フォトクロミック分子を利用したキネシンの光制御に関する研究 Regulation of kinesin using photochromic compounds 05D5503 山田正文 指導教員 丸田晋策 SYNOPSIS Recent crystallographic and cryo-electron microscopic studies demonstrated that kinesin has several functional loops in its motor domain. It has been shown that L11 and L12 located in the microtubule binding site of kinesin change their length in a nucleotide dependent manner during ATP hydrolysis. Azobenzene is a photochromic compound that undergoes rapid and reversible isomerization between the cis and trans forms by ultraviolet (UV) and visible (VIS) light irradiations, respectively. In this study, I have tried to control the function of kiesin by light irradiation using the photochromic compound. Prior to incorporation of the photochromic compound into kinesin, the functional regions of kinesin have been investigated by measuring the conformational dynamics using EPR. The EPR spectra indicated that mobilities of the spin probes attached to L11 and L12 were lower in the presence of microtubules than in absence of microtubules. On the other hand, distribution of the distance between the probes incorporated into the two cysteine residues in L11 was broad in the range of 0.8-2 nm and became slightly narrower by microtubule binding, suggesting a flexible structure of L11 at interface between kinesin and microtubule. The EPR analysis also revealed that the spin probe attached to A252C significantly changes its mobility during ATP hydrolysis in the presence of microtubules. On the other hand, the probes attached to G272C or S275C in L12 showed no change in their mobilities during ATP hydrolysis in the presence of microtubules. The EPR analysis clarified that how the functional loops behave during microtubules dependent ATP hydrolysis. The kinesin mutants which have a single reactive cysteine residue in the L11 or L12, were modified with SH reactive azobenzene derivative (PAM) stoichiometrically. The ATPase activity of the kinesin mutants S275C and L249C modified with PAM were significantly changed reversibly by UV-VIS light irradiation. From these results, it has been demonstrated that it is possible to photocontrol the ATPase activity of kinesin using a photochromic compound. The technique may also be applicable to other functional biomolecules. Keywords: kinesin, photochromic compounds, Electron Paramagnetic Resonance, Caged compounds, L11, L12 1.