VNS Advancement for Epilepsy Vol. 5 迷走神経刺激療法後の QOL 変化の実際 ∼順天堂大学てんかんセンターが聞いた患者・家族の声∼ 菅野 秀宣先生 順天堂大学医学部附属順天堂医院 脳神経外科 准教授 1. 順天堂大学における迷走神経刺激療法(VNS) の活用 当院では、VNSが2010年に保険収載されてから62例の留置術を行っている。原因疾患としては焦点性てんかん が大部分を占めるが、10例の全般てんかんの症例も含んでいる。年齢制限は設けず、16歳以下の小児例は16例、 60歳以上の高齢者例は2例というようにガイドラインに準じた適応を用いている (図1) 。個々の患者に対するVNS の適応は症例検討会を通し慎重に決定しているが、手術自体は患者の利便性を考え、居住地近隣の関連病院で行う こともある。しかしながら調節に関しては、関連施設では資格のある医師がいまだ十分でないため、順天堂医院(本院) で行っている。今後は調節を行う医師の増加が必要とされるであろう。 当院のVNSによる発作抑制率は、今までに報告されているものと変わりはなく、50%発作減少を中心に正規分布 をとるものであった(図2) 。VNS治療を1年以上行った53名の最終受診時における発作抑制効果をみると、50%以 上の発作抑制率が66.1%の患者で得られている。また小児では、VNSの効果が著明な群と反応に乏しい群に分か れる傾向になった。われわれの小児への適応は非常に難治な例に限っているにもかかわらず、このような結果が得ら れたことは、小児難治性てんかん例に対して比較的早期からのVNSの介入が効果をもたらす可能性を示していると もいえる。 図 1. 迷走神経刺激療法 図 2. VNS療法の成績(順天堂てんかんセンター) 薬物抵抗性の難治性てんかん発作を有するてんかん患者 (開頭手 術が著効する症例を除く) の発作頻度を軽減する補助療法 適応 ●て ん か ん 発 作 を 減 少 さ せ、 QOL を改善。 ●多焦点性のてんかん ●てんかん脳症による認知機能 障害の軽減、 または悪化の予防。 ●全般性発作を示すてんかん ●てんかん発作の前兆および 発作時の積極的軽減処置。 ●開頭術後も発作が残存する症例 ●てんかん患者の突然死率の 減少。 ●全身状態など何らかの理由で 開頭術が不向きな症例 成人 30 〈患者割合〉 目的 (%) 35 0 25 小児 50%以上 発作抑制率:66.1% 20 40 80 90%以上発作頻度減少 50%以上発作頻度減少 変化なし 観察期間6カ月以上の1 20 15 10 5 0 60 0% 25% 50% 75% 100% 〈発作抑制率〉 観察人数:53(成人:37、小児:16) 平均観察期間:2.6年(1年~5年) 2. VNS 後の QOL 評価 VNSを導入した患者と介護者におけるQOLの変化を日本語版QOLIE-31-Pを用いて検討した(図3) 。検討項目 は 活力(疲労) 、情緒(気分) 、日常活動(仕事、運転、社会活動) 、精神活動(思考、集中、記憶) 、薬物の影響(身体的、 精神的) 、発作の心配(発作の影響) 、全体的な生活の質 である。患者本人の検討では、すべての項目で改善傾向を 認めたが、特に 発作の心配 に目立った改善が現れた。このQOLの改善は発作抑制率と正の相関をしており、VNS の発作抑制効果がQOLの改善に寄与していることが分かる。要するにVNSを導入し、発作が減少した効果と共に発 作時に対応する手段を得たという安心感を表していると思われる。 本来QOLIE-31-Pはてんかん患者本人に対して行われるものであるが、小児の難治性てんかんをもつ介護者(母) のQOL評価に応用してみた。 精神活動 の項目は外してあるが、やはりすべての項目において改善を認めた。介護 者は 発作の心配 のみでなく、 活力、情緒、日常活動 に著明な改善を認めている。介護者のQOLの改善と発作抑 制率も正の相関を認めており、患者の発作が改善したことで、介護者の疲労が軽減し、社会活動へ参加する機会が 増えているといえる。 今回の検討から、てんかんをもつ人とその家族は、発作がいつ起こるのかとビクビクしているということが改めて認 識された。VNSを抗てんかん薬治療に追加し、実際に発作が軽減することが安心感につながるのだと思われる。また、 マグネット刺激という発作前兆および発作時に自身で対応ができる手段をもっているということも、患者および家族の 不安の軽減に有効に作用していると思われる。 