水溶性ビタミンの食事摂取基準の妥当性の検討 ビタミンB2

厚生労働科学研究費(効果的医療技術の確立推進臨床研究事業)
日本人の水溶性ビタミン必要量に関する基礎的研究
主任研究者 柴田克己 滋賀県立大学 教授
研究報告書
水溶性ビタミンの食事摂取基準の妥当性の検討−ビタミン B2−
研究協力者 大石誠子 応用生化学研究所 副所長
研究要旨
第六次改定日本人の栄養所要量として示された量のビタミン B2 を含む食事を摂取した大学生の男女
各10名の全血中および血清中の総ビタミン B2 量,リボフラビンの尿中排泄量の変動を調べ,策定
された値の妥当性について検討した.
A. 目的
取不足,代謝異常,抗生物質などの薬物投与に
ビタミン B2(B2)は19世紀における動物の
よる利用不全時に潜在性の欠乏症がみられる.
成長に不可欠な未知の微量因子,副栄養素に関
また,癌,循環器疾患,糖尿病,高脂血症等と
する研究により,水溶性で熱に安定な成長促進
B2 欠乏との関連が報告されている.
因子として天然物から抽出され,1933年に
摂取後,食品中の補酵素型は RF まで加水分
Kuhn らによってネズミの B2 欠乏症の治癒効果
解されて吸収される.その大部分は近位小腸か
をもつ物質として単離された.抽出材料により
ら飽和型輸送系で吸収され,摂取量に比例して
種々の命名がなされたが,いずれも蛍光性の黄
吸収されるが,他の食品との同時摂取あるいは
色色素であり,フラビンと名付けられた.その
胆汁酸の存在により吸収量が増加する.低濃度
後の構造決定の成績を踏まえて,1937年に
の場合多くは能動的あるいは促進拡散的輸送系
リボフラビン[( 7,8- ジメチル -10-(1’-D-リビ
により吸収され,高濃度の場合は拡散により吸
チル)イソアロキサジン)(RF)という名称が正式
収される.RF は血液中ではアルブミンあるい
に採用された.RF は B2 の基本型であり,細胞
はグロブリンに結合しており,妊婦では RF 結
に取り込まれた後,補酵素型フラビンモノヌク
合蛋白との結合がみられる.細胞質内で補酵素
レオチド(FMN)あるいはフラビンアデニンジ
型に酵素的に転換される.本ビタミンの代謝は
ヌクレオチド(FAD)に変換されてエネルギー
RF の体内動態で規定され,補酵素型への転換
代謝系,多くの酸化還元系において作用する.
は FAD レベルで調節されている.過剰の B2 は
また,FMN や FAD は他のビタミン,ビタミン
尿中に排泄されて,体内に蓄積されることはな
B6 の補酵素型であるピリドキサールリン酸ある
い.尿中排泄の大部分は RF,その他 7-あるい
いはナイアシンの生成に必要である.基本型の
は 8-ヒドロキシリボフラビンを含む種々の形の
RF は体内代謝系ではほとんど活性を示さない.
RF の代謝物である.
欠乏症として成長障害,口角炎や眼膜炎,脂
B2 充足度は,血液中総 B2 量,赤血球中の総
漏性皮膚炎等がある.ヒトの場合,日本では現
B2 量,血清中の総 B2 量,赤血球中のグルタチ
在特別な場合を除き典型的な欠乏症は認められ
オン還元酵素活性,グルタチオン還元酵素活性
ないが,食生活の変化による要求性の増大,摂
に対する FAD 添加効果,尿中 RF の測定などで
48
判定することができる.従来の栄養所要量の策
全血中の三型 B2 分別定量の際に得られる HPLC
定にもこれらの値あるいは欠乏症状の回復を認
パターンの1例を図2に示す.定量結果は表1
める投与量が考慮された.しかし,いずれもか
に示す通りで,FAD 含量が最も高く,従来の報
なり以前の成績あるいは外国人について得られ
告と一致する.
た成績であり,現在の日本人の栄養所要量の策
2.リボフラビンの尿中排泄量
定に際して策定根拠としうる科学的証拠となる
図3に投与期間中の RF の尿中排泄量の男女
成績は必ずしも十分得られておらず,改めてデ
各10名ずつの平均値( ± SE)を示す.1日
ータの入手と解析が必要であると考えられる.
