2015 年 2 月 13 日 「クラウドサービス等と著作権」に関する当協会の意見 一般社団法人日本映像ソフト協会 「著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会」(以下「本小委員会」といいま す。 )で審議された「クラウドサービス等と著作権」に関し、以下のとおり、当協会の意見 を表明いたします。 1.著作権等の権利制限に関する「柔軟性のある規定」導入について 10 月 31 日の第 7 回本小委員会で、事業者団体委員はクラウドサービス以外の 9 類型の ビジネスモデルについて論じるにあたり、著作権等の権利制限に関する「柔軟性のある規 定の導入」を求めました(第 7 回本小委員会配布資料2-1の 2 頁)。ここで「柔軟性のあ る規定」とは、米国型のフェアユース規定を設けている 7 カ国を「柔軟な規定を導入して いる最先端国家 7 カ国」と称している(同資料 4 頁)こと等から、米国型フェアユース規 定を念頭においたものと思われます。 米国著作権法 107 条では、(1)使用の目的及び性質、(2)著作権のある著作物の性質、(3) 著作権のある著作物全体との関連における使用された部分の量及び実質性、(4)著作権のあ る著作物の潜在的市場又は価値に対する使用の影響、の 4 要素を考慮してフェアユースに 該当するかどうかを認定することになります。 「本小委員会」は、第 1 回の配布資料3に記載されているように「規制改革実施計画」 への対応としてクラウドサービス等と著作権について審議を行ったわけですが、 「規制改革 実施計画」は規制改革会議の「規制改革に関する第 2 次答申」を踏まえてまとめられたも ので( 「規制改革実施計画」1 頁) 、同答申 35 頁には、 「著作権侵害のおそれから、国内にお いては海外と同様のサービスができておらず、また新規サービス創出の障害となっている との指摘がある。 」と記されています。 しかし、フェアユースの法理の下では、フェアユースに該当するかどうかは訴訟の結果 をみなければわからないのですから、「著作権侵害のおそれ」から解放される法制度ではあ りません。 しかも、フェアユース規定の導入については、次のような問題があると考えます。 前述の第 7 回本小委員会における事業者団体委員の提出した配布資料2-1の 4 頁では、 (5)ア.で「柔軟な規定を導入している最先端国家7カ国」として米国、台湾、フィリ ピン、シンガポール、イスラエル、韓国及びマレーシアをあげています。 しかしながら、米国は 1989 年 3 月まで、著作権法の国際標準を定める「文学的及び美術 的著作物の保護に関するベルヌ条約」(以下「ベルヌ条約」と言います。)に加盟せず、同 1 国の著作権法は独自の発展をしてきました。米国の法理を採り入れることを「最先端」と 称することは、著作権法の分野では疑問があります。 また、米国のフェアユースの法理は不文法である英米法のエクイティ上の法理と言われ ており、米国著作権法第 107 条だけでなく多数の判例法で具体化されているものです。 したがって、米国著作権法第 107 条のような規定を導入するだけで具体的な判例法理が 抜け落ちてしまうことになると抽象性の高い法規範になってしまいます。 「ベルヌ条約」第 9 条第(2)項、 「著作権に関する世界知的所有権機関条約」 (以下「WIPO 著作権条約」といいます。 )第 10 条及び「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定 附属 書-C 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(以下「TRIPS 協定」といいます。 ) 第 13 条で定めるスリーステップテストの法理では、その第1ステップで、権利制限できる 要件として「特別な場合であること」を要求していますので、わが国では成文法で「特別 な場合」を明定する必要があり、2012 年改正法は、このような配慮を尽くした結果だと思 われます。 また、今回事業者団体委員が要求した 10 類型のビジネスモデルが、米国型のフェアユー スの法理で権利制限の対象となるのか疑問のあることは、昨年 6 月の「Aereo 事件」米国連 邦最高裁判所判決をみれば明らかです。 第 7 回本小委員会配布資料2-1の3頁では、10 類型のビジネスモデルに共通する要素 として、(1)著作権者に不当な不利益を与えない利用、(2)サービス提供事業者にとって著作 物の表現を享受するための利用とは評価されない利用、(3)-1 ユーザーが適法に所有/専有 する/しうる情報の活用、(3)-2 公表された情報の異なる目的での公正な情報の活用、(4)情 報通信の円滑化または資産の効率化、の「共通要素があることを考慮して正当化されるべ き」としています。 