平成 21 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ 年度新潟薬科大学薬学部

平成 21 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
細胞内膜型 K+(Na+)/H+antiporter Nhx1 の役割
微生物学研究室
微生物学研究室 4 年
06P0
06P079
P079
本間 圭
(指導教員:
山口 利男)
利男)
要 旨
Na +/H+交換輸送体(NHE)は多くの生物に普遍的に存在するトランスポーター
の一つであり、細胞内 pH 制御をはじめ細胞の恒常性維持に重要な役割を果たして
いる。細胞膜型 NHE の詳細な機能や細胞内における役割については古くから多く
の研究報告が蓄積されているが、内膜型 NHE については十分に理解されていない
のが現状である。本稿では、内膜型 NHE として最も研究の進んでいる出芽酵母の
Nhx1 に関して、発見の経緯から最近の知見までを概説し、さらにヒトの内膜型
NHE6~9 について現在明らかとなっている知見について述べる。
Nhx1 は細胞質の Na+や K+などのアルカリカチオンと小胞内の H+を交換するこ
とにより小胞内・細胞内 pH 制御に重要な役割を果たし、また Na+および K+を小
胞内に蓄積することで細胞の塩耐性・浸透圧耐性にも大きく関与している。Nhx1
は細胞内膜系、特に液胞や prevacuolar compartment (PVC)に局在することが知
られており、また小胞輸送においても重要な役割を果たすことが明らかとなりつつ
ある。さらに Nhx1 の親水性の高い C-末端領域に結合する Gyp6 が Nhx1 の活性
制御に重要な役割を果たすことも報告されている。
ヒトの内膜型 NHE6~9 は、オルガネラの内膜に局在することが知られているが、
アイソフォームによってその局在は異なり、Nhx1 と同じくそれぞれが局在する内
膜上において K+(Na+)/H+交換輸送により、内膜系の pH 制御に重要な役割を果た
していると考えられている。従って、NHE6~9 の生化学的特性や機能の詳細な理
解が可能となれば、それらが関与する可能性が高い疾患に対する治療薬の開発など
において、新たなアプローチが開かれることが期待される。
キーワード
1.Nhx1
2.内膜型 NHE
3.細胞膜型 NHE
4.塩耐性
5.急性期浸透圧耐性
6.pH 維持
7.ハイグロマイシン B
8. FM4-64
9. prevacuolar compartment
10.GFP
11.小胞輸送
12.カルボキシペプチダーゼ Y
13.レトログレード
14.アンテログレード
15.two-hybrid 法
16.Gyp6
17.CFP
18.ネガティブレギュレーター
19.免疫蛍光染色法
目 次
1.はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2.Nhx1 の発見:塩耐性・浸透圧耐性における役割
1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
8.おわりに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
9.参考文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7
3.細胞内 pH 維持における役割
4.Nhx1 の細胞内局在
5.小胞輸送における役割
6.Nhx1 の活性制御
7.ヒトの内膜型 NHE
1.はじめに
Na +/H+交換輸送体(NHE)は哺乳動物をはじめ多くの生物に普遍的に存在する
トランスポーターの一つであり、細胞の体積調節や浸透圧の調節、細胞内 pH 調節
などにおいて重要な役割を果たしている。
現在、ヒトの NHE は 10 種類が知られており、その局在を大きく分類すると、
NHE1~5 は細胞膜上に、NHE6~9 はオルガネラの内膜に局在することが知られ
ている。NHE10 はごく最近発見されたアイソフォームで、破骨細胞に存在するこ
とが知られている 1)。
細胞膜型である NHE1~5 の機能については、細胞体積の調節、細胞質の pH 及
