道民カレッジ「ほっかいどう学」大学インターネット講座 「TPP と北海道農業~食の安心・安全へ向けて」 講師:北海道大学 大学院農学研究院 東山 寛 講師 ◆TPPが強行された場合、北海道の農業はどうなるのか ・日本は、世界第 3 位の経済大国。 ・自由貿易の恩恵を受けている。 ・自動車などの工業製品を輸入する時の関税は、ほぼゼロにしているが、大事な農産物については、 「食料安全保障」という観点から、関税をかけて守ってきた。 ・TPPは、非常に高いレベルの自由化を目指していて、農産物についても原則「ゼロ関税」であ る。 ・日本の農業、安心・安全な食料の供給、に大きな影響があるのではないか、農業の面では、北海 道が「最大の被害者」になるのではないか、ということが懸念されている。 ◆TPPとは ・ 「トランス・パシフィック・パートナーシップ」の頭文字 をとったもので、 「環太平洋連携協定」と訳されている。 ・「パシフィック」は太平洋、「トランス」は越える、「太平洋 を越えて」12 の国が「パートナーシップ」つまり特別な協力 関係を結んで、ひとつの自由貿易地域をつくるということ。 ・呼びかけたのはアメリカで、協定をつくる交渉にもアメリ カの意向が強く反映されている。 ・交渉に参加しているのは 12 の国で、カナダとメキシコ、 南米の 2 つの国、オーストラリアとニュージーランド、東南アジアの 4 つの国、そして、日本。 ・今の世界では、ヒトやモノ、おカネや情報、企業が、国境を越えて行き来するのが当たり前になっ ているが、それでも「完全に自由」というわけではない。 ・TPPは経済活動にかかわる国境をできるだけなくしていこう、関税のようなものもゼロにして 自由化する、貿易や投資にかかわる経済のルールも統一化していこう、ということを目指してい る。 ◆TPPが与える影響 ・例えば、自動車の関税は、日本はすでにゼロだが、アメ リカはトラックなどでまだ 25%の関税を残しており、 TPPで協定すれば、これがゼロになるかもしれない。 ・関税というのは輸入品にかける税金なので、日本がア メリカに自動車を輸出すれば、その分高くなる。 ・でも、これがゼロになれば、関税がなくなった分「輸 出競争力」がつく。さらに、協定で、輸入手続きも簡 素なものになるかもしれない。 ・そして、輸出が増えることで、経済全体にもプラスの効果があるかもしれない。政府の試算で は、「GDPが 3.2 兆円を増える」と言われている。 ・一方で、日本の農産品の関税もゼロになるかもしれない。 1 ・そうなると、国内農業の「競争力」が失われ、農業に大きなダメージがある。輸入農産物が増え ることで、消費者の「食の安全」に対する懸念も高まるかもしれない。 ・さらに、経済の国境がなくなるので、農業以外の分野でも、外国企業との競争が激しくなるかも しれない。場合によっては、日本の経済ルールが、「ビジネスの妨げになっている」と言われて しまうかもしれない。 ・トータルして見ると、 「TPP はメリットばかりではない」と言える。 ◆北海道農業の特質 ・北海道の農業は「水田農業」 「畑作農業」「酪農」が「三本柱」の農業。 ・コメの 60 万トンという生産量は全国 1 位。 ・畑作物は色々な品目があって、毎年つくる畑を変える 「輪作」というのをおこなっているが、メインは「小 麦」 「豆類」 「てん菜」 「ジャガイモ」の 4 つで、小麦は 全国の 6 割のシェアをもっている。 ・ 「てん菜」は砂糖の原料になる作物で、日本でつく っている砂糖の 8 割が「てん菜糖」 。 ・ジャガイモはそのまま料理するものや、ポテトチッ プスの原料になるものも含めて、色んな用途がある が、「デンプン」をつくる原料作物でもある。これ も全国で 8 割のシェアをもっている。 ・そして、北海道は何といっても「酪農王国」。 ・生乳の生産量は 385 万トン、1 日で 1 万トン以上搾られているが、日本の半分以上のシェアをも っている。 ・これらのコメ、畑作物、乳製品は、関税に守られていて、北海道の農業は、TPPでいちばん打 撃を受けやすい構造になっている。 