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(特集-沿岸域と教育)
【第 1 弾:義務教育編】第 3 章 事例紹介
海洋教育による安全の自立性への期待
~ライフセービング教育の展開と課題~
流通経済大学助教授
(日本ライフセービング協会理事長)
小 峯
力
る道徳的拘束力を有した活動にも発展していった。
はじめに
諸外国では、学校教育にライフセービングが導入
政府公認となったオーストラリア・ライフセービン
されている。ライフセービングとは人命救助と訳さ
グ協会は、安全なビーチと水辺の環境を創りだすこ
れるが、正確には「人命救助を本旨とした社会的活
とを社会使命として、1)ビーチや水辺環境におけ
動であり、一般的には水辺の事故防止のための実践
るリスクマネージメント(事故防止)の確立 2)
活動」と云われている。
ビーチや水上における安全思想を一般社会へ普及啓
WHO によれば「二分に一人」の割合で世界中の
蒙し、海洋性レクリエーションの発展に寄与するこ
とに至った。
どこかで男性・女性、そして子ども達が水の事故に
より尊い生命が失われ、その犠牲者は年間約 30 万
今日までに、オーストラリア協会は 10 万人を超
人といわれている。この受け入れがたい事実こそ、
す会員を有し、280 もの地域密着型クラブを設立し、
国際ライフセービング連盟(137 カ国加盟)が設立
40 万件以上のレスキューを政府報告している。この
された理由であり、その日本代表機関として国際加
ように発展してきた組織の者を州政府は公務員雇用
盟したのが日本ライフセービング協会である。当協
とした。現在のオーストラリア沿岸域には、ボラン
会は、内閣府より法人認証(2001 年)を受けている
ティア(LIFESAVER )とプロフェッショナル
団体である。
(LIFEGUARD)によって、安全なビーチ環境を創
造し、
広く国民の信頼を獲得するに至ったのである。
そこで本稿では、諸外国で行われているライフセ
ービング活動と、わが国のライフセービング教育の
オーストラリアにおけるライフセービング教育
導入と展開を概観し、その課題性を考察してみる。
は、学校と地域クラブで行われており、学校におけ
る教育は、安全教育としてプロのライフガード(公
務員)がその指導の任にあたっている。既に述べた
オーストラリア・ライフセービングの歴史と教育
ようにオーストラリアは地域クラブの充実があって、
世界のライフセービング界をリードしているの
がオーストラリアである。特にサーフ・ライフセー
そのなかでもジュ
ビングの水難救助システムは、学ぶべき歴史と教育
ニア教育は、7 歳
があることに頷ける。
~13 歳までをニ
1907 年、シドニーにおいてサーフ・ライフセービ
ッパーズと呼び、
ング協会設立の必要性が提案された。ニューサウス
義務教育期間のプ
ウェルズ州政府は、
「海水浴におけるスポーツ性」を
ログラム展開が各
その協会に調査依頼し、協会代表者(調査委員長)
クラブで盛んであ
はその調査報告及び提案をまとめた。提案には「海
る。毎週末になれ
水浴に関するルール作り」や「ビーチインスペクタ
ば親と共にビーチ
ー」
という指導者や管理責任者の任命などが含まれ、
に集い、ビーチを
それらはすべて州政府によって認められた。これに
楽しみながら海の
よってオーストラリアのライフセービング活動は当
知識や生態系を学
初の民間レベルから政府公認となり、
「沿岸域(ビー
び、またレース形
チ)における管理義務」体制が整い、ビーチにおけ
式の競技会(運動
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オーストラリアで小学生向けに用意
されているライフセービングの指導
書
会)などに参
容が包含されている。その自然体験的活動の中でも
加する。ジュ
「水辺活動(すいへんかつどう)
」に、ライフセービ
ニア教育の特
ング教育が展開なされた一例を紹介し、その理論と
徴は、限りな
実践を述べることにする。
く自然と親し
むなかで、危
まずは「ライフセービング教育=生命教育」とい
