地表大気の微小熱ゆらぎ ――強度の頻度分布と長期・広域変動――

地表大気の微小熱ゆらぎ
――強度の頻度分布と長期・広域変動――
橋本哲(東京学芸大学)
複雑系科学の最も身近で重要な系の一つは地
さく、0を中心に激しくゆらぐ。このゆらぎは気
表大気であろう。地表大気は長期にわたって観測
温変化に起因しているのは明らかであり、微小な
され、温度をはじめ、気圧、湿度、風速など様々
熱ゆらぎと言える。この熱ゆらぎを一つの領域で
な気象要素の観測結果が公開されており、研究の
30本求め、それらをスタッキングして統計的に
歴史も長い。しかし各種の観測結果に含まれるゆ
有意な各領域における微小熱ゆらぎとみなした。
らぎはまだまだ未知の分野であり、それらの研究
更に、これらのゆらぎを二乗して強度を求め、そ
はこの分野を大きく進展させる可能性がある。こ
れらを適当な区間に分割して各領域でヒストグ
こで注目したのは地表気温である。地表気温は太
ラムをとり頻度分布をみると、強度が大きなもの
陽活動にほぼ支配され、顕著な日周期、季節依存、
は少なく、強度の小さなものは桁違いに多いこと
年周期などを示す。これらによる大きな温度変化
がわかった。頻度を対数軸にすると、直線にのっ
を除外した残差は微小な熱ゆらぎのはずであり、
た(べき乗則)。月単位の強度を累積すると直線
このゆらぎの中に複雑系特有の興味ある、統計的
で近似され、それからの残差を異常であるとみな
に有意な時間・空間変動が現れるものと期待され
した。しかしこの残差は直線からのある幅の中に
る。
限られ直線から大きく離れることはない(ロバス
1994年からおよそ20年間の気象庁アメ
ト性)。直線からの残差のみを取り出して35本
ダスの気温データを用いて熱ゆらぎを解析する。
のすべてのそれらを加算すると、2011年の東
県程度の領域を単位にして日本全体を35ヶ所
北地震の発生に向けて数年前から減少をはじめ、
に区分けした。その中にはおよそ20カ所の観測
地震発生の直前に20年間で最も小さな値をと
点が含まれる。近接する2つの観測点(対)で夜
った。領域としては北海道と東北で顕著であった。
間の相関係数を求める。一つの観測点を中心に周
このような一致が生じるという偶然の確率はゼ
りの観測点との対は1点から数点まで取りネッ
ロではないが、この間に発生した他の大地震の場
トワークを構成した。長期にわたるこの時系列を
合も含めて検討すると、地震発生の準備過程に付
見ると全期間で1に近い値をとるが、1ケ月あた
随して微小熱ゆらぎの異常が発生している可能
りゼロ日から多い時には10日以上、相関の良く
性が高い。しかし、この極小の時期は太陽活動の
ない(相関係数 - 0.3 以下)日があった。相関が
11年周期の極小期ともほぼ一致しているので
全体的に良好なのは、二つの観測点が同じ大気の
地震のみを考慮してすむわけではない。
流れの中にあるためと理解される。従って相関が
発生頻度のべき乗則は、地震学ではよく知られ
良くないのは、気温変動として通常とは異なる何
た統計法則であり、太陽のフレア、月のクレータ
らかの現象があるためと予想した。そこで1ヶ月
ーなど多くの分野で明らかになっている。今回の
当たりの相関の良くない日数を数え、それを時系
地表大気における同様な統計法則の発見は大気
列として解析の出発点とした。一つの地域につい
が地殻と接しているという事実から地震の発生
て 1 年間で12個のデータ、20年間で約200
準備過程に何らかの観測可能な熱的現象が関わ
数十個の時系列データが得られる。
っていることが示唆される。このことにより異な
この時系列は年周期を持つ。これは適当な平均
操作によって見積もり、除去する。その残差は小
った系の間でのべき乗則間の関係という興味あ
る課題に直面したことになる。