TPPで「ゼロ関税」が強行された場合、北海道の農業に与える影響を北海道の富良野市で取材。 (VTR 再生) ◆世界の主要国の食料自給率 ・日本の自給率は約 40%で、先進国のなかではいちば ん低い水準。 ・お隣の韓国よりも低い。 ・左端のオーストラリア、カナダ、アメリカ、フラン スといった国は輸出国であるが、100%を超えてい る。 ・ヨーロッパの大国であるドイツ・イギリスも、70% から 80%。 ・「先進国イコール農業大国」というのが世界の常識だが、日本だけがそこから外れた位置にあ る。 ・TPPは自給率をさらに引き下げるのではないか、と懸念されている。 2 ◆日本の関税構造 ・この図は、ひとつの数え方として、日本の農産物 は全部で 1,332 品目あるということを示している。 ・関税が、すでにゼロのものから、200%を超えるも のまで、その品目の数を数えている。 ・関税が、すでに「ゼロ」というのが 319 品目で、 全体の 4 分の 1。 ・関税が、20%以下と「低い」もの、例えば鶏肉、 これが 634 品目あり、先ほどのゼロのものと合わ せると、全体の 7 割以上を占めている。 ・日本の農産物は、外国にすでに相当「開放」され ていて、そうでなければ、自給率が 40%になるはずがない。 ・そして、この図のいちばん右側、関税が「200%超」というのは 101 品目、全体の 8%しかない。 ・ここにコメや乳製品など、北海道でつくっている大事な品目が入ってくる。 ・日本の農産物の関税というのは「大事なものをぎりぎりのところで守っている」状態。 ◆農業保護の仕組み ・この図は日本の農業保護の仕組みの「縮図」のよ うなもの。 ・日本で使われているデンプンは年間約 300 万ト ン。その 9 割はコーンスターチで、輸入されたト ウモロコシからつくる。残り 1 割が国産のイモデ ンプンで、北海道のジャガイモや九州のサツマイ モからつくる。 ・安い輸入トウモロコシからつくるコーンスターチ の原価は、キロ 41 円だが、国産のイモデンプンは 134 円で、3 倍以上の価格差がある。 ・コーンスターチやデンプンは、色々な食品に使われているが、これほどの価格差があったのでは、 国産品の居場所がない。 ・この価格差を調整するのが「関税」のような仕組み。 ・仕組みは、コーンスターチをつくっているメーカーから 170 億円もらう(この図では「ユーザ ー負担」) 、これが「関税」にあたる部分。この 170 億円は原価に上乗せされるので、コーンス ターチの価格は 41 円から 48 円に上がる。 ・一方で、原価が 134 円の国産イモデンプンは、価格をぐっと引き下げて、48 円で「叩き売り」 する。この輸入品と国産品が出会う価格を、「ミックス価格」と表示している。 ・これで価格差はなくなったが、国産品は 48 円まで引き下げており、原価との差 86 円は赤字にな る。その分を、170 億円で埋める。この図のAとBは同じ大きさ。 ・輸入品は安くて国産品は高い、しかし、価格を一緒にしないと国産品の居場所はなくなるので、 輸入品から関税のようなお金をもらって、国産品の赤字を埋める、というのが日本の農業保護の 仕組み。 ・デンプンを例にしたが、小麦、砂糖、チーズも同じ仕組みをもっている。これがなければ、日 本の農業、北海道の農業は成り立たない。 3 ◆関税の必要性 ・「ユーザー負担」の部分は、価格に上乗せされているので、結局は消費者が負担している。 ・ところが、関税のような仕組みがなくなると、この部分を負担する人は誰もいなくなる。 ・価格も 48 円から 41 円にまた下がり、国産イモデンプンの原価は 134 円で変わらないので、さ らに赤字が膨らんでしまう。 ・そうなると生産が続けられないので、結局は財政で負担していくことになる。つまり、「納税者 負担」。しかも、価格が下がった部分も負担しなければならない。 ・関税のような仕組みをなくしてしまうと、価格は少々下がるのかもしれないが、納税者負担は かえって増える。 ◆北海道の農業を守る方法 ・関税のような仕組みを続ける以外に方法はない。 ・そう考える理由は、大きな内外価格差。 ・この図は、輸入品の価格を 100 とした時に、国産品 の価格が何倍になるのかを示したもの。 ・内外価格差はデンプンで 4 倍近く、砂糖で 3 倍以 上、コメ、小麦、牛肉、豚肉、乳製品でも 2 倍以上 ある。 ・農産物の内外価格差も、さらに拡大していくだろ う。 ・北海道農業の努力だけでは埋められない。 ・TPPの参加国はアメリカ・カナダ、オーストラリア・ニュージーランドのような「新大陸」型 の農業。わたし達の農業とは、歴史も条件もまったく違う。 ◆北海道農業への影響 ・北海道庁が 2013 年 3 月に公表した試算。農産物 12 品 目が対象。 ・この試算の前提は、TPPで関税がゼロになった場合、 外国産に置き換わる割合。 ・コメが 3 割、小麦は 99%、砂糖とデンプンは 100%壊 滅。乳製品のうち、バターとチーズも壊滅。 ・影響額は農業で 5 千億円近く、金額ベースで言えば、 北海道の農業生産のおよそ半分が失われる計算。 ・これを全国と比べると、北海道の農業への影響額は、政府が試算した全国の影響額の 18%を占め ている。 ・つまり、マイナスの 2 割を北海道が背負い込むことになり、この意味でも「TPPの最大の被害 者は北海道」 。 ・農業とつながっている関連産業にも大きな影響がある。 ・国の試算ではマイナスとプラスが打ち消し合って、全体としてプラスとしているが、北海道のよ うなひとつの地域のレベルで考えた場合、マイナスの方がはるかに大きい。 ・北海道庁の試算では、全体で 1 兆 5 千億円を超える損失。 4 ◆北海道農業は生き残れる?? ・北海道だけをとってみると、自給率は 200%だが、TPPで国内の市場を失ってしまうと、北海 道の農業も居場所がなくなってしまう。 ・北海道農業といえども、北米やオセアニアのような「新大陸型農業」には太刀打ちできない。 ・TPPにはベトナムのようなコメの輸出国も入っているので、コメも脅威。 ・いきなりTPPでゼロ関税にするというのは極端な発想で、ある程度守りながら、消費者に選ん でもらえるような農業を目指す努力も必要。 食糧の問題は「量」と「質」の両方から考えなくてはならない。 北海道大学農学部では、学生たちが主体となって、生産者の努力や工夫を消費者に直接アピールす る「北大マルシェ」というイベントを続けています。(VTR 再生) ◆安心・安全な北海道の農産物 ・輸入のトウモロコシやダイズ、ナタネの多くは「遺 伝子組み換え作物」になっているが、日本では販売 用に栽培されているものはない。 ・収穫後に使う農薬「ポストハーベスト」も、輸入さ れている穀物や、クダモノ類で、殺虫やカビを防ぐ 目的で使われているが、日本では収穫後に農薬を使 うことを認めていない。 ・家畜に与える「成長ホルモン」は輸入されている食 肉や乳製品に残留している場合がある。 ・海外では殺菌の目的で、食品に「放射線」を使っているケースがある。これらも、日本では認め られていない。 ・以上の 4 つは、輸入農産物や食品では使われている可能性があっても、国産、それから北海道産 には「ない」と断言できる。 ・海外の農産物で問題なのは、こうしたことがおこなわれていても、表示されていることが少ない こと。 ・表示されていれば選ぶこともできるが、その機会がないことも問題。 ◆まとめ ・北海道は農業が基幹産業で、農業が地域に暮らす人たちの雇用や生活を支えている。 ・水田・畑作・酪農と「三拍子」そろったパーフェクトな農業で、それぞれの規模も大きいので、 日本の食料供給にとっても重要な役割を果たしている。 ・北海道農業の「健全な姿」を守って、次の世代に引き継いでいかなければならない。 ・TPPは農業にとって「本当に困った問題」ですが、消費者にとっても、 「身近なところに安心・ 安全な農業がある」ことの大事さを、今いちど考えてもらうきっかけになればよい。 ・農業の方も、保護に甘えることなく、消費者の期待に応える努力や工夫が必要。 5
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