06P156_坪川 和明

平成 23 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ
論文題目
硫酸化ペプチドチオエステルを用いたセグメント縮合の検討
Synthesis of sulfopeptide using thioester segment
condensation strategy
薬品製造学研究室
06P156
6年
坪川 和明
(指導教員:北川 幸己)
要 旨
チオエステルセグメント縮合法を硫酸化タンパク質の合成に適用する研究の一環として、
N 末端側に硫酸化チロシンクラスターを含む、P-selectin glycosulfopeptide ligand-1
(PSGL-1)の Ala43 から Glu74 の配列を化学合成した。
PSGL-1 は白血球上の膜タンパク質であり、炎症時に誘導される血管内皮細胞上の
P-selectin と結合・解離を繰り返すローリング現象を起こすことが知られている。また N 末端
に 3 つの硫酸基を含み、その構造がローリング現象に関与していることも知られている。
本研究では PSGL-1(43-74)を 2 本のセグメントに分割し、N 末端セグメントをチオエステ
ル化した後、銀イオンを用いたチオエステル縮合法にて合成した。その結果、加水分解反
応による副生成物が確認されたが、脱水処理により目的物の収率は改善できた。
しかし改善の余地はまだあると思われるため、今後は加水分解反応を完全に抑え収率の
改善を図り、より収率を増加させる条件の検討を行う予定である。
本研究は、硫酸化タンパク質の関与するタンパク質-タンパク質相互作用の解析に貢献
できると思われる。
キーワード
1.PSGL-1
2.Fmoc 固相合成
3.Fmoc-Tyr(SO3Na)-OH
4.チオエステル化
5.P-selectin
6.ペプチド合成
7.逆相 HPLC
8.MALDI-TOF-MS
9.硫酸化チロシン
10.負イオン測定モード
11.チオエステルセグメント 12.硫酸化チロシン含有ペプ
縮合
チド
13.Native chemical
14.2-Clt resin
15.銀イオン
16.合成硫酸化ペプチド
17.翻訳後修飾
18.長鎖硫酸化ペプチド
19.sulfoprotein
20.保護体ペプチド
ligation
目 次
1. はじめに
1
2. 実験及び結果
2
2-1. PSGL-1[56-74]の合成
2
2-1-1. 固相合成
2
2-1-2. ペプチドの分析・精製
3
2-2. PSGL-1[43-55]の合成
4
2-2-1. 固相合成
4
2-2-2. ペプチドの分析
5
2-3. チオエステル化
7
2-3-1. チオエステル化反応
7
2-3-2. チオエステルセグメントの分析・精製
8
2-4. チオエステル縮合法
10
2-4-1. 反応前準備
10
2-4-2. チオエステル縮合反応
10
3. 考察・結論
12
謝 辞
14
引用文献
15
略語表
PSGL-1 : P-slectin glycosulfopeptide ligand-1
HPLC : High-performance Liquid Chromatography
MALDI-TOF-MS : matrix-assisted laser desorption / ionization-time of
flight-mass spectrometry
試薬
DMF
: N,N-dimethylformamide
DCC
: dicyclohexylcarbodiimide
DMAP : N,N-dimethyl-4-aminopyridine
PyBOP : Benzotriazole-1-yl-oxy-tris-pyrrolidino-phosphonium
hexafluorophosphate
NMM : 4-Methylmorpholine
HOOBt : 3-Hydroxy-1,2,3-benzotriazin-4(3H)-one
Ether : diethyl ether
TFA
: Trifluoroacetic acid
CHCA : α- Cyano-4-hydroxycinnamic Acid
DIEA : N,N-diisopropylethylamine
Clt
: 2-chlorotrityl chloride resin
TIPS
: Triisopropylsilane
THAP : 2',4',6'-Trihydroxy acetophenone monohydrate
HFIP : 1,1,1,3,3,3-Hexafluoro-2-propanol
