金丸悠児 - 月刊ギャラリー

No.4
Yuji KANAMARU
な作品にしていきたいなあと考
う に、 無 意 識 に 働 き か け る よ う
断 片 に 繋 が っ て、 深 層 心 理 の よ
世界に発信する
アーティストたち
●金丸悠児
い う こ と は、 実 際 に 自 分 で 見 な
場所で自分が勝負できるのかと
現 場 だ と 思 い ま す ね。 ど う い う
多 分 そ れ は、 す ご く メ ジ ャ ー な
う の が 見 え て く る ん で す け ど、
ものが発表されているのかとい
国のトレンドとしてどういった
を 辿 っ て い く と、 例 え ば、 そ の
い る じ ゃ な い で す か。 そ の 情 報
を使えば情報がすごく開かれて
金 丸 特 別 な 対 象 は ま だ あ り ま
せ ん。 今、 イ ン タ ー ネ ッ ト な ど
か。
たいという国などはあるんです
―― 台 湾 以 外 に、 特 別、 発 表 し
裕がないかもしれないので…。
き た い で す ね。 で も、 時 間 の 余
違 う と 思 い ま す の で、 と て も 行
の と、 直 に 触 れ る の は ま っ た く
ん で い る の か と か、 情 報 で 知 る
て い る の か、 ど う い う 作 品 が 並
て描きましたか。
―― 出 品 作 品 は、 台 湾 を 意 識 し
ます。
ていた方がいいのかと思ってい
全体をエリアのように意識をし
と 思 い ま す。 僕 自 身 も、 ア ジ ア
なくなっているんじゃないかな
か前までのように特別なもので
を も っ て い ま す ね。 や は り 何 年
全体が一つのエリアという印象
金 丸 周 り の 若 い ア ー テ ィ ス ト
た ち を 見 て い る と、 今 は ア ジ ア
な思いはあるんですか。
―― ア ジ ア と い う 地 域 に は 特 別
という気持ちはありますね。
向きに積極的にやっていきたい
ら、 そ の チ ャ ン ス を 活 か し て 前
思ってくださる方に巡り会えた
だ い て、 作 品 を 発 表 さ せ た い と
が、 自 分 の 作 品 を 評 価 し て い た
がでるまでは何とも言えません
け る の で 期 待 し て い ま す。 結 果
ら、 そ こ に 大 作 を 出 し て い た だ
金丸 台湾で規模が一番大きい
歴史のあるアートフェアですか
品するそうでうね。
ト台北」に100号の大作を出
気 が し て い ま す。 な の で、 自 分
る特別感というのがないような
あ っ た せ い な の か、 海 外 に 対 す
多 か っ た と い う か、 そ の 経 験 が
幼少期を海外で過ごした時期が
ニューヨークに住んでいました。
は イ ラ ン、 小 学 生 の 頃 は 3 年 半
で す け ど、 生 ま れ た ば か り の 頃
れ は、 僕 の プ ラ イ ベ ー ト な こ と
広 い エ リ ア を 持 ち た い で す。 こ
す け ど、 や は り、 展 開 と し て は
けでも恵まれていると思うんで
ら っ て い て あ り が た い、 そ れ だ
金 丸 持 っ て い き た い と い う 気
持 ち は あ り ま す ね。 し か し 今 本
えていますか。
展開というのもやはり真剣に考
い 状 態 の よ う で す が、 海 外 へ の
ジ ュ ー ル だ け で も、 相 当 お 忙 し
―― 現 在、 国 内 の 展 覧 会 の ス ケ
国というのはまだないですね。
で す ね。 だ か ら 具 体 的 に ど こ の
観る人の無意識の部分の記憶の
画面全体に散りばめられていて、
ですけど、「記憶の断片」として
体に脈絡があるわけではないん
ウ ツ ボ が い た り と か、 そ れ ら 自
が あ っ た り、 気 球 が あ っ た り、
り、 こ こ に 樹 木 が あ っ た り、 傘
い ま す。 タ ツ ノ オ ト シ ゴ が い た
ダムにいろいろなモノを描いて
す ね。 麻 布 と か 英 字 新 聞 に ラ ン
コラージュを多用しているんで
て表現しているつもりなんです
表 情 と か、 そ れ を ず っ と 継 続 し
内 面 性 だ と か、 動 物 の 人 間 的 な
外見をそのまま描くのではなく、
ト と し て は、 動 物 の 見 え て い る
る 理 由 と い い ま す か、 コ ン セ プ
