3 ネットワーク医学からみたホルモン

第11章 統一理論の構築に向けて
●
RANKL → NFATc1 →破骨細胞増
●
PTH の作用の一部は T 細胞を介する.
- 骨芽細胞が合成する osteopontin ……骨基質糖タンパクであるが,
マクロファージからも分泌され,炎症を惹起するほか,インスリ
ン抵抗性,動脈硬化にも関与する.
●
内分泌器官としての皮膚(memo 5)
- 皮膚は血圧の維持に重要という説も提唱されている.
(→「VEGF」
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p.569参照)
- 皮膚の keratinocyteからの chemokineが脂肪の炎症を起こすという
説も提唱されている.
- chalone ……表皮の細胞増殖抑制因子.
●「免疫系細胞―マクロファージ―脂肪細胞のネットワーク」が脂肪
細胞の炎症に重要.(→「脂肪細胞における炎症」の項 p.387参照)
3
●
ネットワーク医学からみたホルモン
このあらゆる臓器間の連関という領域は,Starling のホルモンの定
義(→「ホルモンの定義の変遷」p.5 参照)が拡大された典型的な例で
ある点,作用が多岐にわたるというホルモンの本質的な特徴が現れ
ている点という 2 つの意味において,内分泌代謝学のフロンティア
領域でもある.
●
さらに多くの臓器がホルモンを分泌し,多臓器関の連関に関与して
いる(図 11-13).図はこれでもまだ簡略化したものである.単に
ある臓器からホルモンが分泌された他の臓器に働く関係のみを示し
たものであり,実際にはこれに,各ホルモン系の相互作用,フィー
ドバック,冗長性(redundancy),cross-talk が加わって,非常に複
雑なネットワークを形成する.この複雑性がネットワークを安定化
しているのである.
●
糖尿病やメタボリックシンドロームもこの臓器間のネットワークの
異常,とくに弱いところの障害という面から捉えうる.(→第 10 章
「糖尿病をめぐる最近の話題」の項 p.465参照)
●
全臓器の連関は,情報伝達物質としてのホルモンを介して形成され
ている.
●
このシステム全体を理解するには SNP のような線型論的手法では
… memorandum 5 …………………………………………………………………………
Dermato-Endocrinology皮膚-内分泌学という雑誌も発刊された.
524
1.ネットワーク内分泌代謝学
ADH
Vagus N
胃
TRH
CRH
GnRH
視床下部
ghrelin
下垂体
後葉
乳腺
SRIF
OT
GHRH
leptin
GLP-1
BDNF
副腎
髄質
adiponectin
IGF 1
副腎
皮質
LH
FSH
activin
inhibin
腸管
副甲状腺
PTH
GLP-1
GIP
5-HT
AGF
SNS
adiponectin
A II
renin
25
(OH)2D3
ADH
PTH
OT
皮膚
insulin
adiponectin
1,25(OH)2D3
GLP-1,GIP
osteocalcin
EPO
筋肉
Follistatin-1,IL-6
insulin
insulin
insulin
VD
glucagon
血管平滑筋細胞
1,2 (OH)
OH 2D3
1,25
膵臓
BNP,CNP
ANP
腎臓
子宮
Nampt
leptin
血管内皮細胞
血管
β2
骨
脂肪
A II
T
E2
性腺
aldosterone
MSH
insulin
ADH
aldosterone
androgen,estrogen
osteocalcin
Bile acids
GC
ACTH
GH
TSH,FSH
adrenaline
noradrenaline
glucagon
T4,T3
甲状腺
calcitonin
下垂体
前葉
dopamine
adiponectin
肝臓
TSH
PRL
心臓
renalase
relaxins
NO,CNP,PGI2
AM/ET-1,AII,TXA2
図 11-13 あらゆる器官のホルモンを介する連関マップ
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学
不可能である.1 つの手法は「複雑系(comlex system)」として生
命を把握する方法(サンタフェ研究所),もう 1 つはコンピュータ
研究者らが提唱する「システム生物学(systems biology)」である.
