価格差別

ミクロ経済学(2015 年度)
教授 清水大昌 第 12 回 2015 年 12 月 10 日
[email protected]
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/˜20060015/lecture/micro2015.html
価格差別
• 今学期最後のトピックは価格差別です。
• 独占企業は、「独占の分析」のときは価格を一つ設定して、独占利潤を得られた。それ以上に独
占力を行使できたらどうなりますか?と言うお話。
• 複占や寡占でも分析出来ますが、今回は独占についてのみお話します。
• 独占企業は生産量を社会厚生最大化の点より過少にすることによって価格をつり上げ消費者に
生産費用以上の価格を支払わせようとした。パレート効率性の議論でもあったように、企業は
独占生産量よりも限界的に生産量を増やして取引を行うインセンティブがある。ただし、
(重要
なことは)その取引を行うことにより全ての生産量(もう売れた分を含めて) に対する価格が
下がってしまうのならそのようなインセンティブは無い。独占価格が均衡となる。
• しかし、独占企業が異なる価格で異なる単位の生産量を販売できるのであれば結果は変わる。
このように、生産物を異なった価格でそれぞれ売ること を価格差別という。
• 価格差別の種類を以下述べる。
– 第1種価格差別。完全価格差別とも言う。独占企業は消費者の情報を完全に把握している。
生産物の各単位ごとを異なった価格で販売して、そしてその価格が相手によって異なる。
例: あまり現実例は無く、離島の医者が患者の所得に応じて値を付けること。
– 第2種価格差別。独占企業は消費者の種類(タイプ:例えば需要レベルが違う)がいろい
ろあるのは知っているが、具体的に誰がどのようなタイプかは見分けが付かない。そこで、
独占企業は単一価格以外の価格設定をする。たとえば、生産物の量によって一単位当たり
の価格が変わり、同量を買う買い手は同価格を支払う。
ゲーム理論でいうスクリーニングに対応する。
例: 大量購入に対する値引き。保険におけるメニュー価格。
– 第3種価格差別。独占企業は買い手をグループやタイプに分けることが可能。異なった買
い手に異なった価格で売るが、特定の買い手に売られる生産物の単位はどれも同じ価格で
売られる (単一価格)。
例: 高齢者割引、学生割引、ランチタイム割引。国際経済学でのダンピング。
• このように価格差別は、第1種以外は現実例が相当ある。これらを逐次扱っていこう。
1
第1種価格差別
• 独占企業は各消費者にその買い手が支払おうとする最高価格(留保価格)で販売する。
• ここで重要なことは、独占企業が全ての消費者の留保価格を知っていること。(現実性?)
• 需要曲線と限界費用 (M C) 曲線(直線)が交わるところが余剰最大化の点となる。
• 図 12 − 1 を見てください。前にやったように、一人の消費者の限界効用が逓減しているため需
要曲線は右下がりになる。その時に、独占企業はこの消費者の情報を完全に把握していていれ
ば、第1種価格差別を行うことが可能であり、次のようなメニューを提示する。
「手付金(契約金、入会金)として F1 払ってください。その後は好きなだけ価格 = M C で
買ってください。」
• するとこの買い手は q P D1 の生産量まで買えば丁度消費者余剰が0になるので、そこまで買う
ことになる。
• 同じように「この製品の q P D1 個分を価格 □A0q P D1 B で買ってください。」と直接売っても良
い。これを行うには情報が本当に完全に必要なので難しい。また、消費者のタイプが多い場合
にどのように請求するかを考える必要がある。例えば、図 12 − 2 のような人もいて、買い手の
種類が複数ある場合には価格や売る量をそれぞれ調整するより、前のメニューのようにして手
付金 F1 だけ(三角形の部分)を F2 に変えればよいので、そちらの方が使い勝手がよいだろう。
• ところで、第1種価格差別では社会厚生は最大になっている。つまりパレート効率的でもある。
消費者と生産者の状況を同時に改善することは不可能だからである。ただし、公平性は?
