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平成 27 年 6 月 11 日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
TEL:042-341-2711(広報係)
筋ジストロフィーに対する画期的な核酸医薬品開発につながる発見
-アンチセンス核酸のミセル化ナノ粒子は、マクロファージ・スカベンジャー受容体を介した
エンドサイトーシスにより筋細胞に取り込まれることを報告
-研究成果を米国化学会誌 Nano Letters に発表-
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市:樋口輝彦理事長)神
経研究所遺伝子疾患治療研究部(武田伸一 研究所所長/部長併任)の青木吉嗣室長らは、両親媒
性 (amphiphilic) の新世代ペプチド付加モルフォリノ核酸はミセル化粒子を形成することにより、マク
ロファージ・スカベンジャー受容体を介して筋細胞に取り込まれることを解明しました。本成果は、
細胞膜透過性に優れた核酸医薬品を設計する際には、アンチセンス核酸の自発的なミセル化ナノ
粒子形成能を考慮する(パーティクル・ラッピングモデル)ことが大変重要であることを強く示唆して
います。また、マクロファージ・スカベンジャー受容体を標的にした新しいアンチセンス核酸のデリバ
リー法の開発にも応用可能です。本成果は、当センターで治験を実施中の、デュシェンヌ型筋ジス
トロフィーを対象にしたエクソン 53 スキップの治療効果向上にも応用できる可能性があります。本
研究は、オックスフォード大学のカリム・エザット博士およびマシュー・ウッド教授らとの共同研究とし
て、金原一郎記念医学医療振興財団および英国医学研究会議などの支援によって行なわれたも
ので、研究成果は 6 月 4 日(米国時間)に『Nano Letters』オンライン版に掲載されました。
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.nanolett.5b00490
<研究の背景>
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、全世界の出生男児 3500 人のうち 1 人の割合で発症する
重篤な遺伝性筋疾患です。現在、これまでステロイド剤以外の治療法がほとんどなかった同疾患を
対象に、モルフォリノ核酸を用いた“エクソン・スキップ治療”の開発が大変有望視されています。遺
伝子疾患治療研究部(武田伸一部長)では、国産初のアンチセンス核酸医薬品の開発を目指して、
モルフォリノ核酸のエクソン・スキップの誘導効果と安全性を、同疾患のマウスおよび犬モデルを用
いて実証してきました(Annals of Neurology 2009, Molecular Therapy 2010, PLoS One 2010,
PNAS 2012, Human Molecular Genetics 2013,Mol Ther Nucleic Acids. 2015)。これらの成果
を受けて、DMD 患者さんを対象にしたエクソン 53 スキップの早期探索的臨床試験が、世界に先駆
け国立精神・神経医療研究センター病院で実施され、DMD 患者さんにおいて本剤の治療効果を予
測 する ジス トロフ ィン タンパ ク質 の発現 を 確認 するこ と に成 功し ま し た
(http://www.ncnp.go.jp/tmc/pressrelease_03.html)。この有望な結果を受けて、エクソン 53 スキッ
プの次相治験が実施される予定です。しかしながら、モルフォリノ核酸を用いたエクソン・スキップ治
療の現在の課題は、優れた核酸デリバリー法がないために、心筋の治療効果が乏しく、さらに複数
のエクソンを同時にスキップさせるマルチエクソンスキップ法への応用が困難な事でした。
<研究の内容>
研究グループは、ケンブリッジ大学分子生物学研究所のゲイト研究室の協力を得て、モルフォリノ
核酸と比べて骨格筋と心筋への核酸デリバリー能が著しく高いペプチド付加モルフォリノ核酸
(PPMO)の開発を行うことに成功しました。次に、PPMO は核酸分子内に親水性部分と疎水性部分
とをあわせもつ両親媒性物質 (amphiphilic molecule)であり、PBS バッファー、ウシ胎児血清あるい
はアルブミンを含む細胞培養液中で、一定の PPMO 濃度以上になると、直径 20-50 ナノメートル程
