直島つり公園を事例とした海釣り公園における地域活性の可能性

直島つり公園を事例とした海釣り公園における地域活性の可能性
○鈴木一寛(ナチュラリスト)
・友成真一(早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科教授)
Keyword:直島、直島つり公園、地域活性
【研究の背景】
直島町来訪者数は 1990 年 11,400 人であったのが、2010
観光地域づくりや地域興しを扱う文献や研究において香
年は 637,400 人と増加している。うちアート文化見学客は
川県の直島を事例紹介するものは多い。観光庁では、熱意
577,700 人であり、産業施設見学客は 8,900 人であった。
と創意工夫による魅力的な観光地域づくりを紹介した事例
外国人宿泊者数では 2003 年 804 人が 2006 年 2,042 人とな
集を 2006 年から 2015 年の間に 6 版発刊している。うち 3
っている。直近の統計は不明だが、直島観光協会では訪問
版に直島の取り組みを紹介している。
者の約 3 割が外国人と推計している。今後も古い家屋を活
直島は瀬戸内海国立公園区域内に位置する群島の一つで
用した「家プロジェクト」や「瀬戸内国際芸術際」など官
あり、面積は 8.14k ㎡で人口は約 3,200 人である。行政上
民一体となったイベントにより芸術を目当てにした来訪者
は香川県香川郡直島町に含まれる。大正時代より銅製錬と
の誘致を見込んでいる。
養殖を中心とした水産業が基軸産業であった。現在は、水
本研究では、環境と芸術を題材に観光地域づくりや地域
産業は衰退するが、島の北部には三菱マテリアル直島製錬
興しの先進的地域と紹介されている直島で、環境や芸術を
所がある。1999 年に社会問題化していた豊島の産業廃棄物
目当てにした来訪者には馴染みが薄い直島町営の「直島つ
を受け入れるための中間処理施設を同施設内に設置をした。
り公園」
について着目をし、
地域活性について提案を示す。
2002 年国からエコタウン事業の承認を受け、環境配慮をP
Rした地域づくりが進めている。
【研究方法】
一方、1992 年ベネッセコーポレーションによるホテルと
直島つり公園を管理する直島町役場の担当者からの資料
美術館を一体とした「ベネッセハウス」
、続いて 2004 年に
提供及びヒアリングや、施設の従業員からのヒアリング、
「地中美術館」が直島にオープンしたことをきっかけに島
観光地域づくりや地域興しで直島を紹介している文献や先
全体が現代アートの発信基地として世界中は注目を浴びる
行研究などを整理し、加えて直島町発行の「第 4 次直島町
こととなった。島全体が芸術に関心のある海外や国内の旅
総合計画」(2013)などから直島の未来像を考察した上で、
行者の受入に沿って 変容している 。米国の旅行紙
直島つり公園の今後の役割と地域活性の可能性について論
「Traveler」(2000 年 3 月号)では、世界で行くべき 7 つの場
じる。
所の一つとして直島を紹介している。
図表1. 数字でみる「直島町来訪者入込客数動向」
(単位:人)
H2年(1990) H7年(1995) H12年(2000) H17年(2005) H20年(2008) H21年(2009) H22年(2010) H23年(2011)
直島町人口
4,660
4,235
3,738
3,479
3,408
3,336
3,298
3,259
来訪者入込合計
11,400
46,000
43,400
169,300
342,600
360,100
637,300
404,500
・スポーツ、レクリエーション客
11,400
35,000
28,800
33,300
34,000
29,400
50,700
29,300
・産業施設見学客
-
-
-
9,100
7,900
9,600
8,900
5,400
・アート文化客
-
11,000
14,500
126,900
300,800
321,100
577,700
369,800
ベネッセハウス
-
11,000
14,500
58,400
99,400
92,500
138,700
91,200
地中美術館
-
-
-
68,400
119,500
125,900
179,800
124,900
家プロジェクト
-
-
-
-
81,900
88,400
136,700
74,500
直島銭湯
-
-
-
-
-
14,300
55,500
39,500
李禹煥美術館
-
-
-
-
-
-
66,900
39,700
*人口統計は住民基本台帳(4/1時点)ベース
(出典:「地域いきいき観光まちづくり2011」)
【直島つり公園の現状】
社会の現状を鑑みると、産官に依存したスキームでは直島
直島つり公園は 1981 年 8 月に設置。40mの固定型釣り桟
においても持続的な発展は期待できないと指摘している。
橋の他に浮桟橋 1 基、釣り筏 12 基、磯釣り施設、釣り堀が
直島町総合計画では定住人口の確保を重要課題としてい
設置されている。基本釣料は大人 1 日 1,500 円、半日 1,000
る。同計画(基本計画第 6 章にぎわい島プラン第 5 節若者
円である。他の海釣り公園と同様に釣り桟橋や磯釣り施設、
定住)には基本目標として「地域活性化の主たる担い手と
釣堀は釣りの初心者、家族連れなどが安心して楽しめる。
なる若者の定住化を促進するため、町内に若者の雇用の場
道具のレンタル(有料)があるので手ぶらの観光客でも楽
を確保します。
」と明記している。
