韓米FTA発効3年の評価と韓国のTPP推進への展望 ジュ・ジェジュン

韓米FTA発効3年の評価と韓国のTPP推進への展望
ジュ・ジェジュン(朱帝俊)
「TPP/FTA対応汎国民対策会議」政策チーム長
3月15日は「韓米自由貿易協定(韓米FTA)」が発効して3周年になる日だ。
韓国政府は韓米FTA発効後の3年間で両国の貿易取引規模が増大し、韓国の輸出品にお
ける米国市場でのシェアが上昇するなど肯定的な効果が表れていると宣伝している。だが、
一部の品目では、米国からの輸入増加で打撃を受けているのだが、その状況にはあえて目
をそむけようとしている。
一方で、今年にも妥結されると言われているTPPへの参加を急いでいる。韓米、韓中な
ど各国と締結した二国間協定をTPPと結びつけ、市場への先占効果を極大化する戦略が必
要だとしている。
Ⅰ. 韓米FTA3年を振り返って
1. 韓国政府は「貿易取引が増加し、米国市場へのシェアが上昇した」と主張
2015年3月12日、韓国政府・産業通商資源省と韓国貿易協会などでは、韓米FTA発効か
ら3年目となった昨年の韓国と米国の貿易取引規模は1,156億ドルと、2013年より11.6%増
加したと発表した。
米国への輸出は703億ドルで、前年比の13.3%増加。発効1年目の2012年には対米輸出
が4.1%、2013年には6.0%などと、伸び率が大きくなっているという。昨年韓国全体の貿
易取引量が前年比2.1%なので、それと比べると米国との貿易取引増加はかなりのレベル
だとしている。
また、韓国輸出品が米国の輸入市場で占めるマーケット・シェアは2012年の2.59%から
2013年には2.75%、2014年は2.97%と上昇しているので、もうすぐ3%になるとのこと。
さらに、米国市場で競合する日本は円安にも関わらず米国市場での占有率が2012年6.43%
から昨年には5.71%に低下したと強調し、これこそが正に「韓米FTA効果」だと胸を張っ
ている。
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韓米 FTA3 年の貿易取引の動向
輸出入の現況(単位:億ドル)
輸入
輸出
発効 1 年前
(2011 年)
発効 1 年目
発効 2 年目
発効 3 年目
(2012 年)
(2013 年)
(2014 年)
しかし、韓国政府は農畜産物などの輸入拡大については、むしろ被害状況に目を塞ぎ、
さらにはその統計さえも公開していない有様だ。
2. 米国への輸出拡大は韓米FTAがもたらしたものなのか?
韓国政府の韓米FTAに対する説明は一見それらしく見える。だが、輸出拡大は果たして
韓米FTA効果によるものか、それとも米国経済が2008年のサブプライム・ローン事態から
少しずつ回復傾向にあるところからなのかは、分析が必要なところだろう。
これを見るためには輸出拡大品目のうち、関税恩恵品目をみていかねばならない。政府
の発表によると、FTA関税恩恵品目の貿
品目別輸出入(2014 年上位 5 品目)
易取引規模は前年より6.7%増加し、非恩
単位:億ドル(前年比増減、%)
恵品目は15.6%増加した。
一方、非恩恵品目を除いても輸出増加
自動車
率が高いという向きもあろう。2008年か
無線通信機器
ら2014年までの対米、対EUの輸出入推移
自動車部品*
をみても、FTAの効果を論じることは困
石油製品*
難だ。昨年の成績は良かったというが、
半導体
韓米FTA発効前の2010年でも輸出増加率
半導体
はずっと高かった。EUも韓EU・FTAが発
半導体製造装備
効した直後の輸出増加率はむしろマイナ
航空機と部品
スが続いていることを考えると、「FTA
植物性物質*
効果」という説明は当たらない。言い換
穀実類*
輸出
輸 入
*印は FTA 恩恵品目
えれば、相手国の経済状況は最も重要な
変数であり、むしろFTAは大きな影響を
与えなかったという方が適切だろう。
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3. 農業分野の被害~チェリーの逆襲
1) 米国産農産物の輸入拡大~韓国内農畜産物の委縮
昨年、米国産の農畜産物輸入額は78億1000万ドルで、1年前の59億4000万ドルに比べ、
18億7000万ドル(31.5%)も増加した。
韓米FTAでほとんどの農畜産物の関税は10年から15年間に徐々に縮小することになっ
ており、とりわけ発効3年目または5年後から関税が減ることになっているので、当然輸
入拡大につながる訳で、相当な被害が現実化していると言わざるを得ないだろう。
また、米国からの農畜水産物輸入品目で多くを占めるとうもろこし、小麦、飼料は干ば
つによる米国農家の作況不振により、輸入が減少していたことも押さえておく必要があろ
う。
それでも米国産牛肉の輸入は、3年間で年平均5.4%増え、チェリーは3年間で年平均39.
