塩害を受けたPC桁の撤去・架替 -国道一号和瀬川橋架替工事-

技報 第 13 号(2015 年)
塩害を受けたPC桁の撤去・架替
-国道一号和瀬川橋架替工事-
東京土木支店
土木技術部(名古屋支店駐在)
若松剛臣
東京土木支店
土木工事部
堀田晋
東京土木支店
土木工事部(名古屋支店駐在)
岡林秀勝
概要:和瀬川橋は国道 1 号富士由比バイパスにある橋長 30m の PC 橋である. 既設
橋は竣工後 40 年を経過したポストテンション方式 PC 単純 T 桁橋であったが,海岸
近くに位置することから塩害による劣化が進行し,補修・補強が行われてきた.しか
し,劣化の進行を食い止めることができず,撤去・架替を行うこととなった. 本報
告ではこの和瀬川橋の架替工事にあたっての事前検討・施工方法および新橋の長寿命
化への取り組みについて述べる.
Key Words:国道 1 号,塩害,架替,PC 鋼材突出防止板,ECF ストランド
1.はじめに
和瀬川橋(以下 本橋)は国道1号富士由比バイパスの 2 級河川和瀬川に架かる,橋長 30m の橋梁である.
上部工の構造形式はポストテンション方式 PC 単純 T 桁橋であり,建設後約 40 年(下り線 37 年,上り線 44
年)が経過している.本橋の架設地点は和瀬川の河口部に位置しており,台風時などの荒天時には太平洋の波
しぶきがかかるなど,塩害の影響を強く受ける厳しい環境下に置かれ続けてきた.このため塩害による鋼材
の腐食やコンクリートの剥離が生じており,PC 鋼材の腐食によるプレストレスの損失が原因であると考えら
れる主桁の異常なたわみの進行が観測されている.
本橋ではこれまで劣化の進行を食い止めるため,表面保護工法,断面修復工法,外ケーブル補強工法など
さまざまな補修・補強が行われてきた.しかし,補修や補強の十分な効果を得ることができず,主桁のたわ
みが徐々に進行し,このままでは近い将来,道路交通の安全を確保することが困難な状況となることが予想
された.そこでこのたび新しく,国道1号和瀬川橋の撤去,架替が行われることとなった.
2.架替工事の概要
本橋が位置する静岡県静岡市清水区の由比地区は,かつて東海道の難所として知られたサッタ峠に程近く,
山が海にせまる急峻な地形条件にある.このため駿河湾に面する海岸線に沿って国道1号,東名高速道路,
JR 東海道本線の三つの主要な交通幹線が並走するボトルネックポイントとなっている(写真-1).架替工事を
行うためには,国道1号を全面通行止めにする必要がある.しかし,片側 2 車線の富士由比バイパスの交通
量は非常に多い(5.2 万台/日)ため,その影響は甚大となることが予想された.そこで本橋の架替を行うに
あたり,本線下流側の東名高速道路との間に仮橋を建設し,2 車線の迂回道路を確保して下り線および上り
線を順番に切回しながら順次,架替工事を行うこととなった.架替工事全体のフローチャートを図-1 に示す.
若松剛臣
堀田晋
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岡林秀勝
技報 第 13 号(2015 年)
Step1
切回し道路の建設
(下り線)
東名高速道路
JR 東海道本線
・仮設道路
・下り線
・上り線
→ 下り線迂回路
→ 施工ヤード
→ 上り線
Step2
下り線橋梁の
撤去・新設
・既設PC桁撤去
・下部工補強(フーチング・橋座・パラペット)
・新設PC上部工施工
Step3
道路の切回し
・仮設道路
・下り線
・上り線
→ 下り線迂回路
→ 上り線迂回路
→ 施工ヤード
Step4
上り線橋梁の
撤去・新設
・既設PC桁撤去
・下部工補強(フーチング・橋座・パラペット)
・新設PC上部工施工
Step5
国道1号
切回し道路復旧・
仮設道路撤去
迂回道路
図-1 工事全体のフローチャート
写真-1 清水区由比市街と国道 1 号
3.新旧の橋梁の構造形式
撤去する橋梁と新設する橋梁は,ともにプレストレストコンクリート(以下 PC)橋であり,その概要は下記
のとおりである.特に下り線の耳桁には補強工(平成 23 年施工)として外ケーブルが設置されている(写真-2) .
