業に商品を販売する
分散卸売業、その両者の間に介在して業務を補助する仲継卸売業という区分もある。(高
嶋、2002、p.228)
2-2 卸売業の基本的機能
ここでは生産者と小売業の間に存在する卸売業の現在における基本的な機能を確認す
る。なお、以下は、坂本秀夫(2008)『現代流通の解読』同友館に従う(pp.56-58)。
①仕入れ機能
品揃え機能とも称される。市場の動向を把握し、小売業の要望を確認したうえで、取
扱商品を決定し、メーカーなど生産者から商品を調達する活動である。
②販売機能
小売業を対象に、商品を販売するための活動である。具体的には、年次としては、卸・
小売相互の信頼関係を深めるためのトップ会談や、販売企画提案、月次としては、特売
のための商品陳列提案、週次・日次としては、受注促進のための活動を行う。
③金融機能
小売業に対して販売代金を請求したり、それに基づいて代金回収したりする活動であ
る。なお、その際、代金回収期間を長期化するなどの融通を図り、小売業に対して金融
面で信用付加する役割を果たすこともある。
④受注機能
販売機能の具現化として、小売業から商品の注文を取る活動である。受注方式として
は、巡回受注、電話受注、ファックス受注などがあるが、最近ではコンピューターのオ
ンライン・ネットワークを活用した EOS なども導入されている。
⑤発注機能
仕入れ機能の具現化として、メーカーなど生産者に対して商品を発注活動である。発
注は、電話、ファックス、オンライン・ネットワークなどを用いて行う。
⑥保管機能
メーカーなど生産者から納品された商品を、物流センターなどの倉庫で荷受けし、注
文に基づき小売業に出荷するまでの期間、在庫として保管する活動である。なお、それ
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とともに、出荷する前段階においてのケース単位からバラ単位への小分け、店別仕分け、
ルート別仕分けなどの作業もある。
⑦配送機能
小売業からの受注商品を納品する活動である。
⑧情報伝達機能
これには、生産者がもつ商品情報や競合店情報などを小売業に伝達する活動と、小売
業がもつ市場情報や消費者情報を生産者に伝達する活動がある。
⑨指導援助機能
小売支援(リテール・サポート)とも称される。得意先小売業の経営向上を図るため、
売場活性化支援、販売促進企画支援、店舗開発支援、従業員の教育訓練支援などの活動
を行う。
⑩組織化機能
小売支援を進め、得意先小売業を協力店として組織化することもある。
つまりは簡単にまとめれば、卸売業の基本的な機能としては①~③のような商的流通
機能、④~⑦のような物的流通機能、⑧~⑩のような情報・サービス提供機能に大別で
きることになる。
2-3 卸売業の社会的役割
生産と消費の間に卸売業者が介在することの社会的な役割はどこにあるのだろうか。
もっともよく知られたメカニズムとしては取引総数の節約がある。製品やサービスの販
売を生産者自身で直接行おうとすると、小売業者などの買い手はそれらを比較検討し、
複数の生産者との接触が必要になる。製品やサービスの数が増えれば増えるほど、取引
数も増えていくことになる。ところが、卸売業者に代表される流通業者が介在していれ
ば、買い手は流通業者のところへ出かけるだけで多数の生産者による製品やサービスを
比較検討でき、買い揃えることができるようになる。また、生産者としてみても、全て
の買い手ではなく、流通業者とだけ取引をすればよいことになるため、必要とされる取
引数が節約される。(石井ほか、2004、pp.92-93)
さらに、高嶋[2002]によれば、空間的懸隔・時間的懸隔・品ぞろえ懸隔の三点を埋める
ことも卸売業者の役割として挙げられるという。(高嶋、2002、pp.57-65)
まず空間的懸隔についてであるが、消費者の必要としている商品が消費者の近隣です
べて生産されているという状況はまず考えられないと言える。すると、たいていの商品
については生産地と消費地との間に空間的な懸隔が生じることになる。この懸隔を消費
者自身が埋めようとするならば、消費者が生産者のところまで買いに行かなくてはなら
なくなり、逆に生産者自身が埋めるとなると、消費者のところまで売りに行かなくては
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ならなくなる。この空間的な懸隔を埋めることが卸売業者の存在理由になるというので
ある。
しかし、ここで気をつけなければならないことは、消費者が卸売業者による流通サー
ビスをどこまで求めるかという点である。例えば消費者ができるだけ近くの店舗で買い
物をしたいと考えるならば、卸売業者が介在する程度も大きくなり、必然的に流通サー
ビス量も増えることになる。反対に消費者が遠方の店舗への買い物をいとわないならば、
流通サービス量は減ることになる。
また、生産者側の物流処理能力が限られるとき、具体的には全国各地に生産拠点や倉
庫を持っておらず、物流を生産者自身で行えないときなどにおいても空間的懸隔が生じ、
卸売業者が介在する大きな理由になっている。
二点目は時間的懸隔である。ほとんどの商品は生産される時期と消費される時期が異
なっている。となれば、この時間的な懸隔を誰かが商品を保管することによって埋めな
ければならなくなる。この役割を担っているのが卸売業者である。たしかに消費者や生
産者もこの時間的懸隔のうちのいくらかを埋めていることは間違いない。例えば消費者
であるならば、数日分の食料をまとめ買いすることにより、冷蔵庫または冷凍庫などで
保管することはよく見られる行為である。生産者にしても、生産物を自ら保管すること
は当然あり得る話であろう。しかし、両者とも埋められる時間的懸隔には限りがある。
なぜならば消費者は、商品が生産されたらすぐに購入し、それを消費する時期まで保管
するためには広い保管スペースや、巨大な冷蔵庫が必要となり、現実的には厳しく、生
産者も余計な保管リスクを背負うことは避けたいと考えるはずだからである。
したがって消費者は消費者のタイミングで商品を購入しようとし、生産者は生産者の
タイミングで商品を販売しようとするために時間的懸隔が生じてしまうことは避けられ