度のミセル化ナノ粒子を自発的に形成することを発見しました(図 1)。次に、マウス由来 C2C12 あ
るいは H2K-mdx 筋細胞への PPMO の取り込みは、マクロファージ・スカベンジャー受容体(SR-A)
阻害剤により有意に低下することを明らかにしました(図 2)。また、SR-A と PPMO は細胞質中で
共局在すること、低温下(4 度)では PPMO の筋細胞への取り込みは有意に阻害されることがわか
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りました。さらに、SR-A ノックアウトマウスを対象に PPMO を経静脈全身投与したところ、特に心筋
と横隔膜におけるエクソン・スキップの誘導効率が有意に低下することがわかりました。最後に、局
在表面プラズモン共鳴法により PPMO は、臨床応用が検討されている 2'-O-メチル修飾リボース、
トリシクロ DNA アンチセンス核酸と比べて、SR-A との分子間結合能が高い事を示しました(図 3)。
以上より、PPMO のミセル化ナノ粒子は SR-A を介したエンドサイトーシスにより筋細胞に取り込ま
れる事が判明しました。更なる解析により、SR-A のサブタイプ受容体のうち SCARA1、SCARA3、
SCARA5 はヘテロ多量体シグナロソームを形成し、PPMO の筋細胞への取り込みに関与している
ことが明らかになりつつあります(図 4)。
本成果は、細胞膜透過性に優れた両親媒性の核酸医薬品を開発する際には、Freund 博士らが提
唱したパーティクル・ラッピングモデル(PNAS, 2005)に基づき、アンチセンス核酸の自発的なミセル
化ナノ粒子形成能を考慮することが大変重要であることを意味します。また、SR-A を標的にした新
しいアンチセンス核酸を設計できれば、骨格筋に加えて、心筋と横隔膜も効果的に治療可能な、画
期的な核酸医薬品の開発につながると考えられます。
<今後の展開>
本研究は、両親媒性アンチセンス核酸の設計法に画期的な変化をもたらすものであり、将来的に
薬物デリバリー能を大幅に改善させた核酸医薬品の開発につながり、DMD を対象にした治療法開
発が加速することが期待されます。さらに、DMD 以外の筋疾患を対象にした核酸医薬品を用いた
治療法開発の基盤研究に大いに寄与すると考えられます。本研究は、金原一郎記念医学医療振
興財団および英国医学研究会議による研究資金により行われました。
原著論文情報
Ahmed K*, AOKI Yoshitsugu*, et al. Self-assembly into nanoparticles is essential for receptor
mediated uptake of therapeutic antisense oligonucleotides. Nano Letters. 2015 Jun 4. [Epub ahead
of print]
*共同筆頭著者
【お問い合わせ先】
≪研究に関すること≫
青木吉嗣(あおき よしつぐ)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
遺伝子疾患治療研究部 室長
TEL: 042-346-1720
FAX: 042-346-1750
e-mail: [email protected]
≪報道に関すること≫
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 広報係
〒187-8551 東京都小平市小川東町 4-1-1
Tel : 042-341-2711 Fax:042-344-6745
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図 1. PPMO は一定濃度以上でミセル化ナノ粒子を形成する。A. PPMO の透過型電子顕微鏡
像。PPMO/PBS 溶液の最終濃度は 1 mM。直径 20-50 ナノメートル程度のミセル化ナノ粒子を
確認できる。B. PPMO の臨界ミセル濃度(critical micelle concentration: CMC)。エオシン Y (最
終濃度 0.019 mM)を用いて 542 nm での吸光度を測定した。
図 2. マウス C2C12 筋細胞への PPMO の取り込みは SR 阻害剤により阻害される。マウス
C2C12 筋管(分化開始 2 日目)を 50 µg/ml のフコイジン(SR 阻害剤)/コンドロイチン(コントロ