3.1 撤去する和瀬川橋の概要(図-2)
橋梁形式:ポストテンション方式 PC 単純 T 桁橋
外ケーブル
完成年度:下り線 1978 年竣工,上り線 1971 年竣工
設計荷重 : 1 等橋(TL-20)
長: L =30(m)
橋
有効幅員: 下り線 W=8.0(m) 上り線 W=7.25(m)
定着工法: フレシネー工法
(12φ7)
3.2 新しい和瀬川橋の概要(図-2)
橋梁形式: ポストテンション方式 PC 単純ホロー
桁橋(プレキャストセグメント工法)
設計荷重: B 活荷重
写真-2 外ケーブル補強された和瀬川橋(旧橋)
長: L =30(m)
橋
有効幅員: 下り線 W=8.0(m) 上り線 W=8.0(m)
定着工法: ディビダーク工法 (12S12.7)
C
L
C
L
2.000%
G3
G2
3@2260=6840
1600
1650
2.000%
G1
600
600
9200
50
9200
8000
600
600
8000
CL
CL
2.000%
2.000%
600
1150
7250
山側→
80250
8630
80250
270
200780
上り線
下り線
80250
8000
←海側
80250
8750
550
山側→
上り線
下り線
上部工断面図
(新 設)
1150
←海側
上部工断面図
(旧 橋)
G4
2655
3@1980=5940
外ケーブル補強
(F130TS)
273500
図-2 上部工断面図
2/7
7x1100=7700
227
500500
227
7x1100=7700
500273
技報 第 13 号(2015 年)
4.既設桁の撤去方法
既設桁の撤去は,油圧式クレーン(160t 吊)を 2 台と架設桁を用いて行った(図-3).その撤去手順は図-4
のフローチャートに示す通りであるが,まず床板カッターにより橋軸方向に切断し,クレーン相吊りにて架
設桁上に仮置きした.次にワイヤーソーで橋軸直角方向に運搬可能な大きさに切断し,ダンプトラックに積
み込み搬出した.
撤去桁
桁 長 29 950
切断箇所
5分割
既設撤去桁
W=81.3t
2分割
ダンプトラック
H.
W.L
A2
A1
油圧式クレーン
(160t吊)
油圧式クレーン
架 設 桁
L=29.500m W=23.6t
(160t吊)
図-3 既設桁撤去概要図
5.既設橋の復元設計と切断作業時の応力検討
PC 構造物は自重や活荷重などの外力と,それに
舗装版撤去工
対抗するプレストレスが均衡することによって成
・舗装版をはがし、コンクリート床板
をむき出しにする.
立している.そのため,施工中は PC 部材の切断や
支持状態の変化によって,既設桁の応力状態に変化
外ケーブル調整工
が生じる.したがって既設桁の切断・撤去作業を安
・外ケーブルの緊張力を2/3に低
減させる.
全に行うためには,施工中の主桁の応力状態を正確
に把握する必要がある.そのためにはまず,既設桁
床板・横桁切断工
の建設時の構造計算書を入手することが必要であ
るが,本橋は建設後約 40 年を経過しており,構造
計算書の所在が不明であったため,残された竣工図
(構造図,配筋図)等をもとに復元設計を試みた.そ
既設桁撤去工
・既設桁を油圧式クレーン(160t吊)
の相吊りで架設桁上に仮置きする.
その後,外ケーブルを解放する.
既設桁切断工
・PC鋼材突出防止板を設置して,
既設桁をワイヤーソーにて10分
割に切断する。
の際,より正確に現状の応力状態を再現するため,
過年度実施された載荷試験の試験結果をもとに内
部の PC 鋼材の損傷度を推定し,復元設計に反映さ
せることとした.
復元設計より得られた既設桁の応力状態をもとに
床板・横桁の切断時,既設桁吊り上げ時,仮置き時,
・PC鋼材突出防止板を設置して,
床板・横桁を橋軸方向に切断し
4主桁に解体する.
