農業高校における専門科目と理科を関連させた学習活動のための素材研究

農業高校における専門科目と理科を関連させた学習活動のための素材研究
学校教育専攻
学校臨床研究コース
槇田 善衛
Ⅰ.緒言
こととなっている。
高等学校の教科「農業」と理科は,学習内容
そこで本研究では,生物の共通性と多様性を
に関連性が強く,それぞれの基礎的,応用的な
もたらす要因である遺伝子 DNA の学習に注目
学習として総合的に取り扱うことによって,学
し,これらの科目の関連を図った学習活動を展
習効果が高まることが期待される。しかしなが
開するための素材研究を行う。そして,農業高
ら,農業高校においては,専門教科である「農
校における実践構想を検討し,提案することを
業」の各科目(以下,専門科目)と一般教科で
目的とする。
ある理科の各科目の連携は十分にはとれておら
Ⅱ.専門科目「農業と環境」と理科「科学と人
ず,
「農業」の授業において理科の学習内容を学
間生活」
・「生物基礎」を関連させた学習実験
び直す事例がみられ,その必要性の指摘もされ
「農業と環境」では農業生物の種類として,
ている。
「農業」と理科の連携がとれていない理
主食となるものが穀物であることを学習するが,
由の一つには,
「農業」において高度に専門化さ
穀物が主食となるのはデンプンやタンパク質を
れた各科目と,理科の各科目の学習内容の適切
豊富に含んでいるからであり,これは理科「科
な関連づけに関する教材研究がなされていない
学と人間生活」の食品中の化学成分の学習と関
ことが考えられる。
連する。また,
「農業と環境」では植物の栽培の
理科の中でも生物領域の学習は,
「農業」が対
しくみとして,種子の特徴や遺伝性と変異性に
象とする栽培植物や飼育動物が生物であること
ついて学習するが,これは,理科「生物基礎」
から,最も関連性が強く,専門科目の理解の深
で学習する生物の共通性と多様性,および,遺
化に影響を与える。特に,生物領域の学習を構
伝子とその働きと関連している。そこで,これ
造化するため必須である生物の共通性と多様性
らを総合した学習実験として,入手しやすい 5
の視点は,
「農業」においても重要であり,農業
種の穀物(米,大麦,粟,小豆,大豆)の化学
高校の生徒たちに確実に定着させたいと考える。
成分(デンプン,糖,タンパク質)の簡便な分
平成 24 年度入学生から理科,平成 25 年度から
析実験,および,簡便で遺伝子解析可能な DNA
「農業」で新学習指導要領による教育課程が実
抽出実験,さらに DNA 塩基配列比較実験を行
施され,農業高校の多くは,第 1 学年で専門科
うことを考え,そのための素材研究を行った。
目「農業と環境」と理科「科学と人間生活」,第
簡便な化学成分の分析は,希ヨードカリ溶液,
1 学年または第 2 学年で専門科目「植物バイオ
尿糖検査用試験紙,尿タンパク検査用試験紙を
テクノロジー」と理科「生物基礎」を学習する
用いて行い,DNA 抽出は,毒性の強い有機溶
媒や複雑な手順を省き,DNA の性質の理解に
幅可否の組合せが品種判別に適当であった。両
も役立つガラス濾紙法を用い,DNA 検出も毒
実験ともに,同親品種でも形質が異なること,
性の低い試薬 GelRed 溶液を用いて行う。また,
また,親と異なる形質組合せの品種が生まれる
DNA 塩基配列比較は,インターネット上から
ことが確認できる結果だったことから,遺伝と
も 5 種の穀物について塩基配列データが入手可
育種の学習素材として有効と考えられた。
能な葉緑体 DNA ロイシン運搬 RNA 遺伝子イ
ントロン領域を対象として,フリーソフト
Ⅳ.専門科目と理科を関連させた学習活動の
実践構想
MEGA を用いて行う。試行実験の結果,5 種の
本研究において構想する専門科目と理科を関
穀物の化学成分含量の違いが検出でき,抽出し
連させた学習活動とは,単に各科目で学習内容
た DNA から比較対象領域を PCR 法により増幅
の関連を意識させながら授業をするということ
し塩基配列を決定することもできた。また,そ
ではなく,各科目の関連する学習内容を一体的
の比較から種子の形態と化学成分の違いとも対
に扱い授業展開を図ることである。それにより,
応する系統関係を推定することができた。
基礎と応用を直接結びつけ興味関心,学習意欲
Ⅲ.専門科目「植物バイオテクノロジー」と理
を高める効果が期待できるだけでなく,重複す
科「生物基礎」を関連させた学習実験
る学習内容を整理・統合することで,授業時間
「植物バイオテクノロジー」では,日本の主
を効率よく使って余裕を生み出し,発展的な学
要穀物である米(イネ)の育種(品種改良)に
習実験を取り入れることが可能となるであろう。
ついて学習するが,品種の形質の多様性は遺伝
本研究で考案した学習実験はそのような一体的
子 DNA の違いに基づくことから,理科「生物
な授業展開の中でより有効な学習効果が期待で
基礎」で学習する生物の共通性と多様性,およ
きるものと考える。そのためには,各科目の相
び,遺伝子とその働きと関連している。そこで,
互に関連する内容の単元を検討し,年間指導計
これらを総合した学習実験として,親子関係の
画に組み込めるようにする必要があり,両教科
あるイネ品種群を材料に,形質の比較実験,お
の担当教員が各科目を関連させた学習活動の意
よび,PCR 法による DNA の比較実験を行うこ
義を理解し協力することが前提となる。
とを考え,そのための素材研究を行った。実験
そのような前提の上で,新潟県の農業高校に
材料は新潟県産米優良品種コシヒカリと静岡大
おける教育課程表とシラバス等を参考に,本研
学植物育種研究室系統保存 2 品種,そして,そ
究で考案した学習実験を取り入れることにより
れらを著者が交配し,自家受粉で,継代栽培,
相互に関連する専門科目と理科の単元を一体的
選抜した 4 品種の合計 7 品種とした。形質比較
に扱う 3 つの学習活動を組み込んだ,各科目の
実験では形態的形質を中心に 31 形質を調査し
年間指導計画案を構想した。この構想の実践を
たところ,5 形質(稈長,芒の有無,芒長,芒
図ると共に,今後,さらに素材研究を進め,高
色,胚乳型)の組合せが品種判別に適当であっ
等学校における教科横断的で総合的な学習活動
た。また,DNA 比較実験では,DNA の抽出を
の発展に貢献したい。
省略し,玄米の胚断片を直接に PCR の試料と
する方法を用い,コシヒカリの判別に使われる
DNA 領域の有効性を検討した結果,3 領域の増
指導 五百川 裕