4%、レモンは42.1%、種実類(ナッツ)は26.4%増加した。畜産物では冷凍豚肉で大きな
被害が出ており、発効前に比べ23.5%増加したとされる。また、価格の下落も指摘されね
ばならない。
米国産チェリーの輸入量の推移(トン)
2) チェリーの警告
韓米自由貿易取引協定(FTA)発効3年、予想
韓米 FTA 発効
外に米国産チェリーの攻勢が止まらない。昨
年韓国に入った米国チェリーは、1万3080ト
ンで史上最大となった。韓米FTA発効前の20
10年(3608トン)に比べ、4倍近く増加した。
これは韓米FTA発効により、それまで米国
産チェリーに課されていた関税24%が完全
に撤廃された影響だ。韓米FTA交渉当時、そ
れほど輸入量が多くなかったチェリーはあ
まり注目されない果物だった。オレンジなど
の多くの米国産果物が7~20年の長期で撤廃
されるのに対し、チェリーは2012年の発効と
同時に即時、関税が撤廃された。
米国産チェリー攻勢の影響は、夏場の輸入チェリーが2倍増えると、韓国産のブドウや
マクワウリなどの価格が約3~4%、下落するという現象となって現れた。
このような韓米FTA3年目にして鳴り続ける「チェリーの警告音」に耳を傾け、今後の
対策に反映させねばならない。
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4. 韓米FTAの核心は貿易にあらず~社会制度をアメリカナイズさせることが最大の問題
韓米FTAの核心は貿易にあるのではない。そもそも米国がFTA戦略をとってきたこと自
体、WTOの多国間交渉における知的財産権、投資、サービス分野で自らの意思を反映さ
せられなかったためであり、韓米FTAは輸出入と無関係に見えるこの3つのセクターで、
米国大企業の利益をほぼ100%反映した協定だった。その最先端にあるのは、国際仲裁審
判制度(ISD)だろう。
1) ISDは韓国社会をどのように変えたのか?