ない。そこで卸売業者が消費者や生産者の代わりに商品を保管し、生産と消費の時間的
懸隔を埋める必要性が出てくるのである。
三点目は品ぞろえ懸隔である。まず、生産段階では、生産活動を効率的に行うために
それぞれの生産者が限られた種類の生産物を大量に作るのが一般的である。それに対し
て消費者は、多様な商品を少しずつ購入したり、多くの種類の商品から自分に適した商
品を選別しようとする。すると生産段階では、少数の種類で大量の商品が、また消費者
のもとには多数の種類で少数の商品が必要になる。このように生産と消費とで商品の集
合状況が異なることを品ぞろえの懸隔と呼び、この懸隔を埋めることが卸売業者の役割
とされる。ただし、消費者もこの品ぞろえの懸隔の一部を埋めている。例えば、一つの
店舗だけで買い物をするのではなく、いくつかの店舗を回って商品を購入することで、
消費者自身で必要とする商品の集合状況を形成している。
2-4 流通が多段階化する要因
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では流通が多段階化する要因、つまりは生産から消費までの間に一次卸売業者や二次
卸売業者などの分業が必要となる場合はどういったときなのだろうか。(2)で述べた三
つの懸隔に沿って考察していく。
まず空間的懸隔の場合であるが、①消費者が近くの店舗を利用する傾向が強い場合、
②生産者の物流処理能力が低いために卸売業者による物流作業への依存が強い場合、③
卸売業者の物流処理能力が低いために多段階の卸売業者間での物流が必要になる場合の
三点が考えられる。
次に時間的懸隔の場合は、①消費者の保管能力が限られるなどの理由で、消費者が商
品を多く保管しようとしない場合、②生産者が生産したものを保管せず、すぐに販売し
たいと望む場合の二点がある。
最後に品ぞろえ懸隔の場合は、消費者が多様な商品を探索したり、購入する場合、し
かもそのための手間を省こうとするほど、流通は多段階化すると予想される。
(高嶋、2002、
pp.57-65)
第3章
卸不要論とは
冒頭で述べたように、ここでは卸不要論を代表する林周二の『流通革命』、『流通革命
新論』での主張を整理する。
まず林は、流通革命とは「生産面における大量生産革命(オートメーションの大規模
な導入,製品の規格化を含む)と,消費面における消費革命に対応して,商品の流通面
にもまた大量配給体制が必然的に進行する事実を指している」(林、1964、p.30)として
いる。
そのための最大の問題点として、林は経路(チャネル)部分の遅れを指摘している。むし
ろ日本経済にとってのボトルネックとまでも言い切っているほどである。つまりは、鉄
道、道路、港湾、通信などの公共部門への事業面での投資が立ち遅れている点、また各
産業における生産諸部門の設備拡張と比較しての流通部門への無関心さを解消しないこ
とには、近年の大量生産に対応した迅速かつ大量流通を実現できないというのである。
各産業における流通部門はもちろんのこと、鉄道や道路、港湾は物資のフィジカル的な
チャネルであり、通信はコミュニケーションを担当するチャネルといえる。したがって、
公共部門と流通部門の遅れはいずれも経路の遅れといえるからである。(林、1962、pp.54
-56)
次に小売業という消費者への末端経路として、大型小売店舗、零細小売店舗、専門小
売店舗、百貨店の4つを挙げ、各々の特徴と未来図を提起し、特には大型小売店舗と専門
小売店舗の必要性を主張している。当時出現してきたスーパー・マーケットに代表され
る大型店舗の特色として、①衣食住の日用品、且つ、標準化され規格化された商品を、
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薄利多売、高回転率で消費者に大量に提供する、②単独店舗としての行動でなく、大量
共同仕入れ行為などの横に連鎖的な経営を行う、と述べており、大量生産体制に順応し
た経路であることから、零細小売店舗が排除される一方で、大型小売店舗の飛躍的な進
歩を予想する。また、専門小売店舗に関しては、大型店舗以外の消費者の需要として、
標準化されない商品の必要性は非常に高いとして、さらなる発展を期待する。(pp.99-
104)
そうした小売業と関連させ、卸売業の行方を追及している。まず、卸を通過する消費
財の大半は、メーカーとチェーンなどの大型小売店舗との直接取引が行われるために、
卸売業者は大幅に排除され、それに代わるかたちで運輸や倉庫、情報に特化した中間機
構が設置されるであろうとしている。しかしその一方で、零細小売店舗が存在するかぎ
り、それを対象にする必要から卸売業そのものがなくなることはないとも指摘する。た
だその場合にも、大型の卸が発生し、零細卸商は消滅の運命を辿るとしていることも注
意しなければならない。
(pp.163-169)
また、当時のメーカーのパワーが卸売業のそれに比べ強まっていた最大の原因を「産
業資本が長期的な投資活動に力を注ぐのに対し、商業資本が短期的な投機活動に終始し
ている」(p.167)と分析している。つまりは、メーカーは商品開発などの際に長期的な
利益を視野においているのに対し、卸売業は短期的な利益を重視し、長期的なリスクを
負いたがらないということである。そしてそのような卸売業に対し、次のように主張す
る。
「商業資本に国民経済の主導権をにぎらせたならば、新製品は出現せず消費者の消費
生活の進歩はありえないことがこれで判る。/いまや強大化した産業資本は、長期的
開発投資に力を注ぎ、またみずからの企業イメージの長期的な育成に策をめぐらすけ
れども、問屋資本は、いかにもそういう長期的な視点を欠いている。長期的視野を欠
如した資本には国民経済の主導権をにぎらせるべきでないし、またにぎることはでき
ないだろう。
(pp.167-168)」
以上のことを踏まえたうえで、林は自らが「チャネル・ミックス」と呼ぶワードを用
いて経路問題の打開策を提案している。それは経路の水平統合または垂直統合である。
水平統合とは、小売や卸売段階での取扱品目を多角化することにより、特に零細な小売
や卸売の絶対的な数を減らし、これまでの細くて長い流通パイプを太くて短いパイプに
整理するということである。また、垂直統合とは中間流通業者を排除して、メーカーと