び Na+濃度の恒常性維持、上皮組織を介した電解質の輸送などに関与しており、
さらには様々な疾患、例えば高血圧、てんかん、不整脈、緑内障などにも関連があ
ると考えられている 2)。しかしながら、内膜型である NHE6~9 についてはいまだ
報告例が少なく、その詳細な機能や役割は十分には理解されていないのが現状であ
る。一方で、出芽酵母の内膜型 NHE (Nhx1 と呼ばれる)は、哺乳動物の NHE よ
りも研究の歴史は古く、生理的役割や分子の性質など解析が進んでいる。さらに、
ヒト NHE6~9 との相同性も高く、現在知られている NHE6~9 の機能との相関も
見られることから、酵母の Nhx1 の解析で得られる知見は、NHE6~9 の機能を理
解する上でも非常に有用であると考えられる。また、これらの知見を基に、上述の
疾患に対する新しいアプローチが見えてくる可能性も高い。
本稿では、酵母の Nhx1 について、現在までの報告を基に Nhx1 の役割及び生化
学的特徴について述べるとともに、ヒトの NHE6~9 に関しても現段階で知られて
いることについて概説する。
2.Nhx1 の発見:塩耐性・浸透圧耐性における役割
Nass らは、出芽酵母ゲノム上に NHE との相同性が極めて高い蛋白質をコード
する遺伝子(YDR456w)を見出し、1997 年に ydr456w 欠損株を作製して表現型の
解析を行った 3)。
野生株と ydr456w 欠損株の高塩濃度下における成長比較の結果、
中性条件下では野生株と欠損株に差は見られなかったものの、酸性条件においては、
欠損株は野生株に比べ成長が著しく低下することを見出した。YDR456w が酸性条
件下でのみ Na+耐性を示したこと、また、NHE1 と高い相同性を持つ事から、こ
の遺伝子は Na+/H+antiporter をコードすると考えられ、NHX1 と名付けられた。
さらに、Nass らは酵母細胞の Cu2+処理により、内膜を傷つけず細胞膜のみの低分
子透過性を高めたセミインタクト細胞を用い、野生株において Na+が Cu2+処理に
よる影響を受けない画分、すなわち内膜系に蓄積される事、及び nhx1 欠損株では
同様の Na+蓄積が見られない事を見出した 3,4)。以上のことから、Nhx1 は Na+の
1
細胞内への蓄積に関与することが示された。
また、Nhx1 は Na+だけでなく K+の輸送にも関与する事がシロイヌナズナの
NHX(AtNHX1)の解析により報告されている 5)。酵母の Nhx1 に関しても、86Rb
を用いたトレーサー実験により、野生株における 86Rb の蓄積が nhx1 欠損株に比
べておよそ 6 倍近く多かったことを報告しており、86Rb と同様な動態を示すこと
が知られている K+も Nhx1 によって液胞、小胞などに蓄積されると考えられてい
る 6)。また、種々の KCl 濃度において野生株と nhx1 欠損株の生育を比較すると、
nhx1 欠損株は KCl 濃度の上昇に伴って著しく生育が遅れたことから、Nhx1 は細
胞の K+耐性においても重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
また、Nhx1 は細胞の浸透圧耐性に関与することも指摘されている 7)。nhx1 欠
損株は、高濃度のソルビトール存在下において酸性条件下(pH 4.0)での生育が著し
く遅れる。一方で、中性条件下(pH 7.0)では野生型と同程度の生育が見られた。こ
のことは、
Nhx1 を介した浸透圧耐性には pH 勾配が必要であることを示している。
また、高浸透圧条件下に置かれた野生型と nhx1 欠損株の生育を、浸透圧ストレス
への急性期応答の見られる 40 時間後および適応期応答の見られる 90 時間後で比
較したところ、nhx1 欠損株は 40 時間後においては生育に遅れが見られたが、90
時間後では野生型と同程度までに回復していた。このことから、Nhx1 は急性期に
おける浸透圧ショックへの応答に重要な役割を果たすことが示唆された。これらに
加え、酵母の液胞は高浸透圧条件下において速やかに縮小し、数日で元に戻ること
が知られているが、Nhx1 はこの液胞の縮小にも関与している 8,9)。脂溶性の蛍光
色素 FM4-64 で液胞膜を可視化した細胞の観察により、nhx1 欠損株では液胞の収