○[投資ヘッジファンド]ローンスター5兆ウォンの利益にも税金一銭も払わず~「韓国外
換銀行」売却後には、韓国政府を相手取りISD条項で訴える
プライベート・エクィティ・ファンドのローンスターは1997年韓国の通貨危機以後、韓
国で主要な土地建物、銀行を一旦買収し、さらにそれを売却する手法で、何と5兆ウォン
に達する利益を懐にした。だが、この過程で一銭の税金も支払わなかった。そんなローン
スターが韓国政府を相手取って「投資家による国家への訴訟(ISD)」を提起した。
対 EU 貿易増加率(前年比)
対米貿易増加率(前年比)
左:輸出、右:輸入
左:輸出、右:輸入
出典:関税庁、通関基準、金額
出典:関税庁、通関基準、金額
これは、2012年12月に「韓国外換銀行」の売却過程で遅れが生じ、深刻な損害が発生
し、売却による税金賦課は不当だとして、韓国政府を相手取り訴訟を起こしたものだ。
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現在、このISD訴訟は完全に非公開で行われているが、これまで知らされている訴訟の
賠償額だけでも43億ドル(約4兆6590億ウォン)で、この訴訟にかけた[観光政府の]予算は1
年で47億6800万ウォンとなる。
今回の訴訟は厳密にいうと「韓国とベルギーの投資協定」に因るものだが、韓米FTAに
はさらに強力な「投資家対国家訴訟条項」があるという点から―韓米FTAでは投資の定義
がさらに広くなっており、相手側政府が訴訟の結果に不服の場合には、報復関税を課せら
れるようになっている―今後、ISD訴訟は、韓米FTAの協定文を引用するということは明
らかだ。
さらに大きな問題は、このような投資家による相手国への提訴権の存在そのものが、政
府の政策を委縮させるということにある。 いわゆるチリング・エフェクト/委縮効果(chil
ling effect)というものだ。次はこのような委縮効果が実際に韓国社会でどのように表れた
かを見せている主要な事例だ。
○「大型スーパーの祝祭日への強制休業は違法」判決~「韓国とEUのFTA」根拠
2014年12月のEマート、ホームプラスなどへの祝祭日強制休業に対する違法判決は、大
型ショッピングセンターの休業制度が「韓国とEUのFTA違反」としたもので、同じ内容
が韓米FTAにもある。
元々[祝祭日に休業させるべきだとするのは]、大企業が路地裏の商業区域にまで進出す
ることで、地域の零細な中小商業者が 崖っぷちに追い込まれ、[消費者からも]大型ショッ
ピンセンターへの規制の声が大きくなった結果からだった。実際、調査の結果でも、大型
ショッピングセンターの売上げが120%上昇した反面、「伝統的な市場」は40%減ったと
されている。このような声に押されて、大企業が分別もなく「路地裏商圏」を荒らすこと
を防ぐ最後の砦として、営業時間の制限と義務的休業の指定を可能にする「流通産業発展
法」が改正され、休業を可能とさせたものだった。
「流通産業発展法」は2012年1月に公布され、その後3月からはパク・ウォンスン(朴
元淳)ソウル市長が大型ショッピンセンターと企業型スーパーマーケット(SSM)の深夜営
業時間を制限し、月2回の強制休業制を施行すると発表し、該当条例案が[市議会で]可決さ
れ、韓国全土に拡大していった。
すると、ロッテマート、Eマート、ホームプラスなどの大手スーパーがソウル市の東大
門区の区長を相手に訴訟を起こし、2014年12月の控訴審では「営業時間制限処分取消し」
訴訟で、原告敗訴の1審判決から原告勝訴の判決を得た。裁判所は、その根拠としてFTA
違反を挙げている。
○金融委員会のVISAクレジットカード手数料事件
2013年10月、金融監督委員会のシン・ジェユン委員長は、韓国のクレジットカード社
が消費者の韓国内でクレジットカードを決済する際、VISAカードが海外決済網を使って
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いないにも関わらず、韓国内手数料よりも高い海外手数料を払っている状況を是正すると