HOBt
: N-Hydroxybenzotriazole
WSCD・HCl : Water-Soluble Carbodiimide Hydrochloride
DIC
: N,N’-Diisopropylcarbodiimide
DMSO : Dimethyl sulfoxide
保護基
Pbf
Pfp
tBu
Trt
: 2,2,4,6,7-Pentamethyl-dihydrobenzofurane-5-sulfonyl
: Pentafluorophenyl
: t-Butyl
: Trityl
論 文
1. はじめに
P-selectin glycosulfopeptide ligand-1 (PSGL-1)は白血球上に存在している膜タン
パク質であり、その分子量は 120 kDa で 402 個のアミノ酸から構成されている [1]。
白血球上の PSGL-1 は、炎症により誘導された血管内皮細胞上の P-selectin と結合・
解離を繰り返すローリング現象を起こすことが知られている。このローリング現象により白
血球は血管外に浸潤し、炎症部位に遊走を始める [2]。PSGL-1 の N 末端部 46,48,51
位 Tyr は硫酸化の修飾をうけており、PSGL-1 と P-selectin との結合は、この硫酸化チロ
シンクラスターが関与していることが明らかになっている [1]。
本研究では、チオエステルセグメント縮合法を硫酸化タンパク質の合成に適用する研
究の一環として、硫酸化チロシンクラスターを含む PSGL-1(43-74)のペプチドの合成研
究を行った (Fig. 1)。
チオエステル縮合法とは、縮合する 2 本のペプチド鎖のうち、一方のペプチド鎖の C
末端カルボキシル基をチオエステル化し
たのち、銀イオンによってチオエステル
部位を活性化して、もう一方のペプチド
セグメントの N 末端のアミノ基と反応させ
る手法である [3]。チオエステル部位は
アミノ基と選択的に反応するため、アミノ
基を側鎖に持つ Lys 及びスルフヒドリル
基を有する Cys 以外のアミノ酸側鎖官能
基を保護する必要がない [3]。チオエス
テル縮合法は逐次的な固相合成法が困
難な 100~150 残基のペプチドの合成に
Fig. 1 チオエステル縮合
適用できる方法であり、糖ペプチドやリン
酸化ペプチドへの適用も行われている。硫酸化ペプチドへのチオエステル縮合法の例は、
Kitagawa らの報告があるものの全ての硫酸化ペプチドへ適用できるものではない。今
1
回硫酸化チロシンを含むペプチドチオエステルセグメントの合成とそれを用いた縮合を行
い、チオエステル縮合法の硫酸化ペプチド合成への適用拡大を検討した。
2. 実験及び結果
2-1. PSGL-1[56-74]の合成
2-1-1. 固相合成
ペプチドの合成は Fmoc 固相合成法にて行った。その配列を Fig. 2 に示す。このペプ
チドは完全無保護でチオエステル縮合の際の C 末端側セグメントとして使用できることか
ら、固相樹脂として、p-benzyloxybenzyl alcohol resin (0.70 mmol/g 100-200 mesh
渡辺化学工業 (広島))を用いた。樹脂 (0.35 mmol)を遠沈管に量りとり、
N,N-dimethylformamide (DMF)で 3 時間膨潤させた。dicyclohexylcarbodiimide
(DCC) 3 eq.と Fmoc-Gly-OH 6 eq.を量りとり、DMF に溶かし氷冷下で 20 分間撹拌し
た。析出する DCC-ウレアをろ過で除いた後、反応溶液及び
N,N-dimethyl-4-aminopyridine (DMAP) 1 eq.を DMF で膨潤させた樹脂に加え、室
温で 60 分間撹拌した。樹脂を PD-10 Empty Column (GE healthcare (USA))に移し、
DMF で 4 回洗い込んだ。最後に樹脂の未反応部分をアセチル化にてキャッピングをし、
DMF で 8 回洗い込んだ。こうして調整した Fmoc-Gly-樹脂を 20% ピペリジンで 20 分
間処理することで Fmoc 基を除去した。その後樹脂を DMF で 8 回洗浄した。各アミノ酸
の縮合には、Fmoc-アミノ酸 3 eq.、
Benzotriazole-1-yl-oxy-tris-pyrrolidino-phosphonium hexafluorophosphate
(PyBOP) 3 eq.、4-Methylmorpholine (NMM) 9 eq.を用い、DMF 中 37℃で 120 分
