OZT を用いた海上交通分析の基礎研究

第133回講演会(2015年11月6日,11月7日) 日本航海学会講演予稿集 3巻2号 2015年9月30日
OZT を用いた海上交通分析の基礎研究 正会員○福田 厳(東海大学) 正会員 庄司 るり(東京海洋大学) 要旨 地震および津波発生時には、船舶は救援物資の運搬や交通手段の確保などライフラインを保つ重要な役割
を担う。津波から船舶を守ることは乗組員の命はさることながら、のちの復興にむけても大変重要である。
しかし、津波襲来時の避難対策を目的とする海上交通分析はまだ少ない。津波発生時には航行中の船舶はよ
り水深の深い海域へと避難することとなっている。本研究は、TCPA および DCPA を用いて衝突範囲を表示
できる OZT(Obstacle Zone by Target)を用いた海上交通分析の基礎研究を行い、津波襲来時の船舶の避難対策
に利用する海上交通評価として本手法が有効であることを示し、またその課題を明らかにした。
キーワード:交通、OZT、AIS、津波、海上交通分析 1.はじめに きると考える。本研究においては、OZT を用いた海
国土交通省海事局の「船舶運航事業者における津
上交通分析の基礎研究を行い、その有効性と今後の
(1)
『船長は本社の
波避難マニュアルの手引き」 には、
課題を明らかにする。
運航管理所とは連絡できないことを念頭に、事前に
津波対応行動パターンを想定し、そのときの状況に
2.Obstacle Zone by Target 応じた最善の措置を選択する準備をしなければなら
OZT とは、自船行動空間の中で相手船の存在とそ
ない』とある。釜石海上保安部では、津波に遭遇す
の運動により妨げられる空間、すなわち相手船によ
るまでに水深 200m 以上の海域へ到達できるのであ
る妨害ゾーン(4)を表示できるものである。従来航海
れば沖への避難が安全とし、到達できない場合は船
士は危険の判断のひとつの手段として、TCPA およ
舶を放棄し陸上への避難も選択肢にいれるよう指導
び DCPA を用いて評価を行ってきた。舶用レーダに
(2)
している 。実際に東日本大震災の際には東京湾に
おいては、TCPA および DCPA は数字としてしか把
おいてはほとんどの船舶が、また注意報のみしか発
握することができないが、OZT を用いることにより
令されていなかった大阪湾においても数隻の船舶が、
視覚的に捉えることができるようになる。また、現
(3)
避難行動をとり沖へ避泊した 。安全海域への迅速
在警報に用いられている TCPA および DCPA よりも
な避難は、乗組員ならびに船舶を津波から守ること
効果的に警報を鳴らすことができるとういう研究成
につながる。これを可能にするには、海上交通状況
果も発表されている(5)。 を考慮した事前対策が必要である。
3.OZT を用いた海上交通分析 津波対策の海上交通分析では、針路変更などに伴
う衝突の危険があるエリアを把握できることが重要
OZT は、衝突針路を相手船のコース上に表すこと
である。これまで船舶では衝突の危険の一つの判断
ができるため、どのエリアに針路を向けると危険か
基準としてレーダ上で表示される TCPA(Time to
どうかを判断できると考えた。OZT の計算手法につ
Closest Point of Approach)や DCPA(Distance of Closest
いては参考文献(6)にある手法を用いた。本研究にお
Point of Approach)が利用されてきた。本研究では、
いては、OZT を計算する際の自船の周りに設定する
他船のコース上にその船舶に対して自船の衝突針路
r の値を、図 1 に示す Pedersen の Geometrical Collision
を推定できる OZT(Obstacle Zone by Target)を海上交
Diameter の計算を利用した(7)。Geometrical Collision
通分析に利用することを検討する。OZT を海上交通
Diameter は、自船の周りに他船を接するように描い
分析に利用することによって、日常的な海上交通流
た時の、図 1 に示す対角線の長さ Dij を計算するモ
に お い て 、 ど の エ リ ア に 針 路 を と る と TCPA や
デルである。Dij は(2)に示した相対速度 Vij を用いて
DCPA が危険な値になるかを判断することができ、
以下のように計算される。
津波発生時の避難計画に際し、コース設定や針路を
変更するためのエリアの選定に役に立てることがで
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4.清水港における分析 本研究では、大地震及び大津波来襲時の航行安全
対策に関する調査研究(8)においてモデル港として調
査が行われた清水港について分析を行った。東海大
学海洋学部3号館に AIS 受信機(古野電気 FA-30)を
設置し AIS データの収集を行い、2015 年 3 月 1 日か
ら 3 月 31 日までの一ヶ月間の AIS データを用いて分
析を行った。 図 1 Geometrical collision diameter 1 つのセルサイズは一辺が 1/10 マイルの正方形と
し、同時刻に受信した船舶について、お互いの船舶
の距離が 3 マイル以下で DCPA が 0.5 マイル以下とな
