シートフロー漂砂における鉛直分級過程の高解像度計算

土木学会論文集B2(海岸工学)
Vol. B2-65,No.1,2009,516-520
シートフロー漂砂における鉛直分級過程の高解像度計算
Numerical Simulation for Vertical Sorting in Sheetflow by Particle-Laden Turbulence Flow Model
1
2
原田英治 ・後藤仁志
Eiji HARADA and Hitoshi GOTOH
Sheetflow is the key to predict a beach deformation because massive sediment is transported by a high shear stress. To
understand the mechanism of sheetflow dynamics, numerical simulations and experiments have been performed,
however, sheetflow is a highly-concentrated particulate flow internal structure of which, so it is difficult to be
investigated experimentally. In the present study, numerical simulation of a sheetflow by using of high resolution
model the solid-liquid two-phase turbulence flow is performed, and the internal structure of sheetflow layer has been
investigated in detail by a high-resolution solution in 1/10 times of particle diameter.
1. はじめに
シートフロー漂砂は多量の土砂輸送を伴うため,海浜
変形を論じる上で予測精度の鍵となる現象と言える.こ
2. 固液混相乱流モデル
(1)固液混合系流れ
固液混合系流れは,計算格子(グリッドスケール:GS)
れまで,水理実験および数値シミュレーションからシー
で平滑化した連続式および Navier-Stokes 式によって記述
トフロー漂砂機構の検討が進められ,一定の成果が挙げ
される.粒子と流体が共存する計算格子では,計算格子
られてはいるが,シートフロー漂砂が高濃度混相流であ
における各相の占有率で重み付けした物性値を用いる.
るため,その内部構造の理解は必ずしも十分ではない.
また,粒子内部での固液混合系の粘性係数およびせん断
混相流計測技術には未だ制約が多いことを考えると,内
歪みはゼロの取扱いとする.以下に基礎方程式を示すが,
部構造の詳細な理解には,数値シミュレーションによる
乱流モデルとして,0 方程式モデルの LES(Smagorinsky
検討が有効であることに疑念は無い.数値シミュレーシ
モデル)を採用した.
ョンによって,シートフロー漂砂の内部構造を詳細に検
討するには,i)固相 - 固相,ii)固相 - 液相,iii)固液混
………………………………………(1)
相乱流の物理素過程に対する適切な評価が要求される
が,現在の研究水準では,これら i),ii),iii)の要件を
………(2)
十分に満足するモデルは発展途上にある.また,計算機
性能の制約から,特に,粒子周りの流れ場が粗視化され
…………………………
(3)
て取り扱われる場合が多く,粒子スケール以下の乱れ構
造を含めてシートフロー漂砂を検討した研究は見当たら
…………………………………………(4)
ない.本研究では,粒子スケールの 1/10 程度の細かい流
体計算格子を用いる高解像度計算によって,シートフロ
……………………………
(5)
ー漂砂における鉛直分級過程を計算力学的観点より検討
し,シートフロー漂砂の内部構造に詳細にアプローチす
…………………………
(6)
る.また,シートフロー漂砂が高粒子レイノルズ数の現
象であることから,流体の高解像度計算にはサブグリッ
ドスケールの乱れのモデル化が不可欠となる.ここでは,
ここに,固液混合系流れに対して,u i : x i 方向の流体速
原田ら(2008)の高解像度型固液混相流計算手法の枠組
度, ρ :密度,p :圧力,k SGS :サブグリッドスケール
みに,LES(Smagorinsky モデル)(Smagorinsky, 1963)
(SGS)乱れエネルギー,gi :重力加速度,µ :粘性係数,
を導入し,LES 導入の効果がシートフロー漂砂における
ν t : SGS 乱流粘性係数,D ij :歪み速度テンソル,C s :
鉛直分級過程に与える影響について,詳細に検討した.
