米国発 セキュリティ最前線 #23 声紋認証システムへの期待度 大川 健 アイデンティティ窃盗を始めとする「個人情報を悪用した犯罪」に対して近年極めてナ ーバスになっている米国では、国民の半数以上が「個人情報を管理している企業や公共機 関は、利用者のアクセス時にバイオメトリクス(生体認証)技術を用いた本人確認を行う べきだ」と考えているそうだ。そんなアメリカでこの度大手リサーチ会社であるハリス・ インタラクティブ社による大規模な調査が行われ、カスタマーコールセンターへのアクセ ス時のように電話回線を通じて商業サービスの提供を受ける際の本人確認には、多くの消 費者が「声紋認証システム」を望んでいることが明らかになった。 バイオメトリクスとは、人間の「身体的特 徴」或いは「行動的特性」の情報によって個人 を識別する本人認証技術である。声紋認証は 人間の声道の長さや鼻腔の容積、喉頭と副鼻 腔洞の比率などが異なることによって生じ る声の特徴の違いを利用して本人確認を行 う手法であるため、指紋認証や虹彩認証、網 膜認証、手のひら静脈認証、指静脈パターン 認証、掌紋認証などと共に欧米では「身体的 特徴グループ」に分類されることが多い。しかし発音や発話速度といった特性も認証時に 影響を及ぼすので、筆跡やキーストローク認証に代表される「行動的特性グループ」の要 素も多分に含んでいるとみなされる。 声紋認証が他の認証技術と最も異なるのは、認証時に個人情報を与える被認証者が認証 装置に近接する必要が無いという点だ。また、本人排斥率や他人受入率といった声紋認証 の誤認率は、デバイスの機種によって大きく異なるものの「身体的特徴グループ」に属す る他の認証技術のそれよりも低いとされる。したがって現時点では、「本人の身体的特徴 (something you are)」と共に、 「本人だけが知り得る事実(something you know)」という2 要素目が同時に要求される併用パターンが一般的である。 今回の調査では、電話回線を通じて銀行等へアクセスする際の現況の個人認証システム (例えば暗証番号やPINナンバー、その他の個人情報の入力)の安全性に、米国の消費 者の83%が不安感を抱いているという実態が浮き彫りになった。その上で「最も理想的 な個人認証システムは?」の問いに対して、61%の回答者が声紋認証を選んだのである。 その理由として多かった意見は順に、「アイデンティティ窃盗の予防」、 「入力情報を記憶す る必要が無い」であった。言い換えると、声紋認証は「データセキュリティ対策として有 効であり、なお且つ複雑な工程を伴わない」個人認証として米国民に広く認知されている といえよう。 声紋認証システムを導入する企業側のメリットも小さくない。本人確認の工程が自動シ ステム化されることによって、オペレーターの会話時間が削減されるだけでなくパスワー ドやPINナンバーを忘却した顧客への対応時間も削減されるなど、人件費の大幅な削減 が見込める。また、消費者への負担が軽減される点も企業にとっては魅力的だ。声紋認証 を行うには電話機以外に何らエンドユーザーハードウェアを要さず、スキャナーなどの機 器を使用しないためエンドユーザートレーニングも要さないからである。 今回ハリス・インタラクティブ社がリサーチを行ったもう一つの対象国であるオースト ラリアにおいても、米国と同様に声紋認証システムを歓迎する調査結果が報告されている。 また声紋認証市場は、ヨーロッパ諸国を中心として2011年までに世界中で大幅に拡大 することが、多くの専門家によって予測されている(表)。仕事を終え、自分の声によって 車を運転して帰宅すると、声でマンションの鍵を開け、声でパソコンを立ち上げ、声で銀 行とオンライン取引を行う。機械と一日中しゃべり通しの未来は、すぐそこまで来ている ようだ。
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