しかし、そもそもこの 10 類型のビジネスモデルは、欧州諸国はもとより、論者が「最先 端」と称する米国型フェアユースの下でも権利制限が肯定されるとは言い難く、その共通 要素を取り出して権利制限の一般規定を設けることは、正当性を欠いています。 2.規制改革の名の下での著作権制限について 「本小委員会」第 1 回の配布資料3には、 「規制改革実施計画」が抜粋されており、その 事項名として「クラウドメディアサービス実現のための規制の見直し」と記されています。 田中二郎「行政法 下巻」全訂第二版(1983 年 弘文堂)では「規制とは、公共の福祉 を維持増進するために、人民の活動を権力的に規律し、人民に対し、これに応ずべき公の 義務を課する作用をいい、規正法とは、右の意味での規制に関する法律を総称する。」(85 頁)とされています。 しかしながら、クラウドやメディア変換サービス事業者の行為については、何ら公の義 務が課されているわけではなく、これらの事業者の財産権の行使等が公権力によって制限 されているわけではありませんので、「規制」には該当しません。 2 ある事業を行おうとするとき、他人の所有権その他の財産権があることがその支障とな っていたとしても、その財産権を有する者から財産権を譲り受ける交渉や利用権の設定交 渉等を行えば解決できることであり、特定の事業者の利益のために財産権を制限するべき ではありません。そして、映像コンテンツについては技術的保護手段が用いられているた め契約によらずにクラウドサーバーに保存することはできませんし、すでに許諾によるク ラウドサービスは始まっていますので、ユーザーのニーズは契約によって実現されうると 思われます。 上記「規制」の定義に照らせば、 「新しい産業の創出・拡大に資する」という産業振興政 策に基づいて、事業者が許諾を得る手順を踏まず著作物を利用できるように著作権者の専 有する財産権(著作権)を制限することは、著作権者等に対する「規制」の強化に該当し ます。 2013 年 3 月 22 日に内閣府規制改革会議が受け付けた「規制改革ホットライン検討要請 項目」に「クラウドメディアサービスの実現」があります。これに対し文化庁は著作権法 について「私人の財産権である著作権(私権)等について定める法律であって、著作物の 利用を規制(禁止)するものではありません。」との回答を行っています。 文化庁のこの見解はまったく正当なものであり、当協会はこの文化庁見解を支持いたし ます。 3.条約適合性について 「ベルヌ条約」第 9 条第(2)項、 「WIPO 著作権条約」第 10 条及び「TRIPS 協定」第 13 条では、加盟国が著作権を制限する立法を行う場合、(1)特別な場合であること、(2)著作物 の通常の利用を妨げないこと、(3)著作権者等の正当な利益を不当に害しないこと、の 3 要 件を充足する場合に限定しています。 本小委員会では、クラウドサービス等と著作権に関する問題に関し、事業者団体委員か らクラウドサービスだけでなくメディア変換サービス等 10 類型のビジネスモデルが検討対 象として提案されました。当協会は、これらのビジネスモデルが上記 3 要件を充足すると はいえないと考えます。 以下、理由を述べます。 (1)第1ステップ: 「特別な場合であること」について ミハイリ・フィチョール博士 著「WIPO が管理する著作権及び隣接権条約の解説並びに 著作権及び隣接権用語の解説 日本語版」(2007 年 著作権情報センター) (以下「WIPO 解説」といいます。 )245 頁によれば、第1ステップの特別な場合について、 「例外又は制限 によって著作物を利用できる範囲が、厳密に、かつ狭く特定されていなければならない」 とした上、 「例外・制限を設ける目的が、明確な公共政策的配慮によって正当化し得るとい う意味で、 「特別」なものでなければならない」としています。 3 しかるに、第 1 回「本小委員会」の配布資料3及び参考資料5に記されているように、 今回の審議では、 「クラウドサービスや情報活用のサービス等の新たな産業の創出や拡大を 促進するため」 (知的財産推進計画2014)又は「新しい産業の創出・拡大に資する観点 から」 (規制改革実施計画)権利制限の拡大が審議されています。このような私企業の利益 のための権利制限は、そもそも公共政策的配慮によって正当化されうるものとは思えませ んし、 「新しい産業」という抽象的な目的では「明確な」公共政策的配慮がなされていると は言い難いと言わざるを得ません。 (2)第2ステップ: 「通常の利用を妨げない」について 「WIPO 解説」245 頁では、第2ステップについて、「例外又は制限は、権利者自身によ る複製権の行使と(いかなる形でも、その著作物のマーケットを損なうものであってはな らないという意味で)経済的に対立するものであってはならない。」と記されています。 しかるに、たとえば過去に録画した VHS を DVD にメディア変換するサービスの場合、 権利者自身が DVD ビデオとして発売する行為と経済的に対立するサービスといわなけれ ばなりません。 (3)第3ステップ: 「著作権者の正当な利益を害しないこと」について 「WIPO 解説」245 頁では、第 3 ステップの正当な利益について「複製権をできる限り 完全に享有し、かつ行使することが権利者の利益となる」としつつ、上記第 1 ステップ及 び第 2 ステップを充足する場合には、権利制限が許される旨を述べた後、その権利制限は 「特別な、かつ強固な基盤を有する公共政策的配慮を考慮することによって正当化され得 るような、一定のレベルの利益侵害を超えるものであってはならない──という意味で、 リーズナブルなものでなければならない。」と述べています。 しかるに、 「本小委員会」の前身の「著作物等の適切な保護と利用・流通に関するワーキ ングチーム」第 1 回会合配布資料4の 3 頁には、 「2.合理的な判断基準を」と題して、 「新 産業の創出・産業の成長や技術進歩に貢献するかという観点から社会的に有用であること が認められるサービスについては、それが適法に行われるような法環境の整備」を求めて います。 そもそも「新産業の創出・産業の成長や技術進歩に貢献する」ことが「特別な、かつ強 固な基盤を有する公共政策的配慮を考慮すること」で正当化され得るか疑問がありますし、 仮に正当化され得るとしても、一定のレベルの利益侵害を越えてはならないのですから、 第 3 ステップの適合性についても厳密な検討が必要だと思われます。 また、上記配布資料4の3頁では、 「具体的に困ることが実証データ等によって示されな い場合は、著作権者の正当な利益を不当に害するとは言えないと考えられる」と主張して います。 しかし、立法過程において条約適合性を吟味するのは立法に関与する者の責務であり、 4 著作権者が実証データ等を示さなければ条約に適合すると推定してよいという理屈は成り 立ちません。また、権利制限を主張する者はその制限が条約上の義務に反しないことを示 す責任があります。これらの責任が著作権者の負担になるというのは、道理に合いません。 4.諸外国の立法例に関する比較法的検討について 前述したように、規制改革会議の「規制改革に関する第 2 次答申」35 頁には、 「著作権侵 害のおそれから、国内においては海外と同様のサービスができておらず、また新規サービ ス創出の障害となっているとの指摘がある。 」としています。 しかしながら、わが国の著作権法 30 条や 38 条 1 項は、諸外国に比べて広い権利制限を 定めた規定となっており、 「著作権侵害のおそれ」から、「海外と同様のサービス」ができ ないというのは事実誤認だと断ぜざるを得ません。 外国と同様なサービスをいうのであれば、外国では権利制限が行われていないのにもか かわらず、わが国では権利制限がなされている場合にも目を配り、その権利制限を改める のでなければ「いいところ取り」となってしまい、バランスを失することになります。 「本小委員会」第 4 回に配布された資料2では、6 カ国の例をあげていますので、このよ うな観点から、これら諸国の法制度とわが国の法制度の相違について意見を申し述べます。 (1)米国(以下の米国法の邦訳は山本隆司訳「外国著作権法令集(42) ―アメリカ合衆国 編―」 (2009 年 著作権情報センター)によります。 ) 同資料では、Fair use を定める 107 条をあげています。この規定は「批評、解説、ニュ ース報道、教授、研究または調査等を目的とする」場合としていますので、わが国の法 30 条の私的使用目的と目的の点で必ずしも同じではないと思われます。またフェアユースに あたるかどうかは(1)使用の目的及び性質、(2)著作権のある著作物の性質、(3)著作権のある 著作物全体との関連における使用された部分の量及び実質性、(4)著作権のある著作物の潜 在的市場又は価値に対する使用の影響、の 4 要素を考慮してフェアユースに該当するかど うかを認定することになります。 そして、新たな産業の創出等の目的は商業性を有するのですから、第1要素の該当性を 否定する方向に傾く要素となります。また、メディア変換やクラウドサービス等は著作物 の全部を使用することになるのでしょうから、第 3 要素についても否定する方向に傾く要 素となります。 いずれにしても、フェアユースの法理の下では、フェアユースに該当するかどうかは訴 訟の結果をみなければわからないのですから、「著作権侵害のおそれ」から解放される法制 度ではありません。 私的使用目的での著作物の全部コピーについては、ベータマックス訴訟連邦最高裁判所 判決がありますが、この判決は、放送番組を後で視聴するために録画して 1 度視聴したら 消去する使用(the practice of recording a program to view it once at a later time, and 5 thereafter erasing it.)を「タイムシフト」と位置づけ、 (1)スポーツ番組等の著作権者が タイムシフトに異議がないと証言したこと、(2)ユニバーサル社がタイムシフトのための利 用による将来損害が生じる可能性を立証できなかったこと、からタイムシフトをフェアユ ースに該当するとしたものです。