小売とが直接的な取引を試みることで、過剰な卸を排除しようとするものであり、それ
による流通の新しい事態に対処するための運送や倉庫事業のみを扱う新規のチャネラー
を生み出そうということである。(pp.156-158)
最後に林の主張をまとめると、全てを排除することはできないとしても、過剰な卸売
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業と零細な小売業は消費者の非効率性の解消のためには滅亡させるべきであるとしてい
る。そのためにも大型小売業とメーカーとの直接取引による新しい流通経路の敷設が急
務であり、これまでの流通における中間業務を担っていた卸売業は、大規模な卸売業者
を除けば消滅する。さらに言えば、生き残ることになったそのような大規模卸もかつて
の役割を失い、大量流通のための「倉庫」「運輸」「情報」の三機能だけを担うことにな
る。このように、林は零細な卸売は不必要としている一方で、大規模な卸売業のある程
度の必要性は認めていることから、林の流通革命での主張が卸不要論とイコールにはな
らないことに注意が必要であろう。
第4章
流通再編の歴史と卸売業の現状
日本の流通は、1960 年ごろから、量販チェーンの出現・台頭などを含む画期的な変化
を示してきた。この変化をいち早く感じ取り、いわゆる「流通革命」という用語を作っ
た研究者に田島義博を挙げることができ、林周二の著書『流通革命』により流通再編の
動きが活発になっていった。それでは前章での林の予想したような流通革命が果たして
本当に引き起こっていったのだろうか。ここでは現在に至るまでの流通再編の流れを、
上原に従って二期に分け、それぞれを考察していく。
4-1 第一次流通再編の動き
1960 年頃から日本経済が高度成長の恩恵を受け始めたことを背景に、流通業界では欧
米からチェーンオペレーション技術を導入し、急速な企業成長路線を走りだした企業が
数多く現れた。チェーンオペレーションとは卸売と小売との統合による効果と効率を狙
うものであり、チェーン本部は卸売そのものとして、また傘下の各店舗が小売に位置づ
けられる。具体的にはそうしたチェーンは、本部に情報が集約されることによる地域重
要対応力の向上と、ロジスティクスの効率化を目指していた。しかし、当時の量販チェ
ーンの本部は、そうした本来の役割を担うような本格的なチェーンオペレーションを展
開せず、言い換えれば卸売機能を十分に担おうとせず、各店舗への品揃えと配送のほと
んどを従来の業種別卸売業者に委ねており、そのため伝統的な卸売業者がチェーンのた
めのロジスティクスを担ったのである。つまり、量販チェーンは伝統的卸売業者の物流・
納入機能を利用して成長してきたわけであって、当時のチェーンオペレーションは、出
店数を増やすためだけのものであるといっても過言ではなかった。多店舗展開を支える
自立的なシステムを構築するのではなく、伝統的卸売業者に依存する一面を出すことに
よって、自らの効率化を図ったのである。また、当時のシステムの状況下では、なお数
多くの中小専業店が存続することができた。それを支えたのが量販チェーンのロジステ
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ィクスを担うことによって生存を図っていた伝統的卸売業者の存在であった。つまり、
中小専業店は伝統的卸売業者が提供する仕入れルートによって、存続することができた
ということである。(上原、2009、pp.236-238)
さらに当時の流通再編期における重要なキーワードとして、流通系列化を挙げること
ができる。流通系列化とは「生産者が卸売業者や小売業者との間にパワー関係を形成し
て、垂直統合することなく、生産者直営の販売拠点のように販売やサービスにおける協
力を確保する仕組み」(高嶋、2002、p.136)のことである。つまりメーカーは自社のマー
ケティングを有利に展開するために、本来はメーカーと独立している卸売業者や小売業
者を組織化することで、品ぞろえ形成や販促・サービス活動などを統制しようとしたの
である。
ではなぜ卸売業者などはそうしたメーカーの動きに従ったのだろうか。それにはメー
カーのアメとムチの活用が考えられる。例えば、メーカーの方針に協力する場合にはリ
ベートや様々なサービスを受けられたり、逆に協力しない場合には消費者の人気が高い
商品を扱わせなくする仕組みを作り上げた。また、卸売業者や小売業者にとってみれば、
消費者の求める商品を扱えなくなるということは、その商品を販売するチャンスを逃す
だけでなく、消費者からは欲しい商品がそろっていない店と判断されて、全体の販売額
も減少してしまう恐れがあった。そうなるとメーカーに対しては必然的に弱い立場とな
り、メーカーのそうした意向を無視できなかったのである。(原田ほか、2002、pp.80-
81)
このような状況にあって、有力メーカーは、卸売業者や小規模の小売業者に関しては
パワーの行使力を確立していたといえるわけだが、これを量販店に対しても発揮するこ
とができた。例えば、当時の量販店は、メーカーの建値を基礎とした価格を設定せざる
を得ず、価格決定権はメーカーが掌握していたといえる。量販店が独自の低価格を設定
するためには諸コストを大幅に下げるチェーンオペレーションを展開しなければならな
かったが、チェーンオペレーションの基幹ともいうべきロジスティクス機能を伝統的卸
売業者が担っていたために極めて困難であった。(上原、1999、pp.230-231)
4-2 第二次流通再編の動き
1980 年代の半ばを過ぎると、特に小規模小売店の減少が顕著に表れるようになった。
また、日本人の生活スタイルも変化してきた。生活の多様化はワンストップショッピン
グ、ライフスタイル志向型品選びを拡大させ、探索時間が短い商品(食料品や日常雑貨
など)では SM(スーパーマーケット)や CVS(コンビニエンスストア)などの多品目
小売業態、探索時間の長い商品(衣料品や専門品など)では専門店が大きく勢力を伸ば
してきた。こうした小売業態では業種を超えた品ぞろえが要求され、これに合わせて卸
売過程でも小売と同様な多品目化が進んできた。すなわち、小売業態に合致する流通に
10
.....