金 丸 今 回 特 に 動 物 を 描 い て い
ま す。 日 頃 か ら 動 物 を 描 い て い
すか。
―― ど ん な 作 品 を 出 品 す る ん で
ですね。
現 を 見 て も ら っ て、 と い う 感 じ
トを考えて制作をするというス
金 丸 ま だ 新 参 者 で す の で、 現
地で認められているようなアー
月 の ア ー ト フ ェ ア「 ア ー
い と 分 か ら な い で し ょ う ね。 こ
の活躍できる場があればどこに
――
自 分 の 過 去 の 記 憶 と、 無 意 識 が
れは自分がどの国でやりたいの
け ど。 出 品 作 に 関 し て 言 え ば、
――実際の反応を確かめに、アー
思っているんです。
で き る の か、 ど こ で 自 分 の 作 品
自分の作品でどういう闘い方が
で広げていけるのじゃないかと
と い う 気 持 ち で は な く、 自 然 体
気 で い ま す が、 こ と さ ら 海 外 だ
で も 行 き ま す し、 最 善 を 尽 く す
当に日本の中で発表させても
ト台北には行ってみたいですか。
が 評 価 さ れ る の か い う こ と を、
じっくり対面していただく中で、
ト イ ン プ レ シ ョ ン で、 可 愛 い な
と か、 面 白 い な あ と 思 っ て い た
知りたいなという気持ちが強い
僕の中でより重要だと思っています
金 丸 行 き た い で す ね。 現 地 の
空 気 と か、 ど う い う 人 が 見 に 来
品をより多くの人に知ってもらうことが、
作
タ ン ス で は な く、 ま ず 自 分 の 表
結 び つ い て、 よ り 深 い 所 ま で 浸
かという前の段階なんですけど、
11
透していければうれしいなと
親しみやすいモチーフの奥には多層構造の
無意識の世界が広がる
金丸作品は、観る者を「記憶の断片」を
辿るような心の旅にいざなう。
だ く の が 大 前 提 な ん で す け ど、
え て い ま す。 も ち ろ ん フ ァ ー ス
画家として作家活動をスタートさせて 15 年の歳
月を数えた金丸悠児。現在、国内でもっとも展覧会
への出品依頼が多い作家の一人といえるだろう。動
物や街並み、サボテンなどのさまざまなモチーフの
シリーズ作品があるが、どの作品を見ても独自の重
厚なマチエールと絵肌で、金丸作品だとすぐに判別
できる。この重厚な絵肌の中に、人間探求の深い思
いが隠されているのだが、そのコンセプトが自然と
作品に個性的なマチエールを与えている。
「陸の唄」100F 28
29
【インタビュー・シリーズ 夢プロジェクト】
な、 こ の シ リ ー ズ タ イ ト ル の よ
アーティストたち」というよう
―― つ ま り、「 世 界 に 発 信 す る
思います。
品を見てもらって知ってもらっ
知 っ て も ら う と い う こ と は、 作
で よ り 重 要 だ と 思 っ て い ま す。
人に知ってもらうことが僕の中
本 当 に 絵 を 描 い て、 よ り 多 く の
せ て 頂 い て き ま し た か ら。 も う
し、 ジ ワ ジ ワ と 途 切 れ ず 発 表 さ
な注目のされ方もしていません
金 丸 そ う で す ね、 す ご く 恵 ま
れ て い た な と 思 い ま す ね。 極 端
自身ではどのように思いますか。
続 け て き た と い う こ と を、 自 分
―― こ こ ま で 継 続 し て 評 価 さ れ
が大切だと意識しています。
金 丸 視 覚 的 に ま ず 分 か る と い
う こ と。 も ち ろ ん 自 分 な り の コ
―― どんなことを学んだのですか。
ただきました。
本当に多くのことを学ばせてい
ど 中 島 先 生 が 退 官 さ れ ま す が、
金 丸 作 家・ 金 丸 悠 児 と し て は
というビジョンはありますか。
―― ど ん な 作 家 に な っ て い こ う
というように思っています。
でも機会があれば冷静に頑張る
金 丸 い わ ゆ る 憧 れ で 海 外 旅 行
に い く と い う の が な い で す ね。
ですね。
場を広げていこうという捉え方
ることが大切だというのも肝に
環境から途切れずに制作を続け
き 続 け て い る 人 で す。 そ う い う
て い る の は、 継 続 し て ず っ と 描
と同じ卒業生で共通して活躍し
こ と が 大 き か っ た で す ね。 そ れ
の先生の背中を間近で見られた
ましたよね。
