リザーバー動注の基本と実際

IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:井隼孝司
連載 2
・・・・・・・・・・・・・
IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会総会「技術教育セミナー」より・・・・・・・・・・・・・
リザーバー動注の基本と実際
東京臨海病院 放射線科
井隼孝司
はじめに
手技の実際
肝腫瘍に対する動注療法は, 従来血管造影時に one
shot にて抗癌剤を投与する方法が行われてきたが, 皮下
埋め込み式リザーバーの開発により外来での反復動注
が可能となった。また, IVR 技術の進歩および器具の改
良により, 現在では経皮的なカテーテルの留置が外科的
留置に取って代わりつつある。代表的な経皮的アクセ
スルートには鎖骨下動脈アプローチと大腿動脈アプロ
ーチがあるが, 大腿動脈アプローチの利点は, 1)血管
造影に準じて施行可能であり放射線科医に馴染みやす
い, 2)脳梗塞のリスクがないことが挙げられる。本項
では大腿動脈アプローチによる手技の実際に関して述
べる。
リザーバーを用いた肝動注療法を行うにあたり最大
のポイントは, 動注による副作用を防止し, 長期間にわ
たって効果的な治療が継続できるカテーテル留置を行
うことにある。すなわち, ①薬剤が肝内に均等に分布
し, 肝外へは流出しないようにするための血流改変術,
②肝動脈の閉塞を生じにくく, 逸脱を防止するためのカ
テーテル留置術, が基本となる。
1. 血流改変術
肝動脈が複数存在する例は, 約 40 %に認められる 1)。
その代表的な破格としては, 上腸間膜動脈から分岐する
転位右肝動脈, 左胃動脈より分岐する転位左肝動脈が挙
げられるが, そのほか多くの破格が存在する。カテーテ
ルの留置血管は 1 本であり, その他の肝動脈を塞栓する
ことにより, 肝動脈の血流を一本化する。塞栓物質とし
ては金属コイルが基本であり, 場合により NBC(Nbutyl cyanoacrylate)-Lipiodol 混合液などの液体塞栓物
質を併用する。通常, 肝動脈の一本化を行った場合, 塞
栓術直後より吻合枝を介した肝全体の血管が造影され
ることが多い。
肝動注による消化器合併症を防止するためには, 胃十
二指腸動脈, 右胃動脈の塞栓術が必要である。胃十二指
腸動脈の塞栓術は多くの場合通常の造影カテーテルお
よび Gianturco coil にて可能であるが, 右胃動脈は細く
急峻に分岐することも多く, マイクロカテーテルを用い
ても必ずしも容易とはいえない。マイクロカテーテル
の先端に形状をつけたり, 場合によっては左胃動脈より
適応
原発性肝癌, 転移性肝癌ともに手術不能例が動注療法
の適応となるのは言うまでもない。また, 手術不能例で
あっても肝病巣の進展状況や肝予備能によってはablation
therapy が行われることも多い。したがって, 転移性肝
癌の場合はこれらの適応がなく, 肝病巣が予後決定因子
であると考えられた場合に動注療法の適応となる。ま
た, 肝実質性黄疸を認めず, 全身状態が保たれている必
要がある。切除不能肝細胞癌の場合, TAE や ablation
therapy が困難な高度門脈浸潤が認められるび慢型や塊
状型の高度進行肝細胞癌が動注療法の適応となる。た
だし, 肝予備能の高度低下例では, 慎重な適応の決定が
必要である。
使用する器具・薬剤
血管造影用 4 Fr.カテーテル, マイクロカテーテル, 4 Fr.