適応すべく卸売過程が変化してきたのである。この点について高嶋は卸売業の特徴とし
て、「卸売業の場合では、業態の変革が、生産者や小売業者における革新に強く影響され
る形で、受動的に業態を変えていく形になりやすいのである。/それは取引関係が継続
的で、顧客が取引を切り替えにくいために、たとえ卸売業者が画期的な業態を起こして
も、顧客をなかなか集められないためである。
」(高嶋、2002、p.231)と述べている。
さらに、1980 年代半ばごろから POS システムを中心とする情報ネットワーク技術の
発展がみられ、これによって、チェーンオペレーションは、より優れた情報集約を実現
し、さまざまな地域から得られる情報によって当該地域の特徴を素早く探り出し、より
優れた地域重要の把握実現を可能にした。また、当時のチェーンオペレーションのもう
一つの優位性は、効率化されたロジスティクスを構築できる点にあった。チェーンオペ
レーションの下で展開するロジスティクスが目指すところは、個々の製品の大量輸送と、
各店舗の品ぞろえに合わせた混合配送とを、流通センターで効果的かつ効率的に行うこ
とであるが、こうしたロジスティクスの高度化も進められていた。
それと同時に多品目を一挙にチェーンに納入(フルライン化)できる大規模卸売業者
が台頭してきた。そのため、既存の業種別卸売業者がチェーンの納入作業を担う余地は
急速に狭められていった。このような動きと相まって、流通業者のパワーが明らかに拡
大し、第一次流通再編期に伝統的流通業者の存在を背景にして構築されてきたメーカー
が相対的に縮小してきた、ということもこの時代の特徴である。チェーン化が進むと、
メーカーにとっては従来と比べ、取引交渉相手を大幅に減少させ、チャネル選択の代替
性を大きく低下させることを意味する。これはメーカーの卸売業者への依存度を強める
ことになる。また、業種別流通の崩壊、流通業者の品ぞろえのフルライン化は、流通業
者のパワーを強め、メーカーのそれを低めていく構造を作りだした。
この時代は新システムが旧システムを追い出していく時期であり、その意味で流通革
命は現在、成熟してきているといっても過言ではない。しかし、その一方で、情報化を
背景にインターネットを介しての無店舗販売などに代表される新しい流通システムが台
頭し、第三次流通革命を引き起こす可能性も否定できない。
(上原、2009、pp.240-242)
それと並行して、消費者自身の生活の変化も流通再編に大きく関わっている。例えば、
以前よりも遠方の大型店に自動車を使って買い物に行く人が増加したり、加工・冷凍食
品の普及で商品の保存期間も長くなっていることで多くの商品を自宅で保管できる消費
者が増えてきた。これは2章で述べた生産と消費の空間的・時間的懸隔を消費者自身で
埋める割合が増えてきたことを意味しており、卸売業に期待されるサービス量が減った
ことで、卸売段階の減少や、生産者と小売業者との直接取引の増加をもたらした。(高嶋、
2002、p.77)
また、上原は上記のような消費者行動には二つの視点があるとする。一つは、ワンス
トップ・ショッピングの拡大であり、もう一つは家庭内在庫と出向頻度(店に出かける
頻度)である。ワンストップ・ショッピングの拡大というのは、生活の多様化に伴い、
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特に探索時間が短い商品に関しては時間節約志向が進み、消費者は一店一店の中小小売
店を回るよりも、大型店でまとめて買い物をする傾向が強まったということである。(上
原、1999、pp.232-233)家庭内在庫と出向頻度に関しては上原の主張に準ずると、「一
般に、家庭内在庫を大きく出向頻度を小さくする買い物行動を計画買いと呼び、家庭内
在庫を小さく出向頻度を大きくする行動を当用買いと呼ぶことができる。人々が計画買
いをすれば、大きな店舗が密度薄く(少数)分布し、当用買いをすれば、小さな店舗が
密度濃く(多数)分布するようになる。日本人の購買行動においては、家庭内在庫を小
さくして、何度も店に買いに行く買い方、すなわち当用買いが定着している」
(上原、1999、
p.232)ということになる。つまり、野菜や果物であれば青果店、食肉であれば精肉店と
いったように、目的に合わせて専門店を回って購入するのではなく、スーパーマーケッ
トのような大型店で頻繁に買い物をするということが現代の日本人の大きな特徴といえ
る。
さらに、第一次流通再編期における流通系列化に代わる大きな動きとしては製販統合
を挙げることができる。製販統合とは、「商品の生産や物流における一連の作業を企業間
で連動させて、一気通貫の生産・流通システムを形成することであり、それによって生
産や物流の効率化をめざすもの」(高嶋、2002、p.156)である。流通系列化がメーカー側
のパワーの増大によって形成された関係なのに対し、製販統合は小売業者のパワーの形
成によって引き起こされた点が大きな特徴である。その背景としては上記したようなチ
ェーン店に代表される大規模小売店の台頭にある。つまり、これまでは小売業者が小規
模分散的に存在していたが、チェーン店の台頭により、そうした小規模的な小売店は減
少する結果となった。そうなると、メーカーや卸売業者は全国市場で売り上げを増大さ
せるためには、少数の大規模小売店への販売額を大幅に増やさなければならなくなった。
こうした状況においては、大規模小売業者側に大きなパワーが働き、仕入条件などを有
利に進めることができる。
その具体的な行動として、高嶋[2002]は二種類の活動の調整を述べている。一つはメー
カーや卸売業者に迅速で多頻度少量の配送をさせるという物流面での調整である。オン
ライン受発注システム(EOS)や電子データ交換(EDI)を導入し、そこで得た高度な受発注
情報の処理を自動化・機械化することによってメーカーから小売業者に至る迅速で多頻
度少量の配送システムを構築するものである。つまりは、小売業者のパワーを行使する
ことで、メーカーや卸売業者にこうした物流情報システムに投資をさせるとともに、小
売業者への迅速で多頻度少量の配送を実現させるのである。小売業者にしてみれば、在
庫の費用やリスクを削減し、効率的な品ぞろえが期待できることになる。もう一つは、
メーカーや卸売業者の生産活動や在庫管理を連動させることである。つまり、小売業者
はこれまでの注文情報だけでなく POS(販売時点情報管理)データや在庫データといっ
た小売業者がもつ詳細なデータを、メーカーや卸売業者側に提供することで情報を共有
し合い、彼らに迅速な供給体制を整備させるのである。(高嶋、2002、pp.156-157)
12
4-
-3 小売業の
のチェーン化