間撹拌した。また Asn を縮合する際は、Fmoc-Asn-OPfp 5 eq.、
3-Hydroxy-1,2,3-benzotriazin-4(3H)-one (HOOBt) 5 eq.、NMM 5 eq.で行った [4]。
120 分間の攪拌後、樹脂を 4 回洗浄し、Kaiser テストを行って縮合反応の完了を確認し
た。Kaiser テストで色を呈した場合は再度縮合を行った。Fmoc 基の脱保護と Fmoc-アミ
ノ酸の縮合を上記の方法で繰り返し行った。ペプチド鎖の合成が終了した樹脂は、
Methanol で 4 回、Diethyl ether (ether)で 4 回洗浄し、デシケーター中で減圧乾燥さ
せた。
2
Fig. 2 PSGL-1(56-74)合成配列
以下に使用したアミノ酸を記す。
Fmoc-Thr(tBu)-OH, Fmoc-Leu-OH, Fmoc-Pro-OH, Fmoc-Asp(tBu)-OH,
Fmoc-Ser(tBu)-OH, Fmoc-Asn-OPfp, Fmoc-Arg(Pbf)-OH,
Fmoc-Met-OH, Fmoc-Glu(tBu)-OH
Pbf : 2,2,4,6,7-Pentamethyl-dihydrobenzofurane-5-sulfonyl
Pfp : Pentafluorophenyl
tBu
: t-Butyl
Trt : Trityl
2-1-2. ペプチドの分析・精製
乾燥後のペプチド樹脂を 200 mg 遠沈管に量り取り、Trifluoroacetic acid (TFA)
2.85 ml、Bromotrimethylsilane 0.5 ml、Thioanisole 0.45 ml、m-cresol 200 μl、
Ethandithiol 200 μl の混合液を加え、氷冷下で 90 分間攪拌し、側鎖保護基の脱保護
と同時に樹脂からの切断を行った。吸引ろ過にて樹脂をろ去し、得られたろ液を減圧濃
縮した。その後残渣に冷 ether を加え粗ペプチドを沈殿させ、遠心分離にて (3500 rpm,
r.t., 10 min)上澄みを除き、再び沈殿を冷 ether で洗浄した。この洗浄操作は 3 回繰り
返し、洗浄後は沈殿をデシケーター中で減圧乾燥させた。その後蒸留水で沈殿を溶解さ
せ、凍結乾燥した。
粗ペプチドは逆相 High-performance Liquid Chromatography (HPLC)にて分
析・精製を行った。分析用カラムは、COSMOSIL 5C18 AR-Ⅱ (4.6×250 mm)を用い、
移動相の流速は 0.8 ml/min に設定した。移動相には 0.1% TFAaq. (A 液)/0.1% TFA・
CH3CN (B 液)を用いた。B 液の初濃度を 10%に設定し、40 分後に 50%になるように分
析した (Fig. 3)。その後ピーク a が約 21 分に得られた (Fig. 3)。得られたペプチド溶液
を凍結乾燥後、ペプチド粉末を matrix-assisted laser desorption / ionization-time
of flight-mass spectrometry (MALDI-TOF-MS、Autoflex Ⅲ:Brucker Daltonics
(ドイツ))で確認した (Table 1)。その結果理論値に一致する [M+H]+のピークが得られ
たため、目的物であると判断した。分析時に得られたチャートをもとに、精製用カラム
COSMOSIL 5C18 AR-Ⅱ (10×250 mm)で流速 2.0 ml/min,分析カラムと同じ
Gradient でメインピークを分取した。最終収量は 11.78 mg (8.1%)であった。
3
Fig. 3 PSGL-1(56-74)逆相 HPLC チャート
Gradient:0.1% TFA/CH3CN 10-50%
ピーク a を分取
Table 1 MALDI-TOF-MS の結果
Theor. Mono.
サンプル名
ピーク a
[M]
2087.9681
CHCA
[M+H]+
2088.9759
Positive
[M+Na]+
2110.9579
※Found
2088.943
※α- Cyano-4-hydroxycinnamic Acid (CHCA)を用いて測定した。
※分析 Method:reflect,positive
2-2. PSGL-1[43-55]の合成
2-2-1. 固相合成
本ペプチドは硫酸化チロシンを含み、またペプチド鎖構築後にチオエステル化を行う
ことから保護基を付けたままペプチドを樹脂から遊離させる必要がある。その配列を Fig.