既設桁搬出・運搬
・概ね10t以下となった既設桁を油
圧式クレーン(160t吊)でダンプカー
に積み込み搬出する.
破砕・処分
・産廃処分場に隣接する破砕ヤード
でコンクリート破砕機を用いて破砕
し,再生処理する.
外ケーブル解放時の各ステップにおける主桁応力
度のチェックを行い,施工時の安全性の確認を行っ
た.その結果,床板・横桁切断時に荷重の横分配効
果が失われた場合,外ケーブルプレストレスの集中
によって耳桁がオーバーストレスの状態となる
図-4 既設桁撤去工のフローチャート
ことが判明した.そこで床板切断前に外ケーブル
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緊張力を調整(設計プレストレスの 2/3 に低減)して,切断前後の応力変動が最小となるように既設桁の内部応
力の制御を行った.また切断作業中には既設桁のたわみ量の計算値(想定値)と実測値の比較を行い,常に作
業が安全な荷重状態で進んでいることを確認した.図-5 に床板・横桁切断手順図を示す.
側 面 図
至 東京
至 名古屋
2
0
3
5
0
3
00
0
0
2
9
9
5
0
2
9
2
5
0
外ケーブル
3
0
3
5
0
A1
A2
待受けベント
桁下足場(全面シ
ート
)
断 面 図
⑥伸縮切断 → ⑦アンカー切断
①舗装・高欄撤去 → ②桁下足場組立
高欄
L
G2
G1
80
(
N/
mm
2)
8
80
(
N/
mm
2) 8
舗装
G3
G4
G1
G2
G3
G4
30
(
N/
mm
2)
3
3
0(
N/
mm
2
)3
待受けベント
(フ
ェイ
ル
セー
フ)
アンカー切断
外ケーブルPC
鋼材緊張力
桁下足場
G
1
桁 P=
6
08
(N/
本) (σ=8
80
(N
/m
m2
))
G
4桁 P=
22
8
(N/
本) (σ=
3
30
(N/
m
m2
))
③外ケーブル緊張力調整
⑧桁下足場解体
外ケーブル
外ケーブル
G2
G1
72
8(
N/m
m2)
G4
G3
0
(N
/mm
2)
7
28
(N/
mm
2)
G1
④床板切断(床板カッター) → ⑤横桁切断(ワイヤーソ)
突出防止板
G2
G3
G4
0
(N/
mm
2)
⑨支承縁切り(主桁ジャッキアップ
)→ 主桁切断へ
床板切断 突出防止板
G1
G2
G3
G3
G4
G1
G2
5
0
t
シ
゙
ャ
ッ
キ
横桁切断
図-5 床板横桁切断手順図
4/7
G4
5
0
t
シ
゙
ャ
ッキ
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6.切断作業時の安全対策
前述のとおり,本工事の施工場所は狭小で交通幹
線が集中しているため,第三者に対する安全確保に
は一層の配慮が求められている.また,既設桁の PC
鋼材の損傷要因としてグラウトの充填不足があげら
れており,コンクリートと PC 鋼材の付着が不十分
であることが予想された.このため床板切断(写真 3)
や主桁切断に伴い,既設桁内部の PC 鋼材が突出し,
大きな事故につながる危険性があると考えられた.
そこで,主ケーブルおよび横締めケーブルの定着部
床板カッター
背面には PC 鋼材突出防止板(写真-4,5,6)
を設置し,
突出事故を防ぐこととした.突出防止板の構造は PC
鋼材の破断エネルギーを効率よく吸収できるものと
写真-3 床板切断(床板カッター)
するため薄鉄板と樹脂発泡体を重ね合わせたものであ
るが(図-6),現時点の知見で PC 鋼材破断時のエネルギーを適切に評価し,突出防止板を設計することは困難
であるため,既往の実験結果
1),2)を参考に同等のエネルギーを吸収できる構造として防止板の形状や板厚寸
法を定めた.また,既設桁の横断方向の切断はワイヤーソーイング工法を用いて行ったが,現道に隣接した
場所での作業となるため,ワイヤーソーの破断に対する安全対策として,鋼フレームに専用の防護シート(ダ
イマーニ)を貼り付けた既設桁切断用防護枠を新規に製作し,使用した(写真-7).