意見1:独占企業が全ての余剰を取ることは当然公平的ではない。
意見2:完全競争では生産者余剰はゼロ。消費者が全ての余剰を取る。その場合に公平性の議
論はしないのだから、今回だけするのはおかしい。
• これは「一つの正しい答え」はない議論なので、皆さんも考えてみて自分なりの答えを探して
ください。
2
第2種価格差別
• 第2種価格差別は別名「非線形価格設定」とも呼ばれる。大量購入割引のように多く買ったほ
うが、単位あたりの費用が低くなるようなこともある。
• ゲーム理論でいうスクリーニング (ふるい分け) の例の一つ。情報を持たない主体が、情報を持
つ主体に対して複数の選択肢を提示して選ばせることにより情報を引き出すこと。
• これは固定費を払い、その後単位あたりの追加価格を払うような(上にあるような)メニュー
では実現可能。このようなメニューのことを二部料金という。
• 二部料金の例:公共料金(固定費+使用量)、携帯電話料金(固定費+使用量)、遊園地(入場
料+乗り物券)、タクシー(初乗り+距離ごとの追加料金)。
• 他にも (一部の) マイレージやポイントサービスは、非線形価格。また、特に電気料金 (東京電
力) は、固定費の他に使用量に応じた価格が3段階あり、使えば使うほど平均価格が上がる設定
になっている。
• 第1種価格差別のように、独占企業は消費者の需要曲線を完全には知らないだろう。第2種価
格差別が当てはまる状況では、独占企業は個々の消費者を区別する方法がないとしよう。
• 第2種価格差別では独占企業は生産量を社会厚生最大化水準より過少に生産する。価格が限界
費用より高いので、死加重が存在している。
• なぜ第1種価格差別のときのように限界費用に価格を設定して図 12 − 2 の消費者余剰分だけの
固定費というメニューではなく価格が限界費用より高くなるかという直観だけを紹介する。
– 前者のようにするとタイプ2の消費者は固定費 F2 = △JpM C I を払って q2M C だけ買うの
で独占企業が得られる利潤は固定費分の △JpM C I である。タイプ1の消費者は固定費 F2
を払い、q1M C だけ買うので、独占企業の利潤は同じく固定費分である。
– 一方、価格を少し上げて pP D2 とし、固定費を F2′ とすれば、タイプ2の消費者は固定
費を払って q2P D2 だけ買う。そこからの利潤は □JpM C GH である。タイプ1の消費者は
固定費 F2′ を払い、q1 P D2 だけ買うので、独占企業の利潤は固定費分 △JpP D2 H プラス
□pP D2 pM C KL となる。
– つまり、価格を上げることによって、タイプ2から得られる利潤は △GHI だけ減るが、
タイプ1から得られる利潤は □HIKL だけ増える。後者のほうが大きいので、価格を上
げることが独占企業にとって有益なのである。
• 価格差別の解の状況からはパレート改善の余地がある。追加的に取引を行えば消費者と独占企
業は同時に利得を上げることが出来るはずである。
(今までの人に課した価格を下げる必要がな
ければ。)
• 二部料金以外にも、非線形価格設定はたくさんある。保険のプラン、航空運賃プラン、ホテル
やパック代など、たくさんのメニューを提示することにより、消費者に買ってもらおうとする
のである。(もちろん、それによって消費者の余剰も上がることは十分ありうる。)
3
• 別の例の紹介。時間に対する価格差別の例として、新書と文庫本の販売が挙げられる。これか
ら 電子書籍で同様のことが起こるかもしれません。
また、映画については、まず最初に映画館で、次に DVD で、次に有料テレビで、最後に地上波
で観ることが出来ることがある。
• キャッシュバッククーポンを導入することも考えられる。その際の費用を高くする(たとえば、
面倒にする、時間がかかる)と、需要の価格弾力性が高い人はそのようなクーポンを使用する
が、弾力性が低い人は使用しないため、結局は企業は価格差別を行うことが出来る。
• 面倒臭さに関係する例:
「店員に価格がどのくらい下がるか聞いてみてください。」
• 廉価版について。Adobe Acrobat や Microsoft Word/Excel などは書き込みができる正規版と、
読むことのみが出来る廉価 (もしくはただ) 版が存在する。また、MD、DVD プレーヤー、レー
ザープリンターなどは、全く同じ製品なのだが、わざと完全な機能を使えなくするようにして
安く売るということもしている。
• ナグウェアとは、ソフトやアプリで、正規版を買わないと、しつこく買えと言うスクリーンが出
たり、広告が表示されたりする。これも苛立ちというコストが入った廉価版ということになる。
• このような例では大概、その財についての評価が高い場合、その財を多く長く使う場合、そし
てお金がある(つまり、お金に対する限界効用が低い場合)に正規版を買う選択を消費者は行
うのである。