発表した。このように韓国内決済でもVISAなどに払った手数料は、2011年から2013年6
月末までの基準で2,841億ウォンにもなった。これに対し米国は、手数料に介入するのは
韓米FTAの違反だとして、金融委員長の一連の行動を国際仲裁裁判にかけると圧力をかけ
た。結果的に韓国は事実上このような是正措置をあきらめ、クレジットカード会社の代わ
りに、消費者が直接VISA側に手数料を払うよう変更した。
○マイクロソフト対韓国国防省の紛争
マイクロソフト社は2012年、韓国国防省が自社のソフトウェアを不法に使用していると
して、2000億ウォン台の使用料を払えと要求し、応じなかった場合には協定違反で国際仲
裁にかけるとした。結果はまだ公開されていない。
○韓国政府の中小企業 IT産業育成政策にブレーキ
米国政府は2013年1月、韓国政府の「IT・ネットワーク装備構築・運営指針」で韓国政
府と公企業に上記の装備を納品しようとする中小企業への優遇策は、「韓米FTA違反」だ
として、これを改めるよう求める公式文書を発送した。
○「郵便局保険」加入限度額の引上げ、挫折
郵政事業本部は2011年11月、郵便局保険の加入限度額をこれまでの4000万ウォンから6
000万ウォンに50%引き上げるとする立法予告を行った。すると、駐韓米国商工会議所(A
MCHAM)はこれを「韓米FTAに含まれた透明性を高めるとした重要な約束にそむくもの」
だとして、強力に反対しにかかった。結局、限度額の引き上げは挫折してしまった。
○「中小企業適合業種制度」の骨抜き
「[大企業と中小企業が共に成長しようとする民間団体の]同伴成長委員会」は2013年2
月、外食産業を「中小企業の適合業種」と指定したが、もし米国企業が[制度的規制を]守
らず韓国政府がこれを直接、間接的に規制しようとした場合、韓米FTAに違反するという
問題提起が続いている。
○ヨーロッパ経済危機と国際仲裁付託権
このようなことは韓国だけで起きていることではない。スペインやギリシャ、キプロス
など、経済危機に陥っているヨーロッパ諸国の公共政策に対抗する国際仲裁への付託をみ
ると、国家の政策自立権にどれほど食い込んでいくのかが分かるだろう。
スペインは再生エネルギーへの補助金を削減し電力生産に課税したことを理由に国際
投資ファンドから7億ユーロの賠償を求める国際仲裁を、ギリシャは国債を保有する国際
金融機関から国債への政策変更を理由に国際仲裁を(Postova事件)、キプロスは不良債権
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未処理銀行健全化のために公的資金の投入で国の株式保有を高めたという理由で10億ユ
ーロの莫大な賠償金を要求する国際仲裁(Marfin Investment Group事件)を申し立てられ
ている。
このように経済危機に陥った各国の緊急政策に対し、国際仲裁[裁判など]で対抗しよう
とする事例は、既にアルゼンチンで55件の国際仲裁付託が行われたことからも分かるもの
だ。
2) 法制度の変更~米国の求めに応じて米国式に
これまでも薬事法を改定して導入した「特許訴訟時の医薬品販売許可の自動中止制度」
のように、韓米FTAは韓国の法制度そのものを変えてきている。
もう既に韓国の75にのぼる法令が制定、改定された。法律条項は全部で32、施行令16、
施行規則18、告示は9にのぼる。
代表的事例が「韓米FTA第18.9条、第5項の許可・特許連携条項」により、韓国の薬事
法が改定されたことだ。
○国民健康保険の根幹、後発医薬品の販売遅延と医療の営利化
韓米FTAにより、「医薬品の許可・特許連携制度」が施行されている[2015年3月、国会
採択]。これはオリジナル医薬品が食品医薬品安全庁の特許目録に収載されると、該当の
特許成分で後発医薬品を作り市販しようとする会社は、政府から販売許可を得るため特許
権者に申請事実を通報しなければならない。また、1年間はジェネリック医薬品の市販は
禁止される。そして1年間、オリジナル医薬品企業が特許侵害訴訟を起こさなければ市販
が許可されるというものだ。
この制度が導入され、現在「食品医薬品安全庁」には「医薬品特許目録」が作られ、こ