化が卸売業に
にもたらす影
影響
ここまで主と
として卸売業
業者を中心と
とした流通業
業者の視点か
から、流通再
再編の動きを整理
して
てきたわけで
であるが、卸
卸売業の必要
要性の有無を
を議論しようとするとき
きには、小売業の
動き
き、特に近年
年の特徴であ
ある大型小売
売店のチェー
ーン化にも目
目を向けなけ
ければならないよ
うに
に感じる。な
なぜならば、チェーンス
ストアなどの
の大規模小売
売店の発展は
は、仕入れの集中
化な
などによって
て、卸売業の
の役割の一部
部を担ってい
いると考える
ることができ
きるからである。
した
たがって、こ
ここでは小売
売店のチェー
ーン化の流れ
れを整理する
るとともに、 それが卸売業に
どの
のように関わ
わってくるの
のかを考察す
する。
図表1
1
小売業 事業所数
数
1,800,00
00
1,500,00
00
1,200,00
00
900,00
00
600,00
00
300,00
00
0
985 1988 1 991 1994 1997
1
1999 2002
2
2004 2007
1982 19
事業所数(
(店)
図表2
小
小売業 年間商品販売
年
売額
180,000
0,000
150,000
0,000
120,000
0,000
90,000
0,000
60,000
0,000
2 1985 1988
8 1991 1994
4 1997 1999
9 2002 20044 2007
1982
年間商品販
販売額(百万円)
ま
まず始めに、
、小売業界全
全体の現状を
を確認する。図表 1 から
らわかるよう に、小売業
業の事
務所
所数の減少が
が続いている
る。2007 年 の調査によれ
れば、小売業
業事務所数は
は 1,136,755
5 事務
13
所であり、これは 2004 年の調査時と比べ、8.2%の減少を、また、1982 年と比べると約
34%もの減少を示している。
それに伴って図表 3 の従業者規模別小売商店数シェアをみると、1~2 人のいわゆる零
細な小売商の減少が続いていることがわかる。1982 年には 60%以上の割合を占めていた
が、2007 年調査では約 44%にまで低下している。このことから小売商店数の減少は零細
小売業者の減少が直接的な原因だと捉えることができよう。その一方で、小売業の年間
商品販売額では 1997 年の約 147.7 兆円をピークとして減少傾向が見て取れるものの、事
業所数と比較すると、その減少割合は低く、2007 年調査では 2004 年調査時よりも 1.0%
増加して約 134.5 兆円となっている。
図表3
0%
小売商店数の従業員規模別構成比の推移
20%
40%
60%
80%
100%
1982
1985
1988
1~2人
1991
3~4人
1994
5~9人
1997
10~19人
1999
19~49人
50人以上
2002
2004
2007
(出所)
坂本秀夫(2008)『現代流通の解読』
こうした背景のなかで近年シェアを伸ばしているのがチェーン化された大規模小売店
である。すでに第3章での流通再編の動きのなかで確認してことであるが、もう一度チ
ェーンオペレーションの意義を再確認する。
そもそも小売店は消費者への販売が業務の主であることから、消費者の小規模分散性
に対応して、小規模な存在にしかなりえないという特性を持っている。つまりは小規模
な需要しか持たず、且つ、分散的に存在しているため、単一の小売店舗によって得るこ
とができる需要は、メーカーに比べれば小規模なものにしかならないことになる。しか
しながら、仕入れ時などにおける規模の経済性などを考えれば、小売業者の現実と理想
14
との間に矛盾が生じていた。そこで、その問題を解決する手段こそがチェーンオペレー
ションであった。チェーン本部で仕入れや販売促進を行うことで規模の利益を得るだけ
でなく、メーカーや卸売業者に対してのパワーを強めた。また、多店舗展開により、1 つ
の店舗規模は維持しながらも分散した需要にも対応し、販売面においても規模の経済性
を得ようとしたのである。(石原ほか、1989、p.138)
しかしながら、3章で述べたようにいわゆる第一次流通再編期においては、小売業者
は仕入れなどのチェーンオペレーションにおけるかなりの部分を既存の業種別卸売業者
に依存していたために、本当の意味でのチェーンオペレーションは実現できなかった。
それが第二次流通再編期になると、消費者生活の変化や小売業者間の競争の激化に伴い、
商品の多品目化が必要不可欠になり、業種別の卸売業者ではチェーンオペレーション業
務が担えなくなっていった。したがって、小売業者自身による本部一括仕入れを強化し、
効率的なチェーンオペレーションを目指していくことになる。
ではこれらのことが卸売業に与える影響はどこにあるのだろうか。まず考えられるの
が、流通段階数の減少である。いわゆる「流通短縮化」や「流通の中抜き現象」(高嶋、
2002、p.77)と呼ばれているのだが、これまでは既存の卸売業にチェーンオペレーショ
ンを一任していたチェーン店が、自らでその業務を行うことで物流や情報処理などを担
うようになった結果として、数段階の卸売業者が介在していた取引が少ない段階数で済
むようになり、また、メーカーなどの生産者と直接取引が可能となったことで卸売業者
の業務自体が減少するという傾向が考えられる。
また、上原[1999]はチェーンオペレーションが創出する機能として情報縮約機能を挙げ、
各々のチェーンは効率的なロジスティクスを志向して物流システムを構築・組織化して
いると指摘する。ここでの情報縮約機能とは、これまでの小売商店やメーカーと取引し
ている卸売業者が握っていたともいえる商品などに関する多くの情報を、チェーンオペ
レーションを展開するチェーン本部でも把握することが可能になる点を指す。そしてこ
の機能を計画的に創出させることによって、チェーン店は各地域の商品に対する需要を
的確に、且つ、迅速に生産から物流に至るまでのマーケティング活動に反映させること
ができる。このことは卸売業にとってみれば、これまでの大きな強みの一つであった卸
売段階での情報の提供だけでは小売店、特にチェーン店の需要に対応できないことを意
味しているであろう。そうなると、チェーン店が目指す効率的なロジスティクスに必然
的に関与せざるを得ない。つまりは、個々の製品の仕入れ先からチェーンへの単品大量
輸送と、各々の店舗の品ぞろえに応じた個別輸送の両方を効率的に結節できる物流シス
テムの構築に積極的に取り組む必要がある。(上原、1999、pp.233-237)
4-4 卸売業の現状
先に述べたチェーンオペレーションの導入が卸売業にもたらすであろう影響を踏まえ、
