町並みサイズからみた京都景観政策 田端 修 基本的な視点1-景観の層区分に応じる景観政策 地域計画の分野の基本的な視点として、対象地域が広く大きい計画は経済計画や社会計 画のウエイトが高く施設計画のウエイトが低くなるいっぽう、対象地域が狭く小さくなる と経済・社会等計画のウエイトが低下し施設計画のウエイトが高まる、という考え方があ る(図―1) 。あるいは、施設計画の分野にあっても、計画範囲の大きさと設計密度の緻密 さは反比例的な関係をもつものとして理解されている。かって、ギリシャの都市計画家ド キシアディスが示した「エキスティクス」と称する計画概念はそのような図式をベースに 据えてもいた。 景観計画の領域においても計画としての論理性を高める必要があり、この種の視座から の論点の整理をはかりたい。「広い地域のなかでは緩やかな規制」と「狭い地域のなかでの 緻密な規制」という考え方を景観という主題に当てはめれば、「緩やかさ」とは景観の地域 骨格的なありようを規定すること、たとえば「遠景」、時に「中景」の一部を構成する建築 的要素を取り扱うといったことになるのではないか。そして「緻密さ」とは「近景」、時に 「中景」の一部を構成する建築的要素を重視するという方向をとるのではないか。景観の 層区分に応じる景観政策が必要であるということである。 基本的な視点2-「町並みサイズ」からみる都市景観 著名な歴史的景勝地である妙心寺・龍安寺・仁和寺そして双ケ丘などを中心として広が る一帯の郊外住宅地を「花園・御室地区」として取り上げ、町並み景観の実態調査を実施 した。歩行者目線からみた「町並みユニット」の小規模性を実証することを一目標とする フィールド調査であり、7月6日の報告のとおり、歩くたびに、まち角をまわるごとに、 変わっていくといってもよいほどに町並み景観のユニットは小さいことが確かめられた。 地域景観の現状や課題を見ていくには、地域区分のサイズは、出来るだけ小さなほうが よいと思われる。このような景観の捉え方をわたしは、<町並みサイズ>から都市景観を みる視点と位置づけたい。またもう一方を<都市サイズ>からの視点と呼んでおきたい。 ここでいう<町並みサイズ>とは、京都でいえば「お町内」ていどの広がりのなかで、た がいに隣り合う建築物とか、ちょっとした表層のデザインの並び、そして前後方の通り目 線・ビスタの行き先など、身の丈サイズ・歩行者目線から景観を捉まえる視座のことであ り、それぞれに特徴のある「場所がら」を形成する最小の地域単位と考えている。 <都市サイズ>と<町並みサイズ>の二層区分 ここに「緻密さ」と「近景等」(時に「中景」をふくむ)という図式を対応させると、景 観的特色を共有する小地区ごとに「近景等」に係るデザイン規制の方法を定めていくとい うプログラムが構想しうる。いっぽう、「緩やかさ」と「遠景等」(時に「中景」をふくむ) なる図式には、たとえば現行「景観計画」におけるおおまかな地域ブロック単位での「遠 景等」に係るデザイン規制策にウエイトをかけるという方向づけがイメージされる。 これらを踏まえ、都市景観全体のコントロール策を二層に大別する方法を提案したい。 眺望景や遠景を中心とする大地域の景観を整える<都市サイズ>の規制と、近景を中心と する「場所がら」づくりと身の回り景観を整える<町並みサイズ>の規制という二方向か らの規制・基準の枠組みである。デザイン基準をこのような二種の地域区分にそって用意 するということである。 京都らしさから和風感へ-<都市サイズ>の景観政策 「京都らしさ」や「京都らしい○○」といった表現は景観形成の基本的な立場や視点を さし示すキーワードとして、現行の「景観計画」にもしばしば登場する。しかし「景観計 画」のなかではおおむね冒頭部の第 1 章 全体計画の各所に現れるものの、それ以降の個 別地域や個別施策においてはほぼ用いられていない。つまり、「京都らしい」景観形成は京 都市の新景観政策における目的・目標像のひとつとして位置づけられているといえよう。 いいかえれば、<都市サイズ>としてのコントロール策の主目標-景観政策-として「京 都らしさ」を設定することには妥当性がある。 しかし景観整備の目標としての「京都らしさ」とはなにか、なかなかに定め難いところ もある。景観整備の観点からはいますこし具体的な方向づけが示されてもよいと思える。 たとえば、わが国の都市市街地は、伝統的建築物や部分的に伝統的意匠・デザインを施 した建物、さらにはまったくの現代的あるいは洋式建物、和洋の意匠が混在する建物など、 和洋混成的なデザインのアラベスク模様から構成されているといって過言でない。このよ うな全体状況を追認するだけでなく、都市建築の意匠を幅広く解釈し、統合的なデザイン 理念を誘導・先導する新視点を構想すべき時期になってきているのではないだろうか。伝 統的意匠から現代的意匠までを一連のものとして捉えるという視点の構築について、京都 はそれが提案できる立場にあると思える。 それゆえに、議論を「京都らしさ」だけに収れんさせるのはもったいない。一見洋風に みえる建築物や敷地利用のデザインの中にも、そして町並みのなかにも、こまやかな<和 風感>が残っている。そんな<和風感>の再発見作業は考えられないか。