道徳の「教科化」で、子どもの育ちはどうなるのか? ― 人格形成の道徳

道徳の「教科化」で、子どもの育ちはどうなるのか?
― 人格形成の道徳教育をみすえて ―
原田 勇(北海道子どもセンター 教育相談員)
はじめに
昨年の9月に「さっぽろ<子育て・教育>フェスティバル」が開かれ、
「道徳の教科化って?」とい
うテ―マ別交流会が持たれました。私は、
「道徳の教科化が出されてきた経緯と教科化の方向」を述べ
ました。次に小中学校の3名の先生から「
『道徳』をめぐる学校の状況と私が考える道徳教育」につい
ての問題提起があり、その後およそ30名の参加者で交流をしたのですが、その時に「
『教科化』が何
をねらっているのかをもっとしっかりつかむことが必要なのではないか」との意見が出されました。
もっともな意見だと思います。
ここではまず、そのことを最初に述べたいと思います。
1、中教審の答申と文科省の方策
中央教育審議会(中教審)は10月21日、小中学校の「道徳の時間」を、
「特別の教科 道徳」
(仮
称)と位置づけて、検定教科書の使用を求める答申を下村博文文科相に提出しました。
文科省によると、教科書の作成から使用まで数年かかることから、正式な教科化は2018年度以
降になるようですが、学習指導要領が一部改訂されれば、早ければ2015年度にも先行実施すると
いいます。
中教審答申における道徳の「教科化」の内容を少し詳しく見ていきます。
(1)
「道徳の時間」を「特別の教科 道徳」
(仮称)として位置づける。
(以下、
「特別の教科」と表
記します。
)教科はその教科の教員免許状を持った教師が教えるわけですが、
「道徳の時間」は学級担
任が担当するのが望ましいと考えられるなど他の教科にはない側面があるので「特別の教科 」として
位置づけるとのことです。
(2)
「特別の教科」に検定教科書を導入する。のちほど詳しく説明します。
(3)
「特別の教科」については、指導要録に専用の記録欄(評価欄)を設ける。
また、学校教育全体で行う道徳教育の評価については、
「行動の記録」を改善し活用するなどです。
(4)幼稚園、高等学校、特別支援教育における道徳教育の充実。
今回の審議においては、幼稚園から高校まで段階を通じて、現行の小中学校の学習指導要領に示され
ている道徳の内容項目に相当するものを一覧表にして作成することや、高校での道徳教育の要として
「人生科」のような指導の場を設けるなど。また、特別支援学校については個別の指導計画を作成し
て、一人ひとりの障害の状態に応じた指導を行うことが必要との意見が出されたようです。
(5)教員の指導力の向上
今までの研修に加え、様々な方策の推進、複数の学校のリーダーとしての「道徳教育推進リーダー教
師」
(仮称)
や道徳指導専門の指導主事の配置、
道徳教育にたけた退職教員や民間人材の活用などです。
(6)教員免許や大学の教員養成課程の改善
現在は小中学校については「道徳の指導法」の2単位、高校の免許では履修が必須ではないが、その
見直しと各大学において道徳教育の指導に当たる教員の養成のためにも道徳教育に係る専攻や講座の
1
積極的な設置をするなどです。
(7)学校と家庭や地域との連携強化
例えば、外部の人の協力や「特別の教科」の授業の積極的な公開、土曜日の活用を含めた家庭や地
域の人々も参加できる授業の工夫をする。学校運営協議会などを活用し組織的に取り組むなどです。
2、
「教科化」のねらい
では何故、これほどまでにして「道徳の時間」を「特別の教科」にするのでしょうか。それは、
① 「道徳教育の充実」の名のもとに、授業実施を強制する。
(今は、
「特別の教科」の時間は道徳
の時間と同じに年間35時間とするが、将来的なあり方については検討する、と答申に謳われ
ています)
。
② 道徳教科書の使用を義務づけることによって、道徳授業の内容や指導方法を規制する。
③ 「特別の教科」を要として、学校の教育活動全体の「道徳教育」化をさらに推し進める。
④ 児童生徒への評価による内心の自由への統制をする。
(*1)
答申では「教科化」の理由を他の教科に比べて道徳の時間が軽視されてきたことやいじめの問題に
対応できなかったことを挙げています。しかし道徳教育は学校教育全体でおこなうものです。仮に年
間35時間おこなう「道徳の時間」が一部他教科に振り向けられたとしても、それが即軽視されてき
たとは言い切れないでしょう。また、2011年に起きた「大津いじめ事件」の第三者調査委員会で
も指摘されているように道徳教育でいじめ問題に対応するには限界があります。
つまるところは、いじめ問題にこと寄せて、政府・文科省(国)の考える道徳を学校現場や子ども
に押し付けるための方策ではないかと考えざるを得ません。
3、
「教科化」のねらいの根底にあるもの
安倍「教育再生」政策についてよく指摘されることがあります。
昨年11月に札幌学院大学で開かれた「2014 合同教育研究全道集会」の講演会において、講師の中
