「 論 文 ] 73 黄銅平板における疲労き裂の進展およびき裂先端開口変位 東海大学 工学部 教授・工博 林 守仁* FATIGUE CRACK GROWTH AND ITS TIP OPENING DISPLACEMENT IN CARTRIDGE BRASS Faculty of Engineering, Tokai University (Received ; Accepted Prof, Dr. Eng. Morihito Hayashi ) In the paper, a new prediction expression from the former report has been applied in cartridge brass sheet to try to compute the crack tip opening displacement (CTOD) and fatigue crack growth rate (da/dN). For theoretical inspection and confirmation, fatigue tests were carried out on CT specimens of cartridge brass under cyclic sinusoidal load under constant cyclic peak load with the parameter of ratio and of cyclic frequency in the air at room temperature. As the results, the CTOD was computed as 0.37µm from the expression under conditions of index m of (1-R) empirically attained as 3 and R is 0.02, dominated by small scale of yielding. Also, the calculated CTOD was verified with those detected data, 0.4µm by SEM, 0.34µm by DM, and 0.22µm of striation space at the same test conditions as the fatigue crack length of 17mm, with specimen thickness of 2.8mm, with specimen width of 50mm, with cyclic peak load of 1764N, with R of 0.02, and frequency of 2.5Hz. Furthermore, actual crack growth rate 0.032µm is compared with numerically calculated crack growth rate of 0.044µm assuming R as -1 while crack tip closing. Both data is confirmed the same. It means the fatigue crack is propagating while tip is opening and closing cyclically. With cyclic tensile process the crack opened with apparent R equals to 0.02 here; however, the opened crack shall be closed and pressed back at cyclic compression process with actual R equals to about -1 at tip. In this way the cyclic crack growth is decided. In addition, from fractographic investigation, fatigue crack is observed initiated from the apex of notch tip of specimen, subsequently, the inner crack within central part of sheet thickness is running straight forward vertical to its load axis. However, the crack at both sides of sheet is running ups and downs meanderingly, affected by microstructure and plain stress state, although, the crack is generally advancing vertical to its loading direction..In conclusion, it is clear that the crack growth is affected by microstructure, however, the mechanical effects of microstructure almost are represented by its mechanical properties, and so, the behavior of crack tip which governs the crack growth could be formulated by and from the mechanical properties and mechanical test conditions. Keywords: fatigue crack propagation, crack tip opening displacement, fatigue crack growth rate, cartridge metal, Paris rule, thickness effect. 1. 緒言 疲労き裂は、応力振幅に伴うき裂先端での開口と閉口 によって、断面にストライエーションを現しながら進行 することが大方知られているが、その形成メカニズムの 解明はまだ不十分である. 