平成 20 年司法試験 国際私法

平成 20 年司法試験 国際私法
問題文
平成 20 年司法試験
国際私法
問題文
〔第1問〕(配点:50)
日本に常居所を有する60歳の甲国人男Aは,事理を弁識する能力を欠く常況にあ
ったため,日本の裁判所により後見開始の審判を受け,嫡出子である甲国人Xが,Aの
後見人として選任された。
Aには認知をしていなかった甲国人の非嫡出子Yがいた。一時的に事理を弁識する能
力を回復したAは,日本において,遺言書に「Yを自己の子として認知する。」旨,日
付及び氏名を自署し,これに押印した。遺言書作成に当たっては,医師1名が立ち会い,
Aに事理を弁識する能力のあることを確認する旨を遺言書に付記し,署名押印してい
る。その後,Aは,日本国籍を取得し,日本において死亡した。Yは,日本において,
Aの遺産の分割をXに対して求めている。
この事例について,甲国の国際私法からの反致はないものとして,以下の設問に答え
なさい。
なお,設問の各問いは,いずれも独立したものである。また,甲国の民法は,その要
件・効果とも,日本の民法が定める後見制度と同視することができる後見制度を有して
おり,認知と遺言については次の規定があること及び本件事例には法の適用に関する
通則法(平成18年法律第78号)が適用されることを前提とする。
【甲国の民法】
第P条 父が被後見人であるときは,後見人の同意を得て認知をすることができる。
第Q条 認知は,遺言によっても,することができる。
第R条 認知には,子の承諾を要しない。
第S条 自筆証書によって遺言をするには,遺言者が,その全文,日付及び氏名を自署
し,これに印を押さなければならない。
第T条 被後見人は,その事理を弁識する能力が回復したときに限り,遺言をすること
ができる。
2 前項の場合には,医師1名以上が事理を弁識する能力のあることを遺言書に付記
し,署名押印しなければならない。
第U条 遺言は,遺言者の死亡した時からその効力を生ずる。
〔設 問〕
1.Aは遺言能力を有しているか。
2.Aの遺言は方式に関して有効に成立しているか。
3.Aの遺言が有効に成立しているとした場合,Yの認知は有効に成立しているか。
なお,A死亡の時点においてYは20歳であり,Xは,AによるYの認知を容認
しない態度をとっているとする。
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平成 20 年司法試験 国際私法
問題文
〔第2問〕(配点:50)
日本のX会社は,乙国のA会社から所定の大きさの箱に詰めた冷凍エビを輸入する
こととし,Aとの間で,
「Xが船舶の手配をし,運送賃を支払う。Aが冷凍エビを詰め
た約定の数量の箱を乙国の港で運送人に引き渡すことによって商品の引渡しとする。
売買代金はXが日本の銀行に開設する信用状による決済とする。
」旨の約定で契約した。
その後,Xは,海上運送業者Y会社に乙国の港から日本の港までの海上運送を依頼し,
Aは,Yが提供した冷凍貨物用のコンテナー1個に自ら冷凍エビを詰めた約定の数の
箱を積み込んで施錠し,運送中の温度管理についてYに指示をして,当該コンテナーを
乙国の港にあるYのコンテナー・ヤードで引き渡した。
Yがコンテナーの船積後にAに交付した船荷証券上の運送品の種類,運送品の容積,
重量,包・個品の数,運送品の記号を記載する欄には,当該コンテナーを特定する記号
及び番号の記載と,その内容は冷凍エビを詰めた一定数の箱であるとの記載がある。
日本の港での陸揚後,Xが,船荷証券を呈示してYからコンテナーの引渡しを受け,
直ちにその中を検査したところ,コンテナー内の温度が適当でなかったため,冷凍エビ
の鮮度が落ちており,Xは当該冷凍エビを市価の3割程度で売却せざるを得なかった。
そこで,Xは,コンテナーの受取から引渡しまでの間のYの措置が適切でなかったとし
て,Yに対する損害賠償請求の訴えを日本の裁判所に提起した。
この事例について,以下の設問に答えなさい。
なお,設問の各問いは,いずれも独立したものである。また,この事例及び設問にお
ける日本の会社,乙国の会社,丙国の会社とは,それぞれ,日本,乙国,丙国で設立さ
れ,設立された国に主たる営業所を有する会社をいうものとする。
〔設 問〕
1.Yが丙国の会社であるとし,YがAに交付した船荷証券には「本件運送契約から生
ずる運送人の責任についての争いは,Yの主たる営業所の所在地である丙国のM市
の裁判所においてのみ解決する。
」との条項が記載されているものとする。
Yは,この条項に基づいて,日本の裁判所は本件訴訟について管轄権を有しないと