嶋哲彦氏(名古屋大学大学院教授)は、安倍「教育再生」戦略は、新自由主義的統治と国策的人材育
成が一体となって進めることだ、と指摘されました。
いいかえれば、大企業のための人材、つまりひとにぎりのエリートと圧倒的な多数の従順な労働者
の育成(新自由主義)と「戦争する国」の人材、つまり「国防軍」の兵士とそれを支え戦争を支持す
る人々の育成(新国家主義)をめざすものと思います。
(俵義文氏指摘)
(*2)
その「戦争する国」の人材の育成のひとつの「目玉」が、道徳の「教科化」です。
2006年に教育基本法は全面改訂されました。その教育の目標第2条に「伝統と文化を尊重し、
それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」と謳われました。安倍晋三首相はそのことを指して、
「安倍政権において60年ぶりに教育基本法を改訂したことは私の誇りとするところである。この教
育基本法の趣旨を踏まえた教科書は(あの偏向した歴史認識の)育鵬社である」とあるシンポジウム
で述べました。つまり日本人としての誇りと「愛国心」が織り込まれていない教科書は、教科書では
ないと受け止められます。2014年4月に「心のノート」を全面改訂した「私たちの道徳」が全国
の小中学校に配布されました。その5・6年生用の P164~P175には(7)郷土や国を愛する
心を、項目(徳目)で日本人としての自覚や誇り、
「愛国心」が堂々と登場しています。
4、教科書検定制度の改悪で、規制が一段と強まっている。
2
「特別の教科 道徳」
(仮称)に検定教科書が導入されるとどうなるのでしょう。
2014年1月に文科省は、教科書検定基準の改訂を官報に告示しました。その内容は教科書を編
集・検定・採択のそれぞれの段階で統制するものです。また、政府の統一的な見解や最高裁判所の判
例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされることなどです。
さらに検定基準の改悪だけではなく、
「教科書検定審査要項」を改訂して、
「教育基本法の目標等に
照らして重大な欠陥があれば検定不合格とする」という全ての教科に適用する規定を追加しました。
下村文科相は「教育基本法の目標に照らして重大な欠陥があれば、個々の記述の適否を吟味するまで
もなく不合格とする」と2013年11月の記者会見で表明していました。それは、
「愛国心や道徳心
が不十分、伝統文化が不十分、
『自虐史観』などの重大な欠陥があると判断すれば、申請図書の個々の
内容を審査しないで不合格とする、というものです。道徳教育で使用する教科書も「重大な欠陥」が
あると文科省が判断すれば不採択にする。つまりは政府・文科省の考えに合致しなければ「道徳の教
科書」にはならないという制度です。先に述べた中教審答申は「特定の価値観を押し付けたり、主体
性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にある
ものと言わなければならない」と謳っていますが、これは、一体何を指すのか、はなはだ大きな疑問
を感じるのです。
5、道徳教育にどう向き合っていくのか
学生のアンケートから
大学で受け持っている道徳の授業の中で私は学生に次のようなアンケートをとりました。
「小中学校時代に受けた道徳の授業で、印象に残っている授業はありますか。ある人はその内容を記
述してください。ない人は、どのような授業を受けたのかを記述してください」
。
(主に大学 1 年生対象 提出者合計 147 名)
結果 ・印象に残っている授業がある。34名(23.1%)内訳:小学校の時25名(17%)
中学校の時9名(6%)
。 ・印象に残っている授業がない、またはほとんどない113名(76.9%)
具体的な記述内容は省きますが、これが現場の実態かな、と思います。
2014年8月18日付の朝日新聞には「窮屈に感じる道徳の授業」と題して中学生(14歳)の
文が載っていました。一部省略して載せます。
「
(道徳の)授業では美徳を押しつけられます。教科書
にある模範的な友人関係は容易には築けません。読むほどに非現実的です。きれいごとを並べただけ
にしか思えません。子どもは大人が考えるほど単純ではありません。それぞれに悩みを抱え、論理的
に処理できない感情のもつれの中で、日々、もがき苦しんでいます。最低限の善悪なら、教わらなく
ても分かっています。だから、つい反発したくなります。型にはめられたら窮屈です。心のケアどこ
ろか、
「心の束縛」と感じます。道徳教育の中身を見直してもらいたいです」
。
道徳の「教科化」や教科書検定制度の改悪についてほとんど議論にならない学校の中でも、工夫し
ながら実践している先生たちがいます。しかし、私は“道徳”および“道徳教育”を正面から語り合
っていくことが必要だと思います。そして「道徳の時間」に反発するだけではなく、子どものための
道徳教育を育てるために一つ一つの実践が求められていると思います。
上のアンケートに答えてくれた学生は、道徳教育を次のように考えています。
