眼科① いま話題の iPS 細胞による 加齢黄斑変性症治療とは 眼科部長 竹内 篤 高齢者に増加する目の難病加齢黄斑変性症 加齢黄斑変性症は、網膜の中心にある黄斑部の機能が低下し、視界の中心部から見 えにくくなる高齢者に多い病気です。話題の iPS 細胞(人工多能性幹細胞)を用いた初 めての臨床研究の応用にこの病気が選ばれたことから、いま関心が高まっています。そこで、 加齢黄斑変性症とはどのような病気か、現在行なわれている iPS 細胞による臨床研究がど のようなものか、ご説明したいと思います。 一昔前、日本では加齢黄斑変性症はとても珍しい病気でした。それが近年増加傾向に あり、いまや失明原因の第4位がこの病気です。欧米では加齢黄斑変性症による失明者 が多いため、日本での増加現象は食の欧米化が原因ではないかといわれていますが、くわし いことはわかっていません。ただ、50 代以降に発症することが多いため、加齢が大きな要因 であることは間違いなさそうです。 加齢黄斑変性症には、萎縮型(※)と滲出型の 2 タイプがありますが、日本人に多いの が滲出型です。網膜の下にある網膜色素上皮の細胞に老廃物がたまると、これを処理しよ うと新たに血管が生じます。ただし、この新生血管は組織がもろいため、破れて出血すると網 膜に影響を与えてしまいます。その際、目の中心部が暗くなり、視力の低下やものが歪んで 見えるなど症状が出るのですが、片目のみの異変だと、もう片方の目がカバーしてしまうため、 発見が遅れてしまいます。この場合、片目だけでものを見るなどすればすぐ自覚できるので、 そうした症状があればすぐに受診してください。 ※網膜が健全に機能するために必要不可欠な網膜色素上皮細胞が萎縮することで、網 膜が障害され、徐々に視力が低下する iPS 細胞治療による根本治療に期待 滲出型加齢黄斑変性症の治療では、新生血管の成長を抑える薬剤を注射する治療や、 弱いレーザーで新生血管を縮小させる治療などが行なわれています。程度が軽ければ、大 幅に改善することもありますが、ほとんどは症状の進行を抑えるか、遅らせるにすぎません。 現在、理化学研究所(※)が進めている、iPS 細胞を使った加齢黄斑変性症の臨床 研究は、まず患者さまの皮膚の細胞から iPS 細胞をつくり、シート状の網膜色素上皮細胞 に変化させたものを準備し、次に手術で新生血管を除いたのち、網膜色素上皮細胞を移 植するというものです。新生血管を除く手術は過去にも行なわれていましたが、このとき網膜 が健全に機能するために必要不可欠な網膜色素上皮細胞も一緒に取り除かれてしまうた め、視力の改善は望めませんでした。それが、再生した網膜色素上皮細胞を定着させること で、根本治療が可能となると考えられています。研究では安全性の検証を第一義としている ため、まだ視力改善の確証は得られていませんが、近い将来、患者さまにとっての希望にな ることは確かでしょう。 当科では眼科領域のあらゆる疾患に対し、最新鋭の検査機器を用いた、より高度な治 療の実践を心がけています。iPS 細胞を使った加齢黄斑変性症の治療が医療現場で行な われるにはまだ時間が必要ですが、われわれ臨床医も研究の成果を、期待をもって見守り、 実施できる日を心待ちにしています。 ※日本唯一の自然科学の総合研究所。物理学、工学、化学、生物学、医科学など広い 分野で研究が進められている
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