主張している。これに対して,Xは,この条項はXとYの双方が署名した書面による
ものではないとの理由で,本件訴訟については丙国の裁判所には管轄権がなく,日本
の裁判所に管轄権があると主張している。
このYの主張は認められるか。
なお,丙国では,被告の住所又は主たる営業所の所在地の裁判所は被告に対する訴
えについて管轄権を有するとしている。また,日本と丙国は,いずれも,
「1968
年2月23日の議定書によって改正された1924年8月25日の船荷証券に関す
るある規則の統一のための国際条約を改正する議定書」の締約国である。
2.Yが日本の会社であり,YがAに交付した船荷証券には「本件運送契約から生ずる
運送人の責任についての争いは,日本のN市の裁判所において,日本法によって解決
する。
」との条項が記載されているものとする。
⑴ XがYに対して冷凍エビの商品価値の下落についての損害賠償責任を追及する
ことができるのは,どのような場合か。
⑵ XがYに対して損害賠償責任を追及することができるとした場合,冷凍エビに
関する損害賠償の金額は,どのようにして算定されるか。
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出題趣旨
出題趣旨
〔第1問〕
本問は,遺言能力,遺言の方式及び遺言による認知という,家族法上の基本的事項に
ついての準拠法の理解を問う問題である。
設問1は,成年被後見人の遺言能力の有無を問うものである。遺言能力の準拠法を定め
る規定は法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。
)第4条,第5条か,第3
7条か,同条の「遺言の成立当時」とはいかなる時点かを検討して準拠法を決定し,実
質法の本件事案へのあてはめの結果を説明することが求められている。
設問2は,遺言の方式の有効性を問うものである。まず,遺言は,遺言の方式の準拠
法に関する法律(以下「方式法」という。)第2条が掲げるいずれかの法の定める要件
に合致しているときは方式上有効とされること,方式法第5条の規定により,遺言の際
の証人の立会いや,被後見人が遺言能力を回復している時に遺言がされたことの証明
の方式も「遺言の方式」の中に含まれることを指摘し,その上で,本件事案への方式法
第2条の適用の結果を丁寧に述べ,本件遺言は日本民法の要求する方式は満たしてい
ないが,甲国民法が要求する方式は満たしていることを説明する必要がある。そして,
証人を1名で足りるとしている甲国民法第T条第2項の規定の適用が方式法第8条の
「明らかに公の秩序に反するとき」に該当するかどうかを検討することになる。
設問3は,本件遺言による認知の有効性を問うものである。認知の有効性を定める規
定は通則法第37条か,第29条か,同条第1項後段及び第2項前段の「認知の当時」
とはいかなる時点か,甲国民法第P条が要求する後見人の同意は通則法第29条第1
項後段の「第三者の承諾又は同意」に該当するか,準拠実質法上Yが本件遺言を承諾し
ているかを検討することが求められている。
〔第2問〕
本問は,貿易取引における荷為替の知識を前提にして,船荷証券中の裁判管轄条項の
有効性と,運送品の損傷による運送人の責任について問う問題である。
設問1は,我が国において渉外的民事訴訟事件についての国際裁判管轄権はどのよう
な基準によって判断すべきか,運送人の主たる営業所所在地の裁判所の専属的管轄と
する船荷証券中の裁判管轄条項はいかなる場合に有効とされるかを問うものである。
本件設例と類似の事案について外国の裁判所を管轄裁判所とする船荷証券中の専属的
管轄条項の有効性について判示した最高裁判所の判決(最判昭和50年11月28日
民集29巻10号1554頁)を踏まえつつ,国際裁判管轄の合意における当事者双方
の署名の必要性についての論述を中心に,いかなる場合に専属的裁判管轄の合意が有
効とされるか,本件において丙国に専属的国際裁判管轄権を認めて我が国の裁判管轄
権を否定することが我が国の公序に反しないか等についても論ずることが求められて
いる。
設問2は,運送品に損傷が生じた場合における運送人の損害賠償責任について問う
ものである。その小問(1)においては,船荷証券中に,運送人の主たる営業所の所在
地である我が国の裁判所の管轄を合意した条項と日本法によって解決する旨の条項が
ある場合に,我が国においては本契約の準拠法が日本法になり,国際海上物品運送法が
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出題趣旨
適用されることを説明した上で,荷受人による運送品の検査の結果についての通知,運