シース, ガイドワイヤー(0.025, 0.035 インチラジフォー
カスタイプ, 0.035 インチムーバブルコアタイプ, 0.014
∼ 0.016 インチマイクロカテーテル用), マイクロコイ
ル, 0.035 インチコイル, 留置用カテーテル(当科の標準
は東レ アンスロン PU カテーテル(type LT-PHD)
(図
1)), ポート, 切開縫合セット, 電気メス
前処置・前投薬
通常の腹部血管造影に準じる。当科では前投薬とし
て硫酸アトロピン 0.5 m およびアタラックス P 25 m 筋
注, 術中輸液としてラクテック注 500 p を使用。
図 1 アンスロン PU カテーテル(type LT-PHD : long
taperd and preholed, 東レ製)
先端より 40 b が 3.3 Fr.となっており, 先端より 20 b
の部位に側孔が予め設けてある。症例に応じて先端
から側孔までを切断して使用する。
(179)47
IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:井隼孝司
技術教育セミナー/リザーバー動注の基本と実際
胃小弯の吻合を介して右胃動脈にマイクロカテーテル
2)
を進めるといった工夫も必要になってくる 。この場合
の塞栓物質としてはマイクロコイルおよび NBCLipiodol を使用する。
2. カテーテル留置
経皮的な肝動脈へのアプローチは, 大腿動脈のほか,
浅腹壁動脈, 左鎖骨下動脈, 左上腕動脈, 橈骨動脈など
がある。基本的には肝動脈の走行に対してカテーテル
が追従しやすいアプローチを選択すべきであり, 必ずし
も一つのルートに固執する必要はない。大腿動脈アプ
ローチは 90 ∼ 95 %の症例で可能であるが, 総肝動脈の
走行が極端に下方へ向かう場合は, 鎖骨下動脈アプロー
チを選択すべきである。留置した肝動脈の閉塞防止お
よびカテーテル逸脱の防止のために, 現在いわゆる「投
げ込み法」に代わり側孔式カテーテル留置法が標準的
な術式と考えられる。これにはカテーテル先端を胃十
二指腸動脈に固定する GDA coil 法と, 脾動脈に固定す
るSPA coil法, 肝動脈末梢に固定する末梢固定法がある 3)。
いずれにおいてもカテーテル先端による血管壁への物
a
b
c
d
e
f
48(180)
理的刺激を避けることができるが, 現在の first choice
は GDA coil 法と考えられ, 症例により他の留置法を考
慮するべきである。例えば胃, 膵の手術例では GDA に
挿管できない場合があり, 末梢固定法の選択を余儀なく
されることがある。現在, われわれはロングテーパー部
分に側孔を開け, テーパー部分も大動脈内に留置する方
4)
法(いわゆる入江法 )を標準で選択し, 大腿動脈直接
5)
穿刺による側孔付きテーパーカテーテル を使用した
GDA coil 法を標準留置法としている(図 2)。以下, その
詳細を述べる。
(1)動注カテーテル留置対側の大腿動脈より 4 Fr.シー
スを導入し, 4 Fr.カテーテルにて腹腔動脈造影を施行
し, その後必要な血流変更を行う。
(2)留置側鼠径部に約 2 b の皮膚切開を加え 18 G エラ
スター針にて穿刺を行う。シースを用いずに 4 Fr.血
管造影カテーテルを over the wire にて進める。
(3)0.025 インチラジフォーカスタイプガイドワイヤー
を用い, 5 Fr.留置用カテーテル(アンスロン PU カテ
ーテル(type LT-PHD))に交換する。なお, アンスロ
ン PU カテーテル(type LT-PHD)には 3.3
Fr.のテーパー部分にあらかじめ側孔が開
いているので, 血管造影を参考にして側孔
位置を決定し, 先端から側孔までの長さを
症例に応じて切断して調節しておく。
(4)留置用カテーテルの胃十二指腸動脈への
固定は, 留置カテーテルのシャフトに側孔
を設けた場合は, 側孔からマイクロカテー
テルを進めて, マイクロコイルおよび NBCLipiodol にて固定を行うワンルート法もあ
るが, 入江法の場合は側孔がテーパー部分
図 2 大腸癌肝転移術後残肝動注症例に対するリザ
ーバー留置
a : 対側大腿動脈から腹腔動脈造影後, 血流変更
を行う。
b : 0.025 インチワイヤーを胃大網動脈まで送り
込む。
c : ワイヤー置換にてアンスロン PU カテーテル
(type LT-PHD)を留置する。
d : 対側からの 4 Fr.カテーテル(矢印)により
0.035 インチコイルを使用して先端固定を行
う。
e : 側孔位置の確認を行うために総肝動脈造影
を施行。テーパー部分の先詰めは不要。
f : 鼠径部にてカテーテル反転の後, ポートに接
続する。
IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:井隼孝司
技術教育セミナー/リザーバー動注の基本と実際
のため対応できないこともあるが, 固定が確実かつ使
用コイル数の削減も考慮し, 対側大腿動脈から 4 Fr.
