まえがき(pdf)

まえがき
現在地球上には多くの生物がいます.これらのうち,動物と呼ばれるグルー
プでは節足動物や線形動物などが繁栄していますが,我々人間を含む脊椎動物
も地球上のさまざまな環境で生活しています.脊椎動物はその種類数では昆虫
や線虫に遠く及びませんが,前衛芸術作品のようなユニークな形態をしていた
り,数十メートルものサイズをもつものがいたりと実に多様です.脊椎動物の
グループがこのような適応放散を成し遂げることができた要因として,その多
彩で機能的な形態もさることながら,
これらの動物が外部環境の情報を収集し,
それに対して適切な応答を行うための優れた能力をもっていたことが挙げられ
ます.このような生理機能の礎となっているのが脳という器官です.脳といえ
ば,ヒトのもつ脳についてはさまざまなところで紹介されているため,多くの
人々がある程度の知識は備えているでしょう.しかし,サメの脳がどのように
なっているのか,シーラカンスやカモノハシの脳はどうなのか,さらには肉食
恐竜のティラノサウルスの脳がどうなっているのかについてはあまり知らない
のではないでしょうか? フィリップ・K・ディックの著作に『アンドロイド
は電気羊の夢を見るか Do andoroids dream of a electoric sheep』とい
う作品がありますが,ならば,夜の闇の中で超音波によって世界を認識してい
るコウモリは,超音波で描かれる羊の夢を見るのでしょうか.このように,脳
の進化に関する興味は尽きません.これらの動物の脳も,進化の過程で構築さ
れてきたものであり,脳の進化の秘密に迫るたいへん重要な要素をいくつもも
っています.
さまざまな動物の脳を調べ,比較して研究を進めることで,ヒトの脳を見て
いるだけではわからない情報を得ることができ,脳がどのように進化してきた
のかを知ることができます.この本ではヒトの脳機能についてはあまり詳しく
v
まえがき
は述べませんが,その代わりに数多くの脊椎動物の脳の構造を紹介し,それが
どのような遺伝子のはたらきでつくられるのかについて説明していきます.そ
うした情報をきっかけとして,読者の方々に脳の多様性や進化について興味を
もっていただければ幸いです.しかしながら,脳進化の研究の礎となる比較形
態学は歴史がたいへん古く,
これまでに膨大な数の研究報告が出されています.
その中には,実にさまざまな動物の神経系が記載されています.それらの膨大
な情報をまとめあげ,客観的にバランスよく紹介することは,筆者の能力の限
界を超えているといわざるを得ません.したがって本書は,これまでになされ
てきた比較形態学,比較発生学の知見を,筆者の興味や知識をフィルターとし
て紹介するものです.この本に紹介されていない興味深い事例は山ほどありま
す.もし脳の比較形態学や進化学に興味をもったならば,読者の方々も独自に
この知識の大海を覗いてみてはいかがでしょうか.
謝 辞
この本を執筆するにあたり,多くの方々のご協力をいただきました.野村真
博士,川口将史博士,菅原文昭博士,鈴木大地氏は,筆者の原稿を読み,有意
義なコメントやご指摘をくださいました.また,大学院時代からの知人である
川崎能彦博士からは,ギンザメやトカゲの脳の写真をいただきました.福井眞
生子博士からは多くの熱帯産動物の写真を,秋山繁治博士からは貴重なイボイ
モリの写真を,
飯田緑氏からは表紙のマダイの写真を提供していただきました.
愛媛大の学生であった土佐靖彦博士,山上沙織氏,楠原佑基氏,松原生実氏,
平尾綾子氏,糸山達哉氏,野口佳奈実氏,石川遼太氏,大内美咲氏からはイラ
ストや脳の写真を提供していただきました.佐々木苑朱氏には多くの動物イラ
ストを描いていただきました.気味の悪い円口類のイラストをお願いしてしま
いすみません.また,愛媛大学の進化形態学研究室の皆様,大学院時代の恩師
である藤澤肇博士,そして,脳進化の研究において多大なご協力をいただいた
倉谷滋博士に心よりお礼申し上げます.最後に,本書を執筆する機会をいただ
きました徳野博信博士,山内千尋氏にお礼申し上げます.
2015 年 3 月
vi
村上安則