送人の注意義務とそれについての証明責任について,どのような規定が適用され,本件
におけるその適用結果がどのようになるのかの論述が求められている。また,小問(2)
においては,損害賠償額の算定についてどのような規定が適用され,その適用結果がど
のようになるのかの論述が求められている。
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採点実感
採点実感
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出題の趣旨,ねらい等
国際関係法(私法系)は,狭義の国際私法(準拠法決定ルール),国際民事訴訟法
及び国際取引法を出題範囲とする科目であることから,本年の出題においても,これ
らの法分野に関する理解を問うため,財産法と家族法の双方に関する準拠法決定ル
ールと,国際民事訴訟法,国際取引法の分野から問題を作成した。各問題の出題の趣
旨の詳細は,既に法務省ホームページで公表済みであり,これを参照されたい。
2
採点方針
採点に当たっては,各問題の各設問につき,いかなる法律問題があるか,それにつ
いての論点を把握できているかどうか,把握した論点についての関係法規の理解が
どの程度できているか,当該論点についての関係法規の解釈を設問の事例に当ては
めることがどの程度できているかについて,それぞれ評価を加えて,採点をすること
とした。その際,一部の細目的な論点を見落としていても,他の論点について十分な
理解を示す記述をしている答案については,論点を網羅的に拾い上げながらも平板
な記述しかできていない答案よりも高い評価を与えるようにした。
なお,判例・学説が分かれている論点については,その結論がいずれであるかによ
って得点に差をつけることはせず,自説の論拠を展開する中で,当該論点についての
理解がどの程度示されているかによって成績を判定した。もっとも,新司法試験が法
律実務家となるに足る能力を有するかどうかを判定する試験である以上,重要な判
例については,これに賛成しない場合であっても,これを踏まえた立論をすることが
必要であり,このような判例を全く知らないと見られる答案については,当該分野に
ついての基本的知識を欠くものと評価した。
また,採点及び成績評価等の実施方法・基準については,考査委員会議の申合せが
されているので,得点の分布が当該申合せにできる限り合致するよう,各考査委員が
相当数の答案を採点した後に再度打合せを行い,各評価項目についての当初定めた
配点を見直した。
その結果,特に第2問については,当初定めた採点基準によるよりも,得点がかな
り高くなるようになったが,それでも,後記3のとおり,すべての設問について基本
的知識自体を欠いている答案が相当数あったため,不良答案の比率が当該申合せに
係る目安よりも多くなった。
3
採点実感
第1問については,不良な答案が予想よりも少なかった。これは,問題を,遺言能
力,遺言の方式,認知の有効性の3つの小問に分割して解答を求める形式としたた
め,論述すべき事項の基本的なものを落とした答案が少なかったことによるものと
考えられる。もっとも,答案の水準は,総体的に見て,あまり高いものとは言えなか
った。すなわち,設問1については,遺言能力の準拠法を定める規定が,法の適用に
関する通則法(以下「通則法」という。
)第4条,第5条か,第37条かという問題
提起をした答案においては,十分な根拠を挙げずに第4条,第5条であるとするもの
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採点実感
が少なくなかった一方で,通説である第37条説に立つ答案の多くは,このような問
題提起をせずに,当然のごとく第37条であるとし,その根拠をほとんど記述してい
なかった。また,設問2については,遺言の方式の準拠法に関する法律(以下「方式
法」という。
)第2条はほとんどの答案が挙げていたが,その各号の本件設例への丁
寧な当てはめを行っている答案は少数であったし,遺言の際の証人の立会いや被後
見人が遺言能力を回復している時に遺言がされたことの証明の方式が「遺言の方式」
に含まれることを方式法第5条の規定を挙げて説明している答案や,証人を1名で
足りるとしている甲国民法第T条第2項の規定の適用が方式法第8条の「明らかに
公の秩序に反するとき」に該当するかどうかを検討している答案は,極めて少数であ
った。さらに,設問3については,認知の有効性を定める規定は通則法第29条であ
るとした答案が圧倒的多数であったが,その理由の説明がないか,あっても薄弱な根