図3. VNS 療法前後でのQOL の変化(順天堂てんかんセンター) 〈患 者〉 VNS前 (N=16) VNS後 (N=12) 活力 100 全体 80 全体 情緒 60 情緒 60 20 20 0 薬物の影響 80 40 40 発作の 心配 活力 100 日常活動 発作の 心配 精神活動 0 薬物の影響 日常活動 精神活動 〈介護者〉 VNS前 (N=10) 全体 活力 VNS後 (N=8) 100 80 60 40 情緒 全体 60 40 情緒 0 0 日常活動 薬物の影響 80 20 20 発作の 心配 活力 100 発作の 心配 日常活動 薬物の影響 3. VNSに関する本人および家族の声 VNSの適応が検討されるのは、長く抗てんかん薬治療を受けている患者、手術を行っても発作が抑制できなかった 患者、治癒的手術の適応がないとされた患者であり、いわゆる非常な難治例ということになる。このような患者からは、 「これ以上の治療方法がなくなってきているときに、VNSという新たな可能性を示されたことで希望が持てた」という 意見が多かった。しかし将来的に電池交換が必要になることに煩わしさを感じるようであり、充電式や長寿命の電池 の採用を望む声が多かった。 患者の手術後の感想としては、 「手術を受ける前には恐怖感があったが、あっけなかった」という回答が多く、VNS の侵襲の低さを表した結果と思われる。またマグネットの効果は認めるものの、適切に使用するタイミングのコツをつ かむのに慣れが必要だ、ということもこの調査により判明した。実際にマグネット刺激は明らかな前兆時や発作の初期 に使用していることが多く、 「発作にならなかった」または「発作が早くおさまった」という報告を受けている。特に前兆 を感じられる患者ではマグネット刺激のメリットがあるようである。介護をしている母親のなかには発作の発生を直前 ではなく、時間単位や日単位で予測できる方がおり、 「その期間は注意をしているため、早めにマグネットを使用でき る」という。 さらに患者本人よりも家族側でVNSを導入した達成感が示され、今までは発作時にも見守るしかなかった家族に、 マグネット刺激というオンデマンドの対応方法を与えられたことが安心感につながっているのではないかと思われる。 今回のアンケート調査は、VNS導入後、比較的早期に行ったものであるため、発作抑制効果について 改善した と答えた患者および家族は40∼50%に留まった。我々の施設の結果も既報告同様、治療期間が長くなるにつれて 発作抑制効果が上乗せされてきており、長期VNS治療後の患者および家族へのQOL評価やアンケート調査は興味 深いものであり、今後の検討が必要と思われる。 てんかんをもつ人と家族へのアンケート調査(調査人数:本人 15 名、家族 18 名) 本人 家族 Q1 VNS 治療を知ったとき、どのように感じましたか? 本人 家族 Q5 VNS の効果についてどう思いますか? 希望が持てた 73.3% 88.2% 発作が改善した 40.0% 47.1% 開頭術よりはいい 46.7% 23.5% 精神症状が改善した 20.0% 35.3% 絶望した 13.3% 17.8% 安心した Q2 VNS 治療に抵抗を感じた点は? ― 41.2% Q6 マグネットモードについてどう思いますか? 電池寿命がある 60.0% 76.5% タイミングが分からない MRI が撮りづらくなる 33.3% 47.1% 効果がある 機械が留置される 33.3% 41.2% タイミングによりさまざまな反応 13.3% 25.3% 他の機械との干渉があるのではないか 33.3% 47.1% 感染が心配 20.0% 17.6% Q3 VNS 手術の感想は? 安心した 53.3% 33.3% ― 13.3% 29.4% 5.9% Q7 VNS 治療をどう思いますか? まだ分からない 40.0% 41.2% 達成感があった 13.1% 47.1% 良い 26.7% 29.4% あっけなかった 48.7% 29.4% 大変良い 13.3% 23.5% 怖かった/可哀想だった 46.7% 17.8% VNS により抗てんかん薬を減らしたい 13.3% 痛かった 26.7% ― 痛みは少なかった 13.3% ― ― Q8 VNS 治療についての感想は? 職場や学校での認知度がない 53.3% 58.8% 自動で発作を認知し刺激をして欲しい 26.7% 47.1% Q4 調節に対する感想は? 喉の違和感が強い 20.0% 11.8% 充電式バッテリーがあるといい 20.0% 29.4% 近くの病院で行って欲しい 13.3% 17.8% 長寿命バッテリーがあるといい 13.3% 35.3% 受診するのが頻回すぎる 6.7% もっと早くに刺激を上げて欲しい 11.8% ― 6.7% 4. まとめ 実際にVNSをてんかん治療に導入してみると、これ以上治療の選択肢がなくなってきていると思われていた患者 で、予想外に効果を示す例を経験する。