07P152_今村 陽子

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ
論文題目
ビオフェルミン R ○R 散中に存在する
耐性乳酸菌培養法の検討
Investigation for the method of isolation and cultivation of
antibiotic-resistant bacteria in BIOFERMIN-R ○R POWDER.
微生物学研究室 6 年
07P152
今村 陽子
(指導教員:福原 正博)
要 旨
抗菌剤投与による腸内細菌叢の乱れを正常化する目的で耐性乳酸菌含有の整腸剤が
使用されている。そこで、抗菌剤が整腸剤中の菌に対して影響を起こすかを調査するため
に、耐性乳酸菌含有製剤であるビオフェルミン R ○R 散中の耐性乳酸菌 Enterococcus
(Streptococcus) faecalis の培養条件を検討した。
簡易懸濁法に基づいてビオフェルミン R を懸濁し耐性乳酸菌の分離培養を行った。簡易
懸濁法は 55℃の湯に薬剤を懸濁する方法であるが、この温度では耐性乳酸菌の分離培養
ができなかった。ビオフェルミン R○R 散に含まれるバレイショデンプンは 55℃付近で糊化し、
耐性乳酸菌の分離培養に影響すると考えられた。そこで、バレイショデンプンが糊化しない
温度から、順次温度を下げて耐性乳酸菌が培養できるかを確認した。その結果、50℃以下
の水温でコロニー形成を認めた。このことより、簡易懸濁法で抗菌剤とビオフェルミン R○R 散
を使用する場合、抗菌剤が溶けバレイショデンプンが糊化しない温度で行わなければならな
い。このように添加物の影響も考え、投与方法を検討する必要があると考えられる。
キーワード
1.ビオフェルミン R○R 散
2.耐性乳酸菌
3.Enterococcus faecalis
4.バレイショデンプン
5.簡易懸濁法
6.糊化温度
目 次
1.はじめに
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1
2.材料と方法
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1
3.結果および考察
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2
4.おわりに
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3
引用文献
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1.はじめに
感染症の治療には抗菌剤が広く使用される。抗菌剤の副作用として腸内細菌叢が乱れ
ることによる腹痛や下痢、重篤な場合には偽膜性大腸炎や出血性大腸炎を引き起こすこ
とがある 1)。この抗菌剤投与による腸内細菌叢の乱れを正常化する目的で耐性乳酸菌含
有の整腸剤が併用されている。
嚥下困難な患者に対し経管栄養投与が行われるが、脱カプセルし中身を水に溶解して
から投与する方法よりも簡便で薬を取り違えない投与方法として簡易懸濁法が用いられ
ている病院施設がある 2)。その方法は 55℃の温湯に散剤やカプセル、錠剤を入れ、混合
し 10 分間放置してから懸濁液を投与する方法であるが、実際、混合した 10 分後に投与
されない場合も多く、2~3 時間放置されることもあるという。このような状況で抗菌剤と整
腸剤とが長時間混在していた場合、抗菌剤は整腸剤中の菌に対して影響するのかどうか
はわからない。これを調査するにあたり、耐性乳酸菌含有製剤に存在する菌の培養が必
要である。そこで本研究では、耐性乳酸菌含有製剤であるビオフェルミン RⓇ散中の耐性
乳酸菌 Enterococcus (Streptococcus) faecalis の培養条件を検討した。
2.材料と方法
2-1.使用整腸剤と培地
整腸剤はビオフェルミン RⓇ散[ビオフェルミン製薬(株)]を使用した。本剤
1g 中に耐性乳酸菌(Enterococcus faecalis)6.0mg を含有し、生菌数として 1×106
~1×109 個含有する 3)。
