eGFRと定常状態における1

原 著
eGFRと定常状態における 1 日投与量の血中トラフ濃度に対する比の
重回帰分析によるジゴキシンとバンコマイシンの初期投与量設定
*1
1
1
1
2
3
宮原兼二 ,中根茂喜 ,山口智江 ,平松久典 ,伊藤功治 ,水谷義勝
Setting the initial dose regimen for digoxin and vancomycin using multiple linear regression
analyses of estimated GFR and ratio of daily dose to serum trough levels at steady-state
*1
1
1
1
Kenji MIYAHARA , Shigeki NAKANE , Satoe YAMAGUCHI , Hisanori HIRAMATSU ,
2
Kouji ITO , Yoshikatsu MIZUTANI
3
Department of Pharmacy, Japan Labour Health and Welfare Organization, Chubu Rosai Hospital, 1-10-6, Koumei,
1
Minato-ku, Nagoya-shi, Aichi 455-8530, Japan
Department of Pharmacy, Japan Labour Health and Welfare Organization, Tohoku Rosai Hospital, 4-3-21, Dainohara,
Aoba-ku, Sendai-shi, Miyagi 981-8563, Japan
2
Shirotori Pharmacy, 1-2-3, Taiho, Atsuta-ku, Nagoya-shi, Aichi 456-0062, Japan
3
regression analyses. However, the eGFR3p model
ABSTRACT
equation required adjustment by patient body weight
The initial dose regimen for digoxin(DX)and van-
and/or age. The multiple regression equation for D/C
comycin(VCM)was set based on eGFR3p, the 3-vari-
of DX(every 24 hours administration)uses 4 factors:
able estimated glomerular filtration rate(eGFR)not
eGFR3p, age, body weight, and tablet form(split or
corrected by body surface area, which was compared
whole)
, while the equation for D/C of VCM(every 12
to estimated creatinine clearance obtained using the
hours, 90-minute infusion)uses 2 factors: eGFR3p and
Cockcroft & Gault formula(CGCcr)
. Using 5 factors:
body weight. eGFR3p is a body surface area propor-
estimated renal function(eGFR3p or CGCcr), age,
tional model; however, the D/C of patients correlates
body mass(body weight or body surface area)
, tablet
more to body weight, which likely makes dose setting
form(split or whole in the DX group only)and gen-
using eGFR3p alone difficult. To verify the initial dose
der as explanatory variables and using the ratio of
regimen set, an analysis of predictive performance of
daily dose to serum trough level at steady-state(D/C)
eGFR3p and CGCcr model equations were analyzed
of DX in 432 patients or VCM in 72 patients as the
and compared with that of population mean method in
objective variable, multiple linear regression analyses
137 DX-treated patients and 58 VCM-treated patients.
were performed using the power regression model
The results yielded similar predictability without sig-
after log-transforming all variables. Furthermore, the
nificant difference in each method. These findings sug-
correlation between each factor and the predictive
gest that, although correction by body weight is
performance of the derived regimen was analyzed.
required for the eGFR3p model equation, the model
Both models using either eGFR3p or CGCcr yielded a
has clinical utility in initial dose setting since eGFR3p
similar coefficient of determination(R2)in multiple
is frequently used and the method is simple.