●
さらに,「ネットワーク医学」の概念も内分泌代謝学に導入しなけ
ればいけない.代謝ネットワーク・疾患ネットワーク・社会ネット
ワークなど広い連関を指す.(→肥満および脂肪をめぐる新しい展開
「肥満は社会的に「伝染」する」p.460 参照).ネットワークで捕らえた
疾患群を“Diseasome”と呼ぶ.(図 11-14)
●
糖・脂質・アミノ酸の代謝経路マップ(図 11-15).これは代謝
(memo 6)
ネットワーク(後述)の一部にすぎない.
●
ネットワーク理論あるいはシステム生物学(systems biology)の基
本的概念→「ネットワーク医学」
1980 年 代 か ら 90 年 代 に か け て , サ ン タ フ ェ 研 究 所 の Stuart
Kauffmann らを中心に複雑系,カオス理論が一世を風靡した.(実
… memorandum 6 …………………………………………………………………………
代謝の研究は,19世紀にフランスのワイン製造会社が,酵母細胞がブドウ糖をアルコー
ルと二酸化炭素に変えるプロセスをコントロールする必要に迫られて始まった.酵素
(enzyme)は「酵母の中に」という意味である.
525
第11章 統一理論の構築に向けて
システム生物学→ネットワーク医学
社会レベルでのネットワーク
疾患レベルでのネットワーク
Diseasome
糖尿病
高血圧
CKD
脂質異常
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転写因子レベル
個人レベルでのネットワーク
心疾患
器官レベル
細胞レベル
進化医学=Darwin医学
時間
図 11-14 システム生物学→ネットワーク医学
際には 19 世紀に既にポアンカレがカオスの概念を発見していたが,
当時はqualitative theory of differential quations微分方程式の質的理論
と呼んでいた).その後,Dunkan Watts,Steven Strogatz,Arthur T
Wintfree,Alberto Lazlo Barabsi,蔵本由紀らによるネットワーク理
論あるいは非線型科学が台頭してきた.それらの理論を生物学ある
いは医学に応用しようとしているのがシステム生物学(systems
biology)であり,ネットワーク医学である.ちなみにシステム生
物学のシステム(systems)は複数形であることは象徴的である.
(memo 7 )
●
クラスター化……時間的・空間的に一緒に活性化される群が出現す
ること.組織特異的 mRNA 発現プロファイリングはこの例である.
●
小さな世界(small-world network)……クラスターが豊富に存在し
(memo 8 )
少数のステップでどれともつながる小さいネットワーク.
… memorandum 7, 8 ………………………………………………………………………
7.映画化もされた M.クライトン(ハーバード大学医学部卒)の SF 小説「The Lost
World」は同じく医師であるコナン・ドイルの小説を,クローン技術とともにカオス
理論を組み入れてリメイクしたものである.登場人物の台詞として「中間相において
は,システムの迅速に発達する複雑性が,切迫したカオスの危険を隠してしまう.し
かしリスクは存在するのだ」という複雑系の本質をついた言葉がある.
8.
「小さな世界ネットワーク」で比較的広く知られている事実は「世界の誰とでも6人
でつながる」という「六次のへだたり(six degrees of separation)
」である.
526
glutamate
GDH
X
Electron transport
system
acyl-CoA
(TCA cycle)
(citric acid cycle)
(complex)
long-chain fatty acid acyl-CoA
ミトコンドリア
図 11-15 糖・脂質・アミノ酸代謝の関係
CO2
Isocitric acid
β-oxidation
DAG
Triglycerides
CPT I(carnitine palmitoyltransferase)
+Glycerol
FAS: fatty acid synthase
glucose-fatty acid cycle
(Randle cycle)
6-Phosphogluconolactate
UDP-Glucose
UDP-Galactose
Malonyl-CoA
Citric acid
Krebs cycle
α-ketoglutaric
acid
Succinic acid
Fumaric acid
PEPCK
acyl-CoA synthetase
ACC: acetyl-CoA
carboxylase
Oxaloacetic acid
Acetyl-CoA
Pyruvate
Oxaloacetate
Fatty acid
Glyceraldehyde-3-P
PEP: phosphoenolpyruvate
Oxidative
phosphorylation CO2
ATP+H2O
Uncoupling protein
Cholesterol
Alanine
Acetoacetyl-CoA
3-HMG-CoA
HMGCoA reductase
Ketone bodies
urea
Fructose-1,6-P
Glyceraldehyde-3-P
Fructose-6-P
Glucose-1-P
Glycogenolysis
Pentose phosphate pathway
Glycogen
(glucokinase=hexokinaseIV)
Fructose-6-P
L-malic acid
Lactate
Amino acids
glucose-alanine cycle
Cori
Fructose
Sorbitol
hexokinase
Glucose
aldose reductase
hexosamine pathway Glucose-6-P
Oligosaccharides
Gluconeogenesis
Starch
α-glucosidases
NADPH
Glucose-6-phoohate dehydrogenase(G6PD)
1.ネットワーク内分泌代謝学
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第11章 統一理論の構築に向けて
ランダムネットワーク
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スケールフリーネットワーク
ハブ
図 11-16 ネットワークモデル
●
自己組織化(self-organization)……システム中のより低いレベルの
構成要素間の数々の相互作用のみから,システム全体レベルのパ
ターンが出現する過程.
