地理的技能の基礎・基本③

地理学習 トラの巻⑥
地理的技能の基礎・基本③
-統計資料・主題図の読み取り-
元全国中学校社会科教育研究会会長 赤坂寅夫
度な読み取り作業となります。
その一 統計表の読み取り
統計表の読み取りは,そのデータの単位,3け
『中学校社会科地図』
(以下,地図帳)の巻末に
たごとの単位の切り替えという算数の基本を押さ
は,日本と世界のさまざまな統計が掲載されてい
えてから読み取らせる工夫と,1度だけでなく慣
ます。多くの数字が並んでいますが,この読み取
れるまで数回読み取りの練習を行う必要がありま
りは,生徒にとって意外と難しいのです。かつて,
す。実際,高校入試では乗除の計算をふまえた問
私が東京学芸大学附属中学校で教鞭をとっていた
題も出題されています。
頃,研究授業として,他教科の先生方に手伝ってい
ただき,社会科の資料の読み取りについて,正確
さと速さを測る授業を行いました。社会科の地理
的分野で資料として活用される文章,地図,写真,
グラフ,統計表について,生徒の読み取りの状況を
授業の展開の中で測ってみました。これらの中で
最も時間を要し,ミスも多かったのが統計表です。
ポイント①
統計表の数字の読み取りは,
単位に着目し正確に読み取ること
その二 グラフの読み取り
数字だけのデータの読み取りは難しく,また
例えば,下記の中国と日本についての人口と貿
データ同士の比較や変化を読み取ることはさらに
易額のデータを読み取ってみてください。生徒の
難しいことです。そこで比較や変化の読み取りを
中には,中国の人口を13万7495万人,輸出額を
しやすく加工したものがグラフといえます。おも
157万8193百万ドルと読み取る生徒が多いはずで
なグラフには,それぞれ次のような特徴がありま
す(正しくは13億7495万人,1兆5781億9300万ド
す。( )内は小学校での履修学年。
ル)
。表に示された単位の万人,百万ドルに着目
せず,そのままの数字を読み取る生徒も多いので
はないでしょうか。統計表は,社会科の授業で扱
う資料の中で生徒にとって最も具体的にイメージ
しづらいものであり,それだけ統計表の中の数字
の読み取りは難しいのです。さらにそのデータか
ら,中国の人口と貿易額は日本の何倍か?という
問いかけは,読み取りに乗除の計算も入るので高
○棒グラフ・・・データの大小や時間ごとの増減を比
較することに適している。
(3年生)
○折れ線グラフ・・・時間の経過によるデータの変化
を表すことに適している。
(4年生)
○円グラフ・・・全体の中での構成比を表すことに適
している。
(5年生)
○帯グラフ・・・構成比の時間による変化や他の構成
比との比較を表すことに適している。
(5年生)
『中学校社会科地図』p.146
「1世界の国別統計」
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《棒グラフ》
《折れ線グラフ》
《円グラフ》
《帯グラフ》
左から:『社会科 中学生の地理』p.214,213,210,212
これらグラフ類を読み取らせるには,それぞれ
のグラフの特徴を理解させたうえで
◇何を表したグラフであるか その事象の要因,他の事象との関連を考えること
に地理学習の意味があるのです。
《グラフの読み取りの事例》
例えば,
『社会科 中学生の地理』(以下,教科書)
◇縦軸,横軸は何を示し,その単位は何か
◇生産や貿易等,量(t)を示したものか,金
額(円,ドル)を示したものか
◇データの出典は何か
p.84「②世界のおもな農産物の輸出量にしめるア
メリカ合衆国とカナダの割合」のグラフを見ると,
世界で輸出されている小麦の約3分の1はアメリ
等の確認をしてから読み取る習慣を身につけさせ
カ合衆国(以下,アメリカ)とカナダの2国で生
たいですね。とくに1学年当初の学習においては,
産されていることが読み取れます。 続いて日本とアメリカの関係について見てみま
小学校段階での学習状況を把握したうえで前述の
読み取りの仕方をていねいに行う必要があります。
しょう。
「③アメリカ合衆国とカナダの農産物の生
数学の先生と協力して,グラフの読み取りについ
産量にしめる輸出量の割合」のグラフから,アメリ
ての実態調査をしてみることも必要かと考えます。
カで生産される小麦のうち約半分が輸出されてい
私たち社会科の教員は安易にグラフの読み取りをさ
ることが読み取れます。一方,p.85「⑦日本のおも
せがちですが,生徒にとっては意外と高度な算数・
な農産物の輸入先」のグラフからわが国が輸入する
数学的作業であることに留意することが大切です。
小麦の約6割がアメリカ産であることがわかりま
また,社会科の学習では,単なる読み取りに終
す。ここで③⑦それぞれから実数を計算してみる
わらず,そのデータが示しているデータの大小,
と,アメリカが輸出する小麦の約10%が日本向け
データの変化の背景,要因を探ることが本来の学
であることが導き出せます。双方にとってお互い
習です。データやデータの変化は一つの事象であ
が重要な貿易相手国であると予想できるでしょう。
これらのことから,教科書p.85の本文7行目「ア
り,そのデータの裏には人の営みが隠れています。
左・中央:『社会科 中学生の地理』p.84
右:同p.85
-7-
メリカ合衆国における農産物の不作や値上がりは,
気温や降水量など同じ数値の地域を結んで線で示
日本のように農産物を輸入している国々に,たい
した地図(等値線図),数値の大小を図形の大小で
へん大きな影響を与えます」を実感することもで
示した地図(図形表現図),数値の大小を一定の区
きます。
分を設けて色分けしている地図(階級区分図)な
ど,さまざまな表現の仕方による地図があります。
ポイント②
したがってグラフの読み取りと同様に,主題図の
グラフの読み取りは事実・事象を