Smagorinsky 定数,∆ :計算格子幅,φp :各計算格子に含
まれる粒子の体積占有率である.なお,本研究では,直
1 正会員
2 正会員
博(工) 京都大学准教授 工学研究科都市環境工学
専攻
博(工) 京都大学教授 工学研究科都市環境工学専攻
交座標系 xi(i=1,2)を考え,式中の下付き添え字 p,l は
それぞれ,粒子および流体が占有する領域における物性
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シートフロー漂砂における鉛直分級過程の高解像度計算
表-1
denomination
図-1
数値移動床の構成粒子
class k
dk/d, (d=d1)
number
small particle
1
1.0
161
middle particle
2
1.5
023
large particle
3
2.0
008
スプリング-ダッシュポットシステム
値や物理量を示す.また,Smagorinsky 定数 Cs の与え方
には議論の余地があるが,ここでは,Cs=0.1 の一定値を
与えた.
(2)粒子モデル
粒子間接触力を評価しつつ多数粒子運動を追跡するた
め,個々の粒子運動には個別要素法を適用する.並進及
び回転の運動方程式は,流体力および粒子間相互作用力
に起因する駆動力を用いて,以下の様に記述される.
……………………(7)
………………………(8)
………………………(9)
図-2 濃度重心の時系列
ここに,m p :粒子質量,v pi : x i 方向の粒子の移動速度,
fpi :粒子を含む計算格子における粒子に作用する流体力,
乱流モデル導入の有無によらず活発な粒子移動を呈する
Fflow i :粒子に作用する流体力,Fpint i :粒子間相互作用力,
高 Shields 数の条件においては概ね一致することが確認さ
Ip :粒子の慣性テンソル,ω p :粒子の角速度,Tflow i :流
れた.
体力に起因するトルク,Tpint i :粒子間力に起因するトル
(3)数値解法
クである.なお,Fflow i は粒子を含む計算格子における fpi
先ず CIP-CUP 法(Yabe ら,1991)にならい固液混合系
の総和によって算定し,Tflow i は粒子の境界を含む計算格
流れを求める.次に,粒子要素に作用する流体力を式
子に対する fpi とブロック構成要素の中心座標から計算格
(9)を用いて計算する.続いて,個別要素法による粒子
子中心座標までの相対位置ベクトル r(式(10)参照)
運動計算を行う.なお,個別要素法の安定した計算には,
からモーメントを算定し評価した.
計算時間刻みを小さくする必要がある.そのため,固液
要素間相互作用力ベクトル Fpint i は,接触粒子間の法線
混合系流れの計算刻み 1 ステップに対して,これと同等
(n)および接線(s)方向に配置された弾性スプリング
の計算刻みとするために複数回数の個別要素法の計算ル
および粘性ダッシュポットによって評価される(図-1 参
ープを実施することになる.この複数回の個別要素法の
照).また,非粘着性材料を対象として,法線(n)方向
計算では,流体力 fpi は計算効率を考慮して一定値を与え
には引っ張りに抵抗しないジョイントを,接線(s)方
ている.最後に,粒子の移動計算後に得られた位置およ
向には一定の力が作用すると滑動するジョイントをそれ
び速度ベクトルに応じて,各計算格子での粒子占有率を
ぞれ配置した(後藤ら,1995).なお,弾性スプリング
修正し,粒子を含むセルにおける流れ場については,
(k)および粘性ダッシュポット(c)は,石材を対象と
……………………………
(10)
した物性値を用いて,ヘルツの弾性接触理論を準用して
設定した.なおこのモデル定数群を用いた場合,均一粒
によって修正する.そして,この境界条件の下で上記に
径を対象とした数値移動床に一方向流を作用させたシミ
示した一連のプロセスを,所定の計算ステップまで繰り
ュレーションの結果,底面せん断力と流砂量の関係は,
返す.
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土木学会論文集B2(海岸工学)
,Vol. B2-65,No.1,2009
図-3
鉛直分級過程のスナップショットおよび流速ベクトル分布「LES有り」
3. シートフロー漂砂の鉛直分級過程
(1)計算条件
水中に配置した 3 粒径混合状態の数値移動床を対象計
(2)濃度重心
各粒径の濃度重心の時系列を図-2 に示す.ただし,パ
ッキング完了後の平均移動床面から大粒子径の 2 倍以上
の高度に抜け出した粒子は浮遊に遷移したと見なし,除
算領域とする(図-3 の initial condition 参照).粒子の比重
外して算定した.LES の有無によらず双方の結果に,大
は 2.48 であり,表-1 に示す粒子をランダムに配置した.