1
*
Kenji MIYAHARA , Shigeki NAKANE, Satoe YAMAGUCHI, Hisanori HIRAMATSU
労働者健康福祉機構 中部労災病院 薬剤部(〒455-8530
2
労働者健康福祉機構 東北労災病院 薬剤部(〒981-8563
3
愛知県名古屋市港区港明1-10-6)
Kouji ITO
宮城県仙台市青葉区台原4-3-21)
Yoshikatsu MIZUTANI
白鳥調剤薬局(〒456-0062
愛知県名古屋市熱田区大宝1-2-3)
受付日:2013. 11. 19
受理日:2014. 6. 8
─ ─
101
Vol. 31 No. (
4 2014)
Keywords : Digoxin, Vancomycin, eGFR equation, mul-
これらの薬剤の投与法は本邦では報告されていない。そ
tiple linear regression analysis, initial dose regimen
こで,従来CGCcrにより投与量設定されていたこれらの
薬物について,eGFR( 3 項目式)の体表面積未補正値
(eGFR3p)に基づく初期投与量設定法をCGCcrによる
要 旨
場合と比較しながら検討し,問題点を考察した。
ジゴキシン(DX)とバンコマイシン(VCM)を対象
体内動態が線形の薬物を同量で画一の投与間隔により
として,糸球体濾過速度推算値(eGFR)の 3 項目式に
反復投与し,定常状態となった時の 1 日投与量と血中ト
よる体表面積未補正値(eGFR3p)に基づく初期投与量
ラフ濃度の比(D/C)は,個人内では投与量に依存しな
設定法について,Cockcroft & Gault式による推定クレ
い一定の数値となる。同じ薬物クリアランスの患者間に
アチニンクリアランス(CGCcr)による場合と比較しな
おいても,より高体重で分布容積の大きな患者では,
がら検討した。DX投与患者432名とVCM投与患者72名
D/Cはより小さくなるなどバラツキはあるが,不偏に多
の定常状態における 1 日投与量と血中トラフ濃度の比
くの症例から得られたデータ群は,定常状態の血中トラ
(D/C)を目的変数,推定腎機能(eGFR3pまたは
フ濃度を指標にする薬物の初期投与量設定に有用な情報
CGCcr),年齢,体格(体重または体表面積)
,錠剤分割
を与えると考えられる。特にDXでは半減期が長いため,
の有無(DXのみ),性別の 5 因子を説明変数とし,各
1-コンパートメントモデルで解析する場合,定常状態の
因子の累乗積モデル式にて対数変換後,重回帰分析を行
平均濃度は血中トラフ濃度に近似することから,D/Cは
なった。さらに,各因子との相関と重回帰式の初期投与
DXのクリアランスの近似値に比例した値となる。
これらのことからD/Cを目的変数,さらに推定腎機能
量設定能力を評価した。eGFR3pとCGCcrの両モデル式
2
では,重回帰式の修正済決定係数(R )はいずれも同等
値(eGFR3pまたはCGCcr),年齢,体格(体重または
であった。しかし,eGFR3pモデル式は体重や年齢によ
体表面積),錠剤分割の有無(DXのみ),性別の 5 因子
る調整を必要とした。DX(24時間間隔投与)のD/C重
を説明変数とし,各因子の累乗積モデル式にて対数変換
回帰式は,eGFR3p,年齢,体重,錠剤分割の有無の 4
による重回帰分析を行い,各因子との相関と求められた
因子で構成され,VCM(12時間間隔,90分間点滴投与)
式による初期投与量設定能力を評価した。さらに,求め
のD/C重回帰式は,eGFR3p,体重の 2 因子で構成され
られた重回帰式によるVCM初期投与量設定ノモグラム
た。eGFR3pは体表面積比例モデルであるが,患者群の
を作成した。
D/Cはより体重に相関し,eGFR3p単独で設定困難な原
Ⅱ 対象と方法
因と考えられる。初期投与量設定法として,eGFR3pと
CGCcrの各モデル式の推定能力を別の集団(DX投与患
1 .算出群と検証群の患者背景
者137名,VCM投与患者58名)で検証した結果,それぞ
DXについては中部労災病院薬剤部でTDM(1988年 8
れ母集団平均値による方法と同等であった。これらのこ
月∼1998年 8 月)を行った循環器病棟入院患者のうち,
とから,eGFR3pモデル式による初期投与用量設定は体
服薬コンプライアンスの確認ができ,キニジン,スピロ
重による補正が必要であるが,eGFR3pは汎用されてお
ノラクトン,ベラパミル等DX血中濃度に大きな影響を
り,設定が簡便であることから臨床で有用と考えられた。