拠しか記述していないものが大半であった(通則法第37条であるとした少数の答
案も,その根拠は薄弱であった。
)し,本件設例でYがAの遺産の分割をXに対して
求めていることは,Yが本件遺言を承諾していることを前提にした行動であること
に気付いていない答案が大半であった。
第2問については,比較的よくできている答案と全然できていない答案とに分か
れ,法科大学院によって,当然教えるべき国際民事訴訟法や国際取引法の基礎知識を
教えていないところがあるのではないかとの危惧を抱いた。すなわち,設問1につい
ては,国際裁判管轄の合意に関する最判昭和50年11月28日民集29巻10号
1554頁を知らずに,マレーシア航空事件の判例理論のみに依拠した解答をして
いた答案が3分の1余りにも及び,その中には,そもそも専属的な国際裁判管轄の合
意の問題であることすら把握していない答案もかなりあった。この昭和50年判決
は,国際裁判管轄に関する数少ない最高裁判例の一つであり,かつ,国際裁判管轄の
合意に関する唯一の最高裁判例であるにもかかわらず,これを全く知らない受験生
もいるとみられることは遺憾である。また,設問2については,本件設例では日本の
裁判所において日本法が準拠法とされることは多くの受験生が記述していたが,こ
の設例の場合には船積港が本邦外にあるので商法ではなく国際海上物品運送法の規
定が適用されることを述べた答案は少数であり,国際海上物品運送法という法律名
が全く出て来ない答案が3分の1余りに及んだ。国際海上物品運送法は国際取引法
に関する基本法令の一つであり,そのことさえ知っておれば,国際海上物品運送法の
詳細な規定内容を理解していなくても,試験会場で司法試験用六法を繰ることによ
って解答に必要な条文を探し出し,それなりの答案を作成することが可能な問題で
あったのに,それすらできていない答案がこのように多数あったことは意外であり,
遺憾である。
なお,試験会場で国際海上物品運送法の条文を初めて見て解答を考えたのではな
いかとみられる答案も多数あり,そのため,荷受人の損害賠償請求の前提となる同法
第12条の検査の規定について触れることなく,また,同法第3条第1項を挙げなが
ら,証明責任の転換を定める第4条第1項に触れていない答案や,同法第1条を読み
間違って,同法は運送人の不法行為による損害賠償の責任にのみ適用され,契約責任
については商法の規定によるとした答案も相当数あった。国際運送法は国際取引法
の重要な一分野であり,その中で,国際海上物品運送法は基本的かつ重要な法律であ
るから,法科大学院においては,同法の規定内容の詳細まで指導することはできなく
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採点実感
とも,同法がどのような法律であるかという基本的部分だけでも教えられるべきで
あろう。
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今後の出題について
今後も,基本的には本年と同様に,狭義の国際私法,国際民事訴訟法,国際取引法
の各分野の基本的事項を組み合わせた事例問題を出題することになると考えられ
る。もっとも,昨年の出題のように,これらの法分野の一部からは出題をしないとい
うこともあり得る。
なお,司法試験は法律実務家となるための基本的な能力を判定するための試験で
あり,選択科目はその分野の専門家としての能力の検定ではないので,国際関係法
(私法系)の問題はこの分野の基礎的知識と法律問題の把握能力を調べるための,平
易な問題とすることに努めた。この方針は維持されることが望ましい。
5
今後の法科大学院教育に求めるもの
狭義の国際私法については,受験生の答案を見る限り,基本的知識の教育は相当程
度行われているものとみられるが,準拠法決定ルールの在り方に関する理解の深さ
や,法律実務家に不可欠な具体的事案への当てはめに不十分な点が見られる。授業時
間の制約があることは承知しているが,更に工夫を凝らして,より深く,かつ,実務
的な観点も加味した教育を進めることが望まれる。
国際民事訴訟法と国際取引法については,法科大学院によって授業水準に大きな
バラツキがあるのではないかが危惧される。これらの法分野についても,基本的知識
を幅広く学ばせるとともに,制度の趣旨にさかのぼった,しっかりした理解を学生に
得させるような教育がすべての法科大学院において行われることを求める。
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第1問