険な生物や潮
う観点より考察する。義務教育課程のなかで水辺活
の流れなどを
動の前提は安全であるは自明である。自然のなかで
体感し、結果
実施される水辺活動ではある種の危険が常に存在す
として危険回
る。ゆえに単に生命を水辺から遠ざけての安全では
避能力を向上
なく、むしろ水と親しむことの中からその危険性を
させることで
知り、危険から身を助ける危機回避能力を養う「安
ある。15 歳以
全の自律」でなければならない。ライフセービング
上になると協会公認資格(ブロンズメダリオン)取
教育は、
「楽しさ」や「冒険性」
、あるいは「意外性」
得が可能となり、更なる救助能力のスキルアップが
という非日常を体験し、それによって危険を正しく
なされていく。
理解し、自律的な安全のうえに成り立ってこそ意味
があると考えている。
一方、ライフセービング活動の視点より論述すれ
日本におけるライフセービング教育の理論と実践
「海は危ない、海に行ってはいけないよ。
」
ば、この活動の最悪の状況は「ひとの死」に接する
これは海岸近くに在住する、学校から帰ってきた
ことである。正確には死に至る生の終末に介在する
子どもの親の大半が言う言葉である。これが海で囲
ことにある。更にその反面の蘇生(社会復帰)の可
まれた島国・日本の現状である。オーストラリアや
能性にも介在することは何にも変えがたい感覚であ
ニュージーランドとの決定的な海洋文化の認識の違
る。それこそ「生へのあくなき挑戦」ともいえる限
いがここにある。本来であれば海岸近くに住むこと
りない使命感を有することになる。
は、むしろ日々のライフスタイルに海を介在できる
学校教育における今日までの「死」は、積極的に
特徴を有し、子どもらにとっては最高の遊び場でも
触れることは皆無に等しかった。しかし社会的変化
あるはずである。つまり遊ぶ前提に安全環境・教育
にともなう凶悪犯罪から自殺まで、死を「遠ざけて
が確立されていない日本での課題でもある。
の生」よりも、死を「見つめての生」を考えるのが
わが国の学習指導要領は約十年の間隔で改訂があ
ライフセービング教育の特徴である。その前提に死
り、新たな学習指導要領は「ゆとりの中で生きる力
は誰もが経験する宿命にあり、決して死が暗いこと
を育むこと」が大きなテーマとなったことは記憶に
や縁起でもないことではない。むしろ死を意識する
久しい。これは知識や技能を教師が一方的に教え込
時はじめて「生命は有限」を知る。
「たった一度きり
もうとする従来の学校教育を見直し、児童生徒が具
の生命をどう豊かに生きるか」を努める人生が生ま
体的な体験を通じて自ら意欲的に学んでいくことを
れる。つまりライフセービング教育は「Death
重視しようとするものである。この改訂を象徴して
Education」同様、
「単に死ぬることはどういうこと
いるのが「総合的な学習の時間」なるものである。
かでなく、
そこから生きることを真剣に考える教育、
従来の教育枠を超えたテーマを設定し、何よりも児
または生命を尊ぶこころを育む」死生観にある。
童生徒が具体的な体験学習を通じて、自ら学ぶ力や
その具体的な指導過程を「知っているーわかって
調べ方などを身につけていくことが「ねらい」とし
いるー理解しているー身についている」段階を重視
ている。このテーマ設定は各学校の創意工夫にまか
している。これは例えば義務教育で生命を尊重する
されているが、体育科目との関連から自然体験的活
心を育むことは、教師がそれを知的な概念として一
動が期待されているとしている。自然体験的活動と
斉に教え込むことよりも、子ども自身が自らの成長
は、
身体的活動ばかりでなく、
自然環境等の理解や、
に則して主体的に生命に対する考え方を育むように
各地域のさまざまな特徴を学習するなどの多くの内
援助することが大切である。つまり生命を尊重する
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心は資質として子どもの内面に潜んでいるものであ
わち、子どもの内面から出現する生命を尊重する心
り、それを心のなかで芽生えさせ、出現させ、大き
の資質を研いでいく教育こそ、人間社会の中心にお