与える薬物の併用や,甲状腺疾患がなく,ジゴシンÑ錠
0.25 mg(中外製薬)を 1 日 1 回 1 錠,1/2錠,1/4錠の
索引用語:ジゴキシン,バンコマイシン,GFR推算式,
いずれか一定量を20日間以上服用し,定常状態であった
重回帰分析,初期投与量設定
と考えられる症例432名(男性253名,女性179名,平均
年齢±SD:67.7±11.5歳)を算出群とした。さらに,算
出群と同じ条件で抽出した別の137名(1998年 9 月∼
Ⅰ はじめに
2000年 2 月,男性70名,女性67名,平均年齢±SD:
ジゴキシン(DX)やバンコマイシン(VCM)は腎排
68.6±12.1歳)を検証群とした(表 1 )。
VCMについては,同じく中部労災病院薬剤部でTDM
泄型薬剤であり,腎機能に応じて投与量が決定されてい
る。一方,腎機能の指標として簡便に使用されていた
1)
(1998年 6 月∼2005年 4 月)を実施した入院患者のうち,
Cockcroft & Gault(CG)式 によるクレアチニンクリ
塩酸バンコマイシン点滴静注用0.5 g(塩野義製薬)の
アランス(Ccr)の推定値(CGCcr)は血清クレアチニ
一定量を 3 ∼ 9 日間,90分間点滴にて12時間間隔の投与
ン(Scr)の測定法や高齢者でのクレアチニン(Cr)排
を行い,定常状態であったと考えられるScr≧0.6
2)
泄速度の違いにより本邦では誤差が大きく ,近年では
3)
mg/dLの症例72名(男性59名,女性13名,平均年齢±
日本人用の糸球体濾過速度推算式(eGFR)が提唱 さ
SD:67.0±14.3歳)を算出群とした。Scr<0.6 mg/dLの
れ,臨床の場で普及している。しかし,eGFRに基づく
症例については推定腎機能が過大評価されるとの報告4)
TDM研究
─ ─
102
表1
表2
DX投与患者背景
VCM投与患者背景
7)
さらに,DuBoisの式 により算出した患者個人の体表
面積により補正することで,eGFR3項目式による体表
面積未補正値(eGFR3p,mL/min)を求めた。
があり除外した。さらに,算出群と同じ条件で抽出した
別の58名(2005年 5 月∼2010年10月,男性49名,女性 9
DuBois式 :体表面積(m )=
名,平均年齢±SD:65.2±13.9歳)を検証群とした(表
0.725
7)
2
体重
0.425
・身長(cm)
・0.007184
2 )。
なお,DX,VCMともに一定量を投与開始後,母集団
3 .各因子間の相関
平均値[DX:堀らの報告 5),VCM:安原らの報告 6)
DXとVCMともに,算出群におけるeGFR3pとCGCcr,
(CcrにはすべてCGCcrを代入)]を用いて個人の年齢,
D/Cと体格(体重,体表面積,理想体重),D/Cと推定
Scr,体重,性別データから算出した推定半減期に対し
腎機能(eGFR3p,CGCcr)の各因子間の相関について
て 4 倍の期間以降を定常状態と判断した。また,算出群
回帰式と決定係数(R 2)を算出した。D/CとeGFR3p,
と検証群の比較として,男女比,年齢,体重,Scr,投
およびD/CとCGCcrの相関については,それぞれの相関
与量,血中濃度,eGFR3p,CGCcrを調査した。両群の
係数(R)の相等性(対応がある場合)検定のためRをZ
統計学的評価としてカイ二乗検定,Student’s t-testを
変換の後,│Z│≧1.96のとき有意水準5%で異なると判
用いて,p<0.05を有意差ありとした。
定した。また,両推定腎機能値の比(eGFR3p/CGCcr)
の加齢による変化を調査した。
2 .測定法と腎機能推算式
DXとVCMの血中濃度測定は蛍光偏光イムノアッセイ
4 .D/Cの重回帰分析
法(TDXシステム・ダイナボット社)を用い,DXにつ
算出群を対象として,D/C(DXでは24時間間隔,
いては最終服用後20∼24時間後,また,VCMについて
VCMでは90分間点滴で12時間間隔投与時の値)を目的
は次回投与直前の採血により血中トラフ濃度を測定し
変数,さらに推定腎機能値(eGFR3pまたはCGCcr),
た。Scr(mg/dL)は酵素法にて測定し,血中濃度測定
年齢,体格(体重または体表面積),錠剤分割の有無
日の1週間前までの値を採用したが,この間に複数の
(DXのみ),性別の 5 因子を説明変数とし,各因子の累
データがある場合はそれらを平均した。
乗積モデル式にて対数変換による重回帰分析(Excel統
腎機能の推算は,Scr,年齢(歳),性別からGFRを