縮は起こるが、液胞容積の回復は見られないことが示された。このことは、急性期
の浸透圧ストレス応答で見られる液胞容積の回復において、Nhx1 が重要な役割を
果たすことを示唆すると考えられる。また、1M のソルビトール存在下において、
nhx1 欠損株は対数増殖期から定常期に入るまでの時間が、ソルビトール非存在下
に比べ延長し、定常期に入るまでの分裂回数も減少した。これらのことは、Nhx1
は特に対数増殖期において、急性期の浸透圧応答に重要な役割を果たすことを示唆
している。
3.細胞内 pH 維持における役割
Brett らは、nhx1 欠損株および Na+排出に関与する細胞膜型 Na+/H+交換輸送
体(Nha1)の欠損株、さらに両方の輸送体の二重欠損株を用いた実験によって、そ
れぞれの細胞質 pH が、nhx1 欠損株と二重欠損株においては野生型と比較して酸
性側に、nha1 欠損株ではアルカリ側にシフトすることを報告している 6)。このこ
とは Nhx1 が細胞内の pH 調節に関与する事を示すのみならず、Nha1 よりも優位
に働くことを示している。また、上述の様に nhx1 欠損株は酸性条件下における生
2
育が著しく遅れるが、膜を透過する低分子の塩基で過度の細胞内酸性化を打ち消す
と、nhx1 欠損株でも野性型と同程度まで生育が回復することが報告されている。
これらの事から、Nhx1 は細胞内の酸性化を防ぐ役割を果たすと考えられている。
しかしながら、Nhx1 の機能が液胞からの H+排出であることを考慮すると、Nhx1
は細胞内酸性化の防止に直接関与しているとは考えにくく、むしろ間接的な役割を
果たすと考えるのが妥当であるが、現在のところ詳細は不明である。
Nhx1 による pH 調節は、酵母のハイグロマイシン B 耐性にも影響することがわ
かっている。nhx1 変異体がハイグロマイシン感受性となることは古くから知られ
ていたが、その理由については長らく不明であった。しかしながら Brett らは、膜
を透過する弱塩基の添加により細胞内のアルカリ化を促すと、ハイグロマイシン B
存在下でも欠損株の生育が回復することを見出し、NHX1 の欠損によるハイグロ
マイシンへの感受性が細胞内 pH の酸性化によるものである可能性を示唆した 6)。
ただし、細胞内 pH の酸性化によりなぜハイグロマイシン B が酵母に毒性を示す
様になるのかについての詳細な機構など、不明な点は残っている。
4.Nhx1 の細胞内局在
Nhx1 が細胞内の Cu2+による影響を受けない画分、すなわちオルガネラなどに
局在することは早い段階で解っていたが、正確な局在はつかめていなかった 3)。し
かし、1998 年 Nass らによる、differential centrifugation の解析の結果、Nhx1
は細胞内の不溶性画分、すなわち膜などに局在することが示唆された 10)。さらに、
Nhx1 の局在を絞り込むためにショ糖密度勾配遠心により、オルガネラと Nhx1 の
密度分布を比較した。その結果、液胞および prevacuolar compartment (PVC) の
マーカーとして知られるタンパク質の分布が Nhx1 の分布と同じ挙動を示すこと
が確認され、Nhx1 が液胞と PVC に局在していることが判明した。加えて、内膜
を染める脂溶性の蛍光色素である FM4-64 を用いた実験では、GFP 融合 Nhx1 の
細胞内分布が FM4-64 で染色された液胞の分布と一致せず、PVC のマーカーであ
る Pep12 と一致することが明らかとされ、Nhx1 が PVC に主に局在していること
が示された。同様の結果は、Bowers らにより HA タグで標識した Nhx1 の免疫染
色からも得られている 11)。
3
5.小胞輸送における役割
Bowers らは、通常液胞に蓄積するタンパク質であるカルボキシペプチダーゼ Y
(CPY)の細胞外分泌を追跡する実験により、小胞輸送に異常のある vps44 ミュータ
ントの CPY 分泌と nhx1 欠損による CPY 分泌の挙動が極めて近いことから、
NHX1 が液胞タンパクの輸送に関わる遺伝子である vps44 と同一の遺伝子で、
Nhx1 が液胞タンパクの輸送にも重要な役割を果たすことを示唆している 11)。さら
に、Brett らは nhx1 欠損株と野生株を用いた種々の実験により、小胞輸送におけ
