博士論文

博士論文
日中農産品貿易における制度的障壁リスクに関する研究
2013年7月
滋賀大学大学院経済学研究科
経済経営リスク専攻
氏
名
索 珊
指導教員
小倉
指導教員
小田野
指導教員
明浩
純丸
金 秉基
要
旨
1990 年代以降、FTA が通商手段として世界経済の舞台で活発化する。多角的自由貿易の
枠組みである WTO の設立以降に、RTA の締結数が急激に増加し、世界中にブームになった。
自由貿易協定の締結による関税撤廃は関税という貿易障壁を取り除くという意味である
が、実際に締結した自由貿易協定には、センシティブ品目と呼ばれる例外品目と関税引き
下げるまで長時間かかる品目が多く設けられている。WTO は、地域貿易協定において、セン
シティブ部門の設置を認めている。しかし、センシティブ部門が多くなれば、先に見た「実
質上のすべての貿易について」の関税撤廃、との関係で問題となり、自由貿易協定の有効
性を損なう。本論文が対象としている日中両国ともに、この課題を有している。日本と中
国の締結した FTA のセンシティブ部門を考察すると、日本のセンシティブ部門の多くを占
めるのは、農林水産品である。中国の農林水産品もセンシティブ部門として存在している。
このように、農産品貿易問題は FTA を推進する際に、障害になる可能性がかなり高い。
日中についても、農産品市場の開放は、農産品部門が敏感である日本と中国にとって、か
なりリスクが高いといえる。農産品分野が自由貿易を考察する際に重要な問題であること
は、常に指摘され続けてきたことである。そして農産品分野は、近年の貿易自由化への動
き=自由貿易協定の隆盛を考えるときにもまた、依然として一つの重要な焦点となってい
るのである。
自由貿易協定は両国間または地域間の貿易障壁を取り除くことを目的としている。一般
的に、貿易障壁は関税と非関税障壁を分けることができる。近年、非関税障壁において、
従来議論されてきた領域にとどまらず、環境問題や安全問題にかする国内規制・制度など、
さまざまな領域での国の措置や施策が有する貿易障壁としての効果が通商政策の焦点とな
っている。グローバリゼーションの進展による国境を越えた経済活動の拡大と深化が、各
国市場制度間の差異を自由かつ公正な競争の障壁として機能させる局面が増加しているこ
とによる。このような観点から、貿易障壁を伝統的貿易障壁と非伝統的貿易障壁(に分類
することがある。非伝統的貿易障壁は、貿易制限的な効果を求めるために、投資規制や、
締結国間の様々分野における国内規制・制度を過度に設置するという貿易障壁である。WTO
交渉内容の発展からみれば、世界自由貿易の焦点がさらに関税撤廃から制度・政策などの
非伝統的貿易障壁の撤廃に転換していることが見て取れる。それだけではなく、全世界の
地域貿易協定の内容を見れば、地域貿易協定の交渉焦点も非伝統的貿易障壁に転換する傾
向がある。貿易自由化の論点・交渉課題が、多角的通商交渉においても、FTA においても、
非伝統的貿易障壁の撤廃に転換していることがわかった。日本、中国もその FTA では、SPS
と TBT などの非伝統的貿易障壁の撤廃に注目することになっている。
これまで主として関税撤廃に関する効果に注目をしている実証研究が蓄積されている。
しかし、近年の FTA 研究においては、そのような伝統的貿易障壁の貿易制限効果にとどま
らず、投資規制や、締結国間の様々分野における国内規制・制度のハーモナイゼーション
等(多様な貿易環境整備の効果)に注目が集まっている。その中に、日中間の貿易障壁と
して、農産品貿易に焦点をあてた貿易障壁に関する実証研究が行われてきた。しかし、主
要輸入農産品の日中間貿易動向についての先行研究はセーフガード発動期までの分析にと
どまっている。本研究はその空白を埋めるという意味がある。非伝統関税障壁はその内容
が幅広く、具体的な数値で表されない特徴もあり、その実体を明確に証明するのが難しい。
WTO 成立以降、関税障壁が取り除く一方で、非伝統関税障壁が新しい貿易障壁として注目さ
れている。そして、非伝統関税障壁が国際紛争を起こすリスクも高くなってきた。したが
って、非伝統関税障壁の貿易制限効果について更なる研究が不可欠であると考えられる。
本論文は、非伝統的貿易障壁の影響を検証するために、貿易自由化の理論研究を基づき、
具体的な品目の貿易実態を把握する上で、「財務省貿易統計」と「内閣府国民経済計算」の
データを用い、輸入関数で実証分析を行う。具体的な方法は、各品目の輸入関数を計測し、
価格の影響を確認する。次に、輸入量に影響を与える可能な要因をダミー変数として、輸
入関数モデルに入れ、その影響を計測し、貿易量への影響の有無について検定した。実証
分析を通じ、非伝統的貿易障壁がこの三つの品目に影響を与えていることを確認した。
そして、しいたけを輸入する日本の企業をインタビューし、事例研究で中国産農産物の
残留農薬問題とポジティブリストの施行の影響を確認し、企業レベルで非伝統的貿易障壁
の影響を確認した。さらに、インタビューを通じ、企業レベルで非伝統的貿易障壁リスク
の対応を明らかにした。