計2012)を行った。変数選択は各偏回帰係数が有意
推算するeGFR3項目式(eGFR3式),そして,年齢,体
(p<0.05)となる条件下,多重共線性を排除するため偏
重(kg),Scr,性別からCcrを推算するCG式を用いて
回帰係数と単相関の符号の一致を確認の上,増減法にて
行った。
決定し,重回帰式を求めた。また,修正済R2や定数,累
乗値などの95%信頼区間(CI)を算出した。さらに,
eGFR3項目式 3):eGFR3(mL/min/1.73 m 2)=194・
−1.094
Scr
・年齢
−0.287
・0.739(if female)
eGFR3pモデル式とCGCcrモデル式での差異を検討する
目的で,実測D/Cに対する重回帰式による推定D/Cの
30%正確性3)(誤差範囲が±30%以内となる割合)をモ
CG式
1)
:CGCcr(mL/min)=(140−年齢)・体重/
(72・Scr)
・0.85(if female)
デル式ごとに算出し,カイ二乗検定によりp<0.05を有
意差ありとした。
─ ─
103
Vol. 31 No. (
4 2014)
5 .重回帰式による初期投与量設定能力の評価
いてeGFR3p値から体重別に,そしてCGCcr値からも,
検証群を対象として,母集団パラメータ[DX:堀ら
5)
それぞれ初期投与量を設定するノモグラムを作成した。
6)
の報告 ,VCM:安原らの報告 (CcrにはすべてCGCcr
を代入)]による population pharmacokinetics parame-
7 .倫理的配慮
ter mean method(PM法)と今回の重回帰式による 2
本研究における報告は,「症例報告を含む医学論文及
方法の 3 法間で定常状態の血中トラフ濃度推定精度を比
び学会研究会発表における患者プライバシー保護に関す
較した。予測の偏りの指標としてmean prediction per-
る指針」に基づき,患者氏名などの個人情報についても
centage error(MPE,%),予測の正確性の指標として
特定できない条件下で行い,患者情報の取り扱いに十分
mean
留意した。
absolute
prediction
percentage
error
(MAPE,%),root mean square prediction percent-
Ⅲ 結果
age error(RMSPE,%)を下記式にてそれぞれ算出し
た。 1 患者 1 データでの比較であり,nは算出対象の総
1 .患者背景
データ(患者)数を示している。
男女比,年齢,体重,Scr,投与量,剤型(DXのみ),
血中濃度,eGFR3p,CGCcrの全項目について,DX,
PE(%)=[(予測血中トラフ濃度−実測血中トラフ濃
度)/実測血中トラフ濃度]・100
VCMともに算出群と検証群で有意差はみられなかった
(表 1 , 2 )。
MPE(%)= 1 / n ・Σ(PE)
2 .各因子間の相関
MAPE(%)= 1 / n ・Σ│PE│
2
RMSPE(%)=[ 1 / n ・Σ(PE)]
1/2
DXの算出群におけるeGFR3p(y)とCGCcr(x)の
原点を通過する回帰式は,y = 0.912・x(R2 = 0.783)
全体,eGFR3p<60 mL/min,eGFR3p≧60 mL/min
となり,低腎機能域(eGFR3p<60 mL/min)では
で層別に比較し,各方法で得られたこれらの評価値は一
eGFR3p>CGCcrの傾向がみられた(図 1 a)。両者の比
元配置分散分析(対応あり)の多重比較として
(eGFR3p/CGCcr)は加齢と共に増大し,70歳で1.0を超
Bonferroni法により検定し,有意水準(p=0.05)を
えた(図 1 b)。D/C(y)と体格(x)の相関における
Bonferroni補正後の p<0.0167で有意差ありと判定した。
回帰式のR2は体重(0.161)>体表面積(0.150)>理想
体重(0.0482)であった。D/C(y)と推定腎機能値(x)
2
6 .VCM投与量ノモグラムの作成
の相関における回帰式のR はCGCcr(0.389)>eGFR3p
VCMについて,投与量に対する体重や推定腎機能の
(0.240)であり,Rの相等性検定でも有意差がみられた。
関係を目視化するため,求められたD/Cの重回帰式を用
VCMの算出群においても同様に,eGFR3p(y)と
図 1 DX算出群(432名)における因子相関
CGCcrとeGFR3pの相関. 年齢とeGFR3p/CGCcrの相関.