培地は増菌培地として普通寒天培地[栄研化学(株)]、分離選択培地として EF
寒天培地「ニッスイ」
[日水製薬(株)]および EnterococcoselTM Agar[以下 Entero
寒天培地:ベクトンディッキンソン]を使用した。
2-2.整腸剤中の菌の培養
簡易懸濁法に従い
2)、ビオフェルミン
RⓇ散 1g を滅菌温水に懸濁した。まず、
50mL の滅菌遠心管[CORNING 社]に滅菌水を 20mL 入れ、温浴で 70℃に達す
るまで温めた後、温浴から遠心管を取り出し 1 分間放置した。このときの湯温は約
55℃となっている。次にビオフェルミン RⓇ散 1g を直ちに添加して良く混和した
1
後、10 分間放置した。この薬剤懸濁液 1mL を採取し、15,000rpm で 1 分間遠心
し、沈殿に滅菌水 1mL を加えて再懸濁した後、同条件で遠心して沈殿を洗浄した。
これを滅菌水で適宜(102〜104)希釈し接種液 100μL を普通寒天培地または 2 種
の分離選択培地(EF 寒天培地、Entero 寒天培地)に接種した。
培養条件として好気的条件下で 30℃と 37℃、若しくはアネロパックⓇ・ケンキ[三
菱ガス化学(株)]を入れた嫌気ジャーを用い嫌気的条件下で 30℃と 37℃で 3~4 日
培養した。
3.結果および考察
ビオフェルミン RⓇの温水における懸濁条件と菌の培養条件の検討
ビオフェルミン RⓇ散 1g 中に E. faecalis を 6.0mg 含有し、その生菌数は 1×106~1
×109 個である
3)。そのため、培地上で確認できるコロニー数として数百個と考え、培地
への接種液は 104 倍に希釈したものにした。
E. faecalis は通性嫌気性菌で 30℃〜37℃で良好な増殖を示すことから、まず始めに
接種液を普通寒天培地と EF 寒天培地に接種し、好気的条件と嫌気的条件下で培養温
度をそれぞれ 30℃と 37℃で行った。その結果、それぞれの条件で E. faecalis のコロニ
ー形成は認められなかった。増菌培地である普通寒天培地に生育しないことから、接種
菌数が少なかったためと考え、より濃度の濃い接種液(102 倍希釈液)を上述の培地に接
種した。その結果、102 倍希釈したものは、粉末が認められるほどであるにもかかわらず、
どの培養条件でもコロニーの形成は見られなかった。特に、増菌培地である普通寒天培
地にも増殖しないことから、接種するビオフェルミン RⓇ接種液に問題があると考えた。方
法の項で示した湯温の条件、すなわち約 55℃の条件でビオフェルミン RⓇを懸濁すると、
粘性があるのが観察された。この粘性を帯びた部分に菌が捕捉され、菌が培地まで届い
ていないと考えられた。ビオフェルミン RⓇ散の添加物にはバレイショデンプン、ブドウ糖、
乳糖水和物、沈降炭酸カルシウム白糖、デキストリンがある。他の整腸剤の添加物と比較
したところ、バレイショデンプンが異なっていた。このことから、粘性を示した原因は添加物
のデンプンによる糊化現象と考えられた。バレイショデンプンの糊化温度は他のデンプン
よりも低く 55℃付近であることから
4)、実験で設定した湯温では糊化している可能性があ
ることが示唆された。そのことを確かめるため、約 55℃の温湯と室温の水(22℃)で接種
液の希釈を 104 倍として同様の実験を行った。
2
その結果、22℃の水では糊化が起こることなく、培養温度が 30℃や 37℃のどち
らでも普通寒天培地にコロニーが形成され、接種液が糊化しないことが菌を培養で
きる条件の一つであることが示唆された。しかし、分離選択培地である EF 寒天培
地にはコロニーの形成が認められなかった(表 1)。
EF 寒天培地は E. faecalis を特異的に分離するための培地であるが、何が原因で
増殖しないのかが分からなかった。そこで、その他の E. faecalis を分離できる培
地として Entero 寒天培地を用い、実験を行った。培養温度は普通寒天培地の場合、
30℃でも 37℃でもコロニーの数に変化はないため、37℃で行った。また、実際の
現場では水では抗菌剤が溶けにくい可能性があり、また簡易懸濁法と方法を変える
のは過誤の原因になると思われる。そこで懸濁温度をできるだけ近づけることを目