過去に録画した放送番組をクラウドサーバーに保存した り、メディア変換サービスで DVD に複製してもらったりすることがフェアユースとして許 容されているわけではありません。 米国の立法例を参考に権利制限規定を改めるのならば、わが国の 30 条 1 項柱書は、録画 に関してはタイムシフトに限定する措置を講ずるのでなければバランスを失することにな ります。 なお、ベータマックス訴訟判決は、米国がベルヌ条約に加盟する前の判決ですし、わが 国においては見逃した番組を後で見るニーズに応え、インターネットで有料配信するケー スが現れてきており、ベータマックス訴訟当時の米国とは事情が異なります。タイムシフ トはインターネットでの有料配信市場と衝突する可能性はないのかという点を含め、 「例外 又は制限は、権利者自身による複製権の行使と(いかなる形でも、その著作物のマーケッ トを損なうものであってはならないという意味で)経済的に対立するものであってはなら ない。 」とするスリーステップテストの第2ステップに適合するのか、慎重な検討が必要で す。 (2)カナダ 同資料では、カナダ法の 29.22 条をあげています。その法文は以下のとおりです。 同資料では「適法に取得した著作物の私的複製を許容」としていますが、29.22 条(1)項(b) では「other than by borrowing it or renting it」という文言が入っていますので、カナダ 法を採り入れるならば同様の複製源の限定を 30 条 1 項柱書に加える必要があります。 また、インターネットやデジタルネットワークを通じてデジタル記録媒体に記録できる のは、(1)項(b)号の目的のためですので、借りたものやレンタルしたものを複製源とするこ とはできません。また、 「for the purpose of allowing the telecommunication of」との文言 がありますので、許されている電気通信の目的のために保存できるという意味だと思われ ます。そうであるならば、何が許されていて何が許されていないのかが示されなければ、 カナダ法の比較法的検討とは言えないと思われます。 Reproduction for Private Purposes Marginal note:Reproduction for private purposes 29.22 (1) It is not an infringement of copyright for an individual to reproduce a work or other subject-matter or any substantial part of a work or other subject-matter if (a) the copy of the work or other subject-matter from which the reproduction is made is not an infringing copy; (b) the individual legally obtained the copy of the work or other subject-matter from 6 which the reproduction is made, other than by borrowing it or renting it, and owns or is authorized to use the medium or device on which it is reproduced; (c) the individual, in order to make the reproduction, did not circumvent, as defined in section 41, a technological protection measure, as defined in that section, or cause one to be circumvented; (d) the individual does not give the reproduction away; and (e) the reproduction is used only for the individual’s private purposes. Meaning of “medium or device” (2) For the purposes of paragraph (1)(b), a “medium or device” includes digital memory in which a work or subject-matter may be stored for the purpose of allowing the telecommunication of