TDM研究
─ ─
104
図2 VCM算出群(72名)における因子相関
CGCcrとeGFR3pの相関. 年齢とeGFR3p/CGCcrの相関.
表3
2
DXのeGFR3pモデルD/C重回帰式構成因子と修正済R
CGCcr(x)の原点を通過する回帰式は,y = 0.901・x
2
(R = 0.697)となり,やはり低腎機能域(eGFR3p<60
mL/min)ではeGFR3p>CGCcrの傾向がみられ(図 2 a),
た。また,今回のD/Cと体格の相関結果より,重回帰分
析に使用する体格因子として体重と体表面積を採用し
た。
両者の比(eGFR3p/CGCcr)は同じく70歳で1.0を超え
た(図 2 b)。また,D/C(y)と体格(x)の相関にお
3 .D/Cの重回帰分析
2
DXの重回帰分析においてeGFR3pモデル式では,
ける回帰式のR は体表面積(0.237)≒体重(0.236)>
理想体重(0.084)であった。D/C(y)と推定腎機能値
2
eGFR3p,年齢,体格(体重または体表面積),錠剤分
(x)の相関における回帰式のR はCGCcr(0.502)>
割の有無,性別の 5 因子のうち,偏回帰係数が有意でな
eGFR3p(0.437)であったが,Rの相等性検定では有意
いため除去されたのは性別の 1 因子のみであり,有意な
差はみられなかった。
構成因子の組み合わせと修正済R 2の関係(表 3 )から
DX,VCMの両算出群はほぼ同じ特性を有し,全体と
してはeGFR3p=0.9・CGCcrの関係にあり,GFR/1.73
2
2
3)
2
最も大きな修正済R (0.495)を示した式は
D/C(1000 L/day)= 0.0334・eGFR3p
0.426
0.504
・年齢
−0.395
・
m = 0.789・CGCcr/1.73 m との報告 より傾きが大で
体重
あった。さらに,70歳以上ではeGFR3p>CGCcrとなる
であった。ここで,if cutは錠剤分割時係数であり,
患者が多くなることも両群で共通していた。しかし,
DX0.25 mg錠を分割(1/2錠,1/4錠)投与した場合の相
D/Cと推定腎機能の単相関はDXで有意(CGCcr>
対吸収率の逆数を示している。今回の解析ではこの係数
eGFR3p)であったのに対し,VCMでは明確でなかっ
が約0.8となり,錠剤を分割使用することで相対吸収率
─ ─
105
・0.807(if cut)・・・(DX-eGFR3p- 1 式)
Vol. 31 No. (
4 2014)
表4
表5
D/Cの重回帰式(95%CI)
検証群における各推定法の精度比較(95%CI)
が25%増加することを示している。体重因子を含むDXeGFR3p-1式の寄与率の指標となる標準偏回帰係数は
D/C(L/day)= 0.120・eGFR3p
0.803
・体重
0.910
・・・
2
(VCM-eGFR3p式,修正済R =0.564)
eGFR3p>if cut>体重>年齢であったが,これを体表面
であった。CGCcrモデル式では,年齢,体格(体重また
積因子に置き換えたDX-eGFR3p-2式では標準偏回帰係
は体表面積),性別の 3 因子の偏回帰係数が有意でない
数がeGFR3p>if cut>年齢>体表面積となり,D/Cは体
ため除去され,CGCcrのみが構成因子となった式は
表面積に比してより体重と相関していた。CGCcrモデル
D/C(L/day)= 2.74・CGCcr0.918・・・(VCM-CGCcr
式では,年齢,体格(体重または体表面積),性別の 3
式,修正済R =0.587)
因子について偏回帰係数が有意でないため除去され,修
であった。
2
正済R2が0.507でeGFR3pモデル式よりも高い相関を示し
た式は
D/C(1000 L/day)= 0.0211・CGCcr
これら最終的な重回帰式を構成する各因子の累乗値,
定数そして錠剤分割時係数の95%CIの範囲は狭く,高
0.617
・0.797(if
い 有 意 水 準 を 示 し た ( 表 4 )。 D X と V C M と も に
cut)・・・(DX-CGCcr式)