治療導入直後には効果に乏しかった例でも刺激を持続することで、徐々に発 作が安定してきていることも経験した。75%以上の効果を示している患者は、比較的発作の重症度が低かった例に 多い傾向があることも事実である。月に1回程度の発作が続いているような例でもVNSを導入し、発作頻度が減少 することで発作への不安が軽減し、QOLやADLの向上を目指せるものと思われた。 また、著効例には小児患者が比較的多く見られたことも注目に値する。発作抑制効果が25%までに留まった例に おいても、 反応が良くなった 、 笑った といった家族の声を聞くことができた。これらはなかなかデータとして表しが たいものであるが、やはり小児にVNSを導入したときに聞かれる感想であった。VNSによる発作抑制効果発現の機 序はいまだ不明とされるが、小児においては神経活動調整系にも可塑性といわれるようなものが存在するのかもしれ ない。やはり今後の検討課題といえるだろう。 今回の調査で、VNSを導入しQOLが上昇することが、成人例でも、小児例でも、さらには家族にもみられた。これ らのことより、てんかん治療の選択肢として比較的早期にVNSを導入することを考慮しても良いのではないかと思わ れる。 ■参考文献 1.川合謙介 , てんかんに対する迷走神経刺激療法の実施ガイドライン . てんかん研究 , 2012, 30 (1); 68-72 2.Eliott RE, Morsi A, Kalhorn SP, et al. Vagus nerve stimulation in 436 consecutive patients with treatment-resistant epilepsy: long-term outcomes and predictors of response. Epilepsy & Behavior 2011, 20: 57-63 3.Morris GL 3rd, Gloss D, Buchhalter J, et al. Evidence-based guideline update: vagus nerve stimulation for the treatment of epilepsy: report of the guideline development subcommittee of the American. academy of neurology. Epilepsy Curr. 2013 13:297-303 4.Sherman EM, Connolly MB, Slick DJ, et al. Quality of life and seizure outcome after vagus nerve stimulation in children with intractable epilepsy. J Child Neurol. 2008 23:991-8 【迷走神経刺激装置植込実績】 (2015 年 8 月末日時点) 【保険償還価格および診療報酬点数】 (2015 年 10 月現在) 71 施設 1,142 台 北海道地区 7施設 70台 50 信越地区 1施設 22台 東北地区 2施設 26台 関西地区 12施設 144台 中国地区 6施設 86台 50 50 100 100 50 100 50 九州地区 12施設 158台 関東地区 11施設 99台 (東京除く) <保険償還価格> パルスジェネレータ 1,680,000 円 リード 184,000 円 <診療報酬点数> K181-4 迷走神経刺激装置植込術 22,140 点 K181-5 迷走神経刺激装置交換術 4,000 点 C110-3 在宅迷走神経電気刺激治療指導管理料 810 点 (導入期加算 140 点) C167 疼痛等管理用送信器加算 600 点 東京地区 14施設 385台 100100 100 50 四国地区 1施設 1台 東海・北陸地区 5施設 151台 迷走神経刺激装置 VNSシステム 施行施設一覧 http://www.nihonkohden.co.jp/ippan/vns/sisetsu.html VNS 施設 各地域で「迷走神経刺激装置 VNSシステム」の植込みや指導管理(刺激の調整など)を 行っている施設をご確認いただけます。
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