緒言 生体内には ATP の化学的エネルギーを運動エネルギ ーに変換して動く、様々な生体分子モーターが存在して いる。キネシンもその中の一つで、レールである微小管 の上を滑走して細胞小器官等を輸送する生理的に重要 な役割を担うモーター蛋白である。最近のエネルギー変 換の中間体の結晶構造解析や遺伝子工学的研究から、 ATP 加水分解により誘導される小さな構造変化が、カム -シャフトの様な機械的な仕組みで、微小管上を動くた めの大きな構造変化に変換される機構が提唱されてい る(1)。そして、このような仕組みをもつ生体分子を生体 分子機械として捉える新しい概念が生まれた。これらの 生体分子機械のエネルギー変換の仕組みに人工的な 刺激応答性のスイッチ機構を導入することができれば、 刺激により分子機械の動きを制御することが可能になる と考えられる。 フォトクロミック分子は、光によって可逆的に構造が変 化する化合物の総称で、工業的には調光材料や記憶材 料などとして利用されている。アゾベンゼン誘導体は、フ ォトクロミック分子の一つで、紫外線照射で cis 体に、可 視光線照射で trans 体に異性化して分子サイズが大きく 変化することが知られている (図1)。最近になって生体 分子への応用が試みられるようになった。トロント大の Woolley らは、二価架橋性のアゾベンゼン誘導体を導入 した合成ペプチドの二次構造が cis-trans の光異性化で 可逆的に変化することを報告しており、光スイッチとして の可能性が示されている(2)。また Umeki らは ATP 駆動 型の分子モーターである骨格筋ミオシンのエネルギー 変換部位にアゾベンゼン誘導体を導入して、光異性化 により、ATP 加水分解と同様の構造変化をミオシンモー タードメインが起こすことを明らかにしている。(3) 最近の結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡の研究に より、キネシンのエネルギー変換部位に特徴的なループ L11 と L12 が存在していることが明らかになった。これら のループは、キネシンの微小管との結合表面に位置し ており、微小管と結合する部位の情報を ATP と結合する 部位へ伝達する重要な働きをしていることが示唆されて いる(4-6)。 本研究では、光可逆的に構造が変化する アゾベンゼン誘導体をキネシンのエネルギー変換に関 わるループ L11 と L12 に導入することにより、キネシンの ATPase 活性と運動活性を光制御することを試みた。ま ず始めに、これらのループのアミノ酸をシステインに置換 した幾つかのキネシン変異体を調製し、スピン標識して、 EPR によりこの部位がエネルギー変換に伴いどのように 構造変化を起こしているか解析を行った。次に、ATP の 加水分解に伴って構造変化を起こしていた L11 に、光 誘導脱離試薬であるケージド化合物を導入して、アミノ 酸側鎖の違いによるキネシンの機能の変化を調べた。 最後に、フォトクロミック分子であるアゾベンゼン誘導体 をキネシン変異体に導入して、紫外線-可視光線照射に よる可逆的な ATPase 活性変化を測定した。 O O N O UV N O N N N N VIS 図1フォトクロミック分子 2.EPR によるキネシン-微小管結合境界面の構造解析 部位特異的スピン標識-電子常磁性共鳴分光スペクト ADP T242 A247 L249 G272 A244 α 4 helix S275 A252 図2 キネシンの変異部位 表 1 各変異体の ATPase 活性 QuickTimeý Dz TIFF (LZW) êLí£ÉvÉçÉOÉâÉÄ Ç™Ç±ÇÃÉsÉNÉ`ÉÉǾå©ÇÈǞǽDžÇÕïKóvÇ-Ç ÅB 図4 キネシンの構造変化 ル(SDSL-EPR)は、近年の遺伝子工学の発展により、巨 大なタンパク質や複合体を形成しているタンパク質の微 小な環境を知る為に行われている手法の一つである。 筋繊維中のミオシン軽鎖や Ca 制御タンパク質であるトロ ポニンなどに標識して複合体中の構造変化が測定され ている(7)。 キネシンの微小管との結合境界面は、アラニンスキャン や限定消化法、クライオ電子顕微鏡などから、結晶構造 上図2の下位表面に位置している。そこで、まず始めに、 図2のスペースフィリングモデルで示した合計 7 つのシン グルシステイン変異体を作製した。まず始めに、キネシン の表面に位置する 4 つのシステイン残基(8,69,169,296) をセリン残基に置き換えた変異体(Cys lite)を作製し、そ れをもとに、各変異体を作製した。各変異体のATPase活 性はスピンプローブを標識しても、少なくとも 23 倍以上 は微小管によって活性化が認められ、キネシンと微小管 との親和力を示すKMTも 1-5μMと高い値を示した(表 1)。 図3 L11 内の距離測定 左:TA 右:2A 表2 スピンプローブの運動性(a:速度成分比率) そして、シングルシステイン変異体のEPRスペクトルを測 定した。