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公益財団法人大林財団
研究助成実施報告書
助成実施年度
2012 年度(平成 24 年度)
研究課題(タイトル)
都市集約化と電気自動車保有促進による交通行動変化と環境改善効
果の分析
研究者名※
金森 亮
所属組織※
名古屋工業大学
研究種別
研究助成
研究分野
都市交通システム、エネルギー計画
助成金額
100万円
概要
本研究では,通勤・通学交通を対象として電気自動車普及と都市集
しくみ領域(名古屋大学)
約化の都市交通への影響分析を行うため,個人属性を考慮した都市
圏レベルの交通需要予測モデルの構築,都市構造の基本データの 1
つである居住地-従業地分布をより詳細に算出可能な問題設定とア
ルゴリズムの開発を行った.2020 年の名古屋都市圏を対象とした影
響分析では,1)走行コストがガソリン車より低い電気自動車普及に
よる自動車利用増加は限定的であること,2)都市集約化を行う際は
転居後の居住地の交通利便性に応じた交通手段選択を促進すること
が重要であること,3)比較的短期での CO2 排出量削減目標を達成
するには電気自動車普及促進が有効である可能性が高いこと,が分
かった
発表論文等
※研究者名、所属組織は申請当時の名称となります。
(
)は、報告書提出時所属先。
1.研究の目的
低炭素社会を実現するための交通計画・都市計画からのアプローチとしては,①土地利用計画
や時差出勤など交通需要自体の削減・平準化,②公共交通のサービスレベル向上など低炭素交通
手段への転換,③燃費向上策や低公害車普及など自動車自体の変更,などがある.これらを上手
く組合せ,長期的な CO2 排出量削減を目指したバックキャストにて設定された各年次の目標を達
成していくことが重要となる.ここで,各施策の導入効果を評価する際,多くの既存研究では自
動車交通サービスレベルの変化による個々人の交通行動の変化を明確に反映しておらず,例えば
電気自動車利用時の走行コスト減少や都市集約(コンパクト)化による居住地-従業地の変化を考
慮した交通需要予測モデルの適用は少ない.
本研究では,都市圏レベルの交通需要予測モデルを利用し,2020 年の CO2 削減目標を達成す
るためには,EV 保有促進やコンパクトシティ推進をどの程度行えば良いのか,などについて,
大都市圏でありながら自動車分担率が高い名古屋都市圏を対象に定量的に評価していく.
2.研究の経過
本研究は,比較的予測精度の高い通勤・通学時の施策導入評価として,1)交通需要予測モデル
の構築,2)居住地-従業地別将来人口の推計,3)電気自動車普及の影響分析,4)都市集約化の影
響分析,を行った.
1)交通需要予測モデルの構築
通勤・通学交通行動は居住地-従業地の交通サービスレベルに加えて,職業や免許保有状況が交
通手段選択に影響を及ぼすため,個人属性別統合均衡モデルを構築した.本モデルでは,各個人
は交通手段選択(自動車,鉄道,バス,自転車・徒歩)と経路選択を行う場合,道路区間の通過
時間は自動車交通量に応じて変化するが,最終的な均衡点を算出することができる.個人の交通
行動を再現する Nested Logit モデルのパラメータはパーソン・トリップ調査データから推定し,妥
当な結果が得られたことを確認した.
2)居住地-従業地別将来人口の推計
名古屋都市圏の 2020 年の居住地-従業地分布を算出するため,詳細ゾーン間 OD 交通量を与件と
した分担-配分の個人属性別統合均衡モデル(1)のモデル)を下位問題,複数の詳細ゾーンから
構成される地区別従業・通学人口(集中交通量)を制約条件として OD 交通量を推計するエント
ロピー最大化モデルを上位問題とした二段階最適化問題を定式化し,実都市圏に適用した.本最
適化問題を適用することで,どの居住地区からどの従業地区にどのような属性の人々が通勤・通
学するかを推計することができ,電気自動車保有や都市集約化の各種シナリオ設定に応じた居住
地-従業地分布が算出できる.
3)電気自動車普及の影響分析
2020 年の通勤・通学交通を対象に電気自動車の普及が都市交通に及ぼす影響を分析した.電気
自動車車は一般的なガソリン車と比較して走行コストは安く,走行時に環境汚染物質を排出しな
い特徴を有する.ただし,走行コストの低下は自動車利用を誘発する可能性も高く,電気自動車
普及の影響分析をより厳密に行う必要性は高い.
本研究では,電気自動車とガソリン車の走行コストを以下の様に設定し,走行コストの差異が
交通手段選択にも影響を及ぼすと仮定し,1)の構築モデルを利用して影響分析した.
・電気自動車:走行性能 100Wh/km とし,2 円/km
・ガソリン車:燃費 8km/l,1l=120 円とし,15 円/km
4)都市集約化の影響分析
都市集約(コンパクト)化のコンセプト提示が多くなされている中,集約化により都市交通に
どの程度の影響が及ぶかを分析した研究は少ない.本研究では集約化の対象として,居住地が郊
外部(名古屋市外)であり,従業地が鉄道利便性の高い地区(名古屋市内)である住民が名古屋
市内に転居する場合を取り上げる.更には集約化の程度の程,転居前の利用交通手段特性などを
考慮した場合を設定し,複数の集約化シナリオにおける交通状況と環境負荷の影響分析を行う.