粒子の濃度重心の時間上昇過程が示されており,鉛直分
重力の作用下で粒子のパッキング完了後,周期 T=6.0s,
級の発生が理解できる.また,双方のケースの同時刻
平均粒径に対する Shields 数 Ψ=0.4(Komar ら,1974)の
t/T=0.6 付近において,小粒子の移動開始が示されている
振動流を,計算領域の水平(x 軸)方向に圧力勾配を付加
ことも,双方に類似した傾向として確認されるが,振動
することで作用させ,対象とする水理条件がシートフロ
流作用後しばらくは,乱流の影響が顕著ではない状態で
ー漂砂の発現領域であることは別途確認している.また,
あることがうかがえる.大粒子が上昇し始める時刻
本研究で実施した計算条件における掃流粒子の平均ステ
t/T=1.5 についても双方に大きな違いはないが,その後の
ップレングスが概ね計算領域幅程度となるように x 軸方
大・中粒子の挙動に関して,「LES 有り」は,大きな変動
向の計算領域幅を決定した.また,流体計算で用いる正
を伴い「LES 無し」と顕著な違いを示すことから,乱れ
方計算格子幅 ∆ と基準粒径dとの関係は,∆/d=1/8とした.
による流れ構造の変化が分級過程に影響を与えているこ
上記同条件を Smagorinsky モデルを導入していないケ
ース(以後,「LES 無し」)と Smagorinsky モデルを導入し
とが推察される.
(3)瞬間画像
たケース(以後,「LES 有り」)について,シートフロー
図-3 に「LES 有り」の鉛直分級過程の代表的なスナッ
条件での混合粒径粒子の鉛直分級過程のシミュレーショ
プショットを流速ベクトルと併せて示す.移動床表層付
ンを実施した.
近(-2.5<y/d<5.0)には,振動流の作用によって複雑な渦
シートフロー漂砂における鉛直分級過程の高解像度計算
図-4
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粒子数密度分布の時間発達過程
構造の発生が確認される.また,同時に粒子運動が活発
t/T=1.75 以後にも,移動床表層付近に発達する渦によっ
化し,鉛直分級が発達する様子が見て取れる.詳細に見
て攪拌される粒子運動が継続して見て取れ,交換層内で
ると,時刻 t/T=0.75 では,0.0<x/d<5.0 の移動床表層に示
の活発な流体と粒子の運動量交換がうかがえる.
されるような大規模渦によって表層を被覆していた小・
(4)粒子数密度分布
中粒子が水流中に巻き上げられている様子が示されてい
粒子数密度分布の発達過程を図-4 に示す.LES 導入の
る.また,この様な表層粒子の運動は近接する移動床表
効果を明確にするために,
「LES有り」および「LES 無し」
層直下の粒子運動の活発化にも影響を及ぼしていること
の計算結果を示す.LES の有無に因らず y/d=0.0 の移動床
が,粒子配列の変化から理解される.さらに,この粒子
表層付近における大粒子数密度の増加が認められる.ま
配列の変化によって生じた粒子間の隙間に流体が入り込
た,LES の導入によってシートフロー層上部に存在する
み,流体と粒子の運動量交換の促進によって交換層内の
浮遊粒子の存在が時刻 t/T=1.25 以降に顕在化することが
粒子運動が発達するものと考えられる.時刻 t/T=1.25 で
見て取れ,LES導入による乱れの効果が理解できる.
は,初期粒子配置では,y/d<0.0 に埋没していた大粒子 3
(5)乱れ構造
および 5 が移動床表層へ上昇しており,鉛直分級の発達
交換層付近での乱れ構造を検討するために,グリッ
が明瞭に確認される.また,y/d>7.5 には小粒子の存在が
ドスケールの歪み速度テンソルの大きさのスペクトル
確認されるが,シミュレーション結果を時間を追って確
を ( a ) 貯 留 層 ( - 5 . 0 < y / d ≤ - 2 . 5 ),( b ) 交 換 層 下 部
認すると,これらの小粒子は計算終了まで概ねy/d>7.5 の
(-2.5<y/d≤0.0),(c)交換層上部(0.0<y/d≤2.5)そして
速い流速領域中を移動していた(図-4 の数密度分布を参
(d)低濃度粒子層(2.5<y/d≤5.0)に分けて図-5 に示す.
