人の心に貯金する 角谷 勝司

季刊 イズミヤ総研 Vol . 99(2014年7月)
経営時談
人の心に貯金する
わが社の成長は、スーパーマーケットとの
出会いから始まったといっても過言ではない。
私が始めたささやかな商いがお客様の目にと
まり、社会に認められていったのは、スーパ
株式会社サンコー
相談役
角谷 勝司
ーマーケットという流通機構が日本の社会に
登場したことと深く関連しているからである。
あれは昭和 30 年代のこと。念願の独立を
果たした私は、乏しい資金をどう活用しよう
かと思案して、あるオリジナル商品を完成さ
せた。種を明かせば何だと言われそうだが、
花柄のタオルを小さく加工し、フキンとして
売り出すことにしたのである。当時はさらし
や手ぬぐいを切ったものがちゃぶ台を拭くフ
キンで、台所用品を取り扱う荒物屋にはタワ
シや竹ザルのような地味な実用品ばかりが並
んでいた。都市部で公団住宅の建設が始まり、
働くために田舎から出てきた若い世代が団地
暮らしへのあこがれを強めていたから、吸水
性に優れ、なおかつキッチンを明るくするフ
キンがあれば、きっと喜んでもらえると考え
たのである。
ところが、思わぬ壁にぶつかった。「こん
なもの売れるはずがない。フキンごときに誰
が金を払う。」問屋は頭からそう決めつけた。
商品を世に出すには問屋を通さなければなら
ない、というのが当時の常識で、守るべき商
習慣と教えられていたから「家庭の必需品だ
し、決して高価ではない」と食い下がり、
「庶
民の暮らしは変化していて、良いものにはお
金を惜しまなくなっている」と説得を試みた。
けれども、返ってきたのは「得体の知れない
ものを持ち込むな」という叱責だけだった。
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季刊 イズミヤ総研 Vol . 99(2014年7月)
途方に暮れた私は、ふと目を転じて、世に
スーパーマーケットなるものが登場している
ことに気づいた。といっても都市部にちらほ
ら出現しはじめた段階で、旧来の流通機構が
根底から覆る日が来るとは誰も考えていなか
った。地場の生産者やその流通に携わる商人
は、商売の世界に君臨する問屋に頭が上がら
ず、
「スーパーなんてどうせスッと出てパッと
消えるさ」と笑って近寄ろうとはしなかった。
そんななか、完成させた商品を何としても
市場に出したいという気持ちが勝ってスーパ
ーのバイヤーを訪ねた。持ち込みは歓迎され
「発想が面白い、見栄えがいい、使い勝手も
よさそう」と評価された。彼らは固定観念に
とらわれず、消費者の立場でものを考え、消
費者の目線で商品を見ていた。ありきたりの
商品より、時代に合った新しい商品を売りた
い、これまでとは違う方法を試してみたいと
考えていた。その柔軟で前向きな思考は、問
屋が見せたそれとは対照的だった。
商品はすぐさま売場に並び、そして飛ぶよ
うに売れた。私は第二、第三の商品開発に挑
み、すみやかに商いを軌道に乗せることがで
きた。このあとスーパーマーケットが、消費
者から圧倒的支持を得たこと、マスコミから
流通革命の旗手と称えられ、なくてはならな
いものとして社会に認知されていったこと
は、ご承知のとおりである。
わが社にしてもスーパーにしても、高度経
済成長を追い風に、消費者の旺盛な購買力に
支えられた面は確かにあった。でも、お客様
に支持され、社会に受け入れられた理由はそ
れだけではない。喜んでもらいたいと強く願
い、やれそうなことを黙々とやった。新しい
道を切り開くための労苦をいとわなかった。
前例のない挑戦や、失敗による回り道を怖が
らなかった。そんなひたむきな努力があって、
私たちの存在、私たちの活動が世に認められ
ていったと感じている。
あれから半世紀あまり。社会は成熟し、市
場も大きく変化した。だが、人や企業が社会
に受け入れられるために必要なことは、少し
も変わっていないように思う。高度な戦略が
不要だと言いたいのではない。お客様に支持
され、社会に認知されるための地道な取り組
みがあって、高度な戦略というものは生きて
くる。
わが社には「人の心に貯金する」という哲
学がある。若いころ母からかけられた言葉で、
誰かの役に立ち、喜んでもらい、満足しても
らうことが人の道であり、社会人の務めだと
する教えである。社会を知り、数々の経験を
積むなかで、この言葉に普遍の真理があると
気づいた私は、これをスローガンに掲げ、社
員育成の軸とした。以降、社員にひたむきな
実践を求め続けてきた。それはいまも、そし
てこれからも変わらない。
時代は大きくうねり、市場は激変する。そ
のなかで人も企業も生きていかなくてはなら
ない。社員にひたむきな実践を求めるのは、
お客様に喜んでもらい、満足してもらうため
だけではない。自分たちが社会に居場所を確
保し、生き続けていくために、どうしても必
要なことなのである。
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