人間科学研究 Vol. 28, Supplement(2015) 修士論文要旨 社交不安における Post-event processing と注意制御機能 および Working memory の関連 The role of attention control and working memory in post-event processing of social anxiety 富田 望(Nozomi Tomita) 指導:熊野 宏昭 【問題と目的】 手続き:NIRSを装着した状態での認知課題への回答を求 社交不安障害(Social Anxiety Disorder: SAD)は, 他 めた後,PEPを測定するためのスピーチ課題を行った。 者からの否定的評価への恐れと社会的場面の回避を中核と 分析手続き:各変数間の相関分析を行った。注意制御機能 する(American Psychiatric Association, 1994) 。Post- の指標には①VACS ②各課題の成績 ③各認知課題の課題 event processing(PEP)とは,社交不安の維持要因の1 成績と相関が示された脳領域を用いた。WMの指標には② つであり, 「社会的場面の経験後,繰り返しその出来事につ と③を用いた。また,LSASを用いて社交不安高群・低群 い て 回 顧 す る こ と 」 と 定 義 さ れ て い る(Dannahy & に群分けを行い,各課題成績についてt検定を行い効果量 Stopa, 2007) 。 ま た,PEPは「 観 察 者 視 点(Observer (r)を算出した(社交不安高群: 23名;低群13名)。 perspective: O視点) 」によって記憶を想起する特徴を有 【結果と考察】 している(Wells, Clark, & Ahmad, 1998) 。しかし,PEP 1.社交不安と注意制御機能およびWMの関連 の想起視点の機能やPEPが持続するメカニズムの多くは明 LSASは各注意制御機能における全指標と有意傾向なら らかにされていない。 びに有意な負の相関が示されたことから,社交不安者はa) SADについては,情報処理理論に基づく研究の重要性が 下前頭前野が関わる選択的注意が低下しているb)左背外 指摘されており,注意制御機能やWMとの負の関連性が示 側前頭前野が関わる注意の転換が低下しているc)右縁上 唆されている(Amir & Bomyea, 2011) 。PEPについても, 回が関わる注意の分割が低下していることが示唆された。 上記の関連性を明らかにすることで,PEPに対して近年研 WMについては,行動指標のみ関連性が示されたため, 究が推進されている認知機能への介入法を提案できると考 n-back課題で測定されるWMと関連する脳機能は,注意制 えられる。そこで,本研究では,第1に,尺度指標・行動 御機能と関連する脳機能ほどには社交不安に関与していな 指標・生理指標を用いて,社交不安およびPEPと注意制御 い可能性が考えられた。 機能およびWMの関連性を明らかにすることを目的とし 2.PEPの概念整理および注意制御機能およびWMの関連 た。第2に,PEPの概念整理を行うことを目的とした。 相関分析の結果,PEPの特徴を最も表す想起視点は,回 【方 法】 避的な機能を有するOA視点であることが示唆された。 実験対象者: 実験参加に同意した4年制私立大学の学生36 PEPと各認知機能との関連性については,明確な関連性は 名(男性14名, 女性22名; 平均年齢20.08歳, SD = 1.628)。 示されなかった。一方で,OA視点は各認知機能と負の相 指標: <心理> 1)Post-Event Processing Questionnaire 関が示され, O視点は各認知機能と正の相関が示された。し (PEPQ;五十嵐・嶋田,2008) :PEPの測定 2)Thought たがって,O視点という形態自体には,固着した注意を解 Questionnaire(平澤他,2008) :PEPの内容(否定的,肯 放させるような機能が含まれており,回避的な機能をもつ 定的)の測定 3)想起視点機能尺度(山口・熊野,2013) : ことが病理に繋がることが示唆された。 想 起 視 点(O/F/OA/OT視 点 ) の 測 定 4)Liebowitz 3.本研究のまとめ Social Anxiety Scale(LSAS;朝倉他,2002) :社交不安 本研究の結果から,PEPへの直接的な介入法として認知 の測定 5)Voluntary Attention Control Scale(VACS; 機能への介入を提案するよりも,社交不安症状全般の改善 今井他,2014印刷中) :注意制御機能の測定 <行動> 1)両 として,特に,注意制御機能への介入を提案することが妥 耳分離標課題: 選択的注意,注意の転換,注意の分割の測 当であると考えられる。しかしながら,想起視点の結果を 定 2)N-back課題(1back・2back) :WMの測定 <生理> 踏まえると,注意制御機能への介入は,PEPを構成する回 近赤外線トポグラフィー(NIRS) :各認知課題中における 避的な想起視点を改善するための一助となることが期待で 脳活動の測定 きると考えられる。 - 87 -
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