る Nhx1 の役割を裏付ける報告をしている 6)。内膜から外膜への小胞輸送(レトロ
グレード)の輸送への関与を調べるため、FM4-64 を細胞内膜系に十分量蓄積させ
たのち、その排出を観察したところ、nhx1 欠損株は野生株に比べて著しい排出の
低下が見られた。また、細胞膜から内膜への輸送(アンテログレード)における役
割については、細胞膜に局在する G タンパク共役受容体(Ste3)に GFP を融合させ
たタンパク質の細胞内への輸送を解析する事で検討している。Ste3-GFP は野生株
では細胞膜に発現するが、速やかにエンドサイトーシスにより液胞に送られて分解
を受けるため、結果として GFP の蓄積が液胞に見られるが、nhx1 欠損株では液
胞ではなく後期エンドソームに GFP が蓄積していた。さらにこの現象は膜を透過
する低分子の塩基の添加により小胞内の酸性化を抑えると、nhx1 欠損株において
も GFP が液胞に蓄積されることが確認されている。以上のことから、Nhx1 は内
膜から細胞表面に向かう輸送経路であるレトログレード、細胞膜から後期エンドソ
ームを経て液胞へ向かう輸送経路であるアンテログレードの両輸送経路において、
重要な役割を担っていることが判明した。また、上述のような塩基の添加により
nhx1 欠損株における GFP の蓄積が改善されることから、小胞輸送には Nhx1 に
よる小胞内あるいは細胞質 pH の制御が密接に関係することが示唆されている。
6.Nhx1 の活性制御
哺乳動物の NHE1 や植物の NHX1 は、イオン輸送活性の本体である N-末端側
の疎水性に富む膜貫通領域の他に、C-末端側に続く長い親水性領域を持ち、この領
域が輸送活性の調節に大きく関与する事が知られている 12)。こうした背景から、
酵母の Nhx1 においても C-末端領域が何らかの活性調節能を持つ可能性が考えら
れていた。Ali らは、Nhx1 の C 末端を bait に用いた two-hybrid 法により出芽酵
母の cDNA ライブラリーをスクリーニングし、Nhx1 の C-末端領域と結合するタ
ンパク質として GTPase-activating protein (GAP)である Gyp6 を単離した 13)。さ
らに two-hybrid assay により Gyp6 が Nhx1 の 585 番目から 606 番目のアミノ酸
と強い相互作用を起こすこと、および 606 番目以降のアミノ酸も微弱ながら結合
に関与することを報告している。また、pull-down assay により Nhx1 と Gyp6 が
4
直接的な物理的相互作用を起こしていることを確認している。さらに、GFP およ
び CFP を用いた実験により、Nhx1-GFP と Gyp6-CFP の局在と FM4-64 の蛍光
の分布が一致することが確認されたことから、Nhx1 と Gyp6 は細胞内の同一の場
所、特に内膜上に局在していると考えられている。
加えて、Ali らは Gyp6 が Nhx1 の活性制御に関与することも指摘している 13)。
Gyp6 の過剰発現株と野生株の CPY の分泌を観察すると、野生株では CPY の分泌
はほとんど見られないが、Gyp6 の過剰発現株では CPY の細胞外への分泌が見ら
れること、また gyp6 欠損株がハイグロマイシンに耐性となり、逆に gyp6 過剰発
現株ではハイグロマイシン感受性となること、さらに Gyp6 の欠損により液胞内
pH がアルカリ化することを報告している。これらの事は Gyp6 が Nhx1 の活性に
抑制的に働く事を示唆しており、Gyp6 は Nhx1 の C-末端との相互作用により
Nhx1 の活性を抑制するネガティブレギュレーターとしての役割を果たす事が示
されている。
7.ヒトの内膜型 NHE
ヒトには Nhx1 のオルソログである内膜型 NHE6~9 の存在が知られているが、
その詳細についての報告例は少ない。NHE6、7、8、9 はそれぞれ 669 個、725 個、
576 個、645 個のアミノ酸から構成されており、いずれも Nhx1 同様 N-末端疎水
性領域及び長い C-末端親水性領域を持つ。何れのアイソフォームも生体内に普遍
的に存在することが報告されており、これらのアイソフォームがヒト細胞において