読み取り,その背景・要因・関連を
考えさせる
読み取りのための手だてを与えることが必要です。
◇何を主題(テーマ)とした地図か
◇点や線,図形はそれぞれ何を示したものか
◇点や線,図形の大きさ,階級区分は,それぞ
その三 主題図の読み取り
れどの数値を示したものか
○主題図とは
◇その数値の単位は何か
教科書や地図帳にはさまざまな種類の地図が
◇地図の中の記号,絵(イラスト)は何を示し
載っています。山地・山脈,平野,河川など地形
たものか
のようすや都市の位置,道路・鉄道等の交通網な
◇出典は何か
どを示した地図を一般図といいます。これに対し
主題図の読み取りの視点として,やはりグラフ
て,特定の主題(テーマ)に関する詳しい情報を
の読み取りと同様に,以下の手順が必要です。
編集して表現した地図を主題図とよんでいます。
○主題図の示している事実・事象を読み取る。
人口分布図,土地利用図,気候区分図,農業生産
→・‌集中しているのはどこか,まばらな地域はど
や工業生産の地域や生産量を示した図などが代表
こか。
・どの国・地域が生産が多いのか
的な主題図です。
主題図には教科書p.43に示されているように,
・‌〜 が 生 産 さ れ て い る の は ど の 国・ 地 域 か
点で人や物の分布を示した地図(ドットマップ)
,
(主題図によっては国・地域名等が示されて
いないものがあるので,どこかを確認するこ
とも大切です)
○主題図の示している事実・事象の背景・要因を
探る。他の事象との関連を探る。
→・‌なぜ,この地域に人口・産業が集中している
のか
・事象と自然条件,交通網との関連は
・事象と他の事象との関連は
・事象と他の統計・グラフとの関連は
‌例:地図帳p.33「②南アジアの工業」で,自
動車工場の分布と「インドの自動車(乗用車)
の生産」のグラフとの関連から日系の自動車
工場の役割を考察する,など。
ポイント③
主題図の読み取りは,グラフの読み取りと
同様,事実・事象を読み取り,
その背景・要因・関連を考えさせること
《主題図の読み取りの事例》
例えば,教科書p.53「⑥東アジアや東南アジア
『社会科 中学生の地理』p.43
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左:『社会科 中学生の地理』p.53,右:
『中学校社会科地図』p.34
の国や地域から日本への輸出品」の主題図で1980
年と2011年のそれぞれの図を読み取ります。それ
ぞれの年においてどの国からどのような物が輸出
されているかに着目すると,1980年から2011年に
3学期号掲載のトラの巻③「ポイント⑥ スパイ
かけて多くの国で農林水産物や鉱産資源から機械
ラルな指導と評価」で示したように,グラフや主
類へと輸出品が変化していることが読み取れます。
題図の読み取りについても,2年間の地理的分野
また輸出品の内容のみではなく,それぞれの国か
の学習の中で発達段階を考慮し,意図的・計画的
らの日本の輸入額の変化に着目すると,1980年か
にグラフや主題図の読み取りの活動を組み入れ,
ら2011年にかけてベトナムが90倍,中国が約15倍,
地理的技能を高めてほしいと思います。
台湾が約4倍,タイが約7倍へと増加しているこ
ポイント④
とが読み取れます。このことから近年の日本と東
グラフと主題図の読み取りの活動を
意図的・計画的に組み入れること
アジア・東南アジアの国々との強い結びつきが考
えられます。
さらにその変化の背景・要因を教科書p.53の本
その四 グラフ・主題図の作成
文9行目から読み取ることができますが,地図帳
p.34の主題図「④東南アジアの工業」から,おもな
先に示したようにグラフ・主題図の読み取りの
工業の分布と日本からの進出企業の内訳を読み取
活動は,2年間の地理学習の中で意図的・計画的
ることにより,その変化の背景・要因を具体的に
に毎時間行うべき活動です。地理的技能としては,
考え,日本と東アジア・東南アジアの国々との結
読み取りだけではなくグラフや主題図を作成し,
びつきについてより深く理解することができます。
それを活用して説明・論述・発表することも必要
主題図はグラフよりさらに読み取りが難しく,
な活動です。ただ,簡易なグラフや主題図ならた
よりていねいな読み取りの手だてが必要です。い
びたび行うことは可能ですが,初見の統計資料か
ろいろな要素が入った複雑な主題図については,
らグラフにする活動や主題図を作成する活動は時
読み取りや手だての例として,
『中学校 社会科のし
数的に難しいことです。しかし,やはりこれは地
おり』
(2008年9月号p.26~28)に載っている「主
理的表現力の育成に必要な活動です。教科書p.42
題図『世界から集まる日本の食料』で伝える地図
~43の「グラフ・主題図の読み取り方・つくり方」
*
の魅力と威力」
でていねいな手だてが示されてお
を参考に,単元のまとめとして地域の地理的特色
り,たいへん参考になります。お目通しください。
を表現する活動として,あるいは身近な地域の調
以上のように,グラフや主題図の読み取りは,
査のまとめのレポート作成や発表の活動として,
地図の読み取りとともに地理学習においては重要
グラフや主題図を作成する活動を組み入れること
な学習活動であり,地理的見方・考え方の育成と
が重要です。
ともに思考力・判断力・表現力の育成に必須の学
習活動です。『中学校 社会科のしおり』2013年度
* 帝国書院ホームページ『中学校 社会科のしおり』バックナンバー一覧 2008
年9月号(http://www.teikokushoin.co.jp/journals/bookmarker/index_200809.
html)からご覧いただけます。
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