15
売業の現状を
を考察する。
卸売
図
図表 4 からも
もわかるよう
うに、商業統
統計調査によ
よれば、卸売
売業の事務所
所数は 1991 年の
年
461,623 事務所
所をピークと
として、減少
少傾向が続い
いている。特
特に 2007 年調
調査時は 334,240
務所で、200
04 年調査時
時と比べて 10
0.9%の減少であり、過去
去十数年で最
最大の減少割
割合と
事務
なっ
っている。さ
さらに、図表
表 5 の年間商
商品販売額を
をみても、19
991 年の約 5571.5 兆円を
をピー
クとして大きく
く減少に転じ
じているのが
がわかる。た
ただ、2004 年からは減少
年
少幅が小さく
くなっ
おり、特に 2007 年調査
査では 1.3%と
とわずかでは
はあるものの
の、増加して
ている。
てお
図表4
卸
卸売業 事業所数
事
500,000
400,000
300,000
200,000
100,000
0
1
1982 1985 1988 1991
1 1994 199
97 1999 20
002 2004 22007
事業
業所数(店)
図表5
図
卸売
売業
年間商
商品販売額
額
600,000,00
00
500,000,00
00
400,000,00
00
300,000,00
00
1991 1994 1997 1999 2002 2004 2007
1982 1985 1988 1
年間商品販売額 (百万円)
ま
また、石川[[2007]によれ
れば、2004 年
年の商業統計
計調査におい
いて、卸売業
業における従
従業者
規模
模別事務所数
数では、4 人以下の小規
人
規模卸売事務
務所は 168,58
88 事務所、 5~99 人の中
中規模
事務
務所は 203,6
658 であった
たという。ま
また、従業者
者規模別の年
年間商品販売
売額をみると、小
規模
模事務所が 206,015
2
億円
円、中規模事務
務所が 2,419,675 億円で
であったとい
いう。
(石川、
2007、
2
16
p.222)したがって、2004 年の卸売業全体の事務所数は 375,269 事務所、年間商品販売
額は約 405.5 兆円なので中小規模卸売業は事業数では全体の 99%以上を占めており、逆
に、大規模卸売業は事務所数では全体の 1%にも満たないが、年間商品販売額は全体の約
37%を占めていることになる。
以上のことから言えることは、日本の卸売業において中小卸売業は未だにかなり大き
な役割を担っているということである。たしかに卸売業全体をみれば、事務所数、販売
額ともに厳しい状況が続いていることは確かであるが、少なくとも林が予想したような
中小御売業の消滅というかたちには至っていないことになる。
第5章
具体的な物流戦略(飲食料品卸売業)
本章では、飲食料品卸売業を例にとり、実際の卸売業者による具体的な物流戦略を考
察する。なぜ食品卸を取り上げるのかということであるが、2007 年商業統計調査による
と、産業分類細分類別でみると、飲食料品小売業が事務所数、年間商品販売額、売場面
積の全てにおいて、最も大きな割合を占めていることがわかる。したがって、その飲食
料品小売業に商品を卸すことになる飲食料品卸売業は、飲食料品という消費者に近い商
品を扱うということで、近年の流通問題を最も物流戦略に反映しているのではないかと
期待するからである。
5-1 国分
国分株式会社は 1712 年に設立された、酒類・食品の卸売会社である。平成 21 年 12
月期における連結の売上高は 14,273 億円となっており、これは総合食品商社では全国 1
位の売上高となっている。(国分ホームページ)
国分は 1995 年に独自のサービスコンセプトである「3OD 」を打ち出し、チェーンス
トアの物流業務の獲得を図った。3OD とは(One Order One Delivery)の頭文字をとっ
たもので、一括受注と一括配送を実現させる仕組みである。チェーンストアにしてみれ
ば、3OD を導入することで、これまでは業者ごとに必要であった商品の発注作業を、国
分 1 社に集約することができるようになった。物流に関しても、一括納品に変わること
によって、業者ごとに重複して発生したコストが無くなるため、ローコストでのオペレ
ーションが可能となった。国分は基本的に在庫型の一括物流を行なっているために、用
品のリードタイムが短くなり、機会の損失を最大限に抑えることに成功している。
その代表例がバロードライセンターである。バロードライセンターは食品スーパー「バ
ロー」専用センターとして 1998 年に国分が手がけた 3OD センターである。以前までの
商品の流れは、メーカー→卸売業→センター→小売店といった流れであったが、それが
17
同センターによる物流システムでは、メーカー→センター→小売店と 1 段階短くなった。
在庫型の一括発注・一括配送を行うことで、従来の商品を束ねる際に必要であった卸売
業→センターという経路が必要なくなったからである。このリードタイムの短縮は発注
精度の精度を上げることを可能にしたわけであるが、発注単位も大きく変化した。従来
は卸売業の出荷単位が最低の発注単位であったが、自社の在庫センターを構築したこと
で、自社の都合に合わせての発注単位の設定が可能になっている。(臼井ほか、2001、
pp.156-161)
また、国分は独自のフルライン・フルチャネル展開に取り組んでいる。広範なニーズ
に対応するための加工食品、酒類、チルド、菓子など約 46 万アイテムにも及ぶフルライ
ン化を実現し、その商品ごとに営業支援系のデータベースの構築により、地域などの特
性に応じた商品提案を行なっている。さらにそうした品揃えのフルライン化を押し進め
るために、PB 商品の開発にも取り組む。それが「K&K」であり、缶詰や飲料、パン粉
など約 700 アイテムをラインアップしている。
(菊池、2006、pp.168-169)
5-2 菱食
株式会社菱食は 1925 年に設立された、総合食品卸売会社である。平成 21 年 12 月期に
おける連結の売上高は 13,847 億円であり、総合食品会社において国分に次ぐ第 2 位の売
上高である。
(菱食ホームページ)
菱食の物流ネットワークは、RDC(リージョナル・ディストリビューションセンター)
と、FDC(フロント・ディストリビューションセンター)と呼ぶ 2 種類の拠点から構成
されている。RDC がエリア全体をカバーする大規模物流センターで、バラ・ピッキング
と呼ばれる注文ごとに単品単位で在庫から運び出す作業を行なっている。一方で、FDC