あたりの排泄量は個人差は大きいが平均値で見
この目的のために,「日本人の水溶性ビタミン
る限り投与期間中,男女ともそれ程大きな変動
必要量に関する基礎的研究」が,21世紀型医
は認められなかった.また,クレアチニンあた
療開拓推進研究事業の1つとして平成13年度
りで表示した場合も大きな変動は認められない,
より立ち上げられ,先ず男女の大学生を対象と
男子に比べ女子の方がいずれも高い値を示した.
してデータを得ることとなった.血中および尿
投与7日後の尿中排泄量は mol クレアチニンあ
中の B2 量測定法の妥当性および第六次改訂で
たり,男子 53 µmol,女子 102 µmol であった.
採用された栄養所要量を投与した場合の血中お
図4に尿希釈液を注入した場合の HPLC パタ
よび尿中の B2 量を測定し,値の妥当性を検討
ーンの1例を示す.先の報告の通り, RF のピ
した.
ーク以外に多くの蛍光性物質の排泄が認められ
B. 研究方法
る.
各10名ずつの男子及び女子大学生にそれぞ
投与 RF(女子 1.0 mg/日;男子 1.2 mg/日)に
れ1日あたり 1.2 mg および 1.0 mg の RF が7
対する RF 尿中排泄量の割合は平均値で見ると
日間投与された.全血中総 B2 量,RF,FMN,
投与期間中変動は認められず,女子 36%,男子
FAD 各量の測定には,氷冷血液 1 ml に氷冷水
23%であった.女子の中にはこの割合が期間中
1 ml を加え,氷中 5 分放置溶血後,-20ºC 凍結
若干変動する例も認められ,また 60∼80%の値
保存したものを試料とした.血清中総 B2 量の
を示す例も認められた.投与期間中のある1日
測定には血液を 4ºC, 3000 回転,10 分遠心分離
について日内変動をみた結果は男女とも大きな
した上清を-20ºC 凍結保存したもの,尿中の RF
変動は認められなかった.
量の定量には採取時に尿 10 ml に氷酢酸を 0.2 ml
D. 考察
加え,-20ºC 凍結保存したものを測定試料とし
ビタミン B2 栄養所要量策定にあたって,必
た.いずれも蛍光-HPLC 法により測定した(ス
要量を決めるための測定項目としては血中の B2
キーム1,2,3).
量および尿中排泄量が挙げられる.日本人につ
C. 結果
いては前述の如く十分な成績が得られていない
1. 全血中ならびに血清中の総 B2 量
が,近年,女子大学生を対象として栄養調査を
図1に投与期間中の全血中ならびに血清中の
行い,B2 摂取量を確認した上で,健常者の血中
総 B2 量の男女各10名ずつの平均値(± SD)
B2 濃度を測定した平岡・安田による成績が報告
を示す.7日間投与後の全血の総 B2 濃度の平
されている.それによると,被験者193名の
均値は RF 換算で,男子 0.216 nmol/ml,女子 0.224
B2 摂取量の平均値は1日 1.2 mg であり,その
nmol/ml であり,血清中総 B2 量濃度は男子 0.076
中で,調理損耗を考慮した B2 充足者の血中 B2
nmol/ml,女子 0.090 nmol/ml であった.いずれ
量は 84.8 ng/ml (226 nmol/L),正規化した分布範
の総 B2 量も,男女ともに期間中ほとんど変動
囲は 62∼104 ng/ml,この分布範囲内にある被
が認められなかった.有意差は認められないが,
検者の B2 摂取量(平均値 ± 2SD)の値は 0.72
女子の方が男子に比べいずれも高値であった.