カテーテルを用いて 0.035 インチコイルを用いて行う
ことを標準としている。なお, 3.3 Fr.のカテーテルテ
ーパー部は通常, 留置 1 週間以内に血栓化が認められ
るため, テーパー部のコイル塞栓(いわゆる先詰め)
は不要である。
(5)リザーバーを埋没するための皮下ポケットおよび
穿刺部から皮下ポケットまでの皮下トンネルを作成す
る。留置カテーテルを鼠径部にて反転させ皮下トンネ
ル内を進め, ポケット内でポートと接続する。ポート
をナイロン糸にて 1 針固定し, 術創を縫合して終了。
3. フローチェックとメンテナンス
カテーテルのフラッシュは 1 ∼ 2 週間に 1 回, 5 p の
生食とヘパリン 3000 単位にて施行する。留置カテーテ
ルからの薬剤分布は, リザーバーからの造影 CT あるい
は MRI により定期的な確認が必要である。実際の薬剤
注入時に疼痛, 消化器症状などが急に出現した場合およ
び肝内の病巣に治療効果の差異が認められる場合は, 必
ずフローチェックが必要であり, 異常所見が認められた
場合リザーバーより DSA を行う。
合併症
Seldinger 法による血管造影の手技を基本としている
ため, カテーテルによる内膜損傷や穿刺部出血などが生
じ得る。また, 血流改変やカテーテル固定時に使用する
コイルや NBC-Lipiodol などの塞栓物質の逸脱や overflow
による血管閉塞の結果, 十二指腸潰瘍や膵炎を生じるこ
とがある。
カテーテル留置により最も高率に生じ得る合併症は
肝動脈閉塞であり, 従来の投げ込み法では高頻度に認め
られる。カテーテルの逸脱は, 多くは留置後 1 週間以内
に認められ, 大腿動脈アプローチでは, 鎖骨下動脈アプ
ローチに比し生じやすい傾向である。定期的なカテー
テル位置のチェックが必要であり, 万一逸脱を生じ適切
な薬剤分布が得られなくなった場合は, 再度血流変更術
などの reintervention が必要となる。リザーバーシステ
ムの感染も鎖骨下動脈アプローチよりもリスクが高い
が, われわれの経験では 1.4 %程度であり, 糖尿病合併
例などに多い傾向である。埋め込み時に死腔を作らな
いなどの注意も必要である。また, 感染が穿刺部に波及
すると仮性動脈瘤を生じる可能性があり, システムの抜
去も含め早急な対応が必要である。鎖骨下動脈アプロ
ーチでは, 稀ではあるが椎骨動脈領域の脳虚血症状出現
の報告がある。大腿動脈経由では, 留置カテーテルに起
因する血栓塞栓症の出現はまず問題とはならない。そ
の他, 稀な合併症としてカテーテルの kinking や破損な
どがある。
コツと注意点
現在われわれは, ロングテーパー部分に側孔を開け,
テーパー部分も大動脈内に留置する方法(いわゆる入江
4)
法 )を標準で選択している。LT-PHD カテーテルはテ
ーパー部分が 3.3 Fr., シャフトが 5 Fr.のため 0.025 イン
チワイヤーに対応しており, かつ肝動脈の開存性も従来
法と同等以上である「血管に優しい留置法」と考えて
6)
いる 。総肝動脈の走行が極端に下方でなければ, 本法
にてほとんどの症例で留置可能である。また, 対側から
のアプローチで 0.035 インチコイルを用いてカテーテル
の固定を行う方法は, 確実性および費用対効果の面でも
有利と思われる。側孔の位置決めは重要なポイントで
あり, カテーテルの固定を行っても dislocation は起こり
得ることを念頭に置いて, 側孔をあまり中枢側に置かな
いよう慎重に行う必要がある。
リザーバーを用いた動注療法は, 患者にとって長期の
入院生活から解放され QOL の向上に大いに貢献する治
療法であるが, 一方では強力な化学療法を行えば QOL
の低下を招きかねない。十分なインフォームドコンセ
ントのもとに本治療法が施行されるべきであるととも
に,「埋め込み」っぱなしではなく, 経過中に生じ得る肝
外薬剤分布などの合併症に対しても, 責任を持って対応
する姿勢が必要である。
【文献】
1)Kemeny M, Hogan H, Goldberg D, et al : Continuous hepatic artery infusion with an implantable pump :
Problems with hepatic artery anomalies. Surgery 99 :
501 - 504, 1986.
2)井隼孝司:肝腫瘍に対する動注療法. 臨床医のため
の腹部血管造影・ IVR, 藤森孝博監修, 新興医学出
版, 東京, 2003, p64 - 69.
3)Arai Y, Inaba Y, Takeuchi Y : Interventional techniques for hepatic infusion chemotherapy. In : Interventional Radiology(Third Edition)(ed CastanedaZuniga WD). Williams & Wilkins, Baltimore, 1997,
p192 - 206.
4)Irie T : Intraarterial chemotherapy of liver metastases:
implantation of a microcatheter-port system with use
of modified fixed catheter tip technique. JVIR 12 :
1215 - 1218, 2001.
5)井隼孝司, 中西順子, 本間士朗: 3.3 Fr.側孔付きロ
ングテーパーカテーテルの開発と入江法による留置
経験. 第 25 回リザーバー研究会抄録集, 2003.
6)井隼孝司, 大川智久: 3.3 Fr.側孔付きロングテーパ
ーカテーテルの肝動脈開存性の検討. 第 27 回リザー
バー研究会抄録集, 2004.
(181)49