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第1問 講師の参考答案
講師の参考答案
第1 設問1
1 本問では被後見人であるAが遺言能力を有するか否かが問題となって
いる。
2 かかる問題をAが行為能力を有するかという問題と考えれば,人の行
為能力の問題(法の適用に関する通則法(以下法名略)4条)となる。ま
た,後見開始によりAの行為能力が奪われるかという問題であると考え
れば後見開始の審判の問題(5条)となる。
しかしながら,いずれも一般的行為能力に関する規定であり,身分的
法律行為について特に定めたものではない。そうであるとすれば,遺言
能力は遺言の有効な成立及び効力の発生のための前提として特に要求さ
れるものであることから,遺言の成立及び効力の問題と考えるべきであ
る(37条1項)。
3 Aは遺言作成時に甲国人であったため,遺言の成立の当時における遺
言者の本国法は甲国法である。甲国民法T条1項に従えば,遺言作成当
時に一時的に事理弁識能力を回復したAは遺言をすることができる。
4 よって,Aは遺言能力を有している。
第2 設問2
1 遺言の方式上の有効性は,遺言の方式の問題である。同問題について
は,43条2項ただし書に規定するものを除いて,通則法の適用が排除
され,遺言の方式の準拠法に関する法律(以下「法」という。
)が適用さ
れる(同項本文,法1条)
。
2 同法2条柱書は,同条各号のいずれかに適合する場合は方式上有効で
あるとする。このように選択的連結が採用された趣旨は,遺言者の意思
を尊重すべく,遺言をなるべく有効にしようとする点にある。
また,同法5条に従って,遺言者Aが被後見人であるため人的資格に
よる方式上の制限があるかということや医師が証人適格を有するかとい
う問題も,方式の問題に含まれる。
3 同法2条1号から4号に従えば,日本法又は甲国法の要件を満たせば
足りるところ,Aの遺言は,医師1名の立会いによりなされたにすぎず,
日本法の要件を満たさない(日本民法973条1項参照。
)が,甲国法上
はこれで足りる(甲国民法T条2項)
。また,Aは遺言の全文,日付,氏
名を自署し,これに押印している(同法S条)
。さらに,医師は遺言当時,
Aが事理弁識能力を回復していたと付記し,署名押印している(同法T
条2項)
。
したがって,甲国法上の要件を満たす。
4 また,医師の立会いを1名にするか2名にするかは程度問題にすぎず,
甲国法上1名で足りることをもって我が国の公序に反するとはいえない
(法8条)
。
5 よって,Aの遺言は方式上有効に成立している。
第3 設問3
1 遺言の成立及び効力の問題(37条1項)とは,遺言の意思表示自体を
いう。そのため,AのYに対する認知が有効に成立するかという問題を
含めるのは妥当でない。そこで,AのYに対する認知は,非嫡出親子関係
の成立に関わるものであるため,嫡出でない親子関係の成立の問題(2
9条)であると考える。
2 同条は,非嫡出親子関係の成立を容易化することで子の利益を図るべ
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4
第1問 講師の参考答案
く選択的連結を採用している。同条1項前段及び2項前段によれば,父
子関係の成立は,①子の出生当時の父の本国法,②認知当時の認知者の
本国法又は③認知当時の子の本国法が準拠法となる。ここに,遺言認知
の場合における認知の当時とは,実際に認知がなされるのは遺言作成時
ではなく遺言者の死亡後であるため,遺言者の死亡時をいう。
3 ①Yが出生した当時Aは甲国人であったため,甲国法が準拠法となる。
しかし,XはYの認知を容認しない態度をとっているため「後見人の同
意」の要件を満たさない(同法P条)。③認知当時のYの本国法は甲国法
であるため,同様である。
②遺言者Aは死亡時に日本国籍を取得していたため,認知当時の本国
法は日本法である。同法に従えば,被後見人Aは後見人Xの同意なくY
を認知できる(日本民法780条)
。また,Yは認知の当時20歳であり
「成年の子」であるが,Aの遺産分割をXに求めているため,Aの認知に
対する「承諾」があるといえる(同法782条,4条)
。
4 もっとも,29条2項後段・同条1項後段は,認知者の本国法による場
合であっても,子の本国法が子又は第三者の同意を要件とするときは,
その要件をも備えることを要求する(セーフガード条項,以下「SG条
項」という。
)。甲国法によれば子の承諾は不要である(同法R条)が,後
見人の同意が要求される(同法P条)。
ここで同条の後見人の同意をSG条項の「第三者の承諾又は同意」に