eGFR3pモデル式よりもCGCcrモデル式の修正済R2が高
となった。
値であったが,実測D/Cに対する重回帰式による推定
3)
同様にVCMの重回帰分析において,eGFR3pモデル
D/Cの30%正確性 は,DXにおいてeGFR3pモデル式が
式では,eGFR3p,年齢,体格(体重または体表面積),
66.9%,CGCcrモデル式が65.3%,VCMにおいては
性別の 4 因子のうち,偏回帰係数が有意でないため,年
eGFR3pモデル式が59.3%,CGCcrモデル式が58.0%であ
齢,性別の 2 因子が除去され,有意な構成因子により最
り,DXとVCMそれぞれにおいて,両モデル式間でのカ
も大きな修正済R2を示した式は
イ二乗検定による有意差はみられなかった。
TDM研究
─ ─
106
DXとVCMの両薬剤において,CGCcrモデル式に含ま
れない体重因子がeGFR3pモデル式では共通に有意な因
子として含まれていることから,同じeGFR3pの患者間
でも体重差によりD/Cが有意に異なることが示唆され
た。このことはeGFR3pのみでの投与量設定が困難であ
ることを示している。さらにeGFR3pの代わりに
eGFR3/1.73 m2( 3 項目eGFRの体表面積補正値)を用
2
いても同様の修正済R を示す重回帰式は誘導されたが,
体重因子への依存がさらに増大した。
4 .重回帰式による初期投与量設定能力の評価
図3
PM法と表 4 に示したeGFR3pモデル式とCGCcrモデ
ル式の重回帰式法による 3 法間で,定常状態における血
中トラフ濃度の推定精度を両剤の検証群で比較した結果
VCM投与量ノモグラム
1 日投与量:定常状態の目標トラフ濃度を15μg/mLと設定,12
時間間隔で90分点滴投与時の 1 日推奨投与量, eGFR3p: 3 項目
eGFRの体表面積未補正値, CGCcr : Cockcroft-Gault(CG)式
による推定Ccr, 30∼70kg:患者体重.
(表 5 ),VCMの低腎機能域(eGFR3p<60 mL/min)
で重回帰式 2 法に比して,バイアスの指標となるMPE
がPM法において有意(p<0.0167)に大きな正の偏りを
は,体重<40 kgでeGFR3p>CGCcr,体重>60 kgで
示した。しかし,DXとVCMともにその他の領域におけ
eGFR3p<CGCcrとなることがノモグラムにより明瞭と
るMPEや,全領域において正確性の指標であるMAPE
なった。
とRMSPEでは, 3 法間に有意差は認められなかった。
Ⅳ 考察
このことから,CGCcrモデル式と体重補正したeGFR3p
海外ではCrがjaffe法で測定されるため,実測Ccrが偽
モデル式の重回帰式法は,いずれもPM法と同等の初期
低値となりGFRと近似することから,CcrがGFRの代用
投与量設定能力を有することが明らかになった。
とされてきた。また,CG式は海外でのCr排泄速度デー
5 .VCM投与量ノモグラム
タからCcrを推測するものとして作成され,GFR ≒
PM法と同等の予測精度が示されたことから,D/Cの
CGCcrと認識されてきた経緯がある。国内ではCrが酵
重回帰式に目標とする定常状態の血中トラフ濃度を代入
素法により正確に測定されるため,GFR = 0.715・Ccr
することで,簡便に初期投与量設定をすることが可能で
であり,日本人高齢者のCr排泄が海外とは異なること
あった。DXについては多因子のため数式による算出が
から,全体としてはGFR = 0.789・CGCcrとされている3)
必要であるが,VCMについては横軸に推定腎機能値,
縦軸に 1 日投与量の算出値をそのままプロットすること
2
(いずれも1.73 m あたりの数値)。このため海外の情報
を本邦にそのまま適応させるのは困難である。
で,ノモグラム化が可能であった。表 4 のVCM-
本邦ではVCMについて,報告されている日本人母集
eGFR3p式とVCM-CGCcr式を用い,定常状態の血中ト
団パラメータの薬物クリアランス式 にあるCcrに対し
ラフ濃度を15μg/mLに設定し,12時間間隔で90分間点
て,① CGCcr,②Scr補正(0.6未満を0.6として換算,ま