家としての活動を続けてこられ
―― こ れ ま で、 本 当 に 順 調 に 作
とだと思うんですけど。
さらに展開を大きくしていくこ
や、 一 緒 に 仕 事 し て い る 方 々 と
タ イ ル と、 応 援 し て く だ さ る 方
ね。 今 の 自 分 が 考 え 得 る 表 現 ス
て、 と い う こ と だ と 思 う ん で す
金 丸 フ ッ と 瞬 間 に 降 り て く る
こ と が あ り ま す ね。 何 と な く ア
ように浮かんでくるんですか。
―― 次 の 作 品 の ア イ デ ア は ど の
す。
まらないんじゃないかと思いま
い る 限 り は、 多 分、 僕 は 筆 は 止
どんどん描ける環境をもらって
ん で す が、 作 家 と し て 人 間 と し
い絵を描き続けることもそうな
い る と 思 っ て い ま す。 そ れ は い
いかないといけない時期にきて
ち の た め に も、 き ち ん と 応 え て
う な 気 が し ま す。 そ う い う 方 た
ださった方も随分増えてきたよ
そ れ 以 降、 継 続 し て 応 援 し て く
初 め て 画 廊 で 個 展 を し て か ら。
年に
発 表 し て く だ さ い。 今 は、 台 北
向 か っ て、 ど ん ど ん 良 い 作 品 を
が誕生してきているわけですね。
―― そ う い う 形 で こ れ ま で 作 品
というのがありますね。
かな、という感じに降りてくる。
瞬 間 に、 あ あ こ う い う も の い い
無意識にシャワーを浴びている
タ ー ト が 切 れ た。 今 年 は ち ょ う
て く れ た こ と で、 す ご く い い ス
その教え子ということで期待し
恵 を 得 た こ と で し ょ う。 周 り が
先生がいてという中で大きな恩
大 藪 雅 孝 先 生 が い て、 中 島 千 波
大学のデザイン科描画研究室で、
きいのは自分の出身が東京藝術
金 丸 分 か り や す い 作 品 だ と い
う こ と も あ る と 思 い ま す が、 大
てステップアップしていくこと
う な「 世 界 だ 」 と い う 特 別 感 は
て有名になって、メジャーになっ
ンセプトがどんな作家にもある
銘じています。
の 結 果 が ま ず ど う な る か、 気 に
2011 年 アートフェア東京 2011 / 東京国際フォーラム
2012 年 新池袋モンパルナス西口まちかど回遊美術館 金丸悠児展
その他 個展、グループ展など多数
● ART TAIPEI 2012
http://www.art-taipei.com/
11 月 9 日〜 12 日
こ れ か ら も、 よ り 広 い エ リ ア に
わ け で、 そ の コ ン セ プ ト を 添 え
ンテナは張っているんですけど、
※同シリーズは月刊ギャラリーの HP に英語版を紹介しています。
意識的に次どうしようと考えて
2010 年 C-DEPOT 2010 旅 / Shun Art Gallery(上海)
年 近 く た ち ま し た ね、
無 く、 冷 静 に 日 本 以 外 の 発 表 の
「カサナルイノチ」1303 × 450mm
―― 継 続 は 大 切 で す が、 現 在 の
TCAF 2007 / 東美アートフォーラム(以降 '09)
よ う な 多 忙 な 状 況 で も、 創 作 意
ることで理解が深まるというプ
ShinPA 東京展 / 佐藤美術館(以降毎年)
ロセスがあることを学んだのが
2007 年 ShinPA! / おぶせミュージアム・中島千波館(以降毎年)
98
2006 年 韓国青年ビエンナーレ / 大邱文化芸術会館(韓国)
30
31
なるところですね。お忙しい所、
2005 年 損保ジャパン美術財団選抜奨励展
ありがとうございました。
EXHIBITION C-DEPOT 2003(以降毎年)
い る 間 は、 ま だ 視 野 や 思 考 範 囲
2004 年 平成 16 年度新生展 < 新生賞 >
が狭くて駄目なんですが、ふと、
2003 年 東京藝術大学大学院(大藪雅孝研究室)修了
欲は途切れないものなんですか。
2002 年 アーティスト集団 C-DEPOT を設立、代表を務める
大 き い と 思 い ま す。 そ れ よ り も
2001 年 東京藝術大学デザイン科卒業
金丸 やはり機会をいただいて、
1978 年 神奈川県生まれ
15
略歴
先ほども言いましたが二大巨匠
「空の居住区」30F