• 最後に変わった例を。イギリスの LCC が、ロンドンとマドリード間の便について、英語で書か
れた HP の価格とスペイン語で書かれた HP の価格のが、為替レートでは説明できないほど有
意に差があった。(全体の 23%が 7 ポンド以上の差があり。)
• このように例はたくさんあるので、皆さんも周りを見渡して探してみてください。面白い例が
見つかったら教えてください。
4
第3種価格差別
• 第3種価格差別では、第2種と同じく独占企業は消費者のタイプが複数あることを知っている。
それに加えてどの消費者がどのタイプに属するかも分かっている、もしくは学ぶことが出来る。
• 例としては高齢者割引、学生割引、女性割引、時間割引、飛行機の先割などが挙げられる。
• 地域別価格設定の例としては、日本用ヴィトン製品や映画館のドリンクやポップコーンが挙げ
られる。山のてっぺんの自販機も?(コストの違いもありますが…。)
• それぞれのタイプに異なった価格で売るが、特定のタイプの消費者に売られる生産物の単位は
どれも同じ価格で売られる。
• この場合、再販や転売は禁止するか実質上出来ないような状態でなければならない。再販が可
能ならば裁定取引が起こり (つまり、安いところで買い、高いところで売る)、異なった価格は
均衡で維持できなくなる。(現実例と対応させてみてください。)
• 例: HIV/AIDS の特効薬を GlaxoSmithKline という製薬会社がアフリカでの病気の蔓延を止め
るために特別に安く提供していた。しかし、仲介業者がそれを買い、イギリスで高く再販して
しまった。イギリスの裁判所はこの行動は違法でないと判断した。よって、GSK はアフリカへ
の供給をやめてしまった。
• ここで独占企業はそれぞれのタイプに向けて売る市場を一緒に考え、利潤の合計が最大になる
ように行動する。つまり、複数のタイプに向けた市場がありそれぞれを別々に最大化するので
はなく、それぞれの利潤関数を合計して最大化する。
• 現実には、価格などは店によって変わるだろうが、生産量は一貫して工場レベルで効率性を最
適にしながら決めていくので、企業としては全ての市場への総生産量を考えなければならない。
よって、各市場で利潤を最大にするのではなく、全ての市場での収入の合計から総生産量を生
産する総費用を引いたもの、つまり総利潤を最大にする。
• 数式で証明できる(が今回はやらない)が、需要の価格弾力性が低いタイプと高いタイプがい
るとしたら、独占企業は低いタイプに高い価格を設定する。高いタイプに高い価格を付けると
逃げられてしまうので、低いタイプに付ける価格のほうが高くなるのである。高齢者や学生は、
価格弾力性が高いと思われる。よって、その人たちにより低い価格で提供することが独占企業
にとってもメリットがあるのである。
• 他の例:アメリカのディズニーランドでは、入場者の居住地の郵便番号がその近所であることを
証明できれば、入場料を安くしてくれる。東京ディズニーリゾートでも首都圏在住者割引 (1000
円) を始めた。これらはどのように説明できるであろうか?
• この問題設定を拡張すると、もっと現実に近い例を考えられる。例えば、昼と夜は混むけれど
それ以外は空いていると思われる場所に立地するレストランは何席ぐらい用意すれば良いだろ
うか?夏は電力需要が非常に多いが、それ以外はそれほどでもない場合、電力会社はどのよう
な価格設定をするべきだろうか?
• 国際貿易では、ダンピングという話で価格差別が扱われる。ダンピングは本当に悪いこと?
5
• マクドナルドは都道府県別に価格設定を変えている。スーパーなどは店舗ごとに価格を変えて
いる。これは社会厚生の観点から見て良いことか悪いことか。
• 政府が統一価格を命令したとしたら、消費者余剰は上がる部分と下がる部分が生じる。独占企
業の利潤は基本的に下がる。総余剰がどうなるかは一概には言えない。(ただし、線形の需要関
数と限界費用曲線では統一価格の方が余剰が高くなる。需要関数と費用関数の形状によって結
論が変わるので安易な政策提言は控えるべき。)
最後に確認:価格差別は独占企業以外も行っています。
(現実例を見れば分かる。)今回は分析を簡単
にするために独占企業のみの価格差別を扱っているまでです。
練習問題
第三種価格差別の状況を考える。独占企業が2つの市場に供給しているとしよう。各市場での需要
曲線は q1 = 36 − p1 と q2 = 36 − 2p2 となっている。独占企業の総費用は (q1 + q2 )2 /6 とする。
(1) 価格差別が可能であるとする。独占企業が各市場で付ける独占価格はそれぞれいくらか?
(2) 価格差別が不可能であるとする。独占企業は各市場で同じ独占価格を付けなければならない。そ
れはいくらか?ただし両市場で正の供給をするとする。
(3) (1) の設定と (2) の設定では利潤(の合計)はどちらが大きいだろうか?
(4) 消費者余剰と総余剰はどうなっているだろうか。
6