4 に示す。したがって固相担体には、極めて緩和な酸性条件下で遊離ペプチドを得るこ
とができる 2-chlorotrityl chloride resin (200-400 mesh,1.52 mmol/g)を用いた [5,6]。
樹脂 0.38 mmol を PD-10 Empty Column に量り取り、DMF 中で一晩膨潤させた。
Fmoc-Pro-OH 0.20 mmol 及び N,N-diisopropylethylamine (DIEA) 8 eq.加えて室
温で 120 分間攪拌した [4]。その後 Methanol を 1 ml 加え 10 分間攪拌し、反応を停
止させた。樹脂を DMF で 4 回、Methanol で 4 回、ether で 4 回洗浄した。デシケータ
ー中で乾燥して Fmoc-Pro-樹脂とした。
4
樹脂を 20% ピペリジンで 20 分間処理し、Fmoc 基を除去した。その後樹脂を DMF
で 8 回洗浄したのち、Fmoc-アミノ酸 3 eq.、PyBOP 3 eq.、NMM 9 eq.を用いて、DMF
中 37℃にて 120 分間撹拌して各アミノ酸を縮合した。その後樹脂を 4 回洗浄し Kaiser
テストを行い、縮合反応の完了を確認した。Kaiser テストで色を呈した場合は再度縮合
を行った。Fmoc 基の脱保護と Fmoc-アミノ酸の縮合を上記の方法で繰り返し行った。N
末端側の Tyr(SO3)は Fmoc-Tyr(SO3Na)-OH を building block として縮合した。ペプ
チド鎖の合成が終了した樹脂は、Methanol で 4 回、ether で 4 回洗浄し、デシケーター
中で減圧乾燥させた。
Fig. 4 PSGL-1(43-55)合成配列
以下に使用したアミノ酸を記す。
Fmoc-Ala-OH, Fmoc-Thr(tBu)-OH, Fmoc-Glu(tBu)-OH,
Fmoc-Tyr(SO3Na)-OH, Fmoc-Tyr(tBu)-OH
Fmoc-Leu-OH, Fmoc-Asp(tBu)-OH, Fmoc-Phe-OH
tBu
: t-Butyl
2-2-2. ペプチドの分析
樹脂約 20 mg を遠沈管に量り取り、氷冷した 95% TFA (TFA : Triisopropylsilane
(TIPS)=95:5)を 4 ml 加えて氷冷下で 3 時間攪拌し、ペプチド側鎖の脱保護と同時に樹
脂からの切断を行った。吸引ろ過で樹脂をろ去し、得られたろ液を減圧濃縮した。その後
残渣に冷 ether を加え粗ペプチドを沈殿させ、遠心分離にて (3500 rpm, r.t., 10 min)
上澄みを除き、再び沈殿を冷 ether で洗浄した。この洗浄操作は 3 回繰り返し、洗浄後
は沈殿をデシケーター中で減圧乾燥させた。その後蒸留水及び CH3CN で粉末を溶解
させ、凍結乾燥した。
粗ペプチドの分析は 2-1-2 同様に逆相 HPLC を用いて行った。分析用カラムは、
COSMOSIL 5C18 AR-Ⅱ (4.6×250 mm)を用い、移動相の流速は 0.8 ml/min に設定
した。移動相には 0.1 mol/l AcONH4 (A 液)/CH3CN (B 液)を用い、B 液の初濃度を
30%に設定し、40 分後に 60%になるように分析した (Fig. 5)。その結果ピーク b が約 16
分に得られ、そのピークを分取した (Fig. 5)。得られたペプチド溶液を凍結乾燥し、白色
の粉末を MALDI-TOF-MS の Negative mode で確認した (Table 2)。その結果理論
5
値と一致する [M-H]-及び [M-H-SO3]-のピークが得られたことから、メインピーク
は目的の配列のペプチドであることがわかり、粗ペプチドの HPLC から、このまま保護ペ
プチドをチオエステル化することとした。
Fig. 5 PSGL-1(43-55)逆相 HPLC チャート
Gradient:CH3CN 10-50%,ピーク b を分取
Table 2 MALDI-TOF-MS の結果
Theor. Mono.