・人としての教育。教科の勉強を通してでは学べないような、人を思いやる気持ちや人のことを考え
ることを学ぶのだと思う。
・人として、社会生活を送る上で大切な精神活動の仕方を学ぶ教育。他人との関わりなどについて学
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ぶ。
・他の科目で学力となる教科教育を行い、道徳で人間的なモラルやルールを学ぶ。
・生きていく上で大切なことを教える授業。
・学力以外の生きていく力。またはその根源。
・人が社会の中で争わずに共生していく社会を作り上げ、それと同時に他人の人権を尊重していくこ
とを道徳教育と考える、などなど。
まだ学生になって間もない、
「印象に残っている授業がない、またはほとんど印象に残っていない道
徳の授業」を受けた「心のノート」の世代といわれる学生でも、です。もし、学生が今教師になった
らこのような道徳の授業をしたいと考えているということでしょう。
6、現場における道徳教育の授業づくりの構え・配慮すべき点
では実際に道徳教育を行っていく上で何が大切かを考えます。
中教審答申には道徳教育の使命として次のように謳っています。
「教育基本法においては、教育の目
的として、人格の完成を目指すことが示されている。人格の基盤となるのが道徳性であり、その道徳
性を育てることが道徳教育の使命である」
。そして、
「人としてよりよく生きる上で大切なものとは何
か、自分はどのように生きるべきかなどについて、時には悩み、葛藤しつつ、考えを深め、自らの生
き方を育んでいくことが求められる」
。さらに、
「道徳教育は、人が一生を通じて追求すべき人格形成
の根幹に関わるものであり、同時に、民主的な国家・社会の持続的発展を根底で支えるものである」
。
一方、次のようにも謳っています。
「道徳教育の本来の使命に鑑みれば、特定の価値観を押し付けた
りすることは、道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない」
。
これらは大いに活用すべきことだと思います。
子どもたちに特定の価値観を信じ込ませることではなく、子どもを取り囲む周りのできごとや社会
問題に目を向けさせ、子どもが自分のあり方や生き方を深く考え、意見をもつようになることが道徳
の授業だと考えます。そのためにも子どもたちの価値判断と意見の表明を励ますことだと思います。
次に、学校における道徳教育を具体的に考えます。
道徳教育は、
「道徳の時間」と「とりたてて行う道徳の教育」と「各教科の特質に応じて行う道徳教
育」で成り立っていますが、それを図式化すると以下のようになります。
(*3)
ここでは「道徳の時間」と「とりたてての道徳指導」に限定して考えていきます。
要としての道徳の時間(年間35時間、小学1学年34時間)
とりたてて行う道徳教育(ひとつのテーマに4,5時間。年間計画を立てる)
ここでは、
「道徳の時間」と「とりたてて行う道徳の教育」に限定して考えていきます。
4
「とりたてて行う道徳の教育」とは、
「道徳の時間」+特別活動の時間+「総合的な学習の時間」な
どです。通常、4,5時間かけて一つのテーマを論議していきます。
さて、道徳教育の指導にあたっては教師は子どもの伴奏者、共に考えるという姿勢が大切だと思い
ます。道徳的価値探求の同伴者としての教師です。また、教材資料選びの観点は、子どもの生活世界
に密着したもので、
多様な価値を含んでいて、
きれいごとに終わらずにリアリティーのあるものです。
道徳の授業は資料の善し悪しに左右されることが少なくないと思います。さらに、ねらいとする道徳
的価値が直接に出ていないものや子どもの思考を発展させ、感動を呼び起こすものです。
実際はかなりの難問ですが、学級や学校生活の中から生じてくる問題やテレビ、ビデオや新聞記事
の中から道徳的価値があり、教師の願いが含まれた教材を準備する必要があると考えています。
中教審答申でも謳われているように、道徳教育は人格形成の根幹に関わるものであり、学校教育の
中核に位置づけられるものです。現場の教師は、多忙さなどさまざまな困難を抱えていますが、同僚
と“道徳”および“道徳教育”を語り合い、子どもの人格形成の道徳教育を実践的に一歩一歩進めて
いくことが今、特に求められていると思っています。
(*1)藤田昌二「クレスコ」2014 年 8 月号
大月書店 pp20-21
(*2)俵義文「徹底批判!!『私たちの道徳』道徳の教科化でゆがめられる子どもたち」合同出版
(*3)梅原利夫「学力と人間らしさをはぐくむ-新指導要領をのりこえる」新日本出版社
参考文献
2014 pp65-66
2008 pp75-78
・対話と共同を育てる道徳教育 大和久勝・今関和子編著 クリエイツかもがわ 2014
・道徳の指導 改訂版 柴田義松編
学文社 2009
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