3.研究の成果
1)電気自動車普及の影響分析
2020 年の名古屋都市圏の居住地-従業地関係を推計した結果,560 万人の通勤・通学時の交通手
段構成は自動車:52%(2,939 千トリップ),鉄道:15%(842 千トリップ),バス:1%(40 千
トリップ),自転車・徒歩:32%(1,769 千トリップ)と推計された.
ここで電気自動車の普及率に応じた自動車保有者をランダム抽出したところ,下図のように,
走行コストの減少に伴って自動車利用者が微増することが確認された(普及率 10%で自動車利用
は 0%時より約 20 千トリップ(約 1%)の増加).
100,000
trips
75,000
50,000
25,000
0
5%
10%
15%
20%
25%
50%
-25,000
-50,000
-75,000
自動車
鉄道
バス
自転車・徒歩
-100,000
図
電気自動車普及時の交通手段別利用者数の変化
自動車利用増加の影響は小さいが,都市圏全体の CO2 排出量をみると減少傾向にあることが確
認され,普及率 10%で CO2 排出量は 0%時より約 4%減少する結果が得られた.
これらより,電気自動車普及により自動車利用は増加するもののその影響は小さく,環境改善
効果の方が大きい可能性が高いことが示唆される.なお今回は電気自動車利用者をランダム抽出
しており,鉄道利便性が高い居住者に電気自動車を割当て,実際に通勤・通学時には利用されて
いないこともある.電気自動車保有状況・意向を考慮した分析は今後の課題である.
2)都市集約化の影響分析
都市集約化の都市交通への影響分析として,名古屋市外居住者で名古屋市内従業者の居住地変
更を行う,更に転居に伴う交通行動変化を以下の 3 ケースを仮定し,居住地選択の自己選択性も
考慮し,より現実的な影響分析を行った.
・「不変容ケース」:集約対象者は集約前に利用していた手段から変更せず,非集約対象者も
手段を変更しない(転居に伴う手段選択行動が行われない不変容性を想定)
・「地域順応ケース」:集約対象者は転居先ゾーン住民の手段選択確率に従う.非集約対象者
は手段を変更しない(転居に伴う手段選択行動が,転居先の混雑を除く交通環境に伴って変
化することを想定)
・「混雑影響ケース」:全ての個人が後で述べる統合モデルの手段選択に従う(地域順応ケー
スに対して,混雑の影響による手段変更があることを想定.また,転居先ゾーン住民も同様
に混雑の影響による手段変更の可能性を持つ)
集約率に応じた交通手段の変化をみると(下図),居住地選択の自己選択性に応じて交通手段
構成の変化が大きく異なることが確認できる.一般的に鉄道利便性の高い地区への居住地集約化
によって鉄道利用や徒歩が増加することが期待されるが,それは地域順応や混雑影響のケースで
不変容
地域順応
混雑影響
60%
自動車
50%
40%
徒歩・自転車
手
段
構 30%
成
比
鉄道
20%
10%
バス
0%
0%
10%
20%
30%
40%
集約率
図
集約率別交通手段構成比
50%
あり,交通手段転換を促進する取り組みを同時に行うことが重要である.同様に CO2 排出量の削
減効果をみると(下図),転居後の交通状況に応じた手段転換行動を想定した混雑影響ケースで
一番効果が高くなるが,混雑度の影響は集約率 40%以上と大胆な集約化実施時に限られることも
確認できる.
また,電気自動車の普及率 10%程度と同程度の CO2 削減効果(4%)は集約率 20%程度となり,
集約対象人口,転居完了期間などを考えると,電気自動車普及促進の効率性が高いと考えられる.
不変容
地域順応
混雑影響
12%
二
酸
化
炭
素
削
減
率
10%
8%
6%
4%
2%
0%
0%
10%
20%
30%
40%
50%
集約率
図
集約率別CO2排出量の削減効果
4.今後の課題
本研究では,通勤・通学交通を対象として電気自動車普及と都市集約化の都市交通への影響分
析を行うため,個人属性を考慮した都市圏レベルの交通需要予測モデルの構築,都市構造の基本
データの 1 つである居住地-従業地分布をより詳細に算出可能な問題設定とアルゴリズムの開発
を行った.2020 年の名古屋都市圏を対象とした影響分析では,1)電気自動車普及による自動車
利用増加は限定的であること,2)都市集約化を行う際は転居後の居住地の交通利便性に応じた
交通手段選択を促進することが重要であること,3)比較的短期での CO2 排出量削減目標を達成
するには電気自動車普及促進が有効である可能性が高いこと,が分かった.
今後の課題は予測モデルの精緻化の他,電気自動車保有者や居住地転居者のより現実的な割
当,都市圏全体としての効率的な低炭素化のプロセスとして居住地-従業地特性に応じた誘導(郊
外居住で通勤時に自動車利用者は電気自動車保有促進),などを考え,影響分析を行うことが残
されている.