サンプル名
※Found
ピーク b
[M-H]-
1938.7308
1939.402
THAP
[M-H-SO3]-
1858.7740
1859.321
Negative
※2',4',6'-Trihydroxy acetophenone monohydrate (THAP)を用いて測定した。
※分析 Method:reflect,negative
6
2-3.チオエステル化
2-3-1. チオエステル化反応
実験プロトコールは Futaki ら及び
Kitagawa らの手法を引用した [5,6]。
2-2 で得られたペプチド樹脂約 100 mg
を遠沈管に取り、
1,1,1,3,3,3-Hexafluoro-2-propanol
(HFIP)/CHCl2 (1:4)を 5 ml 加え、室温
で 30 分間攪拌し、ペプチドを樹脂から
切断した (Fig. 6-ⅰ)。吸引ろ過にて樹
脂をろ去し、得られたろ液を減圧濃縮し
た。その後残渣に冷 ether を加え粗ペプ
チドを沈殿させ、遠心分離にて (3500
rpm, r.t., 10min)上澄みを除き、再び沈
殿を冷 ether で洗浄した。この洗浄操作
Fig. 6 チオエステル化の流れ
(ⅰ) HFIP:CHCl2 (1:4),25℃,30 min; (ⅱ)
は 3 回繰り返し、洗浄後は沈殿をデシケ
eq.),
ーターで減圧乾燥させた。得られた白色
HOBt (15 eq.), WSCD・HCl or DIC (15
粉末を秤量し、収量は 61.97 mg であっ
eq.),4℃,7 day; (ⅲ) 95% TFA,0℃,4 hr
た。保護硫酸化ペプチドを DMF に溶か
Clt:2-chlorotrityl chloride resin
し、氷冷下に Ethyl
Ethyl
3-mercaptopropionate
(25
3-mercaptopropionate 25 eq.、
N-Hydroxybenzotriazole (HOBt) 15 eq.、Water-Soluble Carbodiimide
Hydrochloride (WSCD・HCl)または N,N’-Diisopropylcarbodiimide (DIC) 15 eq.を
加えた。氷冷下で 5 分間攪拌し、その後 4℃で攪拌した (Fig. 6-ⅱ)。約 24 時間ごとに
反応の進行度を TLC で確認した。反応終了後、反応液を減圧濃縮した。その後残渣に
冷 ether を加え粗ペプチドを沈殿させ、遠心分離にて (3500 rpm, r.t., 10 min)上澄み
を除き、再び沈殿を冷 ether で洗浄した。この洗浄操作は 3 回繰り返し、洗浄後はデシケ
ーター中で減圧乾燥させた。その後蒸留水及び CH3CN で粉末を溶解し、凍結乾燥した。
凍結乾燥後の粉末に氷冷した 95% TFA (TFA : TIPS = 95:5)を 4 ml 加えて氷冷下で 4
時間攪拌し、側鎖保護基の脱保護を行った (Fig. 6-ⅲ)。その後ペプチドの TFA 溶液を
7
減圧濃縮した。残渣に冷 ether を加え粗ペプチドの沈殿を析出させ、遠心分離にて
(3500 rpm, r.t., 10 min)上澄みを除き、再び沈殿を冷 ether で洗浄した。この洗浄操作
は 3 回繰り返し、洗浄後はデシケーター中で減圧乾燥させた。その後蒸留水及び
CH3CN で粉末を溶解し、凍結乾燥した。収量は 69.75 mg であった。
今回の実験では反応時に用いる試薬として DIC または WSCD・HCl の 2 種類で行い、
その結果を比較した。DIC を用いると白色粉末になり、WSCD・HCl を用いると茶色の泥
状になった。
2-3-2. チオエステルセグメントの分析・精製
凍結乾燥させた硫酸化チロシンを含むチオエステルセグメントの分析は 2-1-2 同様に
逆相 HPLC を用いて行った。分析用カラムは、COSMOSIL 5C18 AR-Ⅱ (4.6×250
mm)を用い、移動相の流速は 0.8 ml/min に設定した。移動相には 0.1 mol/l AcONH4
(A 液)/CH3CN (B 液)を用い、B 液の初濃度を 30%に設定し、40 分後に 70%になるよう
に分析した (Fig. 7)。その結果ピーク c が約 21 分に得られた (Fig. 7)。得られた白色粉
末を MALDI-TOF-MS の Positive mode 及び Negative mode で確認した (Table 3)。
その結果 Positive mode では [M+Na-SO3]+及び [M+K-SO3]+が、Negative
mode では [M-H]-及び [M-H-SO3]-の値が目的物の理論値と一致していたため、
目的物であることが確認できた。分析で得られたチャートをもとに、COSMOSIL 5C18
AR-Ⅱ (10×250 mm)カラム、流速 2.0 ml/min,分析カラムと同じ Gradient でメインピ
ークの分取を行い、得られたペプチド溶液は凍結乾燥した。最終収量は 9.35 mg
(6.48%)であった。
8
Fig. 7 Fmoc-PSGL-1(43-55)-SR の逆相 HPLC 分析
Gradient:CH3CN 30-70%, ピーク c を分取。
Table 3 MALDI-TOF-MS の結果
Theor. Mono.