∼1.75 mg/日とされた.安全率および調理損耗
49
率を考慮して,第五次改訂栄養所要量と同レベ
表1 ビタミン B2 三型分別定量(µmol/L)
ルの数値が得られたと結論されている.今回実
男 子
女 子
FAD 0.249 ± 0.022
0.186 ± 0.020
1 FMN 0.017 ± 0.007
0.021 ± 0.007
RF
0.0057 ± 0.0005 0.0065 ± 0.0008
FAD 0.242 ± 0.017
0.191 ± 0.020
3 FMN 0.019 ± 0.007
0.020 ± 0.006
RF
0.0058 ± 0.0003 0.0064 ± 0.0004
FAD 0.236 ± 0.016
– 5 FMN 0.018 ± 0.007
– RF
0.0057 ± 0.0004
– FAD 0.237 ± 0.022
0.186 ± 0.023
8 FMN 0.017 ± 0.007
0.021 ± 0.005
RF
0.0056 ± 0.0003 0.0066 ± 0.0007
RF: リボフラビン
施した試験で得られた結果の中で,第六次改訂
栄養所要量に基づいて調製された食事( B2:1
日 1.0 mg)を摂取した女子大学生の場合の血中
B2 量の平均値は 84.2 ng/ml (224 nmol/L) であり
文献の値とほぼ一致していた.また,男子大学
生については今回得られた成績が妥当なものか
どうかは結論を出しにくいが,全血溶血液を用
いて予備的に検討したグルタチオン還元酵素活
性に対する補酵素 FAD の添加効果は 1.14 ±
0.04 であり,充足していると考えられた.また,
男女共,血中総 B2 量および RF の尿中排泄量の
試験期間中の経日的変動の結果からも今回の条
件下では充足しているものと考えられた.男女
間で有意差はないものの差が認められたことの
理由は現在不明である.RF 摂取量に対する RF
尿中排泄量の割合が男女共低い(平均値:男,
23%;女,36%)点については RF 以外の B2 代
謝産物および糞中排泄量を検討する必要がある.
E. 結論
今回実施された食事内容および生活状態であ
れば,健常男子成人および健常女子成人におい
て1日あたりそれぞれ 1.2 mg および 1.0 mg の
B2 摂取で,B2 の栄養状態は保たれるものと考え
られた.
F. 健康危機情報
特記する情報はない.
G. 研究発表
1.論文発表
なし.
2.口頭発表
日本ビタミン学会第 55 回大会
(2003 年 5 月 29・30 日)
H. 知的財産権の出願・登録状況
1. 特許取得
なし
2. 実用新案登録
なし
3. その他
なし
50
スキーム1.全血中総 B2 量および血清中総 B2 量
(ルミフラビンに転換して測定)
溶血液 0.1 ml (血液 0.05 ml 分)
または
血清 0.05 ml
↓+蒸留水 0.44 ml (血清の場合 0.49 ml)
↓+0.5 M H2SO4 0.26 ml
↓80ºC,15 分
↓冷却
↓+10%トリクロル酢酸 0.2 ml
↓3,000 rpm, 10 分
上清 0.2 ml
↓+1 M NaOH 0.2 ml
↓光分解,30 分
↓+氷酢酸 0.02 ml
↓0.45 µm filter
HPLC 用試料(注入量: 50 µl)
蛍光測定
HPLC 条件
カラム:TSK ODS-80 TM (ø 4.6 × 150 mm)
ガードカラム:TSK guardgel ODS-80 TM
溶媒:methanol : 10 mM Na-PO4 (pH 5.5) = 36: 65
流速:0.8 ml/min
カラム温度:40ºC
検出:蛍光(励起,445 nm;蛍光, 530 nm)
スキーム2.全血中 B2 三型分別定量
溶血液 0.4 ml (血液 0.2 ml 分)
↓+5% NH4Cl/10 mM Na-PO4 (pH 5.5) 0.4 ml
↓80ºC,15 分
↓冷却
↓10,000 rpm,10 分
上清
↓0.45 µm filter
HPLC 用試料(注入量: 20 µl)
蛍光測定
HPLC 条件
溶媒:methanol : 10 mM Na-PO4 (pH 5.5) = 30: 70
他はスキーム1と同じ
スキーム3.尿中リボフラビン量
尿試料
↓15,000 rpm,10 分
上清
↓0.45 µm filter
HPLC 用試料(注入量: 5 µl)
蛍光測定
HPLC 条件
スキーム2と同じ
51
図1 全血中および血清中の総B2量
10
Total vitamin B2 (µg/100 ml)
9
8
7
6
5
4
3
2
1
0
1
3
5
8
Days
○ 女子 全血; ● 男子 全血
△ 女子 血清; ▲ 男子 血清
図3 リボフラビン尿中排泄量
300
Urinary excretion of riboflavin (nmol/day)
1000
900
250
800
700
200
600
150
500
400
100
300
200
50
100
0
0
1
2
3
4
5
6
7
Days
左縦軸 ○ 女子; ● 男子
右縦軸 △ 女子; ▲ 男子
52
Urinary excretion of riboflavin (µmol/mol creatinine)
1100