こに1,462の特許医薬品が収載されている。
この制度は単なる特許権の保護制度とは言えない。通常、特許制度では、いつでも特許
そのものが無効だという裁判所の判決が下りる可能性と危険性がある。言い換えれば、医
薬品の特許を含めた全ての特許は、特許要件に不備があり特許登録されてはならない物で
あっても、特許庁の審査に誤りによって登録される可能性もある。したがって特許権者は、
他人が自分の特許を侵害したと主張するためには、裁判所に訴訟を提起し、他人による特
許が無効だと主張する挑戦を裁判で退けねばならない。
しかし、「医薬品の許可・特許連携制度」は単に特許登録を行なえば、その成分による
ジェネリック医薬品の販売許可を1年(政府の方針)も阻止することになる。結局、ジェネリ
ック医薬品の市場進入は遅くなり、国民健康保険の負担は大きくなる。
また、韓米FTAにより国民健康保険の保険料の算定を対象に、いわゆる「独立検討手続
き」というものが作られた。そして、米国企業アキュメッド社の関節固定装置・アキュト
ラックスクリュー(Acutrak Screw)は、健康保険料[上限金額]の追加引上げが必要だとする
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独立検討結果が出た[2013年6月]。
韓米FTAはその付属書において経済自由区域における営利病院の許可と、国民健康保険
の排除許容規定があるところから、経済自由区域が増えるほど医療の営利化が自動的に拡
大するという深刻な状況になっている。
○銀行の保険証券、個人金融情報の米国への移転委託許容問題
これまでは外国銀行の韓国支店(韓国の現地法人は除く)の場合のみ、個人の金融情報の
海外移転と委託が可能だったが、協定により銀行の保険証券など、金融企業の金融個人
情報の海外移転と処理が許容された。
「金融企業の情報処理及び電算設備委託に関する規定」が2013年6月に新たに制定され、
金融個人情報の海外移転と処理を許容し、金融監督院長が認めた場合には、海外移転の再
委託も可能にさせた (個人の住民登録番号は移転禁止確認)。
○今後、変更が予想される法制度
名称
税理士法(改定)
外国法律諮問士法 [外国
法律専門コンサルタン
ト法] (改定)
農業協同組合法(改定)
主な内容
現況
韓国内の税務法人に投資許容
発効後5年以内
(2段階、開放)
*既改定法の追加改定
合弁企業の設立許容
発効後5年以内
(3段階、開放)
*既改定法の追加改定
分野別協同組合(農協・水産協同
組合・信用組合・セマウル金庫)
発効後3年以内
完了(’11.3.31公布)
水産業協同組合法(改定) の保険販売関連の支払能力案件 発効後3年以内
について、金融監督委員会で規
セマウル金庫法(改定)
発効後3年以内
制監督権を行使
信用協同組合法(改定)
薬事法(改定)
発効後3年以内
許可‧特許連携、市販防止制度の 発効後3年以内
*既改定法の追加改定
導入
基幹通信事業者に対する外国人 発効後2年以内
電気通信事業法(改定)
株式制限の緩和(間接投資100% *既改定法の追加改定
許容)
▶国会提出(13.4.26.)
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登録PP(放送チャンネル使用事
放送法(改定)
業者)への外国人間接投資制限の
発効後3年以内
廃止(100%許容)
4. 「自発的民営化と結合」した韓米FTA
韓米FTAと自発的民営化が結合されれば、最悪の結果となろう。特に、朴槿恵政府は規
制を「取り除くべきガンの塊」だとして、大企業のための規制撤廃を強く進めている。こ
のようなところから、規制撤廃と韓米FTAが結びつくと経済主権への大打撃が予想される。
既に行われているKTX[韓国高速鉄道]の一部区間民営化、医療の民営化、公的年金の弱
化とプライベート保険の拡大に加え、このような民営化と規制緩和に米国資本が加わる場
合―投資する韓国の大企業は必ずと言っていいほど、米国資本を引っ張り込む可能性が大
―、その時から「投資家による国家提訴権(ISD)」は強力な威力を発揮するだろう。