はケース単位専用の物流センターで、RDC よりを狭い地域をカバーしている。
(臼井ほか、
2001、p175)つまりは、ケース単位未満の商品の小分けを RDC で行うことにより、バ
ラ商品とケース商品を同じ物流拠点で処理するよりも、多頻度少量物流に対応した、よ
り効率的な配送作業が期待できるということである。
具体的には、2004 年と 2005 年に横須賀と九州に、常温度帯商品(加工食品、酒類、
菓子)の異なるカテゴリーの一括配送を可能にしたフルライン型の FDC と RDC を開設
した。これにより、専用の物流規模を持たないような中小小売業の取り込みを図ったの
である。(今泉、2006、pp.195-201)
また、菱食は独自の基幹システムとして「New TOMAS」と呼ばれる情報システムを
導入している。New TOMAS とは、
「新営業」
「新管理」
「新物流」の 3 分野から成り立っ
ている。 新営業とは、売上・仕入等の実績データに基づいた機動的な営業活動を実現す
るためのシステムのことである。様々な営業情報を得意先にリアルタイムに提供すると
同時に、商品カテゴリー別の市場動向分析なども実施し、顧客の店舗戦略に合わせた棚
18
割りや販促提案を行うことで、魅力ある売場作りを実現する。新管理とは、経理業務の
省力化と経営情報の充実を目的としたシステムである。損益分岐点、キャッシュフロー、
株主資本利益率など、経営指標となる情報を正確に把握し、また取引先ごとの損益管理
と予実管理を強化することで、強固な経営基盤を実現する。そして、新物流とは、高品
質かつ低コストの物流サービスを実現するものである。既存の大口の物流センターと、
商品の小分け流通加工を主体とする後方支援型物流センターとを組み合わせることで、
多様な物流ニーズに応えている。(FUJITSU ホームページ)
特に New TOMAS の 3 分野の一つである新営業を最も代表的な具体的活動として、
「52
週クロスマーチャンダイジング提案」がある。その内容は、消費者の求める売場作りを
実現する販売促進を週ごとに計画・検証することである。毎週の重点テーマ・重点商品
を決め、その内容に則した販促企画を、小売業に提案するのである。その際には、一般
家庭主婦のモニターから収集した、日々の献立・購買データが活用されている。つまり、
小売業にとってみれば、消費者が購入した食材や商品がどのように料理として活用され
ているのか、また、メニューのトレンドや食卓における商品ニーズを具体的に知ること
ができ、それを品ぞろえなどの販売促進に反映させることができるため、非常に有効な
データとなる。(今泉、2006、pp.170-172)
第6章
卸不要論の再考察
本章では本論文のテーマである「なぜ卸売業はなくならないのか」という問いを考察
していく。まずは林の予想したような、卸売業の排除が進まなかった点を考えてみたい。
たしかに林の予想したように零細小売業の数は減少した。それは4章での小売業者の
現状の考察からも明らかである。その代わりとして、流通再編の歴史からもわかるよう
に、チェーン店に代表されるような大規模小売業の台頭があった。ではなぜそれらの大
規模小売はメーカーとの直接取引による卸売業の排除に動かなかったのだろうか。4 章で
のチェーン化が卸売に与える影響としての考察でも触れたことだが、それには小売業側
のパワーの形成が大きく関与すると考えられる。つまりは、小規模小売業の減少や、チ
ェーン化による大規模小売業の台頭の影響で、卸売業者にとってみれば、大規模小売業
への販売額を増やさなければならなくなったのである。そうした卸売業の大規模小売業
に対する依存は、小売業側に大きなパワーを生む結果となる。これは小売業者による製
販統合の動きからも明らかであろう。さらに、小売業はそのパワーを、仕入条件の改善
だけでなく、物流に関しても行使していったと考えられる。小売業にとってみれば、自
らでリスクを負うよりも、配送面でのコストを卸売業者に転嫁し、さらには、パワーを
用いての条件面での交渉を有利に進めたほうがはるかに効率的である。つまりは、配送
センターを設立するなどして、自らで物流機能を担うよりも、卸売業がもつ既存の物流
施設を活用し、アウトソーシングしたほうが割安だということである。
19
また、卸売業の経営について「商業資本が短期的な投機活動に終始している」(林、1962、
p.167)と林が指摘した点についてであるが、一概にそうであるとは言い切れないのではな
いだろうか。例えば、5 章で取り上げた菱食を例にすると、平成 21 年 12 月期における
通期設備投資(連結)では、八王子南大沢低温 DC の稼動などに伴う設備投資額は約 53.2
億円となっている。同年の経常利益が約 110.5 億円であることから、経常利益の約 48%
もの資金を投資に用いている計算になる。したがって、長期的な視野に立っての経営に
取り組んでいると考えられることから、特に大規模卸売業に関して言えば、十分に社会
的責任を負っていると言えるのではないだろうか。
さらに林は、日本の流通の特徴として卸売業者の過度な介在による、いわゆる「細く
て長い流通パイプ」を痛烈に批判していたが、これには高嶋の主張を用いての反論を試
みる。
高嶋[2002]が指摘する通り、流通が多段階であることが非効率の原因なのではなく、流
通サービス量が多くなるとき、小売や卸売で分業するために段階数が多くなり、その結
果としてマージンの増加やコストアップに繋がるのである。つまり、流通の多段階化が
直接的に流通費用を上げているのではなく、消費者の流通ニーズの増大が商品流通の作
業量の増加をもたらし、結果的に流通サービスが複数の中間流通業者によって分業化さ
れるということである。したがって、商品流通の作業量が変わらないにもかかわらず、
流通段階を減らしたとしても、流通費用の削減には影響しないと考えられるのである。
(高嶋、2002、p.56)
もし、卸売業者の不必要さの根拠を、日本の細くて長い流通パイプに求めるならば、
まずは商品流通の作業量に目を向けるべきであり、それはつまり、2 章でまとめたような、
空間的・時間的・品ぞろえの 3 つの懸隔をどう埋めるのかという議論に進むべきという
ことになるであろう。懸隔を埋め、商品流通の作業量を減少できたときに初めて、流通
短縮化が行われるのであって、ただ単に流通パイプの是非という話の方向性には若干の
ずれを感じざるを得ない。
次に考えるのは、卸売業の物流高度化によって引き起こされることは何かという点で
ある。ここで再び着目したいのが、4 章で卸売業の特徴として確認した「卸売業の場合で
は、業態の変革が、生産者や小売業者における革新に強く影響される形で、受動的に業