サンプル名
※Found
ピーク c
[M+Na-SO3]-
1998.8012
1998.941
THAP
[M+K-SO3]-
2014.7751
2014.957
ピーク c
[M-H]-
2054.7604
2054.105
THAP
[M-H-SO3]-
1974.8036
1974.096
Positive
Negative
※THAP を使用して測定を行った。
※分析 Method:reflect,positive and reflect,negative
9
2-4. チオエステル縮合法
2-4-1. 反応前準備
チオエステル縮合を行う前に、反応に用いる各ペプチドセグメントの脱水処理を行った。
各ペプチドを DMF で溶解し、エバポレーターで乾固させた。その後デシケーターにかけ、
減圧乾燥下で保存した。また両ペプチドを HPLC にて分析し、原料のピークの位置を確
認した (Fig. 8)。分析用カラムは COSMOSIL 5C18 AR-Ⅱ (4.6×250 mm)を用い、移
動相の流速は 0.8 ml/min に設定した。移動相には 0.1 mol/l AcONH4 (A 液)/CH3CN
(B 液)を用い、B 液の初濃度を 10%に設定し、40 分後に 90%になるように分析した。
Fig. 8 チオエステル縮合に用いる 2 つのペプチドセグメントの HPLC
(ⅰ),(ⅱ) Gradient:CH3CN 10-90%
反応 0 hr 時における原料のピークの位置を特定した。
2-4-2. チオエステル縮合反応
チオエステル縮合反応は、Kitagawa らの方法により行った [6]。AgNO3 3 eq.、
HOOBt 30 eq.、DIEA 20 eq.を Dimethyl sulfoxide (DMSO,dehydrated for
Organic synth)中で混合し、室温で 1 時間攪拌した。その後 2-4-1 で脱水処理を行った
ペプチドを DMSO で溶かし、反応を行うチューブに移した。
逆相 HPLC で経時的に反応の進行度を確認した (Fig. 9)。反応開始後 6 時間まで追
跡し、その際確認されたピーク d , e を分取した。分取後に得られたペプチド溶液を凍結
乾燥し、白色粉末を MALDI-TOF-MS の Positive mode 及び Negative mode で同定
10
した (Table 4)。その結果ピーク d が目的生成物であり、ピーク e は反応出発物質の一つ
である Fmoc-PSGL-1(43-55)-SR が加水分解を受けた物であることがわかった。得られ
た目的物の収量は微量であった。
Fig. 9 チオエステル縮合における反応追跡 HPLC
(ⅰ),(ⅱ),(ⅲ),(ⅳ) Gradient:CH3CN 10-70%
(ⅰ)反応開始 0 hr, (ⅱ)反応開始 4 hr, (ⅲ)反応開始 5 hr, (ⅳ)反応開始 6 hr
11
Table 4 MALDI-TOF-MS の結果
Theor. Ave.