滴投与時の 1 日VCM投与量ノモグラムを図 3 に示す。
たは+0.2の値で換算)後のCGCcrとeGFR3p,③
eGFR3pの曲線は代表的な体重別に表示されている。
eGFR3p/0.789などを代入することでeGFR3pによる投与
eGFR3pは個人の体格を反映した腎機能値であるが,同
量設定法が比較,検討8,9)されている。この薬物クリア
じeGFR3pの患者でも体重により用量調整を要し,特に
ランス式にあるCcrは実測値(測定がない場合はCGCcr
低体重患者では減量の必要性が明示された。これに対し
値)で作成されていることから,推定誤差が大きいとさ
てCGCcrは体重も含んだ単一要素であるため一つの曲線
れるCGCcrの代入に対して上記の各種補正法が検討され
で示すことが可能であり,体重50 kgのeGFR3p曲線と
ているが,eGFR3pにより推定精度が全面的に向上する
ほぼ一致していた。
という報告はない。また,実測GFR/1.73 m2はCGCcr/
推定腎機能値と 1 日投与量の関係では,例えばCGCcr
6)
2
2
1.73 m よりeGFR3/1.73 m と相関する
2,3)
とされている
が 30 mL/minの 患 者 , 体 重 70 kgで eGFR3pが 20
が,各種推定腎機能に対する実測Ccrおよび実測VCMク
mL/minの患者,そして,体重30 kgでeGFR3pが50
リアランスの相関を調べた研究
mL/minの患者において投与量が同一であることが目視
優位性は示されなかった。
10)
でも同様にeGFR3pの
できる。また,推定腎機能比(eGFR3p/CGCcr)は図
そこで,この原因を調査し,eGFR3pによる初期投与
2 bで示したように70歳以上で1.0を超えたが,体重面で
量設定法の構築を目的として,D/Cの重回帰分析を行っ
─ ─
107
Vol. 31 No. (
4 2014)
た結果,D/CはDX,VCMの両薬剤ともに体表面積より
因子の累乗積モデルであるためCGCcrとして10 mL/
も体重に相関することから,患者群においては体表面積
min以下は誤差が大きくなり,VCMではScr<0.6
比例モデルのeGFR3pと実際のGFRの間に誤差の生じて
mg/dLの患者が対象外になるなど,使用に制限はある
いる可能性が示唆された。今後,eGFRの 5 項目式やシ
が簡便な方法であると考えられる。DXやVCMは半減期
スタチン式により,さらに精度の向上が期待されるが,
が投与間隔に比べて十分に長く,腎外排泄率が大きくな
この問題は継続するものと推察された。従って,
いため,D/Cがより薬物クリアランスに比例した近似値
eGFR3/1.73 m2を体表面積未補正値(eGFR3p)にすれ
となることで,初期投与量設定が可能であったと推察さ
ば,添付文書などのCcr別投与量設定のCcrに代用でき
れた。
目標とする定常状態のトラフ濃度を15μg/mLと設定
るとする指針は再検証が必要であると考えられた。
DXにおいて,母集団薬物動態解析のプログラムであ
したCGCcrによるVCM投与量ノモグラムについては,
るNONMEM(Nonlinear Mixed Effect Model)による
CGCcr=Ccrと仮定してMoellering13)のノモグラムと比
解析 11,12)では錠剤の分割投与により,非分割時に対し
較すると,今回の検証群患者においてMoelleringのノモ
て吸収率が15∼22%増加すると報告しているが,今回の
グラムにより達成される定常状態の推定トラフ濃度は平
重回帰分析による方法でも同様に25%の吸収率増加が認
均8.5μg/mLであり,今回のノモグラムによる平均16.1
められた。錠剤分割面からの崩壊が促進されて溶出,吸
μg/mLと比べて低値であった。いずれもCGCcrやCcrの
収が向上するものと推察される。
みに依存するノモグラムであり同質のものであるが,
VCMについてはCGCcrモデル式の重回帰式法とPM法
Moelleringのノモグラムでは定常状態の平均血中濃度で
の間で,低腎機能域におけるMPEの有意差がみられた。