PC 鋼材突出防止板
PC 鋼材突出防止板
(上縁定着部)
(横締め定着部)
写真-4 PC 鋼材突出防止工(横締め)
写真-5 PC 鋼材突出防止工(主ケーブル上縁)
PC 鋼材突出防止
板(桁端部)
既設桁切断用防護枠
写真-7 既設桁切断用防護枠
写真-6 PC 鋼材突出防止工(主ケーブル桁端)
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PC鋼材突出防止板
(
主ケ
ーブ
ル用)
.5k
g/枚)
突出防止板□1500
×5
00×80.5 (W=62
鉄板9m
m
鉄板0.5m
m+箇×3+樹脂発泡体10
mm×2+樹脂発泡体50mm+
1
5
0
0
鉄板0
.5
m
m
1
5
0
4
@3
0
0
=1
2
0
0
1
5
0
4
0
0
5
0
0
5
0
0
5
0
鉄板9m
m
5
0
φ5
0
孔
樹脂発泡体
5
0m
m
0
9 5
1
01
0
.
5
.
50
0
.
50
樹脂発泡体
10
m
m
8
0
.
5
PC鋼材突出防止板
(横締め用)
突出防止板□1
500×500
×5
6.5(
W=3
8.5kg
/枚)
鉄板0
.5mm+
樹脂発泡体5
0mm
+鉄板6
mm
1
5
0
0
鉄板0
.
5
m
m
1
5
0
4
@3
0
0
=1
2
0
0
1
5
0
5
0
φ5
0
孔
4
0
0
5
0
0
5
0
0
5
0
鉄板6
m
m
6
樹脂発泡体
5
0
m
m
0
.
5
5
0
5
6
.
5
図-6 PC 鋼材突出防止板
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7.新設桁の長寿命化への取り組み
新しい橋は丈夫で長持ちするように「耐用年数 100 年」に向けたさまざまな取り組みが行われている.特
に本橋の架替の大きな要因の一つとなった PC 鋼材の腐食に対し
ては下記のとおり多重の対策がなされている.
1) 主桁は品質管理の行き届いた専用の PC 工場で製作し,全面
にシラン系含浸材を塗布する.
2) 定着部は塩害対策指針 C 種同等の表面被覆を行う.
3) PC 鋼材はエポキシ樹脂充填被覆 PC 鋼材を使用する.
(主ケ
ーブル-ECF ストランド)(図-7)
4) PC 鋼材はポリエチレン系樹脂充填被覆 PC 鋼材を使用する.
(横締め-SUPRO ストランド)
5) 耐腐食性能の高いポリエチレン製シースを使用する.
図-7 ECF ストランド 3)
6) 桁端定着部の漏水防止のため,伸縮ジョイントの二次止水装置を設置する.
7) 主桁は表面積が小さいことで外来腐食要因が侵入しにくいホロー桁形状とする.
8.おわりに
平成 27 年 4 月現在,工事の進捗は約 50%で下り線の施工が一通り完了した段階である(写真-8,9).残
る上り線についても安全に十分配慮して無事故で工事を完遂したい.橋梁の架替工事を担当して感じること
は「損傷した構造物を作り直すことは新設橋梁を作るよりはるかに困難で多大な時間と人と労力を要する.」
ということである.このことを肝に銘じて入念なコンクリートの施工を行い,強くて美しく丈夫なライフラ
インとしての「新しい和瀬川橋」を構築したいと考えている.
写真-8 下り線架替完了時(橋面)
写真-9 下り線架替完了時(桁下)
謝辞
本橋の施工では,発注者の監督員の方々の多大なご支援をいただいている.これからも引き続きご指導賜
りたいと考えています.これら関係各位に,心よりお礼申し上げます.
参考文献
1) 荒木弘祐,木村元哉:鋼製のPC横締め対策工の開発,土木学会第58回年次学術講演会(H15年9月)
2) 吉田幸司,鳥取誠一,新田耕司:横締め鋼棒の突出防止方法,プレストレストコンクリート技術協会 第11
回シンポジウム論文集
3) 土木学会:エポキシ樹脂を用いた高機能PC鋼材を使用するプレストレストコンクリート設計施工指針(案)
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