サンプル名
※Found
ピーク d
[M+H-SO3]+
3933.1931
3932.614
THAP
[M+Na]+
4035.2382
4034.535
Positive
[M+K-SO3]-
3971.2835
ピーク d
[M-H]-
4011.2404
4012.377
THAP
[M-H-SO3]-
3931.1772
3932.120
ピーク e
[M+H-SO3]+
3933.1931
1860.809
THAP
[M+Na-SO3]+
3955.1750
1882.223
Positive
[M+K-SO3]+
3971.2835
1898.373
ピーク e
[M-H]-
4011.2404
1940.855
THAP
[M-H-SO3]-
3931.1772
1861.046
Negative
Negative
※THAP を用いて測定した。
※分析 Method:linear,positive and linear,negative
3. 考察・結論
今回の実験結果より、縮合反応の生成物としては目的とするペプチドとチオエステル
セグメントの加水分解物だけであり、硫酸化ペプチドチオエステルを用いた硫酸化ペプ
チドの合成は可能であることが明らかになった。加水分解反応による副生成物の生成が
多かったが、試薬または反応槽のより厳密な脱水処理を行うことで収率の改善が見られ
た。今後は粉末だけでなく DMSO,DIEA などの液体試薬の脱水処理、及び反応槽の窒
素置換も考えたい。加水分解反応を完全に抑えることができれば、最終生成物の収率は
さらに改善すると思われる。またコントロールとして非硫酸化体のペプチドチオエステルを
用いて同様の縮合反応を行い、この場合の加水分解副生成物の有無も検討しておく必
要もある。
今回合成したペプチドは硫酸基が 1 つのみであったが、本来 PSGL-1 の硫酸化チロ
シンクラスターは、硫酸化チロシン残基を構造中に 3 つ有するペプチドである。今後
12
48,51 位のチロシン残基も硫酸化されたペプチドを用いて同様の反応を行い、複数の硫
酸基を有するペプチドチオエステルの合成とそれらを用いた縮合を試みる予定である。
硫酸化ペプチドは、生体内において様々な場所に存在している。例えば天然の CC ケ
モカインレセプターの CCR4 や CCR5 には 4 つの硫酸化チロシン残基が含まれており、
その中でも CCR5 は CD4 によって認識され HIV 表面に存在する glycoprotein120
(gp120)と結合することで、HIV が宿主細胞の中に取り込まれる [7]。これを利用した医
薬品としてマラビロクといった抗ウイルス薬も市販されている。
本合成研究は長鎖硫酸化ペプチドの一般的な化学合成に貴重な情報を与えるもので
あり、硫酸化タンパク質の関与するタンパク質-タンパク質相互作用の解析に貢献できる
ものと思われる。
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謝 辞
本研究の終りに、有益なご助言及びご指導を頂きました新潟薬科大学薬学部薬品製
造学研究室 北川 幸己 教授に心から感謝いたします。
また本研究を進めるにあたって、活発にご助言及びご討議、ご指導頂いた新潟薬科大
学薬学部薬品製造学研究室 浅田 真一 助教に心から感謝いたします。
本研究を進めるにあたり実験協力して頂いた、新潟薬科大学薬学部薬品製造学部研
究室 小林 沙織氏、渡邊 翔氏に心から感謝いたします。
最後に、研究室のメンバー全員に深く感謝いたします。
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引 用 文 献
1. Leppänen A., Mehta P., Ouyang Y.B., Ju T., Helin J., Moore K.L., et.al.
(1999) J. Bio. Chem. 274, 24838-24848.
2. 今井 康之, 「免疫学」, 山本 弘編, 化学同人, 京都, (2008) 22-23
3. Aimoto S., (1999) Biopolymers. 51, 247-265
4. Kitagawa K., Aida C., Fujiwara H., Yagami T., et.al. (2001) J. Org, Chem. 66,
1-10
5. Futaki S., Sogawa K., Maruyama J., Asahara T., Niwa M., (1997)
Tetrahedron Letters. 38, 6237-6240
6. Kitagawa K., Adachi H., Sekigawa Y., Yagami T., Futaki S., et.al. (2004)
Tetrahedron. 60, 907-918
7. Kehoe J.W., and Bertozzi C.R. (2000) Chemistry&Biology. 7,R57-61
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