-1- 無本寺とは 2015 年 1 月 20 日にアップロードした「アメリカ研究会」の

無本寺とは
2015 年 1 月 20 日 に ア ッ プ ロ ー ド し た 「 ア メ リ カ 研 究 会 」 の ” 第 16 章 最 高 裁 が 学 校 分 離 を
非難”の「今日の閑話」の中で”無本寺”という言葉を使った。あまり聞き慣れない言葉であ
る。この言葉は、国語辞典にも百科事典にも載っていない。
名古屋市東区にある復興山建中寺は、江戸時代には尾張徳川家の菩提寺で”無本寺”
という寺格にあったようである。明治維新後、明治政府によって徳川憎しのためか、寺格が
無本寺から知恩院の末寺に降格されてしまった。
そこで、無本寺に関係ある言葉を調べて見て、次のことが分かった。
本末制度
江戸時代に本末制度が確立して以来、末寺の正確が固定した。幕府は本末帖を作成さ
せ、本末関係を確立して、封建的統制を容易にした。諸宗法度は、この本末の関係を遵守
することを定めたものである。この封建体制は、本山・本寺・中本寺、直末寺、孫末寺という
上下の毅然とした統属関係を設定し、幕府は本山を統治下におくことによって、すべての
寺々を統制した。この体制は明治維新の後にもある程度受け継げられてきたが、第二次大
戦後、宗教法人令の石膏によって弱められ、末寺が独立して巢立する道を開いた。
本寺
本山に同じ。末寺の対。一宗一派の末寺を統べる寺。曹洞宗では古くは本山を本寺とも
呼んだ。
末寺
所属寺院。本寺の対。本寺に所属統制される寺で、江戸時代に本末制度が確立して以
来、末寺の性格が固定した。
以上東京書籍発行、中村
元著、佛教語大辞典縮刷版より
別の資料から、末寺のことを末山ともいうことが分かりました。
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