the work or other subject-matter through the Internet or other digital network. Marginal note:Limitation — audio recording medium (3) In the case of a work or other subject-matter that is a musical work embodied in a sound recording, a performer’s performance of a musical work embodied in a sound recording or a sound recording in which a musical work or a performer’s performance of a musical work is embodied, subsection (1) does not apply if the reproduction is made onto an audio recording medium as defined in section 79. Marginal note:Limitation — destruction of reproductions (4) Subsection (1) does not apply if the individual gives away, rents or sells the copy of the work or other subject-matter from which the reproduction is made without first destroying all reproductions of that copy that the individual has made under that subsection. http://laws-lois.justice.gc.ca/eng/acts/C-42/page-19.html#docCont (3)イギリス(以下の英国法の邦訳は、2014 年改正法を除き大山幸房訳「外国著作権法 令集(44) ―英国編―」 (2010 年 著作権情報センター)によります。 ) 同資料では、イギリス改正法について「個人のインターネット上のストレージ利用を明 文で許容」と記しています。 改正イギリス法の Personal copies for private use 条項は、(4)項(a)で複製源について、 恒久的に適法に取得したもの(lawfully acquired on a permanent basis) 、すなわち、購入 したもの(has been purchased) 、贈与されたもの(obtained by way of a gift)及び有償ダ ウンロードで購入したもの及び他人が購入して贈与されたもの(acquired by means of a download resulting from a purchase or a gift)に限定されています。そして、(2)項(c)で権 利制限規定によって複製したものを、 (4)項(b)で借りたもの、レンタルしたもの、放送され たもの、ストリームされたものを含まないとしていますので、イギリス改正法に準拠する 7 ならば、そのような限定を 30 条 1 項柱書に付け加える必要があります。 また、イギリス法では 70 条にタイムシフト(放送をより都合のよい時に見又は聞くこと を可能とすることのみを目的とした複製)のための録音録画に関する規定がありますが、 複製場所が家庭の構内(in domestic remises)に限定されていますので、メディア変換サ ービスが許容される余地はないと思われますし、タイムシフト目的で複製されたものは購 入したもの又は贈与を受けたものではありませんので、クラウドサーバーに保存すること は許容されていないと思われます。 (4)ドイツ(以下のドイツ法の邦訳は本山雅弘訳「外国著作権法令集(43) ―ドイツ編―」 (2010 年 著作権情報センター)によります。) 同資料は、ドイツ法について「53 条の各要件を満たせば適法」と記しています。 確かにドイツ法 53 条(1)項には、 「その複製物を他人に製作させることもできる。 」との文 言がありますが、この規定により複製させることができる場合は、「複製が無償で行われ」 ること(unentgeltlich geschieht) 、又は「複製が任意の写真製版の方法その他類似の効果 を有する方法」であること(photomechanische Verfahren oder anderer Verfarhren mit ähnlicher Wirkung handelt)及び「紙若しくは類似の支持物」(auf Papier oder einem ähnlichen Träger)に複製することが要件となっていますので、VHS を DVD にメディア 変換させるような有償サービスは 53 条(1)項の要件を充足しません。 