く育んでいくことこそ、ライフセービング教育の特
かねばならない。この教育はどれだけ強化しても、
徴ではないかと考えている。
し過ぎることはない。
とくに義務教育の過程にこそ、
教育の核としての役割を自覚し、積極的にその力を
発揮しなくてはならない。今こそ、全教育活動のあ
まとめ
今日、子どもたちが生命を軽視する風潮に染まり
らゆる場面を通じて実践指導することが待たれてい
つつあるような現実をまえにして、学校、家庭、地
る。ライフセービング教育が、これら人間存在の尊
域が密接に連携し、人間の絶対の正義たる「生命の
厳性に関わる教育にどのような役割を果たせるか。
尊厳」を育てねばならない時代を迎えている。すな
それが生命の源・海洋教育の原点でありたい。
■学校教育に導入しているプログラム内容
オリエンテーション
プログラムの内容
ライフセービングについての概要説明
レスキュー・デモンストレーション
ビーチクリーン
ビーチクリーンの重要性
ビーチクリーンの実施
安全確保
バディ・システム
ヒューマンチェーン
サーフスキル
ウエーディング
ドルフィンスルー
ボディーサーフィン
ヘッドアップスイム
サーフフィットネス
ラン・スイム・ラン
ニッパーボード
サーフサバイバル
浮き身
エレメンタリーライフセービングバックストローク
カレントからの脱出法
救助法
リーチ
スロー
スイム
メインイベント
続泳
ビーチフラッグス
指導目標
ライフセービングとは水辺の救助活動であり、溺れる人を助けることも重要だが、それ
以上に一人一人が溺れないようにすることが大切であることを理解する。
レスキューチューブとレスキューボードを使用して、溺れている人を救助する方法と蘇生
法を見る。
地球環境汚染の一つとして海洋汚染があることを認識し、汚染の進行が最終的に人類
に降りかかる重要な問題であることを理解する。また、海岸のゴミは人体に危険である
場合も多いため、事故防止のためにもゴミを拾うことを知る。
実際にどんなゴミが落ちているのかを知る。またゴミ拾いの苦労を知り、ゴミを捨てては
いけないことを認識する。
海に入るときは一人では入らず、必ず誰かと一緒に入ることを守る。
握手ではなく、お互いの手首と手首をつなぐことによって、波の中でも確実に相手を確保
できるようになる。
砂浜の海岸の浅瀬を、膝を水面から上げて走る。両腕を大きく振ると足が高く上がる。
沖に向かって進むとき、波に対して海中を潜ることによって波をよける方法。しっかり海
底を蹴って、イルカのように水面上にジャンプする。
沖から岸に向かうとき、崩れる波に合わせて、自分の身体を一枚のサーフボードのよう
にして波に乗る方法。腕を伸ばして頭を下げ、しっかりバタ足をして勢いをつける。
顔を海面から上げて、目的地や周囲の状況を確認する方法。クロールでできるようにな
る。
砂浜を走って、そのまま海に入って泳ぎ、再び砂浜を走るトレーニング。正規の距離は
200m スイム+200m ラン+200m スイムだが、レベルに応じて挑戦する。
レスキューボードのジュニア版に乗って、バランス感覚をつかむ。慣れてきたら、パドリ
ングをしたり波に乗ってみる。
浮き具を持たず身体ひとつで浮く方法と、身近なものとしてペットボトルで浮く方法をそ
れぞれ体験する。
背浮きの状態から上を向いたまま、平泳ぎの要領でゆっくりと疲れないように泳ぐ。
リップカレント(離岸流)にはまったら、あせらずに一度沖に流され、流れのない安全な場
所から岸に戻る。
二重事故を防ぐために、まず身近にある長いモノで相手を確保する。
リーチで届かない場合、浮き具を投げて確保する。
浮き具を投げても届かない場合、最終手段で泳ぎ助けるが、必ずレスキューチューブな
どの救助機材を持っていく。
中級・上級は海の状態、参加者の泳力に合わせて、集団で 20 分程度の続泳を行い、全
員完泳を目指す。
初級は続泳の代わりに、ビーチフラッグスを行う。すばやく起き上がる、低い姿勢で走
る、ダイブしてチューブを取ることを練習し、安全に速く目的地まで走れるようになる。
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