Ⅱ. 韓国のTPP参加について
1. TPPを盾にとって拡大する通商圧力
韓米FTA発効3周年を迎えた今年、「米国の通商圧力」が強まる兆しをみせている。韓
国に依然として非関税障壁が存在しているという米国内の批判的見方が広がっているた
めだ。
今年の3月13日、米国通商代表部(USTR)が発刊した「オバマ政権の2015年貿易政策議
題[外国貿易障壁報告書]」によると、米国は「FTAを締結した20の国との貿易収支が漸次
改善され、貿易黒字となってきている」として肯定的に評価する一方で、USTRは同時に
「米国は自動車と金融サービス、関税分野において韓国側に多くの憂慮を示し、今後は米
国製品を差別する障壁と闘い続ける」として、「FTAの完全なる履行とスムーズな運営の
ために、韓国と適切な時期に論議を続けていくだろう」としている。米国側の強い通商圧
力が予想される箇所だ。
USTRは昨年の「2014年国別貿易障壁・衛生検疫・技術障壁報告書」において、韓国の
低炭素車協力金制度に言及し、「既存の燃費規制に上乗せされた二重規制により、エンジ
ン排気量による差等課税を禁止した韓米FTAの規定に反する」と不満を隠さない。
また、米国は自国の金融会社が韓国で取引している顧客情報をシンガポールなどにある
子会社で分析、再加工できるよう、個人情報の持ち出しを許可するよう求めており、今年
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はこの分野への大々的攻勢が予想される。
2. 韓国、TPP参加への手順
米国主導の環太平洋経済連携協定(TPP)参加を天秤にかけている韓国政府としては、米
国の通商圧力がTPP参加と同時に行われた場合、大きな負担となるという憂慮の声が起き
ている。
韓国政府は2013年11月15日、1回のTPP公聴会を行い、11月 29日にはヒョン・オソク
経済副総理がTPP参加への関心を表明した。また、韓国政府がTPP参加に関心を表明して
1週間も過ぎていない12月5日には、オーストラリアの牛肉関税の緩和要求を受け入れ、
「韓
豪FTA」を締結し、その後TPP交渉の進展に伴い、同じような市場開放を約束して、201
4年にはカナダ、ニュージーランドとのFTAを締結した。
韓国政府が関心を表明した後に、この3か国(オーストラリア、カナダ、ニュージーラン
ド)とのFTAを妥結させたのは、TPP加入のための手順を踏んでいるのではないかとの推測
が拡がったが、韓国政府はこのような疑惑には言及を避けている。
1) 韓国政府 、「日米などのTPP交渉妥結直後に参加を宣言する」
このような中で、最近になり日米交渉が急に進展したとの報道が出ると、産業通商資源
部の高官は、2月5日に「TPP交渉への参加諸国が妥結を宣言するなら、韓国政府は協定内
容を検討した後に、参加宣言をする計画だ」と表明した。
昨年12月、ユン
TPP 参加手続きの原案(資料:産業通商資源省)
産業省長官はフロ
表に会い、TPPが
妥結されれば韓国
は最大限早く参加
対 外 手 続
ーマン米国通商代
予備交渉
公式協議
参加、慎
関 心
参 加
参加各国
重検討
表 明
宣 言
の承認
参加(交渉参
加・加入)
出来るよう協力を
月20日には外交省
チョ次官が米国で
[U S TR ]カ ー ト ラ
国 内 手 続
要 請し、今 年の2
公聴会、
国会
国会報告
報告
意見集約作業(懇談会、セミナー、各種フォーラム、アンケートなど)
ー次席代表に会い、
「韓国のTPP参加について、米国側の協力を期待する」と要請しているところから、実質
的に参加の手順を踏み始めたものとみられる。
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2) TPP参加、拡がる「入場料の論議」~現金を払って、不渡り手形をもらうようなもの
韓国のTPP参加について、韓米FTAに積極的に賛成していた学者たちは特別な効果はな
いと強調している。特に、TPP参加国で日本とメキシコを除けば、韓国は他の国とFTAを
締結した状況だ。したがって、入場料を払わなければならないTPP参加の推進よりも、こ