近代化のなかで、 伝統的なまちづくりの方法・技法が途切れることなく続いており、そういう手がかり・軸 足のもとに伝統的意匠から現代的意匠までを一連のものとして捉える視点を構築しうるの ではないか、ということである。 そういった作業をいま少し煮詰める必要はあるが、ここではとりあえず<都市サイズ> のデザイン基準を定める基本目標つまり景観政策を、全市的な枠組みとしての「和風感を 意識した」景観づくりと位置づけることを提案したい。ただし、<都市サイズ>のデザイ ン基準として書き込むべき旗印であることを強調しておく。また、<都市サイズ>という とき、全市一区域ということではなく、現行の地域ブロック程度の広がりのなかでそれぞ れの地域的特性を踏まえた整備方向やデザイン基準を定めるという作業は必要であろう。 事業型と規制型-<町並みサイズ>のコントロール策の検証 <町並みサイズ>の景観コントロール策は、事業型と規制型といいうる二種のタイプに 区分できる。京都市の景観計画では、前者にあたる地区制度として「伝統的建造物群保存 地区」や「歴史的景観保全修景地区」「界わい景観整備地区」などがあり、ここでは優れた 町並み景観を継承している地区内における建築物の修理や修景等の費用の一部を補助する などの直接的支援が行われている(ただし、「界わい景観整備地区」では界わい景観建造物 または重要界わい景観整備地域内にある建造物が補助対象)。対象となる地区はごく少なく、 京都市でみると「伝統的建造物群保存地区」は4地区、14.9ヘクタール、「歴史的景観 保全修景地区」3地区、14.1ヘクタール、 「界わい景観整備地区」7地区、144.5 ヘクタール、合わせて173.5ヘクタールに止まる。 しかしそれ以外の地区でも、当然のことながら地区ごとの景観整備目標にそった建築物 に係るデザイン基準がこと細かく定められ、これをクリアすることが必要とされる。これ に該当する市街地は、上述三地区以外の「景観地区」3,271ヘクタールおよび「建造 物群修景地区」8,581-ヘクタール、そして「風致地区(第二種~第五種) 」2,99 3ヘクタールなどであり、ここではそれぞれの「場所がら」に応じた景観づくりに資すよ う建物更新や修理・修景等をすすめることになるが、その費用は自前で対応することにな る。現行基準ではこの種の<町並みサイズ>地区についての景観目標が十分に記述されて いるとはいえない。町並み景観を整えるうえでは、「事業型」の地域におけるような細やか な基準が必要ではあるが、それは用意されていないわけである。 規制型のデザイン基準イメージ 以上、<都市サイズ>および<町並みサイズ>と層区分することにより景観コントロー ルの基本策がそれぞれに異なることを示した。つぎには、規制型の枠組みを前提とするな かで、デザイン基準をどのように定め、仕分けるかという問題になる。まず考えられるの は、現行「景観計画」に記述されている規制内容や基準を、<都市サイズ>と<町並みサ イズ>に仕分けるという作業であろう。そのなかで新たに付加すべきな規制項目も検証さ れよう。その第一案とでもいえるところの構想・イメージをつぎに示したい。 <都市サイズ> 政策目的:「和風感を意識した」京都らしさの都市景観づくりをめざす 景観目標:都市のシルエット・輪郭景や俯瞰景を整える 視点場等:三山や山麓部の展望点、孤立丘、視線の通る川辺、中高層建物高層部など 操作要素:屋根形態、建物の骨格的形態、建物ボリウム、外壁の主彩色など 運用主体:京都市 <町並みサイズ> 政策目的:町並みごとの「場所がら」にそう景観づくりをめざす 景観目標:町並み景観をつくる三要件1を整える 視点場等:町並みユニットのなかの歩行者目線 操作要素:景観を区切るビスタ要素、沿道建物ほか諸施設および道路などの形態意匠、沿 道建物のデザイン様式、その他 運用主体:景観ユニット ここで<町並みサイズのデザイン基準>は、身の回りの町並み景観を整えるルールであ り、クライアントたる市民が周辺の景観・環境との調和・関係性を考えながら、あるいは 周りの町並みに配慮しながら、デザインしていく方法・手法を示すもの。それは市民が一体的な町 並みとして認識している程度の規模ユニットとして運用される必要があり、このために具 体的な町並み景観のイメージを共有できる小規模な地域範囲の編成・組み立てのための新たな 作業が求められる。また、<町並みサイズのデザイン基準>の適切な運用には、地域範囲ご とに個別の建築についてデザイン評価を行うしくみを具える必要がある。<町並みサイズ >の地区であることから、運用・評価の機会は数年ごとといった頻度でしか生じないと予 測されるため、住まい手を中心とする日常的なまちづくりと連動させるなどの創意と工夫 を要するということもある。 1 町並み景観の三要件については、 「花園・御室地区」のフィールド調査により確かめ たものをベースにしてつぎのように位置づける。 環境的独自性 まとまり感をつくる地形や街区・敷地区分などの固有性 町並みの連続感 沿道建物・外構施設および道路など形態意匠のつながり方 建築群のまとまり感 沿道建物のデザイン的まとまり (未定稿、0731)
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