前報(1)および文献(2)では、 き裂進展速度(da/dN)対応力拡大係数幅(ΔK)曲線の遷移 点に着目し、破壊靭性試験法 ASTM E399(3)における板厚 条件式およびき裂先端塑性域寸法を考慮したき裂先端開 口変位 CTOD 予測式の導出を試みた. 本研究では、73 黄銅に対して行った疲労試験により得 られたき裂進展速度、試験中デジタルマイクロスコープ より観察されたき裂先端開口変位、および電子顕微鏡に より得られたストライエーション幅ならびき裂開口状態 を再現させて得られたき裂先端開口変位をもって、導出 したき裂先端開口変位予測式の確認を行い、比較検討す ることにより疲労き裂進展におけるき裂先端開口変位に 関する知見を深めると共に、閉口がき裂進展速度を律す る関係を明らかにした.また、 平板における疲労き裂実際 の進展状態をも観察を加えた. * 〒259-1292 神奈川県平塚市北金目 1117 Tel : 0463-58-1211 Fax : 0463-59-8293 E-mail : [email protected] 2. CTOD の解析式 前報より CT 疲労試験片におけるき裂先端開口変位 1 は(1)式をもって表すことができる. f 4 2 K1 m n 1 R f B E ' 1 - 2 ys Fig.1 に示す疲労き裂進展調査用の CT 試験片は ASTM647(5)に準じて製作した.荷重方向は圧延方向に垂直 に切り出している.板厚は 3.0mm、 試験片幅は 50mm で ある.疲労試験は島津製サーボパルサーEHF-EB-10 を用 いて行った.繰り返し最大荷重を一定とし、荷重比およ び繰り返し速度をパラメータとした.き裂の進展情況は 拡大率 1000 倍のデジタルマイクロスコープ(DM)で直接 撮影した. 試験後き裂長さ 17mm 入りの試験片に対して、 試験中と同じき裂開口変位幅ΔCOD を与えて走査型電 子顕微鏡でき裂先端を観察し、CTOD の検証に使用した. 2 (1) ここで、ΔK1 は応力拡大係数幅、σys は降伏点または 耐力、E’ は E/(1-ν2) 、 E はヤング率、 ν はポアソン 比、式中の一部はさらに(2)式で表される. n 1 R f B m (2) R は荷重比、f は繰り返し数、n は係数、m は(1-R)への影 響指数、B は f への影響指数である.また、(2)式中のΩ は前報では(3)式の関係で示される. 1 t K1 ys 4. 実験結果と理論式の検証 得られた疲労試験の結果を Fig.2~Fig.4 に示した. Fig.2 および Fig.3 は最大荷重 1.764KN を一定にし、荷 重比を0.11にした場合のき裂進展速度da/dNと応力拡大 係数幅ΔK の実験結果で、繰り返し数 f を Fig.2 ではそ れぞれ 2.5s-1 と 8s-1 で、Fig.3 では 0.15 s-1 と 15 s-1 で ある. Fig.4は同じ最大荷重条件であるが、 荷重比を0.02 とし、繰り返し数はそれぞれ 2.5s-1 と 8s-1 である.Fig.2 から Fig.4 に示す da/dt 対ΔK 曲線より検出した曲線勾 配が変わる遷移点代表値であるΔKt を Table 3 に示す. 2 (3) 式中の t は板厚、ζは(4)式が示すように、破壊靱性 試験において静的に平面ひずみ状態を維持するに必 要な最小板厚 tc とその場合におけるき裂先端塑性域 ωSC この両者の比率である. 1 tc (4) sc 1000 Table 1 (wt%). Crack Propagation Rate, da/dN (nm/cycle) 3. 実験方法 疲労試験の供試材は JIS H 3100 に規定された 73 黄銅 (JIS C2600P-1/2H)(4)を用いた.その具体的な化学成分お よび機械的性質は Table 1、Table 2 にそれぞれ示した. Chemical composition of Cartridge metal Element Content Cu 69.7 Fe 0.003 Pb 0.003 Zn Residual 500 Cartrdige brass Pmax=1764N R=0.11 21.5 100 50 22.4 (Hz) 2.5 8 10 10 20 30 40 Stress Intensity Factor Range, ΔK (MPa・m1/2) Table 2 Mechanical properties of Cartridge metal. Tensile proof strength(MPa) stress (MPa) 360 174 Young’s Elongation modulus rate (GPa) (%) 96 28 Fig.2 Effect of repeated rate of 2.5Hz and 8Hz on the transition of crack growth rate at load ratio, R, of 0.11. Poisson’s ratio 5000 Crack Propagation Rate, da/dN (nm/cycle) 0.2% 1/3 Cartridge brass Pmax =1764N R=0.11 f(Hz) 0.15 f(Hz) 15 1000 As rolled direction 500 21 100 50 22.8 10 10 Detail of part A (3:1) 20 30 40 1/2 Stress Intensity Factor Range, ΔK (MPa ・m ) 3.0 Fig.3 Effect of repeated rate of 0.15Hz and 15Hz on the transition of crack growth rate at load ratio, R, of 0.11. Fig.1 Illustration of CT specimen. 2 ここで、 (5),(6)両式の関係より(2)式中の係数および 指数が(7)式が示すように実験結果より定まる. Crack Propagation Rate, da/dN (m/cycle) 5000 Cartridge brass Pmax=1764N R=0.02 1000 428(1 - R)3 f 0.037 (7) これを(1)式に代入して(8)式が得られる. 500 25.2 f 100 25.8 (Hz) 2.5 8 50 10 10 20 30 4 2 K1 2 428 1 R f 0.037 E ' 1 - 2 ys 3 (8) Table 4 中の CTOD を表すφf 値(0.37µm、0.35µm)は、 この予測式(8)のσys を、材料のひずみ硬化を考慮した、 抗張力と耐力の平均を取ったσfs に代えて算出した. 