重要な役割を持つことを示唆すると考えられている 14-19)。NHE6、8、9 の細胞内
の局在については、免疫蛍光染色法によって確認された 19)。それぞれの NHE の分
布とオルガネラのマーカーの分布を比較したところ、NHE6 は初期エンドソーム
のマーカーである EEA1 と、NHE8 は mid-ゴルジと TGN (trans-Golgi network)
のマーカーである GalT と、そして NHE9 はリサイクリングエンドソームのマー
カーであるトランスフェリンの分布とそれぞれ一致した。このことから、NHE6
は初期エンドソームに、NHE8 は mid-ゴルジと TGN に、NHE9 はリサイクリン
グエンドソームに局在していると考えられている。また NHE7 は主に TGN に局
在する事が報告されている 17)。
NHE6~9 の機能についての報告例は少ないが、NHE8 に関しては Nakamura
らが Na+(K+)/H+antiport 活性を持つ事を確認している 19)。彼らは酵母に発現させ
た NHE8 を精製後リポソームに再構成し、pH 感受性の蛍光色素であるピラニンを
用いて、NHE8 が膜外の Na+と膜内の H+の交換活性を持つことを示した。また、
K+についても同様の結果を報告しており、NHE8 は酵母の Nhx1 や植物の NHX1
と同様に、Na+だけでなく K+の交換にも役割を持つことを示している。さらに、
22Na+を用いて
NHE8 を再構成したリポソームが Na+の取り込み活性を持つこと
5
を確認している。さらに Nakamura らは、NHE8 もしくは 9 を過剰発現させた株
に pH 感受性の GFP を共発現させ、NHE8 の過剰発現によるゴルジ体内の pH の
上昇、および NHE9 の過剰発現によるリサイクリングエンドソーム内の pH の上
昇を報告した。以上は、NHE8 および 9 が、それぞれ局在する内膜上において、
Na+もしくは K+と H+の交換により内膜系の pH 維持に重要な役割を果たしている
事を示している。
8.おわりに
本稿では、内膜型 Na+/H+antiporter ついて、発見からその機能に至るまで、特
に研究の進んでいる出芽酵母での研究成果を中心に述べたが、出芽酵母においても
pH 維持や小胞輸送における Nhx1 の詳細な役割など解明されていない点は多く残
っているのが現状である。酵母細胞はヒト細胞に比べて増殖が早く、遺伝子操作や
生化学的解析も容易であるなど扱いやすい点が多く、また同じ真核細胞である事か
ら、Nhx1 に残っている多くの未解明な点を解明することができれば同じ Na+/H+
antiporter であり、細胞内の pH 維持や小胞輸送への関与など Nhx1 と類似する機
能をいくつか持つヒトの NHE6~9 の細胞レベルでの詳しい機能の解明に貢献で
きる可能性が高い。実際に、上述した NHE8 や 9 の機能解析においては、酵母や
植物で明らかとなった Nhx1 に関する知見が多いに活用されている 19)。
ヒトの NHE6~9 は、脳や脾臓においてもその転写物が発見されるなど、その分
布がヒト組織や細胞において多岐にわたることが報告されている 17,19)。また、ウ
ィルスは細胞内への侵入時および細胞内での増殖にエンドソーム内外の pH 勾配
を利用していることが知られており、NHE6~9 が内膜系に局在し細胞内の pH 制
御に関与していることから、NHE6~9 は多くの組織において疾患やウィルスの感
染に何らかの関与がある可能性が考えられる 20)。
一方で、
上述のように内膜型 NHE
は小胞輸送に重要な役割を果たすため、内膜型 NHE に何らかの異常が起こると、
本来細胞外へ分泌されるはずの物質や、定められた場所に運搬されて細胞の恒常性
に関わるような物質の輸送が停止し、細胞や組織の正常な機能が維持できなくなる
可能性も考えられる。したがって、NHE6~9 の詳しい機能や役割の詳細な理解が
可能となれば、それらの関与が考えられる疾患に対する治療薬の開発や予防法の開
発などにおいて、新しい側面からのアプローチが開かれることが期待される。
6
引 用 文 献
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