含めて考えてよいか問題となるも,文理上,第三者の範囲に限定はない
こと,SG条項の趣旨が不当な親子関係の成立を回避し,子の利益を保
護する点にあり,被後見人のなす認知につき後見人の同意を要求するこ
とは,かかる趣旨に合致することより,第三者の範囲は限定されないと
考える。
本問では,Xの同意がなく,認知は有効に成立しないとも思える。
5 かかる甲国法の適用結果は公序(42条)に反しないか。
同条の趣旨は,我が国の基本的法秩序を維持する点にあるため,①結
果の異常性②内国関連性を総合して公序に反するかを決すべきと考え
る。
①YはAの遺産分割を求めているため,Aの認知に反対していない。
そのため,甲国法の適用結果は,父子が望む親子関係を形成できなくす
るものであり,異常である。②日本における遺産分割と関連して問題と
なっているため,内国関連性も高い。
したがって,公序の発動により,甲国法P条の適用は排除される。
また,公序の趣旨は我が国の法秩序を維持する点にあるため,外国法
の適用が除外された結果,日本法に従って判断されるところ,日本民法
上は被後見人のなす認知につき後見人の同意を要求するとの規定はない
(日本民法780条参照)
。
6 よって,Yの認知は有効に成立している。
以 上
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第2問
1
2
第2問 講師の参考答案
講師の参考答案
第1 設問1
1 日本の裁判所に管轄権が認められるか。
2 XとYは「丙国のM市の裁判所においてのみ解決する」旨の合意をし
ている(民事訴訟法(以下「民訴法」という。)3条の7第1項)。当該合
意は,本件運送契約から生ずる運送人の責任という「一定の法律関係に
基づく訴えに関」するものであり,
「書面」でなされているため,同条2
項の要件を満たす。同項は双方の署名によることを要求していないため,
Xの主張には理由がない。また,被告Yは丙国の会社であり,丙国の裁判
所は管轄権を有するため,裁判権を行使できないとの事情もない(同条
4項)
。さらに,XY間の訴訟が日本の裁判所の専属管轄に属するという
事情もない(同法3条の10)
。
最後に,明文の規定はないが当事者間の公平を図る趣旨より,合意が
甚だしく不合理で公序に反するものではないことが必要であるところ,
丙国で裁判がなされるとしてもXは国際取引を行うような会社であり,
訴訟追行能力は高いといえる。また,Xは丙国の会社であるYと契約を
締結しているのであり,丙国で裁判をすることは予測可能性の範囲内で
ある。さらに,丙国会社Yの措置の適正を判断するための証拠は丙国に
多く存在するといえるため,証拠収集上も便宜である。加えて,日本と丙
国はともに議定書の締約国であり,日本でも丙国でも同様の規定に基づ
き裁判が行われるといえるため公平に反しない。以上の事情を総合する
と,合意が甚だしく不合理で公序に反するものとはいえない。
3 よって,合意は有効であり,日本の裁判所は管轄権を有しないとする
Yの主張は認められる。
第2 設問2⑴
1 本件運送契約から生じる運送人の責任については「法律行為の……効
力」の問題である(法の適用に関する通則法(以下法名略)7条)
。船荷
証券上に「日本法によって解決する」との文言があるため,日本法が準拠
法となる。
2 本件運送契約は,船舶による物品運送で船積港が乙国にあることから,
国際海上物品運送法(以下「法」という。
)が適用される(法1条)
。
同法3条1項によれば,運送人Yは,自己又はその使用する者が,運送
品の保管につき注意を怠ったことにより生じた運送品の損傷について責
任を負う。ただし,同法4条1項により運送人Yが注意を尽くしたこと
を証明すれば運送人Yは責任を免れる。
他方,同法4条2項が列挙する事実及び運送品に関する損害がその事
実により通常生ずべきものであることが証明された場合には,Xによる
Yの注意義務が尽くされなかったことの証明がない限り,運送人Yは責
任を負わない(同項ただし書)
。
3 よって,Yが免責の立証に失敗するか,XがYの有責の立証に成功す
れば,XはYに対して損害賠償責任を追及できる。
第3 設問2⑵
損害賠償の額は,荷揚地及び時における市場価格である(法12条の
2第1項)
。責任の限度は13条に規定するとおりである。
以 上
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第2問 講師の参考答案
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