40 Stress Intensity Factor Range, ΔK (MPa・m1/2) Fig.4 Effect of repeated rate of 2.5Hz and 8Hz on the transition of crack growth rate at load ratio, R, of 0.02. Table 3 The conditions on transition point. f (Hz) ΔKt (MPa・m1/2) r=0.11 0.15 2.5 8 15 21 21.5 22.4 22.8 25.2 25.8 r=0.02 (A) f=2.5Hz (B) f=8Hz 0.22μ m 0.20μ m Fig.7 Striations formed on fatigue fracture surface of Muntz metal with R of 0.02. Table 3 が示すΔKt より(3)式でΩ値が算出される.そ れと繰返し数 f の関係が Fig.5 と(5)で表わされる. Table 4 Fatigue test conditions and data on crack growth. 550 500 R B Cartridge brass Ω =Af R=0.02, A=403, B=0.037 R=0.11, A=299, B=0.037 450 f a Hz mm 0.02 2.5 0.02 8 Φf Striation ΦSEM μm μm μm 16.16 0.37 16.16 0.35 0.22 0.2 0.42 Ω 400 17 17 ΔK MPa da/dn μm 0.34 0.032 0.030 3.23mm 300 0.1 0.5 1 f (Hz) 5 10 Fatigue crack progress direction Fig.5 Empirical relation between Ω and f. A f B (5) さらに、係数 A と 1-R の関係は Fig.6 と式(6)で示さ れる. Fig.8 SEM photo of crack tip at length of crack around 17mm. 450 Cartridge brass n=428 m=3 A=n*(1-R)m 400 A CTOD=0.42μ m egdew 1μ m 350 250 ΦDM μm 350 300 250 0.85 0.9 0.95 1 1-R Fig.9 Crack tip at crack length of around 17mm captured from DM video. y=a + b ln xrelation between A and 1-R. Fig.6 ln Empirical a=6.06153697e+00 b=3.09861468e+00 m (6) A n 1 8.88178420e-16 R |r|=1.00000000e+00 Table 4 中のストライエーション間隔(0.22µm、0.2µm) A=n(1-R)m 3 は、走査型電子顕微鏡により観察されたき裂長さ 17mm 付近の疲労破面に現われたものである(Fig.7).き裂長さ が 17mm に到達した試験片の疲労試験を中断し、 その後取 り出した試験片の開口変位(COD)を試験中に測定した値 0.23mm と同様に設けて SEM による CTOD(ΦSEM)の検出を Fig.8 のように行った.その結果は 0.42µm である.なお デジタルマイクロスコープを用いて同じく繰返し速度 2.5Hz の場合、き裂進展中の CTOD(ΦDM)は Fig.9 が示す ように約 0.42µm であった.それらの結果を Table4 に示 した.なお、き裂長 17mm 近傍での da/dN 実測値は約 0.032µm であった. し、その後は、Fig.10、Fig.11 が示すように板の両表面 上で軸方向に上下ばらつくが大方は荷重軸方向に垂直に 進む.しかし、板内部では Fig.12 が示すように軸に垂直 に直進の形で進んでいる. Fig.10 SEM photo of fatigue crack on the front surface of a sheet specimen of cartridge brass. Fatigue crack propagated from right notch left forwards, vertical to loading. 5.疲労き裂先端の挙動について Table 4 が示すように、関係式(8)より算出した CTOD 予測値は、ストライエーション間隔の約 2 倍弱であった (Fig.7).この予測値は電子顕微鏡(Fig.8)ならびデジタ ルマイクロスコープ(Fig.9)による実測 CTOD 値に近い. それは、き裂先端の開口形状が半円に近似した場合、開 口変位はその直径、開口時先端の深さは半径に相当する ことから理解できる. ただ、実測した疲労き裂の進展速度は過去の文献(6)に も述べられているようにき裂先端開口変位より約1桁低 いとされている.それは、繰り返し荷重を受けき裂先端 が開口時に生じる引張塑性域が閉口時に圧縮されること に由来することが知られている(7),(8).それは疲労き裂進 展のメカニズムに関わる問題である. 本研究において、試験片に掛かる荷重の R 値が 0.02 で算出したき裂先端開口変位予測値は 0.37µm に対して、 閉口時き裂先端領域における実質 R 値は-1 となることか ら算出されるき裂先端開口変位は(1/8.5)倍の 0.044µm である.その場合、 き裂進展速度に寄与する値は半径分と 見て 0.022µm となる.そこで、 き裂の開口過程にての進展 速度分が 0.022µm 残留すると見て、閉口過程にての進展 速度分が 0.022µm と算出されるゆえ、1サイクルのき裂 進展速度は開口過程と閉口過程の合計値 0.044µm となる ことが考えられる. 実際に実験で得られた da/dn は 0.032µm であるので、φf/da/dn≒11.5 である. 理論と実際にここでは 1.4 倍弱の開きがあるものの、 尐なくとも、指数 m は R が-1 となる材料の延性への影響 度合いを表し、R のき裂進展への影響を明確にしている. 