また、(2)項第 1 文にも同様の文言がありますが、同項第 3 文で自己使用目的の場合には、 第 2 文第 1 号又は第 2 号の場合、すなわち、 「任意の写真製版の方法その他類似の効果を有 する方法を用いて、紙又は類似の支持物に行われるとき」か「専らアナログによる使用が 行われるとき」 (eine ausschließlich analog Nutzung stattfindet)に限定されています。 したがって、53 条(2)項では、アナログ方式で放送番組を録画した VHS をデジタル方式 に変換して DVD ディスクにメディア変換することやさせること、及びクラウドサーバーに 保存することは許容されていません。 しかも、同条(4)項では、「音楽の著作物の文字記号による採譜物」と「書籍又は雑誌で、 実質的に完全複製が行われるもの」は権利制限から除外されていますので、書籍の自炊代 行サービスが認められる余地はありません。 したがって、私的使用目的の場合にはメディア変換サービスが 53 条の要件を充足するこ とはないと思われます。 加えて、53 条 1 項から 3 項による複製については、54 条で私的複製補償金の制度が設け られています。第 7 回本小委員会において事業者団体委員は、クラウド事業者は補償金支 払い義務を負わないと説明しましたが、複製機器や記録媒体メーカーが補償金支払い義務 を負うことに注意を払う必要があります。 ドイツ法に準拠してメディア変換を可能とする法改正を行うならば、30 条 1 項柱書の大 幅な改定と 30 条 2 項の実効性を担保する政令の改定が必要です。 8 (5)シンガポール 同資料では、 「事業者の行為として、Fair dealing(35)に当たりうる」としています。シン ガポール法 35 条 2 項は、ほぼ米国法 107 条に準拠しているようですが、米国法の4つの考 慮要素に加え、リーズナブルの時に、普通の商業価格で入手可能かどうか(the possibility of obtaining the work or adaptation within a reasonable time at an ordinary commercial price.)の要素を定めています。それゆえ、Fair dealing に当たりうるといわれてもこれら 5つの考慮要素を裁判所がどう判断するのか訴訟の結果をみなければわかりません。しか し、事業者の行為は商業性を有する行為ですから、(2)項(a)の考慮要素に関しては Fair dealing の成立を否定する方向に傾く要素となります。米国法と同様、 「著作権侵害のおそ れ」から解放される法制度ではありません。 (6)韓国 同資料は、 「消費者の私的複製(30 条)又は Fair use(35 条の 3)として事業者は侵害 責任を負わない」としています。 韓国法の 30 条は以下のとおりで、わが国の著作権法 30 条 1 項柱書及び同項 1 号とほぼ 同じです。35 条の 3 の権利制限の一般規定は、訴訟をやってみなければ事業者は侵害責任 を負わないかどうかわからないのですから、 「著作権侵害のおそれ」は払拭されません。 この条文から「事業者は侵害責任を負わない」と言い切れる根拠がわかりません。 第 30 条 (私的利用のための複製) 公表された著作物を、営利を目的としないで個人的に利用する場合、又は家庭及びこれ に準ずる限られた範囲内において利用する場合は、その利用者はその複製をすることがで きる。ただし、公衆の使用に供するために設置された複写機器による複製については、こ の限りでない。 CRIC の外国著作権法令集(45)より 第 35 条の 3(著作物の公正な利用) ① 第 23 条から第 35 条の 2 まで、第 101 条の 3 から第 101 条の 5 までの場合以外に、著 作物の通常の利用方法と衝突せず、著作者の正当な利益を不当に害しない場合には、報 道、批評、教育、研究等のために著作物を利用することができる。 ② 著作物利用行為が第 1 項に該当するか否かを判断する際には、次の各号の事項等を考 慮しなければならない。 1.営利性または非営利性など利用の目的及び性格 2.著作物の種類および用途 3.利用された部分が著作物全体で占める比重とその重要性 4.著作物の利用が著作物の現在の市場または価値や潜在的な市場または価値に及ぼす 影響 9 張容暎「最近の韓国著作権法改正とその後」 (「コピライト」No.622 54 頁左段)より 以上のとおり、外国ではできるサービスが日本ではできないという根拠を同資料が示し ているとは言い難く、むしろ、わが国の著作権法 30 条 1 項柱書の権利制限規定が広すぎる ことを示す立法例であると思われます。 以上 10
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