エネルギーミックスと今後のエネルギー政策のあり方

(草稿)
「エネルギーミックスと今後のエネルギー政策のあり方」
東京大学大学院経済学研究科 教授
大橋 弘
【月刊 経団連 2015 年 5 月号 掲載】
日 本 の エ ネ ル ギ ー 政 策 の 方 針 は 、 安 定 供 給 (Energy security) 、 経 済 性 (Economic
efficiency)、環境適合性(Environment)の「3E」に加えて、安全性(Safety)が追加されて
「S+3E」とされている。これら 4 つの方針はどれもおろそかにできず、整合的に進め
られるべきものである。エネルギー政策には、国際的な視点も含めさまざまな角度からの
検討が必要とされるが、早急な対応が求められるのは雇用・経済の視点である。
電力システム改革が進展し、電力の自由化が行われるなかで、望ましいエネルギーミッ
クスのあるべき姿は国が示すのではなく、市場の選択に委ねるべきとの指摘がなされた。
しかし震災後のエネルギー政策の転換のなかで、エネルギー需給に見通しが立たないまま
にさまざまな政策が並行して進められたことで、エネルギー政策の優先順位が崩れ、エネ
ルギーを取り巻く事業環境の不確実性が増したことは否めない。最終的に達成される電源
構成は市場メカニズムの結果であるとしても、電源間の公平な事業環境を整備することが
大前提である。そうした環境整備に向けて長期エネルギー需給見通しが示されることを歓
迎したい。
経済的に最適なエネルギーミックス
これまでの電気事業制度は、戦後発足した 9 電力体制を軸として、全国をエリアごとに
需要と供給のバランスを取ることを前提としてきた。一方で、再エネ大量導入や小売全面
自由化など今後の環境変化を踏まえると、電力市場の活用や需給運用の広域化によって、
全国大のエネルギーミックスを最適化する視点が、国民負担を最小化するために必要であ
る。
東京大学大橋弘研究室では、9 電力エリアを繋ぐ電力系統モデルを作成し、発電・連系線
が経済運用される仮定のもとで、経済的に最適な電源別発電構成を数値解析にて導出した。
一般・卸電力事業者が開示する供給計画等に基づいて、2023 年断面での 8 つのシナリオに
ついて検討を行った。各シナリオの説明とシミュレーションの結果から得られた電源構成
は表 1 の通りである。データなどの詳細は齋藤・大橋(2015)に譲るが、再エネの普及や
原子力稼働で単価の高い火力が影響を受けることが見て取れる。発電費用やCO2の違い
も顕著である。例えば 40 年廃炉での原子力再稼働を仮定した場合、再稼働がない場合と比
べると年間の発電費用(燃料費・年間固定費・賦課金を含む)は少なくとも 1.8 兆円程度の
減少、CO2減少量は約 8,200 万トンになり、後者の数字は、わが国の排出総量(2014 年)
の約6%に相当する。なお、ここでは 2015 年度以降に再エネは新規導入されないとしてい
る一方で、原子力における政策経費や追加的安全対策費用などは含まれていないなど、一
定の仮定が置かれていることに注意が必要である。
調整力としての火力発電の維持が必要
時期によってはエリアでの需給バランスは深刻になる。九州エリアでの軽負荷期におけ
る晴天日の状況を示したのが、表 2 である。石油・LNG(液化天然ガス)火力を停止し、
石炭火力を最低出力に落としている。連系線を最大限使って電力を中国地方に流しても再
エネによる発電を吸収できないことから、最大で約4割の出力抑制を事業用太陽光発電に
課している。
自然変動性の再エネに対しては、調整力としての火力発電を維持する必要がある。再エ
ネの普及によってその採算性が悪化する場合には、少なくとも固定費を回収できるスキー
ムが必要である。また連系線を経済運用できると仮定したが、現実には既存事業者に優先
的に容量が押さえられており、再エネ出力抑制は表2よりも増えることは必至である。再
エネの普及と電力システム改革との折り合いをつけるために、中長期的な供給力確保の仕
組み(例えば容量メカニズム)や送電権の創設など検討すべき課題は多い。
表1 シナリオ別の電源別発電量構成(2023 年断面)
出典:齋藤・大橋(2015)
表2 九州エリアにおける電力需給
(23年5月5日を例にシナリオ7にて試算)
出典:齋藤・大橋(2015)