15μg/mLを目標に設定していることが原因で現在の目
6)
PM法における日本人母集団パラメータ式 のCcrは実
標トラフ濃度より低値を示すものと推察された。
測値(測定がない場合はCGCcr値)で作成され,薬物ク
血中濃度の実測データがない初期投与量設定において
リアランスはCcrのみに依存した式となっている。この
は推定精度の向上にも限度があり,新しい因子の発見が
ため,90分間点滴で12時間間隔投与におけるD/Cは母集
ない限りは現状のPM法が最適であると考えられる。
団平均パラメータを用い,最小二乗法によりCcrの累乗
従って,PM法に比して非劣性であれば,より簡易で汎
式としてD/C = 0.635・Ccr
1.24
と表すことができる。こ
用されているeGFR3pを用いた方法は有用と思われる。
0.918
今回の報告はeGFR3pが体格も反映した個人値ではある
であり,クリアランス<80 mL/minの領域において両
が,患者群では同じeGFR3pでも体重によりD/Cが有意
式の差異は5∼10 mL/min(クリアランス値)であった。
に変動するため,eGFR3pのみからの投与量設定では,
検証群の低腎機能域におけるPM法の推定誤差(MPE
特に低体重の高齢者で中毒の危険があることを提起した
で+22.2%)が今回の重回帰式法と比べて有意に大で
ものである。そのようなeGFR3pに対しては体重による
あったこと,および算出群72名の患者におけるCGCcrと
補正により,CGCcrと同様に重回帰式法を用いてPM法
eGFR3pの相関において,低腎機能域(図 2 a)と高齢
と同等までに初期投与量設定の精度が向上することか
者(図 2 b)でeGFR3p>CGCcrの傾向がみられたこと
ら,臨床使用が可能と判断された。
れに対して今回の重回帰式は D/C = 2.74・CGCcr
はCGCcrの高齢者における過小評価を間接的に示唆する
ものと考えられる。
引用文献
D/Cの重回帰式構成因子については,eGFR3pモデル
1)Cockcroft DW, Gault MH. Prediction of creatinine
clearance from serum creatinine. Nephron. 1976 ; 16
式中,DXでは体重と年齢,VCMでは体重の因子を含ん
( 1 ): 31-41.
でいる。これは,DXの場合では加齢や腎機能低下に伴
う腎外排泄機能の減少や,より併用薬が多くなる高齢者
での相互作用による薬物クリアランスの減少を年齢因子
2)堀尾 勝.薬物投与設計におけるeGFRの有用性.日病薬
誌.2010 ; 46( 2 ): 179-182.
3)Matsuo S, Imai E, Horio M, et al. Revised equations for
で説明しているものと推察される。また,両薬剤の
estimated GFR from serum creatinine in Japan. Am J
eGFR3pモデル式で共通に体重因子が含まれているが,
Kidney Dis. 2009 ; 53( 6 ): 982-992.
CGCcrモデル式では年齢因子や体重因子を必要としな
4)矢野義孝,尾熊隆嘉,安原真人,ほか.バンコマイシン
かった。CGCcrが日本人高齢者で過小評価され,さらに
TDMにおける母集団薬物動態速度的解析と評価.TDM
体重比例モデルであることにより単独因子での説明が可
能であったと思われる。このことから,添付文書などに
研究.1997 ; 14 : 231-246.
5)堀 丁平,宮崎勝巳,水柿道直,ほか.日本人における
薬物動態母集団パラメータの推定( 1 ):ジゴキシン.
おいてCGCcr値のみで推奨投与量を設定する現在の方法
も妥当であることが示唆された。
TDM研究.1994 ; 6( 1 ): 7-17.
6)Yasuhara M, Iga T, Zenda H, et al. Population
今回の重回帰式法は,腎外排泄もあるDXにおいては
TDM研究
─ ─
108
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