る場合に OZT を計算した。 4.1 OZT を用いた海上交通分析の結果 (2) 図 3 に、清水港周辺の分析結果を示す。また、地
形的条件を示すため、図 4 に Google Earth 上にプロ
ここで、Vi と Vj は自船と他船の速度、θは自船と
ットしたものを示す。最も値が高くなったのは、航
他船の針路差、βは相対針路、Bi および Bj は自船
路の出入り口付近であることがわかる。図 3 および
と他船の船幅である。 図 4 からわかるように、セルの値が 500 以上となる
よって、自船の周りに描かれる円の半径 r は、
区域が港の入り口付近から航路に沿って港外へと広
がっている。このことより、津波発生時にはこのエ
リアに針路をとると DCPA が 0.5 マイル以下となる可
(3)
となる。
能性がある。特に入港船舶が沖に向けて回頭する際
まず、対象となる海域を正方形のセルに分割する。
には注意が必要である。 ある範囲内に存在するそれぞれの船舶に対し、総当
たりに OZT 計算を行い、セルの値を計算する。具体
的には、求められた OZT のラインを緯度経度に変換
Tagonoura
し、このラインが通過するセルに 1 を加算する。図
2 に、セルと OZT との関係を示す。図においては、
Shimizu
1 つ目の OZT1 が(3,5)(3,6)および2つ目の OZT2 が
(3,2)(3,3)を通過しているため、それぞれのセルに 1
が加算される。
Toi
Yaizu
セル
Oigawa
図 3 OZT を用いた清水港周辺の分析結果(MATLAB) 図 2 OZT ラインとセルの関係図
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東京海洋大学名誉教授今津隼馬先生はじめ、越中島
Tagonoura
OZT 研究会の皆様に深く感謝いたします。 7.参考文献 (1) 国土交通省海事局:船舶運航業者における津波
避難マニュアル作成の手引き, 2014. 3.
Yaizu
(2) 釜 石 海 上 保 安 部 : 地 震 ・ 津 波 被 害 へ の 備 え Toi
http://www.kaiho.mlit.go.jp/02kanku/kamai
shi/tsunami/tsunami.html (3) 牧野秀成・若林伸和・矢野吉治・塩谷茂明:津
Oigawa
波警報発令時における湾内の船舶の避航・避泊
行動に関する調査研究, 日本航海学会論文集,
図 4 OZT を用いた清水港周辺の分析結果(Google Earth) Vol.125, pp191-197, 2011. 9.
(4) 今津隼馬・福戸淳司・沼野正義:相手船による
妨害ゾーンとその表示について,日本航海学会
論文集,Vol.107,pp.191-197,2002.9. 5.まとめ (5) 福戸淳司・今津隼馬:相手船による妨害ゾーン
本研究では津波対策に利用するための OZT を用
(OZT を用いた衝突警報の検討, 日本航海学会
いた海上交通分析を行った。分析結果より、OZT を
論文集, Vol.128, pp. 49-54, 2013.3. 海上交通分析に利用することにより、危険エリアを
(6) 今津隼馬:衝突針路を使った OZT 算出方法, 日
示すことは可能であると考える。特に、津波発生時
本航海学会誌 Navigation, Vol.188, pp. 78-81, には航行船舶が一斉に安全な水深の海域に向かうこ
2014.3. (7) Pedersen, P.T.:Collision and Grounding Mechanic,
とが推測されるため、DCPA が危険な値となるエリ
アを事前に把握しておくことは有効であると考える。 Proceedings of WEMT’95, Copenhagen, The
今後、サンプリング時間、計算する船舶間距離、
Danish Society of Naval Architects and Marine
TCPA や DCPA の設定値などについて検討していく
Engineers, pp125-157, 1995.
(8) 日本海難防止協会:大地震及び大津波来襲時の
必要がある。さらに他の分析手法などと比較し、そ
航行安全に関する調査研究, 2013. 5.
の有効性をさらに検証していく必要もある。また、
清水港入り口付近においても、桜エビやシラス漁の
(9) 高嶋恭子・津金正典:緊急避難時の航行管理に
時期になると由比漁港から出航した漁船団が通過し
関 す る 研 究 , 日 本 航 海 学 会 論 文 集 , Vol.128,
ていくことが知られており、津波の避難対策として
pp21-27, 2013.
用いるためには、AIS 非搭載船舶のデータも分析す
る必要がある。OZT を用いて船首方位ごとや時間ご
との分析を行うことによって、入出航船舶にとって
どのようなエリアが危険かを判断できる。これを利
用して、船舶を一斉避難させた場合(9)にどのような
エリアが危険かを判断できる。またそれぞれの船舶
の避難コースや避難時間を変更した際に危険度の高
いエリアがどのように変化するかを本手法により評
価を行うことによって、効果的な船舶の避難行動を
分析できると考える。 6.謝辞 本研究は JSPS 科研費 15K16308 の助成を受けたも
のです。また、本研究に関しアドバイスを頂いた、
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