●
創発(emergence)……相互作用から新しい性質が発現すること.
●
システムは negative feedback により安定する.
●
相転移(phase transition)……物質の性質が突然変化すること.
(memo 9)
- 一次相転移……物理量が不連続に変化する.
- 二次相転移……転移点自体ははっきりしているが,物理量の飛躍
はない.
●
非平衡開放系……外部世界に開かれており,かつ熱平衡状態から引
き離された状態.
●
ネットワークは次の 2 つに分類される(図 11-16).
- random network ……要素としての node につながっている edge =
link の数が平均的であるもの.
- scale-free network ……ほとんどの node には 1 つか 2 つの edge = link
… memorandum 9 …………………………………………………………………………
相転移の例としては,既述の時計遺伝子の集団振動の発生,ホタルの集団発光現象のほ
か,水が0℃で氷の結晶になること,低温で起こる超伝導現象などが挙げられる.
「相転
移」は進化医学でも用いられる概念である.アイゲンは,生物システムにとって突然変
異によるエラーは好都合であり,あるしきい点を超えるまではより多くのエラーを犯す
ほど,より速く進化すると主張した.
528
1.ネットワーク内分泌代謝学
しかないが,一部の node(ハブ hub)には大量の link が存在する.
node と edge = link の分布を両対数目盛で描くと直線になるのが特
徴である.最大値に上限がないことから scale-free と呼ばれる.
●
代謝ネットワーク,タンパク質相互作用ネットワークは scale-free
network である.
●
システムはランダムから組織化へ相転移を示すが,臨界点の近くで
無秩序から秩序が現れる時には,ベキ法則に従って自己組織化が起
こる.現実のネットワークはこちらの形を取る.
link の数はベキ法則に従う.⇒ k 個の分子と相互作用する分子の
数はベキ法則に従って減少する.これを Barabási-Albert モデルと
呼ぶ.
N
(k)
∼k −r
多くのネットワークで rは 2 から 3 の値をとる.
●
堅牢さ(robustness)……通常,変異に対するタンパクの「耐性」
統
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理
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のことを指すが,最近はシステムやエビデンスが安定していること
を指すにも使う.
- ネットワークの堅牢さは,各々の構成要素の交互作用とフィード
バック機構による.これは総論に述べたように,内分泌代謝系そ
のものである.
- 結合力の範囲が広いほど,すなわち node ひとつに結合する数の
変動が大きいほど,scale-free networkは安定化する.
●
scale-free network はランダムな変異には強い(robust)が,ハブを
●
フラクタル(fractals)……自己相似的,すなわち部分が全体の相似
攻撃されると弱いという脆弱性を持つ.
形からなる構造で,ベキ法則に従う現象.World Wide Web(WWW)
はその典型である.
●
BZ 反応(ベロウソフ・ジャボチンスキーBelousov Zhabotinsky反応)
●
チューリンゲンモデル(Turing model)……線形常微分方程式では
……変化し続ける化学反応系.
安定なのに拡散が加わった偏微分方程式ではパターンが出現するも
の.たとえば活性化因子と抑制因子がある場合に,抑制因子の拡散
係数が活性化因子に比べてずっと大きい場合には,活性化因子の
ピークがある距離をおいて周期的に繰り返されるパターンが出現す
る.(memo 10)
●
蔵本モデル……振動子間の相互作用は,位相差の正弦関数によると
いうもの.京都大学理学部 蔵本由紀名誉教授による.
529