結果的に、き裂先端に生じる実質応力比が m 値を介して き裂進展を律速する.指数 m は材料の延性によるき裂先 端が圧縮後退する延性影響指数とも言える.この m 値は 73 黄銅では 3 であるが、64 黄銅では 2.8 であった.73 黄銅における閉口圧縮への影響度合いが大きいと言える. 繰り返し速度依存性を表す f の指数 B 値はここで 0.037 を表わしているが、アルミニウム合金、鋼など他 の材料(9) における疲労き裂進展に対する繰り返し速度 の効果を表す指数と比較すると一桁小さいが、64 黄銅 (2),(10) とは近いがやや低めであった. 6.き裂成長の形態 73 黄銅の疲労き裂は一般に、ノッチ先端付近より発生 Fig.11 SEM photo of the same fatigue crack on the opposite surface of the specimen of Fig.10. Internal plain Fig.12 SEM photo of fatigue crack on the internal plane within the specimen. Fig.13 Fatigue crack in the condition of 2.5Hz and of R=0.02 advanced zigzag left-forwards partly along grain boundary and partly along inner grain. Crack progress Fig.14 Branching of fatigue crack in 73 brass. 4 Fig.13 および Fig.14 は試験後エッチング済み試験片 のき裂写真を示している.疲労き裂は粒内を貫通または 粒界に沿って進行したりしている.時には組織方位の影 響を受けき裂の分岐、結合が起こっている.Fig.9 にも 現われているように、き裂先端が飛び地の様に現われて いる場合がある.このように、 き裂は板厚内部特に表面平 面ひずみ状態近傍では三次元的に複雑に入り組んで進行 していることが分かる. 以上より、き裂の進展は組織の影響を大きく受けるが、 組織的要素は機械的性質に表れ、き裂先端に生じるき裂 進展速度または開口変位の大方は定式化された機械的性 質諸因子と機械的条件に律速されると考える. 6.結言 本研究では疲労試験の板厚条件と疲労き裂進展速度 の遷移点に着目して、導かれた CTOD の予測式を 73 黄銅 CT 試験片に生じる疲労き裂に適用し、室温大気中で繰り 返し正弦波荷重最大値を一定にし、定荷重比と繰り返し 速度をパラメータとした疲労試験結果を通して定式化す ると同時に、き裂の進展状態をマイクロスコープおよび 走査型電子顕微鏡によって観察し、き裂先端開口変位 (CTOD)および疲労き裂進展速度(da/dN)の検証を試みた. それにより、疲労き裂進展のメカニズムに関する知見を さらに明確にした. その主な内容は、 まず、定式化された CTOD 予測式による算出値は実験 中にデジタルマイクロスコープで観察された実測値、お よび実験途中中断した試験片に実験中と同様な開口を与 え、走査型電子顕微鏡で検出した値に近く、ストライエ ーション間隔の約 2 倍弱であることが確認された. また、 き裂進展速度の実測値はそれより一桁小さいことが分か った. さらに予測式中には(1-R)m・fB の項が含まれているこ ととき裂先端の応力比は実質的に-1であり、さらにここ で得られた指数 m は 3 であることから、き裂進展速度は 丁度き裂先端開口変位の約一桁小であることが判明した. それよりき裂先端開口変位の予測式中に実質の応力比を 代入することによりき裂進展速度を予測することが可能 となる.これより、き裂先端開口変位は荷重比条件によ り算出されるが、き裂進展速度はき裂先端における実際 の応力比を代入することによって予測される. き裂の開口にしても進展にしても繰り返し速度の B 乗 に反比例する.速いほど小さくなることを示す. また、破壊分析より、疲労き裂は試験片ノッチ頂点 に発生し、板厚中心部範囲内での内部き裂は荷重方向垂 直に真直ぐ進む. しかし、板の両側面では大方荷重方 向に垂直に進んではいても、それは、曲がりくねって、 上下入り組んで走っている. 以上より、き裂の成長は内部組織の影響を受けながら 進むが、内部組織の作用特性は機械的性質に代表される ことから、き裂成長を律するき裂先端の挙動は機械的性 質と機械的試験条件を通して定式化された式に律速され ることがわかった. 5 謝辞 本研究は「銅及び銅合金技術研究会平成 21 年度 研究助成金による研究」の一部であります.助成に採択 され研究が進められたこと、厚く御礼申し上げます. また、本研究の遂行にあたり、三菱伸銅株式会社鈴木 竹四氏ならび熊谷淳一氏により試験素材をはじめとする 援助を頂いた.この場を借りて深甚なる謝意を表したい. 参考文献 (1) Hayashi,M.: Sixth International Conference on Low Cycle Fatigue - LCF6, (2008), 525-530. (2) 林守仁: 銅と銅合金, 48-1 (2009), 245-248. (3) ASTM standards: E399, (1990) (4) 日本規格協会,JIS ハンドブック ③ 非鉄, (2001) (5) ASTM standards: E647-91, (1995) (6) .Kobayashi, H., Nakamura,H, Nakazawa,H.: ASTM STP 803, (1983), Ⅱ-427. (7) Mirko,K., Petr, L.: Fatigue of Metallic Materials, second revised edition, Elsevier, (1992), .94-109. (8) Elber,W.: Engineering Fracture Mechanics, l.2 (1970), 37-45. (9) Yokobori,T., Kamei,A.,Yokobori,A.T.: International Journal of.Fracture,12-1 (1976), 158. (10) 林海,林守仁: 伸銅技術研究会誌,37 (1998), 122-127.
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