EPRスペクトルは、A252C部位でヌクレオチド依 存的に著しい変化が測定され、ATPの加水分解に伴っ て、運動性の速い成分が増えていった(表2)。これは、 ATPの加水分解に伴って、スピンプローブの結合部位が 微小管から解離していると考えられる。また、A247 やL12 のG272, S275 などは微小管の結合による変化にともなう 遅い成分の増加が観測されるが、各ヌクレオチドの変化 に伴うスペクトルの変化が観測されなかった。これらの部 位は微小管と常に弱く接触しATP加水分解中に大きく構 造変化しない可能性が考えられる。次に、L11 内部の距 離測定を行った。一番大きく運動性が変化したA252 を 基点に、A247 とA252(2A),T242 とA252(TA)の二つのダ ブルシステイン変異体を作製し、距離分布を測定した。 二つの変異体とも一様に、ピーク幅が 0.8-2nmと大きな 距離分布が得られた(図3)。この結果は微小管と結合し たL11 は、微小管と結合をしていても、少なくとも片方の プローブは回転をしており、loop内はとても柔軟な構造 をとっていることを示している。以上のことから、キネシン のL11,L12 境界面での構造変化は、図5に示すような変 化をしていることが考えられた。L12 は各ヌクレオチドの 結合による運動性の変化がないことから、微小管と結合 している際は、常に結合を維持させるような役割を果たし ており、L11 は、加水分解が進むにつれて、微小管から 離れる方向へ運動性の変化が見られ、とても柔軟な構 造をしていることが考えられる。 3.ケージド化合物によるキネシン ATPase 活性と運動 活性の光制御 ケージド化合物は、ケージ基の導入により、活性物質 を不活性化し、紫外線照射によるケージ基の解離により、 再び活性化状態に不可逆的な構造変化をする化合物 である。ケージド-ATP やケージド-Ca などがあり、タンパ ク質への導入を目的としたシステイン残基と反応するケ ージド化合物も存在する。 ケージド化合物によるキネシン ATPase の制御には、 EPR で使用したシングルシステイン変異体を使用した。 まず始めに、キネシンの微小管依存性 ATPase の変化を 測定した。キネシンの微小管依存性 ATPase 活性はケー ジド化合物を修飾させると時間変化に伴い減少していき、 A244C と A252C で著しく活性が 25%以下まで減少した。 しかしながら、他の変異体(WT,T242,L249,A247)では、 著しい活性の減少は見られなかった。したがって、これら 二つのアミノ酸残基は、微小管との結合部位にある微小 管が結合した情報を ATP 結合部位に伝える重要なアミ ノ酸残基であると考えられる。次に、ケージド化合物を修 飾した A244C と A252C に紫外線を照射して、紫外線照 射時間に依存したキネシン ATPase 活性の回復を測定し た(図5)。紫外線照射時間に依存したキネシン ATPase 活性は、100 秒間で反応が飽和し、ケージド化合物を修 飾する前の活性の 95%以上に回復した。したがって、 A244C と A252C は、非常に効率よくケージングされてい ると考えられる。次に運動活性のあるキネシンを 560 残 基までのばした二量体にて、運動活性を変化させること 試みた。そこで、ケージング効率の良かった K560A244C 変異体と K560A252C を作製し、ケージド化合物によるキ ネシンの in vitro motility 活性の制御を行った。すると、 15 10 A244 A252 5 0 0 100 200 300 400 -1 Time(s ) 図5 紫外線照射時間に依存した ATPase 活性の変化 750 500 DMNBB-A244C A244C DMNBB-A252C A252C 250 0 0 10 20 30 40 50 Time (s) 図6 紫外線照射時間に依存した運動活性の変化 ケージド化合物を修飾していないものの運動活性は 500-600nm/sec であるのに対して、ケージド化合物を修 飾したものの速度は 100nm/sec と 80%以上減少した。そ の後修飾したキネシンに紫外線を 10 秒間隔で照射した ところ、50 秒後に 500-600nm/sec と修飾していないキネ シンの速度の 90%以上まで回復した(図6) 。これらの結 果より、A244C と A252C 変異体はケージド化合物の導 入により、運動活性の光制御が可能であることが示され た。 4.フォトクロミック分子によるキネシン ATPase 活性 の光制御 フォトクロミック分子によるキネシン ATPase 活性の光制 御には、ケージド化合物と同様に EPR で使用した変異 体を使用した。キネシンの微小管依存性 ATPase 活性は、 PAM を L12 上にある S275C に修飾すると可視光線状態 で活性が 35%に減少した。そして、キネシン一分子に対 して、一分子の PAM が修飾しているのを PAM のモル吸 光係数から確認した。また、L11 上にある L249C も可視 光線状態で活性が 35%に減少し、キネシン一分子に対し て一分子の PAM の修飾を確認した。