的として、懸濁温度を 50℃、45℃、40℃、室温の水で実験を行った。温度設定は
遠心管を 70℃の温浴から出し 1 分放置した後、1 分 10 秒震盪して 50℃、1 分 50
秒震盪して 45℃、3 分 20 秒震盪して 40℃とした。それぞれの時間の後、直ちに
ビオフェルミン RⓇ散を添加して実験を行った。
その結果、水温が 50℃以下であればビオフェルミン RⓇ中の E. faecalis が生育するこ
とが判明した(表 2)。
表 1 ビオフェルミン RⓇ散懸濁温度の違いによる E. faecalis のコロニー数*
水温 55℃
22℃(室温)
普通寒天培地 EF 寒天培地 普通寒天培地 EF 寒天培地 培養温度 嫌気条件 好気条件 30℃
- - 190±2.8
- 37℃
- - 173±1.7
- 30℃
- - 193±13.1
- 37℃
- - 176±3.2
- −:コロニー形成なし *:シャーレ 1 枚当たりのコロニー数
表 2 ビオフェルミン RⓇ散懸濁温度の 50℃以下の違いによる E. faecalis のコロニー数*
水温 普通寒天培地 Entero 寒天培地 50℃ 242±48.4 10±0.5 45℃ 510±207.1 22±1.8 40℃ 297±17.7 26±5.7 22℃(水) 228±44.5 53±17.7 *:シャーレ 1 枚当たりのコロニー数
3
また、Entero 寒天培地でも E. faecalis の増殖が認められたが、普通寒天培地に認め
られるコロニー数の 1/10 であった。Entero 寒天培地の場合、50℃ではコロニー数が少
ないが、水温が 45℃、40℃の場合は 50℃の場合のそれの 2 倍となった。以上のことから、
簡易懸濁法の手技をほとんど変えずに行える 45℃の条件で実験を進めると良いことが確
認できた。また、ここで得られたコロニー数は絶対数ではないが、抗菌剤との接触による
菌数変化の傾向は測定可能であると考えられる。
4.おわりに
本研究から、簡易懸濁法における 55℃という条件では、ビオフェルミン R○R 散に含まれ
る E. faecalis の培養が不可能であることが分かった。その原因がビオフェルミン R○R 散の
添加物であるバレイショデンプンであることが分かった。従って、抗菌剤と併用したときの
菌の安定性を調べるためには、簡易懸濁法を使用したときの温度でバレイショデンプン
の糊化が起こらないことが条件となる。しかし、温度を下げすぎると抗菌剤が溶けにくくな
ることも考えられるので、温度管理を徹底して抗菌剤のビオフェルミン R○散中の菌に対
R
する影響を調査することを勧めたい。また、このような簡易懸濁法を使用しているケースで
も実際にはどちらかの薬剤の薬効が低下することがあると考えられる。薬剤を投与しても
思うような薬効が得られない場合は、添加物の影響を考えることも必要であり、添加物に
よっては懸濁温度の条件を変えるなどの検討が必要と考える。
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引 用 文 献
1. Kanoko Egashira, Takashi Kitahara, Kaoru Kashiwagi, Norihide Higuchi,
Mikiro Nakashima, Nobuhiro Ichikawa, and Hitoshi Sasaki, Investigation
for Proper Use of Probiotics in Nagasaki University Hospital of Medicine
and Dentistry, YAKUGAKU ZASSHI, 126, 1155-1161 (2006).
2. 倉田なおみ, 経管栄養での薬剤投与法(簡易懸濁法), Nutrition Support Journal,
7, 13-15 (2006).
3. ビオフェルミン製薬株式会社, 医薬品インタビューフォーム ビオフェルミン R○R 散
(改定第 6 版), (2009).
4. 渋川祥子, 食品加熱の科学, 渋川祥子, 株式会社朝倉書店, pp.74-82, (1996)
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