構造方程式モデリングによる多能性幹細胞での細胞分化制御因子の推定

油谷 幸代
細胞機能設計チーム
研究員
細胞内転写産物量を網羅的に測定する実験研究
観測されていない要因を潜在変数としてネットワーク
は、
スタンフォードのP.O.Brownが1995年に発表した
モデルの中に組み込むことが可能である点が挙げら
cDNAマイクロアレイ法による定性的な測定技術に端
れます。そこで、関連性が推定される遺伝子群の発現
を発し、最近では次世代シーケンサーを用いた定量
関連性要因を因子分析で推定します。推定された要
的な測定も行われています。
これらの遺伝子発現情報
因は観測変数である遺伝子以外の可能性が高いこと
は生体細胞内でおこっている様々な生命現象を反映
から、
この要因を潜在変数としてネットワークモデル内
していることから、数値化された遺伝子発現情報に対
に包含した仮説モデルを作成し、SEMによる解析を行
し理論的アプローチを行い、生命現象のメカニズムの
います。
この手法によって、遺伝子とタンパク質といっ
一端を解明することは重要な研究であると考えられ、
た異なる情報を包含した細胞内因子間の制御関係を
様々な数理モデルが発表されてきました
より正確に反映したモデル構築を行うことが可能にな
。
しかし、
[1,2,3]
従来の手法では遺伝子間の関連構造や因果関係を
ります。
推定しており、病気の進行や細胞分化など、時間的・
これまでに、出芽酵母における転写因子による遺伝
空間的に変化していく細胞内で起こっている遺伝子発
子発現制御のモデル化や、線虫の下皮や筋肉細胞に
現制御メカニズムを反映したネットワークモデルとは
分化していく過程での特徴的遺伝子発現制御モデル
言い難いという問題があります。特に、細胞分化にお
の解析を行ってきました[4]。現在は、線虫を始めヒトES
いては、
タンパク質の細胞内局在などの遺伝子以外の
細胞・iPS細胞などモデル生物について、胚形成や器官
細胞内因子によって別の遺伝子群が発現制御されて
形成段階における遺伝子発現データを解析対象とし、
おり、近年では、遺伝子発現制御がncRNAの一部に
発現データだけでは解明することが難しかった細胞分
よって行われていることも示唆されています。そこで、
化における細胞運命決定因子の推定を行っています。
細胞分化制御のメカニズム解明には、従来の手法に
よる遺伝子間の関連構造推定だけではなく、遺伝子と
References
他の細胞内因子の関連性を網羅した細胞内因子間
[1] Akutsu T, Miyano S, Kuhara S. Algorithms for identifying
Boolean networks and related biological networks based
on matrix multiplication and fingerprint function. J Comput
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[2] Friedman N, Linial M, Nachman I, Pe’er D. Using
Bayesian networks to analyze expression data. J Comput
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[3] Tavazoie S, Hughers JD, Campbell MJ, Cho RJ, Church
GM. Systematic determination of genetic network
architecture. Nat Genet. 1999; 22: 281-5.
[4] Aburatani S. Network Inference of GAL Regulatory
System via Structure Equation Modeling in S. cerevisiae.
PLoS ONE, submitted
ネットワーク推定が必要であると考えています。
遺伝子発現データはゲノムレベルで測定されてい
ることから、
その情報量は膨大であり、
そこから新規知
見を見出すためには、多変量解析などの統計的手法
が有用です。
しかしながら、遺伝子発現制御を行って
いる細胞内の様々な要因は遺伝子発現プロファイル
上ではデータとして存在しません。
そこで、多変量解析
の1つである構造方程式モデリング(SEM)に因子分
析(EFA、CFA)やクラスタリングを組み合わせた解析
手法を開発し、遺伝子発現データに適用することで細
胞内における別要因(タンパク質等)−遺伝子の制御
関係構造の推定を行っています。
SEMは、観測された変数間の因果関係をグラフ表示
するパス解析を元にしていますが、大きな特徴として、
CBRCニューズレター第34号 (2011年新春)
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研究紹介︵油谷︶
Research Abstract
構造方程式モデリングを用いた遺伝子
発現制御ネットワークの推定