しかしながら、それ ぞれの修飾した変異体に、紫外線照射を行ったところ、 S275C では 77%まで活性が回復し、L249C では 32%まで、 活性が減少した。これらの結果は、フォトクロミック分子を 修飾する部位によって、紫外線-可視光線照射が活性 に与える効果に違いがあることを示している。 次にPAMを修飾したキネシンのATPase活性を光照射 ごとに調べ、可逆性について調べた。S275C変異体に暗 闇中、紫外線、可視光線、紫外線と交互に光を照射して いくと、図7に示すような可逆性が確認された。しかしな がら、紫外線照射による影響が大きいのか、紫外線照射 ごとに、活性化の最大値が、少しずつ減少していった。 これは、少なからず、紫外線照射によって、微小なタン パク質の変性が起こっていると考えられる。また、フォトク ロミック分子の活性変化の影響がATPaseサイクルのどの 中間体に影響を及ぼしているのかを調べるために、スト ップドフロー法を用いて、ATPの加水分解中の各中間体 の速度を測定した。まず始めに、キネシン自体の活性に 影響が起きているかどうかを調べるために、微小管非存 在下でのベーサルATPase活性を調べた。すると、紫外 線照射時の活性が、0.011s-1であるのに対して、可視光 線照射時が 0.007s-1であった。すなわち、フォトクロミック 分子は、キネシン自体に影響を及ぼしているものである ことがわかった。そこで、キネシン単体での速度論的解 析を行った。ATP、ADPの結合は、 cis-trans で全く変化 をしていなかった。そこで、キネシンの律速段階である ADPの解離を測定した(図 8)。すると、可視光線(線 2)、 紫外線(線 3)、可視光線(線 4)でADPの解離の可逆性が 見られ、フォトクロミック分子はキネシン分子のADP の解 離に変化を与えているものと考えられる。また、S275C付 近の結晶構造をみると、S275C付近には疎水クラスター のような疎水性残基の集まった部位が存在していた(図 9)。したがって、フォトクロミック分子を修飾した際に、フ 16 14 12 10 8 6 4 2 0 図7光照射による S275C-PAM の ATPase 活性の変化 1.0 0.5 2 4 的な変化は見られなかったことから、主に微小管上 にとどまるために使用されていることが考えられた。 このことは、キネシンは、ATPase と連動して L11 の 微小管相互作用を変えながら、微小管上を動いてい ることを示唆している。 キネシンの微小管との結合部位の構造変化部位に 対するケージド化合物およびフォトクロミック分子 の影響は、それぞれ活性が変化するものが得られ、 関係性をみることが出来た。ケージド化合物での制 御に必要な要因は、A252 などの L11 内部でも微小管 と相互作用するとともに、ATPase 活性部位と連動し ている機能部位にケージド化合物を修飾すると効率 良く、変化させることが可能であることから、ケー ジド化合物での制御には、構造変化に必須な残基に 修飾する必要があることが示唆された。また、フォ トクロミック分子に関しては、A252C などの構造変化 に必須な残基に修飾すると、光照射による影響が全 く変化しなかったため、制御には構造変化部位の近 傍か、もしくは、L12 のような、近くに疎水クラスタ ーなどのフォトクロミック分子が相互作用する部位 付近に、フォトクロミック分子を導入する必要があ ることが示唆された。 3 1 0.0 0 100 200 300 400 500 Time(s) 図8 光照射による S275C-PAM の ADP release の変化 1:S275C 2: S275C-PAM VIS 3:S275C-PAM UV 4:S275C-PAM VIS-2 図 9 L12 付近にある疎水クラスター ォトクロミック分子がこのクラスターと相互作用して、光に より疎水クラスターとの相互作用を変化させてATPase活 性を変化させている可能性が考えられた。しかも、同じ L12 内であるG272Cに修飾した際には、修飾による活性 の大きな減少が見られず、紫外線照射による活性化や 光可逆的な変化は見られなかった。 5.まとめ EPR 解析により、微小管に結合したキネシンの L11 と L12 の構造変化を支持する結果を得ることが出来 た。L11 は ATP 依存的に微小管から解離し、ATPase 活性部位と相互作用しながら微小管との結合を変化 させていることが考えられた。また、L12 は ATP 依存 本研究においてキネシンの ATPase 活性がフォトクロミ ック分子により光可逆的に制御されることが明らかになっ た。この遺伝子工学的な手法を用いて分子モーターの エネルギー変換部位に光応答ナノデバイスを特異的に 導入して光制御する方法は、他の生体分子機械にも応 用できると考えられ広い分野で利用されることが期待さ れる。 6.参考文献 (1)Vale RD, Milligan RA, (2000) Science, 288, 88-95 (2)Kumita JR, Smart OS, Woolley GA, (2000) Proc. 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