態を変えていく形になりやすいのである。/それは取引関係が継続的で、顧客が取引を
切り替えにくいために、たとえ卸売業者が画期的な業態を起こしても、顧客をなかなか
集められないためである。」
(高嶋、2002、p.231)という点である。つまりは、メーカー
や小売業の業態の変化やニーズの変化により、卸売業にとってみれば、これまで担って
きた役割を変えていかざるを得ないということであろう。しかし、本当にそうであると
言えるのだろうか。卸売業はメーカーや小売業に対して必ずしも受動的にしか働かない
のではなく、能動的に働いている、つまりは、卸売業者がメーカーや小売業者に影響を
与えているとは考えられないだろうか。
20
金[2004]は、規模の大きい卸売企業は、物流高度化を積極的に導入していること、販売
地域の拡大や品ぞろえの強化などの戦略を自立的に行うなどする特徴がみられ、その結
果として流通短縮化を引き起こしていると指摘する。なぜならば、物流の高度化を行な
うことで、大規模卸売企業と大規模小売企業との間で取引が集中するからである。具体
的に言えば、卸売企業が物流高度化を実行すると、物流システムを効率的に活用しよう
とするために、大規模な取引が期待できる大規模小売企業を販売先として選択する可能
性が高い。反対に小売業に目を向けると、多数の卸売企業と取引するよりも少数の卸売
企業に集約するほうが、発注などの面でコストを削減しやすいために、大規模卸売企業
への取引が集中するのである。そして、その取引の集中は残された中小小売企業の排除
をもたらし、その中小小売企業を商対象としていた中小卸売企業の減少に繋がるのであ
る。(金、2004、pp.78~81)
これが何を意味するかと言えば、流通短縮化が中小を中心とした卸売業の排除をもた
らしたのではなく、大規模な卸売業による物流の高度化が中小卸売業の減少をもたらし、
結果として流通の短縮化が引き起こされたということである。このことは、林の予想し
た卸売業の排除の流れとは異なった過程であると言えるだろう。
たしかに 5 章で取り上げた 2 社も上記のような革新的な卸売企業に当てはまると言え
るだろう。国分は 3OD の下での独自の一括物流を行なうとともに、PB 商品である K&
K シリーズによる商品のフルライン化に取り組んである。一方の菱食にしても、RDC と
FDC という 2 種類の物流センターを活用することにより、多頻度少量物流に対応した菱
食独自の物流システムを築き上げた。また、New TOMAS という情報システムの構築に
より、物流だけに収まらない顧客のニーズに対応したサービスを提供している。
金[2004]が「小売企業が物流に求めている条件を満たすことによって大規模小売企
業との戦略的パートナーシップを築くことが可能になる」
(金、2004、p.79)と述べてい
るように、卸売業が物流高度化のための積極的な投資をする理由はここにある。つまり
は、そういった物流の高度化を卸売企業が主体的に行うことによって、大規模小売企業
にとっての自らの存在意義を確かなものにし、その行動によって流通構造に変化を与え
ているということになるだろう。
したがって、本稿のテーマである「なぜ卸売業はなくならないのか」という問いの答
えを、「大規模な卸売企業を中心として、自らの存在意義を保持するために、物流の高度
化などの顧客ニーズに合わせた物流戦略を自立的に行うことで、流通短縮化などの流通
構造の変化を能動的に引き起こしている卸売企業が存在するためである」として、本稿
の結論とする。
第7章
おわりに
これまでの歴史が証明しているように、卸売業の中抜きはありえても、流通機能その
21
ものがなくなるということはありえない。メーカーの生産活動と小売の販売活動がある
限り、2 章で述べたような懸隔が生じる。なぜならば、消費者がメーカーなどの生産者と
直接取引を行うということは現実的には不可能だからである。したがって、商品の保管
や輸送を誰かが担わなくてはならない。問題はだれがその機能を担うかということであ
ろう。本稿では卸売業の完全なる排除はありえないという結論に帰結し、そうした機能
は卸売業が担い続けるとしたわけであるが、メーカーや小売業者のニーズの変化をいち
早く感じ取り、能動的に物流サービスに対応できる大規模な卸売企業は別としても、中
小卸売企業の今後には注意が必要であろう。小売業者がこれまで述べてきたような懸隔
を自らで埋めようとする動きに最も影響されると考えられるのが中小卸売業だからであ
る。したがって、これまで述べてきたような大規模卸売業の動きに対し、中小卸売業が
どう対応してきたのか、また、今後はどう対応すべきなのかという点を今後の課題とし
たい。
22
参考文献
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製品・経路および消費者』中央公論社。
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日本経済新聞社。
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み』有斐閣。
・上原征彦(1999)『マーケティング戦略論
実践パラダイムの再構築』有斐閣。
・石原武政、池尾恭一、佐藤善信(1989)『商業学』有斐閣。
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「第 10 章
流通政策の適応性と課題」
、石原武政、加藤司『シリーズ流
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界
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・坂本秀夫(2008)『現代流通の解読』同友館。
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サプライチェーン
時代の新たな中間流通の方向性』同友館。
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新聞社。
・今泉文男「(株)菱食の事例」、宮下正房(2006)『進化する日本の食品卸売産業』日本食糧
新聞社。
参考サイト
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http://software.fujitsu.com/jp/symfoware/casestudies/companies/ryosyoku/
・国分ホームページ
http://www.kokubu.co.jp/
・菱食ホームページ
http://www.ryoshoku.co.jp/
23