ール)で 1 時間培養後、培地に PPMO(最終濃度 500 nM)を加えて 4 時間培養した。新しい分
化培地に交換後、2 日間培養し、細胞を回収して RT-PCR を行った。
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図 3. PPMO は SR-A 受容体との分子間結合能が高い。局在表面プラズモン共鳴法により、
SR-A 受容体と PPMO、2'-O-メチル修飾リボース (2'OMe)、トリシクロ DNA (TcDNA)アン
チセンス核酸との結合能を局在表面プラズモン共鳴法により評価した。
図 4. 筋細胞膜に存在する SR-A を介した PPMO ミセル化ナノ粒子の取り込み(パーティクル・
ラッピングモデル)。SR-A のサブタイプ受容体のうち SCARA1(赤)、SCARA3(黄)、SCARA5
(緑)はヘテロ多量体シグナロソームを形成し、PPMO の筋細胞への取り込みに関与する可能
性が高い。PPMO の単分子径は 5 nm、PPMO ミセル化ナノ粒子の直径は 40 nm と想定した。
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【用語の説明】
デュシェンヌ型筋ジストロフィー (DMD)
DMD は、男児に発症する、もっとも頻度の高い遺伝性筋疾患で、ジストロフィンと呼ばれる筋肉
の細胞の骨組みを作るタンパク質(ジストロフィンタンパク質)の遺伝子に変異が起こることで、
正常なタンパク質が作れなくなり、筋力が低下してやがて死に至る重篤な疾患です。現在、その
進行を遅らせる目的でステロイド剤による治療が行なわれていますが、それ以外に有力な治療
法は存在せず、新たな治療法の開発が必要とされています。
「エクソン・スキップ治療」は、アンチセンス核酸と呼ばれる短い合成核酸を用いて、遺伝子の転
写産物(メッセンジャーRNA)のうち、タンパク質に翻訳される領域(エクソン)の一部を人為的に
取り除く(スキップする)ことで、アミノ酸読み取り枠のずれを修正する治療法です。正常なジスト
ロフィンタンパク質に比べると、その一部が短縮するものの、機能を保ったジストロフィンタンパ
ク質が発現し、筋機能の改善が期待できます。
核酸医薬品とエクソン・スキップ治療
核酸医薬品は、遺伝子の構成成分である DNA 核酸と似た構造を持ち、疾患の原因になる遺伝
子を標的とする薬剤です。その遺伝子から作られるタンパク質の産生を止める、又は調節する
ことで効果を発揮します。従来の低分子医薬品では難しかった様々な疾患の治療が可能になる
と期待されており、特異性が高く安全性の面にも優れることから、次世代の医薬品として注目さ
れています。
ペプチド付加モルフォリノ核酸 (PPMO)
モルフォリノ環構造を持ち、約 20〜30 塩基対の短い一本鎖からなる DNA 類似のモルフォリノ
核酸に細胞膜透過ペプチド(アルギニン)を付加した次世代のアンチセンス核酸です。PPMO は
陽性電荷を持ち、電気的中性のモルフォリノ核酸と比べて筋肉への薬物送達能は 10 倍以上高
いことが報告されています。
マクロファージ・スカベンジャー受容体 (SR-A)
スカベンジャー受容体(SR)は少なくとも 6 種類(クラス A-F)が区別されています。SR-A はマク
ロファージの細胞表面などに発現しており,酸化あるいはアセチル化された変性 LDL コレステロ
ールの除去、アポトーシス細胞の除去,細菌などからの生体防御,細胞接着,細胞内シグナル
伝達など幅広い生理機能を持ちます。最近では粥状動脈硬化の発症機構との関連で注目され
ています。SR-A は、さらに SCARA1 (SR-A1)、SCARA2、SCARA3、SCARA4、SCARA5 のサ
ブタイプに部類されます。
ミセルと臨界ミセル濃度 (CMC)
分子内に親水性部分と疎水性部分とをあわせもつ物質を両親媒性物質と呼び,界面活性剤は
その典型的なものです。このような物質を水に溶かすと,ある濃度以上で,親水基を外に疎水
基を内に向けて,数十から百数十分子が集まって,直径数十 nm のミセルと呼ばれる会合体を
形 成 し ま す 。 こ の ミ セ ル 形 成 に 必 要 な 最 小 濃 度 が 臨 界 ミ セ ル 濃 度 (critical micelle
concentration: CMC)です。
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