しむことができる。釣堀では時価でタイを釣って持ち帰る
ことができるため、容易くお土産が確保できる。
【今後の可能性】
一方、沖に設置された筏は、専門的な釣りの技術を要す
地方の地域活性化の最たる方法には企業誘致があげられ
るため常連客の利用が多い。来場者総数のうち大半は筏利
るが、一方で、工場設置による自然環境への負担が指摘さ
用の常連客である。2013 年度の入場者は見学者を除き
れることが多い。
3,334 人である。過去 10 年間でみると、2009 年度が 4,713
自然環境を保全し、景観美の維持や自然体験プログラム
人で最多であった。2009 年度以降は減少傾向である。公営
の運営により来場者を誘致すると同時に雇用を確保すると
の公園施設には珍しく深夜利用が可能である。島全体が優
いう方法が理想である。直島では水産業従事者は減少して
良な釣り場であるため島内の来場者は少ない。8 割は島外
いるものの 100 人以上は居住しており、水産業を存続させ
からの来場者であり、週末の筏の深夜利用が人気である。
ている。農業の分野では農業体験や農作物を素材にした農
筏利用の専門的な常連客が多い一方で、他の地域の海釣
家レストランを活用した 6 次産業化の取り組みが盛んであ
り公園のように手ぶらの観光客が少ない。
る。水産業の分野においても、釣り場を活用した 6 次産業
環境や芸術を目当てにした来訪者とは明確に住み分けが
なされている。
化の取り組みが各地で始まっている。安全面などを考慮す
ると既存の海釣り公園の有効活用が望ましい。
筆者による調査(2013a,2013b)では、全国の海釣り公園に
おいて釣りを活用して地域の水産業振興や職業教育を施し
ている施設は多い。
また、観光客を対象とした釣り教室を定期的に開催し、
漁業の元従事者や現役従事者が釣りや釣った魚の調理法な
どの講師をしている海釣り公園があり、地域活性に寄与し
ている。
直島つり公園の入場者は常連客が多いので、他の海釣り
公園に比べて、職業教育や釣り教室のニーズが少なく、開
催実績がほとんどないという。
(出典:直島町資料)
直島での水産業の立て直しや定住人口の確保の改善策の
一案として直島つり公園の戦略的な運営が考えられる。他
【課題の整理】
直島への来訪者が増加している一方で、直島町の人口は
の海釣り公園と同様に釣り具メーカーや島外の観光関係者
や教育関係者との連携や情報発信の構築が前提になる。
1958 年に約 7,800 人であったのが 2010 年で約 3,200 人と
地域の受入体制側としては、釣った魚を料理できる飲食
なり、年々減少傾向である。他の地方同様に少子高齢化、
店や宿泊施設、バーベキュー施設などを直島つり公園で斡
若者の地元での就業離れ、第一次産業の衰退などが構造的
旋できるシステムを構築することが考えられる。
な社会問題となっている。
また、海釣り公園では自然で遊ぶための最低限度のマナ
古川(2010)は、直島における地域活性化の問題点の一
ーについて啓発することが可能である。釣りの初心者に対
つとして、住民の危機意識の欠如をあげている。直島にお
し、入場前の簡単なレクチャーにより、ゴミの投棄や乱獲
ける地域活性化は、主として、産官主導で行われてきてい
など禁止行為やマナーについて教示することが可能である。
る。大企業が倒産する経済情勢や逼迫する地域財政などの
釣りという行為が少なからず自然への負荷がある一方で同
時に自然から学ぶことも多く、結果として自然環境への尊
厳が育まれることを期待できる。
直島町総合計画(基本計画第 6 章にぎわい島プラン第 4
節観光)の基本目標には「
(直島)つり公園・つつじ荘を中
心とした既存施設の整備を進めるとともに、受け入れ体
制・サービス機能の充実を図ります。
」と明記し、交流・滞
在型の余暇活動拠点の形成をめざすとしている。直島つり
公園の活用については、6 次産業化に向けた幅広いネット
ワーク構築のために、主体的な情報発信やイベント企画が
できるプラットフォームとしての機能充実化が考えられる。
環境教育や職業教育などの教育目的や地域雇用など多面的
観点からのアプローチが提案できる。
来場者に対しては、直島には景観美と生態系に富んだ自
然環境があることを知ってもらい、同時に楽しんでもらう
ために観光資源の再発見や接遇技術の向上といった体制づ
くりを島一丸となって取り組むことが望ましい。
【謝辞】
本研究のためにヒアリング及び貴重な資料の提供にご協
力を頂いた直島町役場建設経済課の松野吉高様、直島つり
公園のスタッフの皆様には暑く御礼を申し上げます。
【引用・参考文献、参考 URL】
[1] 観光庁(2009)「地域いきいき観光まちづくり 2008」
[2] 観光庁(2010)「地域いきいき観光まちづくり 2009」
[3] 観光庁(2012)「地域いきいき観光まちづくり 2011」
[4] 直島町(2013)「第 4 次直島町総合計画」
[5] 古川尚幸(2010)「瀬戸内海島嶼部における地域活性化
の現状と課題~直島(香川県香川郡直島町)を事例と
して~」
『香川大学経済論叢第 83 巻第 1・2 号』
[6] 鈴木一寛・友成真一(2013a)「釣りを活用した環境教育
の可能性~うみんぐ大島の取組の事例考察~」
『日本
地理学会 2013 年春季学術大会研究発表要旨』
[7] 鈴木一寛・友成真一(2013b)「釣りを活用した教育旅行
の考察」
『第 25 回総合観光学会研究発表会論文集』
[8] 直島町公式ホームページ
http://www.town.naoshima.lg.jp/