れまでのFTAをうまく履行させる方が得策だとする主張だ。
同時に、TPP参加は被害が雪だるま式に大きくなるという意見も広がっている。
○最大の問題はコメ市場の全面的開放
韓国は昨年2014年、WTOにコメについては関税化方式で開放すると通告した。この関
税率(513%) の検証交渉が争点になるだろうと憂慮の声がある。TPP参加各国のうち、米
国、オーストラリア、ベトナムは、韓国がWTOに通知したコメの関税率が高過ぎるとし
て異議を唱えた国々だが、これら3か国が韓国の参加条件としてコメの関税率の追加引下
げや、その他の農畜産物について追加の開放措置を要求することがあり得る。
米国は日本との交渉と同じように、関税撤廃または低率関税割当方式の導入、物量の拡
大を求めてくるに違いない。このとき、オーストラリアとベトナムも同じような要求をし
てくると見られ、農業被害はさらに拡大が予想される。
○米国産BSE危険の牛肉輸入も全面開放できる
2013年11月、米国農務省は「国際獣疫事務局(OIE)」基準に合わせ外国産牛肉輸入の
規制を緩和すると発表したが、これはTPPを念頭に自国の牛肉市場を開放し、他の諸国に
も米国の牛肉輸入規制措置を緩和させる要求の始まりだろう。
韓国では民間業者の自主規制方式で、30か月未満の牛肉のみを輸入しているが、米国が
このような30か月の月齢制限を解除せよと圧力を加えるだろうと見られている。また、
「S
PS(衛生・[動植物]検疫措置)」の緩和について、TPPで具体化させようとすることへの憂
慮も上がっている。
さらに米国は、韓国の「農薬残留許容基準(MRL)目録」の整備作業を自国の農産物輸出
に不確実性を与えるという憂慮を示し続けてきた。韓国のMRLは、使ってはならない目録
を並べるネガティブ方式から、許容目録を列挙するポジティブ方式に変更する過程にある。
米国としては、ポジティブ方式は許容目録以外の全ての農薬使用を禁止することになる
ので、非関税障壁になるとする判断だ。
○ GMO[遺伝子組換え食品]表示制度の撤廃を
米国はさらに、韓国が2008年から行っている「遺伝子変形生物体の国家間移動などに関
する法律(LMO法)」が国際規定となっている「カルタヘナ・バイオ安全性議定書」より高
い水準で規制されているとして、何度も制度の改善を要求してきた。韓国の厳しい規制制
度が米国の農産物・食品輸出に障害となると言う理由だ。このようなところから、米国は
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韓国のTPP参加条件として、遺伝子組換え食品の表示義務の緩和、または撤廃を求めてく
ると予想される。
減少する日本産水産物の輸入(トン)
○日本の水産物輸入中断の解除要求
韓国は2013年以降、福島近隣の8つの
県で捕れた水産物全てに輸入禁止措置
をとっており、8県を除く地域の水産物
は0.1Bqのセシウムでも検出されれば、
ストロンチウム、プルトニウムなど放射
能汚染物質について、「非汚染証明書」
を要求している。放射能汚染に対する韓
国国民の不安が残っているのだが、TPP
参加のために日本の水産物規制を緩和
するのではないかという不安が増幅し
ている。
資料:食品医薬品安全庁
○日米同盟の強化で中国を圧迫~韓国に実益があるのか?
韓国のTPP参加は、現在問題となっている米国のミサイル防衛網(サード[THAAD:弾
道弾迎撃用高高度ミサイル])配備と併せ、外交安保の分野でも重大事件となる。中国側
からみれば、経済と軍事の両方向から自分たちが包囲されると思うだろう。韓国でも、経
済的にも外交安保の面からみても何ら実益もなく、名分もないTPPを一体なぜ推進するの
か反発が高まっている。
以上
翻訳者より:(
)は原文、[
]は翻訳者によるものです。
一部、機関名、法律など分かりやすく「
」を付けたものがあります。
また、日本語でなじみのない言葉も原文を生かした形で訳してあることをお断り致します。
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