照).すなわち,この時刻では流体運動に追随し易い一
なお,t/T = 1.0 以降の各層での平均歪み速度テンソルの
部の小粒子が掃流から浮遊へと遷移し,掃流と浮遊の粒
大きさの時系列を用いてスペクトル解析を実施した.貯
子移動形態が混在する状況にあると言える.時刻
留層では,粒子が密に存在するため,流体の存在率が低
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土木学会論文集B2(海岸工学)
,Vol. B2-65,No.1,2009
図-5
歪み速度テンソルの構造
いことから,乱れエネルギー生成に起因する歪み速度分
構の検討を続けたい.また,この種の数値シミュレーシ
布が他の層と比較して小さいレベルにあると考えられ
ョンの 3 次元計算には大きな計算負荷が伴う.そのため,
る.一方,交換層では,流体と粒子が混在し,活発な運
対象とする問題に対して要求される計算精度に応じて,
動の交換が促進されているため,貯留層と比較して,低
2 次元あるいは 3 次元計算の選択は必要であると考える.
周波から高周波にわたり乱れエネルギーの生成も活発で
その意味でも,2 次元計算で得られる解の再現性につい
あると考えられる.また,交換層より上方の低濃度粒子
ての検討は重要であり,今後,2 次元計算結果と実験結
層では,交換層のスペクトルよりも抑えられた形状が見
果との定量比較を実施するとともに,Smagorinsky 定数
られる.これは,粒子混在率が交換層と比較して低下し
Cs の値の与え方についても検討していきたい.
ているため,流体と粒子界面での速度歪みが発生し難い
ことが原因であると考えられる.以上のように,粒子混
謝辞:本研究に助成頂いた財団法人中部電力基礎技術研
入による乱れ場への影響は有意であり,適正な予測には
究所に感謝申し上げる.また,本研究の遂行にあたって,
乱流モデル導入が必要である.
京都大学大学院修士課程 鶴田修己君の熱心な協力を得た
4. おわりに
混合粒径粒子のシートフロー漂砂における鉛直分級過
程を高解像度型の固液混相流モデルに LES(Smagorinsky
モデル)を導入した固液混相乱流モデルを用いて,計算
力学的観点から詳細に検討した.LES 導入によって粒子
運動が活発化することが,粒径別の濃度重心の時系列や,
粒子数密度分布の時間発達過程から確認された.また,
各時刻の流速場の瞬間像より,移動床表層での大規模渦
の発生とそれによる粒子運動の活発化が示され,鉛直分
級過程での交換層内部の流体・粒子相互作用構造の一端
が明らかになった.さらに,移動床表層付近の乱れ構造
についても歪み速度テンソルのスペクトル解析から,交
換層での粒子混入による乱れ場の促進を示し,乱流モデ
ル導入の意義を示した.今後は,モデルの 3 次元化を喫
緊の課題として,計算力学的観点での詳細な鉛直分級機
ことを記して,謝意を表する.
参 考 文 献
後藤仁志・酒井哲郎(1995):表層せん断を受ける砂層の動的
挙動の数値解析,土木学会論文集,No. 521/II-32,pp.
101-112.
原田英治・後藤仁志(2008):高解像度固液混相流モデルを用
いた水中投入ブロック群沈降・堆積過程の数値シミュレ
ーション,海岸工学論文集,第55 巻,pp. 961-965.
Komar, P.D. and Miller, M.C.(1974): The initiation of oscillatory
ripple marks and the development of plane-bed at high stresses
under waves, Jour. Sedimentary Petrology, Vol.45, No.3,
pp.697-703.
Smagorinsky, J.(1963): General circulation experiments with the
primitive equations, Mon. Weath. Rev., Vol.91, No.3, pp.99164.
Yabe,T. and Wang, P.Y.(1991): Unified Numerical Procedure for
Compressible and Incompressible Fluid,J.Phys.Soc.Japan,Vol.
60,No. 7, pp. 2105-2108.